第186話 二転三転砂漠の中で四の五のと

 ドレーズとガーガリアは近隣国の農民で、我が子アバラスを治療するためアルストルに来たが、必死に貯めた治療費を盗まれ途方に暮れていたらしい。コーミネ家の者に出会い、治療費を肩代わりして貰う代わりにアルストルの出奔姫のふりをしていたのだった。

「だもんで、おら達。コーミネ様には御恩があるんやけどな……」

 ドレーズは事情を説明しつつ、不安そうな顔をする。

 護衛兼監視役だった連中を縛り上げ転がして、ナニアにはフードを被せ、ドレーズ一家と共に天幕を出たところだ。

「どうせ、いくら頼んでも治療費は貰えず。それどころか砂漠のここから出る事も出来ず、ずるずる日が過ぎ焦っていたのだろう」

「はぁ、その通りや。よく分かるもんだなぁ」

「分からいでか。それは間違いなく利用されているぞ。運が良かったな、ここで俺たちが来ねば最後は親子共々どうなっていたか分からんぞ」

「ひぇっ……そんな……」

 トレストがひとつずつ理由を説明していくと、ドレーズは信じられない面もちをするが、ガーガリアもアバラスも似たような様子だ。そして全てを悟ると、恐ろしそうに身を震わせていた。

 この一家は元来は悪人ではなく、ただただ我が子を救うために必死だったらしい。努力の方向性は間違っていても、トレストには共感の気持ちが強い。

「だが、安心するといい。アルストルまで戻ったら、俺が知り合いに頼んで何とかしてやるさ。こう見えても結構顔がきくんだ。いざとなれば奥の手もあるからな」

 ナニアの件は非公式だが、捕らえれた後に世話をして救出にも手を貸したことにすれば、親バカ義父がなんとかしてくれるだろう。

 その為にはナニアに口裏を合わせて貰う必要があるのだが、果たして協力してくれるかどうか――。

 ちらりと視線を向けたトレストは、その心配が杞憂だと悟った。

「ああ、お姉様です」

 フード姿のナニアはカカリアにべったりだ。

「私覚えてます、とても綺麗でとても素敵なお姉様の姿を」

「あ、ありがとう……」

「これからは、いつでも会えますよね。私、会いたいです!」

「えーっと、どうかしら。お父様に許可を貰うとか必要じゃないかしら」

「それはお爺様の事ですか? そうですか、分かりました。でも大丈夫です、何も問題ありませんので。ええ、絶対に許可を貰いますので」

 ナニアは断言している。

 もちろんカカリアと同じ血筋で同じ気質である。貰うと決めたら、どんな手を使っても絶対に貰うだろう。

 トレストは義父に対して憐れみの念を抱いたが、直ぐにそれも霧散する。

 警備隊業務で散々に困らされた事――法ぎりぎりを攻めて、しかも怒るに怒れない事ばかりする――を思い出したのだ。むしろ、その時の義父の反応を想像すれば、にやつく口元を抑える事に苦労しているぐらいだった。


 砂漠のただ中にある赤みを帯びた岩山。

 そこは拠点にされて大勢の姿があるものの、天幕のある一段高い場所に人の姿は少ない。その少数も砂漠で行われているゴーレムファイトに注意が向いている。真面目な堅物に見咎められもしたが、それもドレーズとガーガリアが威張って追い払うので問題ない。

「このまま行って、砂漠に出て移動だな。強行軍になるので覚悟してくれ」

「大丈夫だぁ、おらたちは平気だ」

「いや、心配なのはアバラス君だが……」

「問題ね、おらが背負って行く。おらが倒れたらガーガリアが背負う。この子は必ずアルストルさ連れて行く。だで、なんとか治療をしてやっておくんなまし」

「うむ、任せておくといい。だけどな、アバラス君にとって一番大切なものは両親の存在だ。だから必ず全員でアルストルまで――」

 トレストは不意に黙り込んだ。

 坂の下からやって来る集団に気付いたのだ。その中には砂漠の領主セウジンの姿があって、揉み手しながら貴族らしき男に付き従っている。

「――といったわけで、アルストル使者が来まして。知らん知らんと言って追い返しときました。だからきっと、あのゴーレムはそれが原因じゃないかと!」

「アルストルの使者など知った事か! それよりも、あのゴーレムだ。あれは黄金でできておるぞ、黄金だ。倒せば莫大な黄金が得られるだろうが」

 従者の差し出す日傘の下で男は偉そうに言った。周りを見下し小馬鹿にしたような顔つきで背は高くひょろりとしている。この砂漠のただ中で細かな刺繍の施された立派な衣装を着ているが、その身に付けたマントには剣と蠍の紋章があった。

「どうせ直ぐに戦端が開かれ、アルストルは――おい、何で勝手に出歩いてる!」

 男がガーガリアに目を止め言い放った。

「コ、コーミネ様」

 ガーガリアは動揺を隠せず、誰がどう見ても隠し事をしていると分かる顔をする。もちろんコーミネにも気付かれて訝しまれてしまう。

「お前らなんで出歩いてる? 天幕から出るなと言ったあっただろうが」

「その、あの、散歩したいなーと」

「馬鹿か、お前は。それに見覚えのない護衛だな、うちの兵どもはどうした?」

「えーっと、皆さんお昼寝中で……」

「…………」

 コーミネは無言のまま顎をしゃくる。きっと慣れているであろう護衛が慌てて走って天幕に駆けていく。確認の為に急いだと言うよりは、コーミネの機嫌を損ねないため急いでいる様子だ。


 トレストとカカリアは顔を見あわせた。

 天幕の中には縛られた護衛の姿があるので、状況は一目瞭然。そうなれば終わりだが、今であれば訝しまれてはいるがバレてはいない。

 同時に肯き同時に動く。

 不意を突くのであれば今が最後のチャンス、それを逃さぬようコーミネの一団へと襲い掛かったのだ。

「なっ!」

 手近にいた護衛をトレストとカカリアが打ち倒す。慌てるコーミネは後退り、石に蹴躓いて尻餅をついてしまう。あわよくば人質にと思ったが、しかし護衛は予想よりも優秀だった。

 即座に邪魔をされ、コーミネもセウジンも這いながら逃げてしまう。

「ちっ! 思ったより優秀だ、うちの隊にスカウトしたいぐらいだぞ!」

「それはダメよね、こんなのに従っている子なんて」

「確かにそうだな」

「はい、ナニアちゃん。そっちをお願いね」

 カカリアは言って三節棍で叩き伏せた相手の手から剣を奪うと、それを後に放り投げた。くるくると回転しなが飛んで来る剣を、しかしナニアは平然として受け止めてみせる。

「お任せ下さい、お姉様!」

 ナニアは剣を手にすると、回り込んで迫って来ていた相手に斬りかかる。こちらも単身冒険者として活躍していただけに、その剣捌きは見事なものだ。ドレーズ一家をしっかりと守ってみせる。

「やれやれ、アルストルの姫様はお転婆ばかりじゃないか」

 勢いのある剣の動きを横に動いて回避しながら、トレストは即座に前に出て相手の足に斬り付けた。それ以上は相手をせず、新たに迫った相手に攻撃する。

「あちらにも素敵な人攫いさんが現れると良いのだけど」

「攫われたら大変だぞ。うちの子が担ぎ出されかねないだろう」

「それはダメね!」

 カカリアは三節棍を振るい襲い掛かる剣を跳ね飛ばし、回し蹴りを放つ。さらに横から迫る敵に反応し、上から斬りつけてくる剣を束ねた三節棍で受け止める。そのまま即座に伸ばす三節棍の一部を下から振り上げる。

「あら、ごめんなさい」

 若干気の毒そうに言ったのは、三節棍の一撃は相手の男の股間を強打したからだった。もちろん男は声もなく股間を押さえたからだ。真っ青な顔でヨロヨロと動いて、相手の姿が消えた。

 下の段へと転がり落ちていったのである。

「あっ……」

これで間違いなく、下では大騒ぎになるだろう。だが自分の失敗に後悔している暇もなく、カカリアは次の相手に攻撃をしかけた。


「ちょっと拙いわね……」

「向こうの囲みが薄い、そこに突撃してくれ。後は引き受けよう」

「そうね、それしかなさそうね」

「うむ、後は頼んだ。俺はやれるだけやって逃げよう」

 トレストには物事の順序を理解している。

 この場で一番大切なのはカカリア。そしてナニアはアルストルにとって必要な存在である。次は自分だが、しかしドレーズ一家も助けてやりたい。それであれば、この場に自分が残って相手をひきつける事が適切。

 死ぬ気はないが、死ぬ可能性は高い。

 それでも、やらねばならないとトレストは理解していた。同時にカカリアも、トレストの気持ちを正確に理解して頷いたのだった。

「では――」

 その時であった、向こうで行われていたゴーレムファイトで、黄金のゴーレム騎士の放った強烈なパンチが相手のゴーレムを吹っ飛ばしたのは。

 ゴーレムは大きく砕けながら宙を舞い、砂塵をあげて転倒。ただし頭部だけは遙か高くに舞い上がり、見物客の上を飛び越え、トレストたちの頭上さえ飛び越え岩山に激突。衝撃で岩山の一部が欠けて崩落し、崩れた岩や土砂が堆積する場所に落下した。

 舞い上がる粉塵、轟音、衝撃。

 さらに崩落の直撃を受けた地面が鳴動したかと思えば、そこにあった岩や土砂など諸共に地面の中へと落ち込むように消えていく。

 さらに激しい粉塵、轟音、衝撃。

「――――」

 あまりにも大規模な出来事が目の前で起き、轟くような振動衝撃大音響に晒され、しかも一つ間違えば死んでいたかもしれず。その場に居た誰もが動きを止め茫然自失のまま固まっていた。

 そんな中で真っ先に我に返ったのはドレーズとガーガリアであった。

 なぜなら我が子アバラスが口元を押さえ咳き込んだからだ。粉塵を吸って苦しむ我が子を抱きしめ心配する二人の声に、トレストとカカリアも我に返った。

「なんだか分からんが、よし! 今の内だ」

「待って、あそこを見て!」

 カカリアが口元を押さえながら指し示す先、それは地面に空いた大穴だ。

 そこから次々と平たい白味を帯びた甲殻に包まれた平べったい身体に、先端に針のある尻尾を持った姿が現れているのだ。

 それも一体どころではない、湧き出るようにして次々と飛びだしてくるのだ。

「あれはスコルピオ!? まさか地下に巣穴があったのか!?」

 もはや人間同士の戦いどころではなかった。

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