第180話 やるべき事の数々

 トレストとカカリアは何とも言えない微妙な顔で頭を抱えていた。

 砂漠の街の宿に戻り状況報告をした結果だが、アルストル後継者という大公の妹の話を聞いた途端に、この有り様だ。

 やはりアルストル大公とカカリアが恋人関係だった可能性が濃厚だと、アヴェラは確信した。なんにせよ両親を悩ませている、大公の妹に静かな怒りを燃やした。

「今回の騒動に大公の妹が関わってるならさ、ナニア様は安全だよね。だって姪っ子だもの、うん」

「そうとも言えない。むしろ危険になったかもしれない」

「ごめんね、それ分かんない。どうして?」

「ナニア様は唯一の後継者だろ。大公の妹からすれば自分が権力を握るには邪魔な相手だ。ナニア様がいなくなれば、自動的に自分が後継者になる」

「でも親戚だよ、家族なのに」

「骨肉の争いなんて、いつの時代でもありうるものさ」

「はぁ、色々言いたいとこあるけど。取りあえず、うちはそうならないように頑張るってことだね」

 ノエルは両手を握って気合いを入れている。

 だがアヴェラは悩んでいた。母カカリアが大公と関係があったなら、その妹とも知り合い。もしかすると妹の失踪にも関わっていたかもしれない。

 脳裏に駆け巡るのは前世のメロドラマ。

 お忍びででかけた大公と偶然出会うカカリア、そして幼馴染みのトレスト。恋の三角関係が展開されて、そこに意地悪な大公の妹が登場し二人の仲を裂こうと画策。応援するトレスト、正体のばれる大公、しかし心揺れるカカリア。意地悪な妹は何かの悪事が発覚し追放され失踪扱い、しかしカカリアは最終的にトレストを選びハッピーエンド。

「なんだか大公の妹が意地悪な奴に思えてきたな」

「うーん、本当にそうなのかな?」

「きっとそうだ」

 アヴェラが確信と共に断言すれば、カカリアが卒倒しそうになってトレストに支えられている。


「早く助けに行かないとナニア様が危険だな」

「そうなんか!?」

「しかし、いくら大公殿の妹でも許せないな。そもそも大公一家として育てられておきながら、周りの迷惑も考えずに駆け落ち出奔するなんて無責任すぎる」

 アヴェラの言葉にカカリアは死にそうな顔だ。

「お主はそうは言うがな。やっぱし我も惚れた男と一緒になりたいって気持ちもな。ほれ、分かるじゃろって」

「だったら、相手の男も男だな。いくら好きでも身分ある姫だぞ、そこは身を引くべきだろう。それなのに、自分の感情で突っ走って連れ出しているわけだ。きっと、とんでもなく自己中心的な奴に違いない」

 アヴェラの言葉にトレストも死にそうな顔だ。

「いや、お主はそう言うが。そこは愛じゃろ、愛!」

「どうだかな。おおかた、大公の妹が持ち出した宝石とかを売って生活して。それが尽きて、今回の事件を引き起こしたのか加担したかに違いないな――ん?」

 ふと気付くと、シクシク泣くカカリアが沈鬱な顔のトレストに抱きかかえられているではないか。アヴェラは慌てた。当時を知る二人がその様子なら、もっと複雑な事情があったかもしれないのだ。

「まあ、全部憶測だから。全くの見当違いかもしれないよな」

「アヴェラ君ってば、ときどき凄く変なこと考えるからね。きっと考えすぎにちがいないよ、うん」

「だな。大公閣下から聞いていた話と少し違うのが気になるがな」

 先日の話からすると大公は妹の所在を掴んでおり、しかも妹の息子を優秀だと誉め讃えていたぐらいだ。謀反の心配はしておらず、今回の件でも疑いすらなかった。

 もし大公の妹が砂漠と関係していたなら、それぐらいは掴んでいるはずだ。

「よく分からん状況だな。でもナニア様の救助を急いだ方がいいのは間違いない」

「そうだよね。頑張っちゃおう!」

「ただアルストル大公に報告はしておきたいが……どうするかな」

 アヴェラたちが領主に接触した事で、相手側にはアルストルが動いているという情報が伝わっている。ナニアの身の安全を考えれば、ここで一気に動いて救出に向かうべきだ。

 さりとて、現実は映画やドラマではない。

 独断専行して失敗すればナニア救出はならず、さらにアヴェラたちが全滅でもすれば情報は闇に消える。そこを考えれば、まずはアルストルに情報を伝えておくべきだろう。

 なんとも悩ましい。


 行くべき場所は大凡分かっている。

 それはトレストとカカリアが、食糧など大量の物資を買い付けている一団がいるという情報を入手してきており、さらに、そこまで荷を運んだという者も見つけて確認してくれたからだ。

 ただし、その二人は今はしおしお状態。何故か打ちひしがれているのだが。

 こちらを何とかせねばならない。

「父さんと母さんは凄いな、流石だな。やっぱり頼りになるかな、安心できて信用できて信頼できる」

 アヴェラは軽く手を叩いて誉め讃える。本心ではあるが、ちょっと大袈裟気味だ。そうでもなければ萎れた二人はどうにもならない。

「そうなんじゃって、我には真似できぬぞ」

「私だったら無理だったよね。うん、とっても凄いね」

 こちらの二人は全く素で誉め讃えている。

 ようやくトレストとカカリアは気を取り直し復活した。

「アヴェラよ。それであったら、まず街に出て誰か頼める奴を探すしかない」

「でも、信用できるかどうか」

「そうだな。だがそれは、今ここで悩んでいても何も解決しない。まずは外に出て足を使って探してみよう」

「……確かに。やっぱり父さんは凄いね」

 そんな言葉を聞いたトレストは拳をグッと握って喜びを噛み締めた。

 カカリアも慌てた様子で一生懸命考えているが、どうしても息子に褒めて貰いたいらしい。

「あのねお母さん思うけれど、この街にいる冒険者に頼んで言付けするといいんじゃないかしら」

「そっか、そうだね。冒険者なら依頼をすれば受けてくれるか――んっ、ああ。やっぱり母さんも凄いね」

 考え込んでいたアヴェラは、首元で保冷剤役をやっていた白蛇ヤトノに合図され、急いで母親を褒めた。それで両手を合わせて喜んでいる。

 どちらも、もうすっかり元気だ。

「だったら街に行こうか」

 干しレンガ造りの宿を引き払うことになるため、トレストとカカリアは自分たちの部屋へと戻っていく。アヴェラたちも急いで身支度と荷物をまとめにかかる。


 部屋を引き払うにあたって忘れ物がないか最終確認をする。一番忘れ物が多いのはイクシマだが、次は運悪く忘れるノエルなので、その順に確認。問題ないと分かって部屋を出て、宿の入り口へと向かう。

 目の前をドスドス歩いて行くイクシマの姿を見ていたアヴェラは気付いた。

「イクシマ、フードの被りが甘いぞ。首のところが上手くなってない」

「むっ、そうなんか」

「ほら止まれ。ちょっと直してやる」

 ごそごそ動くイクシマの手を止め、代わりにフードの隙間へと手を入れて服を引っ張り位置を動かし整えてやった。

「これで大丈夫だな」

「むっ。まあ、その何じゃ……感謝してやる!」

「そりゃどうも」

 イクシマなりの礼に呆れていると、ちょいちょいと袖を引っ張られた。見ればノエルが後ろでまとめた自分の髪を持ち上げている。

「えっとさ、私の方は大丈夫かな。ちょっと気になるから直して欲しいかなって」

「大丈夫そうだな。ノエルはしっかりしているな」

「ああ、うん。そうだよね」

 しかし大丈夫だと告げたにもかかわらず、ノエルはどこか気落ちした様子だった。

 宿の入り口に行って主人に声だけかけて外へと出る。トレストとカカリアとは、関係ない他人のフリを継続中のため、また後で合流だ。

 熱い日射しの暑い外へと出る。

 ちょっとうんざり気分でいると、ちょうど宿に入ろうとする冒険者と出くわした。砂にまみれたフード姿は、今まさに街へとやって来たばかりらしい。疲れきり、ようやく息をつけるといった様子だ。

 何気なくそちらを見たアヴェラは、相手と同時に驚きの声をあげた。

「ウィルオス?」

「おっ!? おおっ、相棒じゃないか。こんなところで!」

 見慣れた友人は驚きながら喜んでいる。ついでに、ちょうど出て来ようとした夫婦二人も息子の友人の存在を見て、お互いの手を取り喜んでいたりする。

「なんだよ、また先を越されたか。俺らはいま来たとこなんだ」

「こっちも到着したばかりだ」

 アヴェラは答えながらウィルオスの姿をマジマジと見つめた。前回に見たときよりも逞しくなっている。どこか落ち着き大人びた雰囲気があった。

 そして、いまここで頼るしかない信頼できる相手だと唐突に気付く。

 だから軽く服を引っ張り、干しレンガの壁際へと連れて行き声をひそめる。

「すまないが頼みたいことがあるんだ」

「いいぜ、何でも言いな」

「非常に言いにくいが、アルストルまで言付けをお願いしたいんだ」

「なるほど、お前の様子からすると大至急って事みたいだな。いいぜ、このまま直ぐ向かう」

「いや着いたばかりなんだろ」

 驚き呆れるアヴェラの前でウィルオスは不敵に笑って見せる。

「任せておけって、どうも大急ぎってとこなんだろ」

「実はそうなんだよ。悪いが行ってくれるか」

「なに、お前は命の恩人だからな。任せとけって」

 ウィルオスが合図をすると、その仲間達も同様に頷いて頼もしい笑いをみせてくれた。ただし彼らは直ぐに後悔する事になる。なぜなら伝言を伝える相手がアルストル大公であり、その伝言内容がとんでもなかったのだから。

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