第179話 思い通りにならないのが世の中で

 観光客とは言わないが、初めて見る砂漠の街を物珍しがる旅人のように、アヴェラは辺りを見回しては感心して歩く。

 後ろをつけてくる相手の事はヤトノに任せきり。

 だから傍目にはアヴェラは何の警戒もしていないように見えた。

 ノエルとイクシマは何も気付いておらず、干しレンガの壁を触ってみたり、砂止めを珍しがったり、彫刻に感心したり。はたまた靴の中に入った砂で騒いだりと、こちらは完全なる物見遊山の状態。偽装には最適だが、ちょっぴり哀しい。

「そこの路地とか見てみるか?」

「なんでじゃ、あっちのが面白そうじゃろって」

「あのな……」

 背後の追跡者に誘いをかけ上手い事捕まえたいのだが、最大の難関はイクシマというわけだ。ノエルの方は素直に路地を覗き込んで、アルストルであれば普通に見かけるゴミ箱がないと気付いて驚いている。

「でもさ、あっちの奥になにかあるかもしれないよ」

「むっ、そうなんか?」

「たとえばさ、シュタルさんの工房みたいに知る人ぞ知るみたいなお店があるかもだよ。うん、きっとありそう」

「よぅしっ、行こまいか! お主ら、我に続けい!」

 意気揚々としたイクシマは、ちょこまか偉そうな足取りで砂を蹴散らし路地に向かう。最大の味方はノエルというわけで、何て良い子なのだろうとアヴェラは感心することしきりであった。

「これで、いいんだよね」

 言わずとも察して動いてくれるノエルは気心通じた相棒で素敵だった。

 何かを見つけては報告してくるイクシマは懐いたペットのようだった。

 建物の間で干しレンガの壁に挟まれた路地は、前後にしか進めない。後をつけてくるには不適であるが、人目につかない場所でもある。何かのアクションを起こすには最適だろう。

 それで誘いをかけてみたのだ。

 ヤスツナソードにさり気なく手をかけてあり、いつでも抜ける態勢だった。


「アルストルの方、よろしいか」

 予想は外れ、年老いた穏やかな声がかけられた。いきなり斬りかかられる事も考えていたので、思わず声以外の場所から襲われないかと見当違いの場所を見回してしまったぐらいだ。

「お主、何やっとるんじゃって」

「……お気楽エルフと違ってな、いろいろ大変なんだよ」

「お気楽? そう褒めるでないぞ。うむうむ、お主の大変さも我は分かっておる。故に、この我が助けてやるのじゃ。感謝するがよい」

 アヴェラはさっさと、声をかけてきた相手へ向き直る。

「何か用でしょうか」

「あーはい、いや。よろしいので」

 相手は声の通りに、年老いた男だった。よく日焼けした年老いた顔に、短い白髭が疎らに生えている。その穏やかな眼差しはアヴェラの背後――地団駄を踏むエルフ――に向けられていた。

「大丈夫です。ああいう奴なので、お気になさらず」

「そ、そうですか。少しご相談がありまして、別の場所にて内密の話をさせていただければ」

「内容にもよりますがね」

「アルストルの騒動にも関わることです」

「なるほど。承知しました」

 接触の方法は予想と外れたが、しかし内容は予想通りだった。

「それでは案内をして貰えますか、そちらの三歩後ろをついて行きます。ただし言って置きます、こちらの剣が届く間合いだと」

「お主、物騒すぎなんじゃって。そこのご老人よ、こやつは口は悪くて性格も捻くれ気味じゃがな。心根は真っ直ぐなんで、あまり気を悪くせんでやってくれるか」

 何かフォローのつもりらしい。

 だが、全くの見当違いであるし余計なお世話だ。

「黙れモケピロエルフ」

「またそれ、モケピロってなんなん? なぁ、なんなん?」

「だから黙れって。モケピロが嫌ならナンナンエルフだ」

「ナンナンってなんなん?」

 言い合うアヴェラとイクシマに、困り顔で取り繕うように笑うノエル。この三者の様子に老人は困惑しつつも、優しく穏やかな笑みで肯き歩きだした。


 案内されたのは路地から裏路に行って、さらにもう一つ路地に入った先の建物だった。かなり年季の入った建物で、先程の領主館は元より宿の建物と比べても質素な造りだ。

 床は砂そのままで、座る場所には敷物が広げられていた。

 干しレンガ製の囲炉裏で沸かされた湯が、カップに注がれる。途端に清涼感のある湯気が立ちのぼるのは、そこに入れられていた木片の香りのようだ。

「こちらが伝統的砂漠の茶です」

 茶こしもなく、そのまま飲むらしい。

 その味わいは香りの通りに清涼感があって、湯の熱さを感じた後は逆にひんやりとした感じになった。

「アルストルの街にて起きた騒動には、この村も……いや、今は街と呼ばれておりますが。この村も関わっておるのです」

 老人は静かに言った。

 外から聞こえる街の喧騒が妙に耳をつき、そしてイクシマの茶を啜る音が響く。

「私は昔ここで村長をやっていた者です。今は息子が領主などと名乗って威張っておりますがな」

「そうなると、先程の村が関わっているという発言は宜しいので? 場合によっては息子さんも罪に問われる事になりますよ」

「自業自得というものです」

「はあ……」

「あの子は変わってしまった。随分昔に産んだ責任を取れとなじられた事もありますが、まさにそれ。引導を渡すのも親の責任というものでしょう」

 その言葉を聞いて、ようやくアヴェラは老人を信用する事にした。

「年寄りの話が長いのは勘弁していただいて、少し昔に遡って話をさせて頂きましょうか。この村は、かつては非常に貧しかったのです。それこそ自分の娘を売らねばならないほどに」

「でも今はこうして栄えている。何があったのです?」

「それはある日の事、娘を売らねばならない正にその日。二人の冒険者が砂漠から黄金の数々を持ち帰って、それを我らに与えてくれたのです。そして我らは救われた、しかし救われ過ぎてしまった」

「…………」

 なんとなく覚えのある内容に、アヴェラはさり気なく目線を横にやった。そしてノエルも見つめる先で、イクシマは目を何度も瞬かせていた。

 老人は軽く視線を上げ、思い出すようにポツポツと話を続ける。

「黄金を目当てに次々と商人が訪れ、引き換えに置いて行った品々が高値で売れました。その金を目当てに、また商人が……それを繰り返す内、この砂漠の交易路ができたのです。あとは勝手に金が舞い込むようになって、村が栄えて街となり。同時に村人たちは、働く気を無くして傲慢になり高慢になっていきました」

「まあ何もせず大儲けできるなら、そうでしょうね」

「ええ、まさに黄金は魔物。災厄の使者でしたよ」

 何気なく呟かれた言葉で、アヴェラの懐でヤトノが反応した。何か言いたいことがあったのかもしれないが、服の上からアヴェラが撫でると大人しくなった。


「このような生活は長く続くはずもない。いずれ報いが訪れると私は思ってます」

「……でしょうね」

 アヴェラは目の前の老人に感心した。

 例えば、真面目なケーキ屋があったとして。テレビで紹介された途端に人が押し寄せる。押し寄せる客にケーキを増産し、儲けに走って本質のケーキの質を落とす。ブームが去ると同時に客は消え、かつての常連客には見向きもされず信用も失い、残ったのは設備投資した借金のみとなる。

 実に良くある話だ。

 この砂漠の街とて、元々の交易路がなかったのなら一時的な可能性が高い。街の人間がやるべき事は、その交易路を捉まえ手放さない為の努力であるが、誰もそれをしていない。

 渦中にいて危機に気付いている老人の慧眼には感心するばかりだ。

「そんな中で、私の息子であるセウジンは野望を抱いたのです。この砂漠を出て、もっと緑豊かな場所で暮らしたいと」

「まあ、砂漠は……」

 あまり相手の故郷を悪くも言えず言葉を濁すしかない。

 昼熱く夜寒く、水にも困って食べ物も少ない。そしてモンスターが彷徨き、行ける場所は少なく危険は身近。確かに暮らしやすい場所でないのは間違いない。

「そんな時に、コーミネという貴族がやって来たのです」

「剣と蠍の紋章の家ですね」

「はい。最初は何を話しているかは分かりませんでした。分かったのは、アルストルが襲われた後。そして、何やらアルストルの貴人を攫ってきたと」

「貴人ですか!」

「はい、偶然ではあったようですが。何やら、相当な地位の女性のようでして」

 いきなりの目的達成にアヴェラは身を乗り出した。ノエルとイクシマも嬉しそうにして手を打ち合わせている。

「それで、その人はどこに?」

「残念ながら、そこまでは……ただ、コーミネ家の兵や息子の雇った傭兵。後は良く分からぬ国の連中が集まっておるはず。それほど遠くではないはずです」

 人数が集まっているなら物資が動く。

 それであれば商人関係をあたっているトレストとカカリアが何かをつかんでいるはずだ。後はそれをアルストルに戻って報告すれば問題解決である。

「しかし問題もあります」

「他に何か? モンスターなら問題ないですよ」

「いえ、耳に挟んだ事ではな。そこにアルストルの後継者がおられるのだそうで」

「ですからそれは、攫われた貴人の事ですよね?」

「はっ? いいえ違いますよ、それは現大公様の妹君だそうです」

 何やら御家騒動勃発の気配にアヴェラは頭を抱えてしまった。しかし今の話をトレストとカカリアが聞けば、別の意味で頭を抱えるに違いない。

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