第185話 我が子のためにと頑張る夫婦

 目下、この砂漠の拠点は大騒動。蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。その原因は砂漠で行われているゴーレムファイトだ。

 突如現れた黄金のゴーレム。

 それに対し拠点から出撃したゴーレムたちが戦っている。しかし黄金のゴーレムの強さは異常だった。あるゴーレムは頭部を握り潰され、あるゴーレムは胴を薙ぎ払われ一撃で撃破されていく。

 だから大騒ぎなのだが、しかし様相が少し違う。

 黄金のゴーレムが一定以上は近づいて来ず、ムキになった魔法使い達が自慢のゴーレムを次々と造り出しては戦わせている状態。そして兵士や傭兵たちは、それを観戦して騒いでいるだけ。

 娯楽の少ない世界の、さらに娯楽に乏しい砂漠では最高のエンターテイメントになっていた。

「やはりあれは、アヴェラがつくりだしたに違いないな」

 トレストは岩の上に立って頷いた。隣に並ぶカカリアも同意する。

「そうよね、あんな素敵なゴーレム。アヴェラに違いないわ」

「やはり天才か!」

「天才ね!」

「ならばアヴェラの用意してくれた時間を有効利用するとしよう」

「頑張りましょうね!」

 二人が居る場所は崩落した岩や石が積み重なった場所だ。

 そこから拠点までは急斜面を下る必要があり、そこは足場は不安定であるし、ところどころ深い隙間があって危険だ。だから誰も近づかない場所なのが、二人はそこを危なげのない足取りで下っていく。

 最後にひょいっと飛んで、大勢がたむろする拠点に侵入。

 殆どの者はゴーレムファイトに夢中な状態で、僅かな者が気付いた程度だ。しかしトレストとカカリアがあまりにも堂々としているので侵入者と見なされない。

「アヴェラの言っていた天幕にアルストルの姫様がいるわけか」

「うーん、久しぶりに会うけど覚えてくれてるかしら」

「きっと覚えているさ。カカリアのような素敵な人を忘れるはずがない」

「もうっ、またそんな事を言って」

「それよりどうかな。カカリアは我が家の姫から、あちらの姫に戻りたかったりするのかな」

「まさか。こんなに幸せなのに、どうして戻る必要があるのかしら」

 キャッキャウフフ状態だったが、突然にカカリアが下を向いてしまう。

「でも、どうしましょうね」

「うん?」

「ほらアヴェラにどう伝えるかなのよね。駆け落ちした姫の事をよく思ってないみたいだし……はぁ」

「駆け落ち相手の事もな……はぁ」

 二人は深々と息を吐いて物憂げに目的の天幕へ足を踏み入れた。


「お前ら何者――」

 声をあげた護衛をトレストは拳の一撃で叩きのめした。別の護衛が腰の剣に手を伸ばすが、カカリアが三節棍を振るって昏倒させる。

 二人とも大人げない憂さ晴らしだった。

「大きな声をあげるな。今の俺は機嫌が悪い」

「なんなら声をあげてもいいわよ、ただし私も機嫌が悪くて恐いけど」

「恐い君も素敵だ」

「あなたもよ」

 惚気ながらズカズカ入り込み、瞬く間に天幕の中を制圧してしまう。二人の勢いと迫力もあるが、何より外で行われている陽動のお陰だ。

「あ、貴方たち失礼ですよ。私はアルストルの後継者ガーガリア姫です」

「そして俺は、その夫のドレーズだ。無礼は許さぬ」

 ガーガリアとドレーズは怯えをみせながら、それでも懸命な虚勢を見せている。そしてナニアは眉をひそめてカカリアを見つめ、何かを思い出そうとしている。

 カカリアは眉間を抑えて深い息を吐いた。

「だーれがアルストルの後継者ですって」

「勿論この私、ガーガリア姫……」

「はぁ、ガーガリアね。ガーガリア、そうですか」

 カカリアは笑顔だが迫力のある鋭い目を向ける。

 普段は穏やかで優しい女性だが、こうなると百戦錬磨の警備隊長トレストでさえ震え上がる目付きだ。

 突如現れた侵入者に困惑していたナニアだったが、急にハッとした。

 カカリアの恐ろしい目付きが記憶を刺激し、何かを呼び覚ましたらしい。

「お姉様? お姉様ですよね!」

「えっ? えっと、覚えてたの? 貴女、まだ四歳だったのに」

「はい! ずっと探していました。誰に聞いても教えてくれず記録もありませんでしたが、ずっとずっと憧れてお姉様に会いたいと願っておりました」

「あら、そうだったの」

 話をするカカリアが油断していると思ったのか、ガーガリアとドレーズが目配せすると同時に二人がかりでカカリアへと飛び掛かった。

「人が話している間は大人しくなさい」

 カカリアは振り向くと正面に向かって掌底を放った。正面から来ていたガーガリアは鼻面を打たれ、ぶっ倒れる。その手が引かれると同時に反対の手が振るわれ、束ねて握っていた三節棍がドレーズの腹を打つ。

 周りに居た護衛達も動こうとするが、トレストの一睨みで動きを止めた。

 だが一人は壁際に動いた。そこから外に向け大声を出そうとして、しかしトレストが蹴り飛ばした薬缶が飛んで男に命中。頭に一撃を受けた男は、声をあげる間もなく悶絶した。

 二人の早業に辺りは静かなままで、倒れたガーガリアとドレーズの苦悶の声が響くだけだった。外からはゴーレムファイトに対する歓声が騒々しく響いてくる。


「さて、どうしましょうね。積もる話はありますけど、こんな場所では落ち着いてお喋りできないもの」

 カカリアは悩むと、天幕の奥から転がるように飛び出す姿があった。

「やめて、お父とお母をいじめんといて!」

 ぽっちゃりとした少年だ。今にも泣きだしそうな顔をしてガーガリアとドレーズを守るように、カカリアの前に立ちはだかる。ガタガタ震えながら、それでも両手を広げて必死だ。

 流石にカカリアも少年相手に攻撃する事はない。

「お二人のお子さん? お名前は?」

「ア、アバラスです……」

「そうなの、アバラス君ね。別に君のご両親をいじめるつもりはないわ。私は身を守っただけですから」

「でも、僕の大事なお父とお母だで。迷惑かけてる僕を守っとくれる、大切なお父とお母だから!」

「良い子ね」

 カカリアが微笑んだ時であった、アバラスが激しく咳き込んだのは。口元を押さえて何度も咳き込み膝を付くが、手の間からこぼれ落ちるのは明らかに血だ。

 途端にガーガリアとドレーズが必死の形相で這い寄った。

「アバラスしっかりおし」

「直ぐに薬を飲むんや。慌てんでいい、お父もお母も大丈夫やでな」

「ゆっくり息をするんだよ」

「おら水を持ってくら」

 蹌踉めきながら水を探すドレーズの前に、水で満たされた器が差し出される。それをしたカカリアは、仕方なさそうな苦々しい顔だ。

「あ、あんたぁ……」

「子供に薬を飲ませるのでしょ。早くなさい」

「すまねぇな」

「まったくもう、やりにくいったらないわ――で?」

 カカリアは言い終えると同時にナニアに目を向ける。何か事情を知っているのかと問いかけたのだ。同じ天幕に居たので少しぐらいは事情を知っているのではないかと思ったのである。

「はい、お姉様。こちらの方々はコーミネ家に雇われたか使われたのか、そこは分かりませんけど利用されているのは間違いありません」

「なるほど」

「それで私にお姉様だと認めさせてお姉様の立場を利用してお姉様が帰還した事にしてお姉様がアルストルの後継者であると主張しようとしていたのです」

「ナニアちゃん。貴女ひょっとして、お姉様って言うの好きなの?」

「はい! とっても!」

「そ、そうなの」

「ずっと、お会いしたいと思っておりました。エルフの長老に占って頂きましたら、既に見つけていずれ分かるとの事でしたが。もしかして側にいらしたのですか?」

 目をキラキラさせるナーちゃんの姿にカカリアは困り顔だ。

「話は後にするわよ。とにかく、今の内に逃げないと」

 カカリアは短剣を抜き放ち、ナニアの足を拘束していた細紐を切り離した。怪我自体は既に回復薬で癒やされており、立ち上がるナニアの動きに問題はない。

 辺りの護衛を牽制しつつ出口へと向かうカカリア達へと声が飛ぶ。

「待っとくれやす!」

 言ったのはドレーズだった。

「おら達は用済みになったら殺されちまう。せめてアバラスを! いいや、アバラスとガーガリアを連れてってやっとくれ。おらはどうなってもいいんで、この通り!」

 ドレーズは床に額を擦りつけて頼み込む。

 その姿にガーガリアが縋り付き、アバラスも一緒になって抱きつき泣いていた。

「「…………」」

 カカリアとトレストは顔を見合わせ、そして同時に肩を竦める。親子家族に対する愛情の強い二人が選ぶ選択は、もちろん一つしか存在しなかったのだ。

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