第181話 サクサク進むよ砂漠のなかを

 アヴェラたちは街を出た。

 向かう先はアルストル――と、見せかけて砂丘を幾つか越えて砂漠の街から見えない位置まで来たところで大きく進路を変更。トレストたちが情報を得た一団のいる場所を目指す。

 大量の食料などが運び込まれているという場所だ。状況から考えれば、そこが相手の拠点とみて間違いない。

「まあ、単なる開拓団という可能性もあるけど」

「大丈夫だ、そこは母さんと一緒にな。丁寧に相手に問いただして確認したんだ、間違いない。なぜなら他ならぬアヴェラのために!」

「……わー、うれしいな。でもまあ、人が動けば物が動くわけだし。他に怪しい動きがなかったのなら、そこで間違いないのだろうけど」

 ややおざなりに言ったのだが、しかしトレストは拳を握って両手を掲げている。カカリアも小さく拍手して一緒に喜び、まさに仲良し夫婦そのものだ。

 熱い砂に足を取られる。

 これだけ暑く熱いとなれば夜間に動いた方が遙かにマシだろう。しかし、今は急ぎである。少しでも先に進んで確認したいところだ。

 殆ど一列になって黙々と進んでいく。

 砂丘を上って下ってまた上り、淡褐色をした世界を進む。時には砂を含んだ大風を伏せてやり過ごす。ノエルが頻繁に砂を被る以外は、問題なく進んでいた。

「少し休もうか」

 全体のペースが少し落ちたことを感じ、アヴェラは提案した。

 それぞれ水袋を取り出し、生温い水を口にする。

 魔法で冷たく冷やして飲みたいところだが、こんな暑さの中で冷たい水を飲めば体調を崩す危険がある。だから、お湯になる数歩手前の水を飲むしかなかった。

「むっ、なんぞ音がしよる」

 その時、イクシマが反応した。軽く腰を落とし辺りを警戒している。

「エルフイヤーは地獄耳だな」

「やかましい……これ、近づいて来るんじゃって」

「警戒した方がいいな」

 アヴェラも辺りを見回すが、それらしい何かは見当たらない。だが、イクシマを疑うこともなければ油断することもしない。

 やがて、足元から微かな振動を感じた。

「むっ、これ真下から来よる! 避けよ!」


 皆が同時に、その場から飛び退いた。

 直後、それまでいた砂地が下に陥没。直後に砂が噴き上がる。辺りに砂が雪崩打って落ちてくるが、またもノエルが砂まみれになっている。

 イクシマは戦鎚を構えて勢い込んだ。

「間違いない! これサンドメメズなんじゃって。逃げてもどこまでも追ってくる、しつこい奴なんじゃって」

「それは面倒だな」

「うむっ、さあやるぞ! 早く倒さんと面倒じゃぞ!」

「確かにそうだな」

 アヴェラは静かに頷くが、ヤスツナソードを抜く素振りもない。そして落ち着きはらって魔法を唱える。

「水神の加護よアクアボール」

 サンドメメズは水分を奪われ動きが鈍った。

 そしてアヴェラの手元に現れた水の塊がサンドメメズ目がけて飛んで行く。それは咆吼をあげる大きな口へと消えていき――。

 サンドメメズは弾けた。

 飛び散る肉片と体液の中で、イクシマは戦鎚の振り下ろし先もないまま呆然となっている。ややあって我に返った。

「何すんじゃって、戦ぞ! 父上が手こずったという大物との戦じゃったのに! なして邪魔するん? そーれーに、その魔法って禁止じゃったろが!」

 一気に言って心から悔しそうだ。

「緊急事態なんだ。今ここで使わないでどうする?」

「はっ! まさかお主、緊急事態にかこつけ魔法を使いまくる気でなかろうな」

「そんなはずないだろ」

「なぜ目を逸らす」

 イクシマはアヴェラに詰め寄ると、キッと鋭い目で見上げてくる。

「お主の魔法は禁止じゃ。よいな、我との約束じゃぞ」

「ほう、だったら時間をかけて戦って。その間にナニア様がどうなっても構わないと言うのか?」

「こやつ開き直りおった」

「別にそういうつもりはない。それよりナニア様は友達なんだろ」

「むっ……そうじゃが」

「友を救うために使えるものは全て使い、全力を尽くす。それこそ友情じゃないか」

 それを聞いたイクシマは小さく唸った。そして、友情と言う言葉を何度か呟いている。死の加護のせいで友達もおらず、友情というものに強い憧れがあるのだ。だからアヴェラの言葉に迷ってしまうのだ。

 たとえ世のため人のためにも存在しない方が良い魔法を前にしてもだ。

 普段ならここでノエルが諫めるかツッコミを入れるのだが、残念ながら今は砂まみれ状態。カカリアに砂を払って貰っていた。


 トレストがグレイブを担ぎ直しながらアヴェラに話しかける。

「アヴェラよ、今の魔法は何だ? アクアボールを唱えていたようだが……」

「そのアクアボールで間違いないよ」

 アヴェラは少しばかり得意そうに、自分のアクアボールについて説明をした。即ち対象から水分を奪い取り、それを圧縮して相手の体内に放り込み気化させ千七百倍に膨張させるという凶悪魔法について。

「…………」

「海神様や水の神様からもお墨付きの魔法だよ。でも暗殺とかに使われると拙いからね、こういう人目のない場所でないと使えないけど」

「……なあアヴェラよ」

 トレストは深々と息を吐いた。

「アヴェラは魔法の天才だったか! 凄いぞ、こんな魔法は見たこともない!」

「凄い……全肯定しよる」

 イクシマは心の底から呆れ返った。

 ようやくノエルを砂まみれから救ったカカリアがやって来た。

「お父さん、何言ってるのよ」

「ママ上っ。そうじゃ、言ってやって下され」

「アヴェラは魔法の天才じゃなくて、魔法も天才なのよ。剣も魔法も天才なの!」

「こっちもなんか……」

 イクシマは天を仰ぎ見た。

 だが、真の援軍は遅れて来るものだ。フードの端をつまんでパタパタ振りつつノエルがやって来た。

「ううっ、まだ砂が入って気持ち悪い。日頃の行いは良い方だって思うけど、なんでこう不運ばっかなんだろ。やっぱりこれって、加護のせいだよね」

「大丈夫だったか?」

「あっ、うん。大丈夫。ちょっと泣きそうだけど頑張らなきゃだね」

「まだ砂があるなら払うのを手伝うが」

「えっと大丈夫、あとは服の中だから。それとも手伝ってくれる?」

 少し悪戯っぽく笑うノエルに、アヴェラは頭をかくしかない。

「それでさ、今の魔法は注意しなきゃだよ。トレストさんとカカリアさんは大丈夫だけどさ、やっぱり誰かに見られたら大変だもの」

「ここなら大丈夫だと思ってな」

「うん、そうだよね。アヴェラ君がそう判断してるのは分かってるし、信じているから。でもさ、一応は注意しなきゃだから」

 今度はニッコリ笑ったノエルだが、アヴェラの頬を触れるようにつついてみせる。そんな事をされたアヴェラは、やれやれと肩を竦めるしかなかった。


 再び移動を開始。

 途中で遭遇したスコルピオやサンドメメズをさくさく倒す。イクシマが突っ込みアヴェラが追いかけ、アヴェラが魔法を使ってイクシマが咆える。もちろんトレストやカカリアも活躍していた。

「ううっ、なんだか私だけ活躍してないんだよ」

「気にする必要はない、ノエルはそこに居てくれるだけでも十分だし、本番はこれからなんだ。だから出来るだけ体力を温存しておいてくれ」

「うん、そうだよね。了解なんだよ、後で頑張るから」

「頼んだぞ」

 和やかな会話をする横でイクシマが砂を蹴った。撒き散らされた砂が扇状に広がって砂地に模様を描く。だが、それも風がひと吹きすれば消えてなくなる。

「なんぞ、我との扱いが違いやせんか」

「ノエルはノエルだし、イクシマはイクシマだ」

「むっ、そうなんか」

「ああ、そうだ。イクシマは手のかかるペットみたいなもんだし」

 アヴェラは凶暴エルフに張り倒された。

 そんな様子を夫婦が微笑ましそうに眺め、顔を見あわせて砂丘を上っていく。我が子が張り倒されても気にしてないのは、トレストもカカリアによく張り倒されているからかもしれない。

 砂丘の上まで行ったトレストが不意に足を止め、手で合図をした。そしてカカリアと二人で砂に膝をついて様子を窺っている。

 アヴェラたちも急いで追いかけ、同じように砂丘の先を確認した。

 砂漠の中に半ば崩れた岩山が存在している。そこに幾つかのテントが張られ、動き回る人の姿が見えた。

「あれか……」

 遠目ではあるが、その風よけに使われた布の一つに剣と蠍の紋章が確認できる。武装している連中の姿格好は、確かにアルストルを襲撃した連中と同じでもあった。

「つまり、ここで間違いないよね。やったね、一回で見つかって良かった」

 日頃不運なノエルは、相手を見つけられた事に両手を握って喜んでいる。

「ナニア様も居るよね。きっと居るよね」

「ああ居るだろう」

「よーし、私頑張っちゃう。絶対助けようね、だってお友達なんだから」

 ノエルも昔から加護のせいで友達が居なかった。だから、友達というものを非常に大事に考えているのだった。

 そして、それは勿論アヴェラも同じだ。

 ただしこちらは前世から引きずっている筋金入りであるのだが。

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