第183話 潜入捜索発見からの
辺りには天幕が並んでおり、岩と岩の間に日除けの布が張られていた。
そうした日除けの下に雑然と置かれた木箱には剣や斧、また弓などの飛び道具が突っ込まれている。また大きな木樽が並び、そこらの砂が湿っている様子からすると水が入っているようだ。
殆どの者は日除けの下から出て空を見上げている。
「何が起こった、さっきのあれは何だったのだろう」
「太陽がもう一つ現れたのを見たが……」
「恐ろしい感じがしたよ、禍々しいなにかを感じた」
「狼狽えるな! 騒ぐな! 落ち着け!」
辺りには喧噪が満ちて、困惑や不安の声、それを宥める声や怒鳴り声、仲間を呼ぶ声などが響いている。まさしく混乱の最中。
少し前に空に太陽の如き輝きが現れ大音響が鳴り響いたのだ。そんなものは誰もが初めて経験する事で不安が強い。そして人は不安な時は誰かと喋りたがる。
互いに誰かをつかまえては、何が起きたのかと話し込んでいる。
だから見覚えのない相手が話しかけてきても、それほど気にもしなかった。
「なんだか恐いですよね。さっきの見ました?」
男に話し掛けたのは少年だ。
砂漠の民ではないとすぐ分かる顔立ちは、まだ少年の面影が強い。装備は腰に差している剣と短剣も含め年齢のわりには立派。恐らくは雇われの冒険者だろうと思われた。
問われた男は何度も頷いた。
「お前も見たか、あれは一体なんだったのか……」
「あっちで誰かが言ってましたけど、あれは太陽神さまの怒りではないかと。良くない事の前触れじゃないかって、それどうなんでしょう」
「おいおい滅多なことを言うもんじゃないぞ」
「すいません、ちょっと不安になって」
申し訳なさそうにする少年に男は軽く笑った。
「まあ気にするな。誰だって不安になって当然ってもんだ」
「そういえば偉い人が居るって話ですけど。偉い人なら、さっきのあれが何か分かるかな。聞いたら怒られますかね?」
「やめとけやめとけ。あそこに近寄ると煩いぞ」
男は軽く手を振って、いけ好かない偉い奴らのいる天幕を見やった。それにつられた少年もそちらを向いて頷いている。
「なるほど、そうですか」
少年は困った顔をして頭をかくと、その後ろにいた二人組と共に去って行く。その二人組が女に見えたが、それを男が確認するより先に別の者が話しかけてきた。
「あーやれやれだ」
アヴェラはぼやいてフードをかぶり直した。
人の集まりから離れ、積まれた樽の後ろで息を吐く。後ろをついて来たノエルとイクシマも、顔を覆っていた布を外して何度も呼吸を繰り返す。
「息苦しいんじゃって、暑いんじゃって、喉が渇いたんじゃって」
「イクシマちゃん声が大きいよ」
「むっ、そうであったか。すまぬ」
「いまのうちに、お水を飲んでおこっか」
「そうじゃな」
ノエルとイクシマは革袋の水を素早く飲んで、手の甲で口元を拭う。
騒動に紛れて怪しい連中の拠点に忍び込み情報収集の最中。
こういった場合は一度懐に入ってしまえば、堂々とさえしていれば、案外と見つからないものである。ただしノエルとイクシマは目立つため、きっちりフードを被って顔も覆っていたというわけだ。
「父さんと母さんに連絡はどうするかな。こういう時に、スマホとか携帯がないのは辛いな」
「なんの話?」
「いや何でもない。とにかくだ、今ので偉い連中ってのがいる場所が分かった。さっさと中を確認に行くか」
「そうだよね、うん。ここまで上手く行ってるから頑張らなきゃだよ。あっ、でも私が頑張ると駄目かも。あははっ……はぁ」
不運の加護を持つノエルは自嘲気味に溜息を吐いた。
アヴェラは軽く笑って立ち位置を変え、ちょうど通りかかった相手からノエルの姿を隠す。そうやってフォローをして笑いかける。
「大丈夫さ。早いとこ行こう」
「うん、今の内にすませないとだよね」
ノエルもイクシマも布で顔を覆い、フードを目深に引き降ろした。
「ところで、お主なー。さっきのは何じゃ」
隣を歩くイクシマがくぐもった声で囁いてくる。
「その何じゃとは何だ?」
「だーかーらー。お主のやらかした爆発のくせに、太陽神さまの怒りだとか、良くない事の前ぶれとか言っておったじゃろが」
「ああ、あれ。爆発慣れしているイクシマならともかく、ここに居る人たちは爆発を不安に感じてる。だから流言飛語ってやつで混乱させてるだけだ」
「お主どうしてそうなん? なしてそんな悪い事ばっか思いつくん?」
「普通だろ」
しれっと答えながら見るとイクシマは小さく頭を振っている。さらに後ろのノエルを見れば軽く肩を竦めているではないか。
「いや、普通だろ」
アヴェラはもう一度呟いた。
崩れた岩山の少し上段に並ぶ天幕に向かう。
そこまで真っ直ぐにあがる道がある。だがアヴェラはそこは通らず、少し手前から蛇行している人の少ない道を選び歩きだした。
ここで見つかっても面倒なため、時々、空を見上げては不安がる様な素振りもしていく。他の連中がそうしているので、あまり目立たないようにするための小細工だ。
アヴェラたちは上段に移動した。
拠点全体が見渡せる位置のため、軽く辺りを見回しておく。
岩山は斜めに崩れており、下の平場には大きな石がゴロゴロしている。まるで何か地下で崩れたかのような地形だ。
普通の魔術師たちは、そうした石を利用してゴーレムを用意しているらしい。
「怪しい天幕は、あの二つだな」
上段に目を戻して観察した結果、人の出入りが少ない天幕を選ぶ。
「なしてなんじゃ?」
「そりゃ偉い奴がいるなら、人がちょろちょろされると嫌がるだろ。それにナニア様が囚われてるなら、できるだけ人は近づけたくないだろうし」
「なるほど道理じゃな。で、どっちにするん?」
「そうだな……」
アヴェラは軽く腕組みをした。
あまり悩んでいる時間もないしチャンスも少ない。一度だけなら間違って天幕に入ったと言い訳が立つが、これが二度ともなると疑われてしまう。
だが、アヴェラはニヤリと笑った。
「ノエルならどっちにする?」
「私? そうだね……うん、私だったら右のにするかな」
「そうか分かった」
言ってアヴェラは左に向かった。
「ううっ、納得だけどショック。ううん、ここは皆の役に立ったと思わなきゃだよ。そうだよ、私の不運が役に立っているんだよ。あははっ……はぁ」
ノエルは、今日二度目となる自嘲の溜息を吐いていた。
風よけに使われた布の前を通過。
そこに施された剣と蠍の紋章を横目に素早く進む。辺りではアルストルを襲撃したのと同じ格好の者や、雇われたとおぼしき冒険者の姿もあった。
ただし冒険者はアルストルの者ではなさそうだ。どこがどうとは言えないが、身に付けているものが少し違う。
出来るだけ目立たないよう、静かな足取りで天幕に近づいた。
ノエルとイクシマは外で待機し、アヴェラだけが一人で自然な動きで中に入る。
――薄暗い。
そう感じたのは外の明るさに比しての事で、使われている白布を通して入る光のせいで白んで感じる。分厚そうな生地の織物が周囲に巡らされ、そこに使われた赤や青の色が目を引く。差し詰め間取りは六畳半といった具合。テーブルやベッドも置かれているが、砂漠という場所に不似合いな豪華なものだ。そして――。
ナニアがいた。
アヴェラに気付いて目を見張るが、それ以上の反応を見せない。近くに別の者が何人か居るため下手な行動を控えたのだ。流石は冒険者をやっていただけあって、この辺りの判断は的確だった。
内部に居るのは武装した兵が数人と、やや年上の男と女。この全部を一気に無音で倒すには数がありすぎ、そして少し距離と位置が悪い。
男が険しい顔で睨んできた。
「お前は何者だ。ここが誰の天幕か知らないのか」
「あっ、すいません。慣れてなくて間違えてしまって。どなたの天幕でしたか?」
「知らなければ教えてやろう、ここはアルストルの後継者ガーガリア姫の天幕。こちらが姫で、俺は姫の夫のドレーズだ」
これが噂の迷惑姫とその夫なのかと、アヴェラは呆れた目をした。
しかしナニアがうんざりした顔で頭を振り、アヴェラに視線を向けてきた。
「そこの方、違いますよ。この人は私の知る、お姉様とは違いますから。名前も顔もはっきりとは覚えていませんが、お姉様はもっと強く堂々として、ちょっと恐いけれど優しい方でしたから。だから違います」
「またそれを言う。いい加減に私を叔母さんだと認めなさい」
「違うものは違います。あなた方はお姉様とは関係ありません」
喧々囂々と言い争いつつ、ナニアがそっぽを向き――ただし、その目はちらりとアヴェラを見据える。そのアイコンタクトに気付かぬアヴェラではなかった。
今はとりあえず引くべき時だ。
「あー、すいませんでした。失礼します」
さも困惑しながら間違って入った天幕から出て行く素振りで踵を返す。外で待機していたノエルとイクシマと合流し、その場をそっと離れる。
とりあえず目標は確認できて、後は助け出すだけだ。
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