第182話 エルフの魔法教室、砂漠で開催中
半ば崩れた岩山の日陰などを利用し、拠点がつくられている。
あちこちに天幕や日除けが設置されており、腰高に日干しレンガを積んだ防壁もあって、それなりの拠点となっていた。
辛うじて人の姿形が見える距離のため正確な数は不明だが、見えている範囲でも数十を超えそうな人々の姿があった。天幕などを考えれば、さらに多いのは間違いなかった。
しかし、もっと別なものがアヴェラの目をひいている。
ゴツゴツした物体があちこちに立っているのだ。強いて言うなら石を繋げた人形のようなものだ。単なる彫像かと思いきや、ゆっくりと動いている。しかし周りの人と比べれば倍以上の大きさがあった。
「あれは何だ?」
「御兄様、あれはゴーレムなんです」
砂丘の上で膝をついたアヴェラの襟元から白蛇ヤトノが這い出し、そのまま頭の上にちょこんとのる。
「ここらは大地の神の力が強いですから。簡単につくれるのでしょうね」
「つくれる? なるほど」
ゴーレムがあれば数の不利を少しでも補えるだろうし、もしくは陽動にも使えるだろう。とても便利である。
「どうやってやるんだ?」
「申し訳ありません、わたくしは人間の魔法は詳しくないので。あっ、でもでも。何でしたら。人間をつくりだした時のやり方を太陽神に確認します。ちょっと脅……頼めば教えてくれる筈ですから」
ヤトノは健気で一生懸命だ。ただ、その正体が厄神の一部と知っている者は顔を引きつらせるしかないのだが。
ただしアヴェラはあまり気にもしてない。
「そうだな。ゴーレムがつくれればありがたいし、そこはお願い――」
「やめんかあああっ!」
イクシマの一撃でアヴェラは砂丘に突っ伏した。
「この邪悪なエルフめ。いきなり何するんだ」
足元の砂は日射しによって熱を帯びている。文句を言うだけにとどめたアヴェラは優しいと言えるだろう。
「当たり前じゃろが。そういうの、
「だがゴーレムは必要だろうが……」
「良かろう、この我が教えてやろうではないか。感謝せよ」
「分かった分かった、ほら教えさせてやるよ」
「そこはっ! 素直に頼むべきじゃろがあああっ!」
イクシマは砂を蹴散らし騒ぎ立てている。
一度砂丘を下って目立たぬ場所に行き、イクシマによる魔法講座が始まった。久しぶりに教えるということで少し得意そうで張り切っている。
トレストとカカリアは辺りを警戒し、魔法に夢中な子供らのフォローをしていた。
「では良いか。我がやってみせようぞ」
「いいから、はよやれ」
「くっ! このっ……まあいい、我は寛大にして優しいでな。特別に許してやろうぞ。では、とくと見て覚えるがよい。大地の神の加護よ、クリエイトゴーレム!」
足元の砂が盛り上がって形を取る。
それは小柄なイクシマと大差ない大きさの物体だ。丸石を繋げたような姿だ。散々勿体ぶった割りには、あまり大した事がない。
だが、トレストとカカリアには好評だ。
「凄いわね。こんな簡単に魔法を使いこなすだなんて素晴らしいわ」
「うちの職場の魔法担当でも、こうは出来ない」
ぱちぱち手を叩いて称賛されるため、イクシマはすっかり得意になっている。それで、ずいっとアヴェラに迫って大いばりだ。
「どうじゃ、見たか!」
「小さいな」
「これは、お試しじゃからな。それよりも! 他に言う事があろう? 例えば我を誉め讃えるとか、誉め讃えるとかな!」
「ああそう、凄い凄い」
「こやつ全く心が籠もっとらん」
ぶつくさいうイクシマをノエルが取りなした。
「まあまあアヴェラ君も感心してるからさ。それより、私もやってみるね」
「うむ、コツはゴーレムの姿をしっかり思い浮かべるのじゃぞ」
「了解なんだよ」
ノエルは手を握って突き上げ、微笑ましいぐらい大張りきりだ。
「しっかり思い浮かべて、むむむっ。大地の神の加護よ、クリエイトゴーレム!」
足元の砂が盛り上がって形を取る。
姿形と大きさはイクシマのゴーレムと大差ない。ただ、もう少しだけ丸っこく愛らしい雰囲気が漂う。
「さすがだ。ノエルのゴーレムは無骨で凶暴で質実剛健さが少しもなくて、優しさを感じる。これはきっと、心に秘めた性格というものが滲み出るのだろうな」
「お主、何ぞ言いたいんか?」
「いや別に」
「ふんっ! じゃったら、お主もやってみせよ。ゴーレムであれば、如何にお主だろうと問題なかろ。いつもみたくな酷い事にはなるまいて」
「なるほど、イクシマ公認か。たとえ何があっても責任はイクシマにあると」
「やめよおおおっ! なしてそんなこと言うん!?」
砂丘に挟まれた谷間でイクシマの悲鳴のような声が響き渡る。普段の惨事を知らぬトレストとカカリアは、三人のやり取りを穏やかに見守っていた。
アヴェラは腕組みして考える。
どうやらゴーレムの造型は想像した通りになるらしい。それであれば、いろいろ思うがままにできるだろう。なぜなら前世では様々な造型に溢れていたのだから。
「やはりここは……」
「おい、止めよ。余計な事を考えるでない。素直に、素直にな。普通にやればいいんじゃぞ。よいな、我との約束なんじゃぞ」
「安心しろ。何の問題もない。大地の神の加護よ、クリエイトゴーレム!」
砂が盛り上がり、アヴェラの目の前に人の背丈ほどもある像が出現した。
鎧を着たような人型。左肩には棘があり、右肩には盾がある。頭はヘルメットを被ったように丸く、横スリットになった隙間の中に光る目が一つ。口元から左右に配管が伸びているように、あちこちに配管が露出している。
他のゴーレムを土偶とすれば、これは洗練された工業製品だ。
「えっ、なんぞこれ」
「ゴーレムに決まってるだろ」
「我の知っとるゴーレムと違うんじゃが」
「じゃあ、今日からこれがゴーレムと思うんだな。さて、動かし方は……ああ、何となく分かるぞ」
まさに何となくだ。
自分が思ったように動かせると分かる――が、アヴェラのつくったゴーレムは動かない。動こうとするとミシミシと音をさせ、あちこちから細かい破片を散らし、突如として足が砕けて転倒した。
「関節の概念が足りなかったか……もっとしっかり想像しないと駄目か」
「あのー、なんと言うかだけど。もう止めた方がいいかなって、それ以上やると良くない方に行くって私は思うんだけどさ」
「問題ない、次は上手くやる。まずは関節、関節。フレームがムーバルとかだな。駆動系から考えて動力もないとダメだな」
「あっ、これ絶対ダメな方だよね」
ノエルは確信を抱いた。
「ならば止めねばなるまい、そうであろ」
「でもさ、アヴェラ君がやりたいんだから仕方ないよ。だから逆に考えようよ、ここなら他に被害は出ないって」
「えっ、本気なん? じゃったら我らはどうなるん?」
「あははっ、多分大丈夫なんじゃないかな。今までも大丈夫だったから」
ノエルは間違いなく、一つの諦めの境地に達している様子であった。味方の減ったイクシマは頭を抱えて膝をつき、砂の熱さに悶えて跳び上がっている。
「今度こそ! 大地の神の加護よ、クリエイトゴーレム!」
アヴェラの気合いと共に、足元の砂が盛り上がる。出現したのは先ほどと同じ姿のゴーレムで、あまりの呆気なさにイクシマは逆に不安を抱いている様子だ。
「えっ? どうしたん」
「だから問題ないと言っただろう」
「おかしい、こ奴の魔法が普通とかありえんのじゃって。どっか具合悪いん?」
「人の事を何だと思っているのやら」
ゴーレムは砂地の上をしっかりとした足取りで歩く。武装は斧で、なかなか頼りになりそうな様子だ。
「どうだ、凄いだろう。あまり疲れた感じもないし、まだまだ行けるぞ」
「御兄様の為に大地の神も協力しております。あれも地味ですからね、こういう目立てる機会があれば大喜びなのですね」
「よし次は武装が鞭とか、ホバーで動けるタイプもいいな」
「いっぱい試しましょう」
ウキウキのアヴェラにヤトノは嬉しそうに語らうが、しかしノエルとイクシマは不安を拭いきれていない。いつ何が起きるか身構えている二人は、だからゴーレムの異変にいち早く気付いた。
「あっ!」
「むっ!」
その声にアヴェラもゴーレムに目を向けた。
歩いていたゴーレムの動きが徐々に鈍くなっていき、やがて完全に止まった。その胴体から重く鈍い音が響きだし、細かく震動し全身に亀裂やひびが入り、細かな破片が落下しだしていく。
凄く嫌な雰囲気だ。
「あっ、何だか果てしなく嫌な気配がするよ」
「ほーら見ろ、ほら見ろ! 我の言う通りじゃろが! これ凄く濃厚な死の気配がしよる。やっぱりじゃ!」
その時であった、アヴェラの頭上から白い影が飛びだしたのは。
ヤトノは白蛇から人と姿を変えるが、いつものような余裕もみせず、着地すると同時に恐ろしい速さで腕を振り払った。
「ちょいさー!」
ゴーレムは遙か上空へと素っ飛んでいき――爆発した。
かなりの距離でも分かるほどの大爆発、まるで太陽がもう一つ出現したような眩しさだ。もしも地上で爆発していれば、大被害だったに違いない。
「んなっ……」
イクシマは空を見上げたまま口を半開きにしている。
その横のノエルは頭痛でもおこしたように額に指をあて、アヴェラを見やった。
「あのさ、今のって何?」
「恐らくだが、熱核ジェットエンジンが暴走したに違いない」
「ごめん分かんない」
「機体を動かすにはエネルギーが必要だろう。そうするとエネルギーを供給するためのエンジンが搭載されるのは当然というものだ」
「何だか分かんないけどさ、爆発するならダメじゃないかな」
「……少し出力が高かったのかもしれないし、エンジン強度が足りなかったのかも。もう何度か試せば大丈夫だろう。問題ない」
「うん、そうだけどさ。もう無理じゃないかな。だって、今ので相手も異常に気付いたんじゃないかな」
空で大爆発をしたのだから、崩れた岩山の連中も気付いて当然だ。
全員で砂丘をのぼって様子をみると、確かにその通りだった。空を見上げて右往左往して、互いに衝突して転倒したりもしている。
まるで天変地異に遭遇したような――いや実際そうなのだが――様子だ。
「連中は空を見て、大慌てだ。今の内なら近づいても大丈夫だろ」
アヴェラは堂々と言った。
「おお、流石はアヴェラだ。そこまで考えていたのだな」
「そうよね。これで近づいても気付かれないもの。早く行きましょう」
「さっきの爆発も凄いぞ、あんなもの見た事もない!」
「やっぱり、うちの子は凄いわね」
「その通りだ!」
嬉しそうな夫婦の声を耳にして、これは親の教育方針が悪いのではないかと勘ぐりだすノエルとイクシマであった。
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