第178話 揺さぶられる心

 しばらく街の中を歩くと、何となく人の区別がつくようになって来た。

 街の外からやってきた者は、しきりに辺りを見回し建物や風景に目を向けている。一方で街で暮らす者は、静かに周りの人を見ている。

 そうした動きはアルストルと変わらない。

「でもさ、どうするの?」

「まずは街の雰囲気を感じて、それからここの警備隊に接触しよう」

「なるほど、なるほど。だったら少し観光してもいいよね、うん」

「ついでに役に立ちそうな道具があれば買おうか」

 防砂の為の壁を立て、それを利用し日除けをかけた物売りたちが路上で品物を並べている。

 路上の物売りたちを見れば、この地の状況が何となく分かる。

 呼び込みの声は特にあがらず、客がいるにも関わらず売り手は暇そうな態度。食糧を売り買いする様子を観察すると、ここが砂漠のど真ん中という点を除いても、かなりの高額だった。しかも商品は粗悪ですらある。

 雰囲気自体が良くない街だ。

 少しばかり元の世界の著名観光名所を思いだしてしまう。そこでは何もしなくとも客が来るため店の態度は横柄で、しかも売り物は観光地の名前がデカデカと記されただけの土産物ばかり売っていた。

 それをさらに悪化させたような感じだ。

「ちょっと買う気しないよね」

「こういう商売してると、いずれ困るのは自分たちだろうにな」

「だよね。でも、売れてるんだね」

「多めに食糧を持って来て大正解だ。少し売るか? もちろん高く」

「そういうの良くないって思うよ、うん」

 ノエルに諫められつつ笑う。そうして少し目を離した隙に、イクシマの姿が消えていた。舌打ちしつつ見回せば、通り過ぎたばかりの物売りのところで品を見ている。

「あいつめ。首輪つけて紐で繋いでやろうか」

 ぶつくさ言いながら戻る。

 しかしイクシマは、文句を言う前に目を輝かせて迫ってきた。

「お主、見るがいい。伝説の宝の地図だそうじゃぞ!」

「宝の地図?」

「砂漠にあるっていう黄金の場所を示した地図じゃって。我たちだけ特別に紹介してくれるそうじゃ。他の者に買われる前に買わねば」

「…………」

 アヴェラは晴れ渡った空を見上げた。

 あまりに下らなさすぎて、怪しいを通り越して馬鹿馬鹿しいぐらいだ。こんなものに引っかかるのは、きっとケイレブぐらいと思っていたが……現実は悲しいものだ。

 あげくイクシマは、凄い物を発見した子供のように興奮気味だ。

「ものっそい地図じゃ! これで我たち大金持ちぞ!」

「…………」

「ふぎゃんっ!」

 アヴェラ無言のチョップを脳天にくらい、イクシマは悲鳴をあげた。さして痛くもないだろうに、頭を押さえて非難がましい目だ。

「何すんじゃって、無礼じゃぞ、失礼なんじゃぞ。許さぬぞ!」

「ああすまんな。あまりにも愚かなので、つい手が出た」

「お主! 謝る気ないじゃろ!」

「当たり前だ。ほれ、行くぞモケピロエルフ」

「なに?」

 戸惑うイクシマの首根っこを掴んで引っ立る。

「モケピロってなんなん? なぁ、なんぞ?」

 それには答えず、アヴェラはさっさと売り場の前を去った。


 物売りの並ぶ区画を離れても、イクシマはまだ宝の地図を忘れていない。一生懸命にアヴェラの服の裾を引っ張るなどして主張している。

「今からでも遅くないぞ。早いとこ買わねば、そうじゃろ!?」

「落ち着け。よーく考えてみろ」

「何をじゃ」

「地図が本物なら、とっくに店主が大金持ちだ。しかも今日や昨日の地図でないのなら、誰かがとっくに回収しているだろ」

「むっ。じゃっどん、そういうのもあるかもしれんじゃろが」

 諦めきれず言いつのるので、アヴェラは最後の手を使う。

「あのな、お前。あれはケイレブ教官しか買わないようなものだぞ」

「うそん! そ、そんな……」

 効果は絶大。イクシマは項垂れ大人しくなった。

「さて街の雰囲気は大体分かった」

「そうだよね、うん。なんか地に足がついてないって感じ」

「言い得て妙だ。浮き足立ってる感じもあるな。さっきまでのコレみたいに」

 指先で金色の頭を突いてやる。

「無礼なんじゃ」

「これは失礼。ちょうど良い位置に頭があったものでな」

「ぐぬぬぬっ」

 やりとりしながら向かうのは、砂漠の里の警備隊だ。

 その警備隊本拠地は街の中心にあり、しかも領主の館でもあった。つまり領主が警備隊の長を兼ねているのだ。三権分立などない世界だが、それでもこれは酷い。

 砂漠という閉ざされた環境の中で、領主は絶対権力者というわけだ。

 見れば建物も他よりも大きい。

 ただし下級騎士であるエイフス家と同程度の大きさだが、周りの建物が小さく粗末であるため目立っている。周りは壁で囲われ、そして門まである。

「ここは領主様のお屋敷だ。たかが冒険者が近づける場所ではないぞ」

 門番は尊大な様子で言った。

 厳つい顔で揉みあげが長く頬髭と繋がり、さらに口髭と顎髭に分岐している。目付きは鋭く攻撃的で、余計な事を言ったりしたりとすれば、即座に剣を抜きそうな雰囲気があった。

 アヴェラはフードをずらし襟元の徽章が見えるようにした。

「非公式だが、アルストル家の使者だ。領主に取り次ぎを」

「なにっ。いやしかし……」

「取り次ぎが出来ない? それであれば、領主がアルストル家の使者を追い返したとして大公閣下に報告する事になる。貴方は、その責任が取れるのか?」

「…………」

「改めて言おう、領主に取り次ぎを」

「お客人様。失礼致しました、ようこそ領主の館に」

 門番は強張り気味だが笑みをみせた。

 変わり身の早さが素晴らしい。門番は下っ端ではなく、来訪者を識別し対応を任されるだけの身分を持っている存在だ。それにしては何とも情けないが、しかし身分があるからこその、この反応なのかもしれない。

 アヴェラは考えを顔には出さず、静かに堂々と頷いてみせた。

「こちらこそ、先触れのなかった無礼を申し上げる。門番殿も戸惑われただろうが、なにぶんにも急な用だったので許されたい」

「とんでもない。ささっ、どうぞ中へ。外は暑うございますからな」

「感謝する」

 アヴェラは堂々とした素振りで屋敷に案内される。これにはむしろ、ノエルとイクシマの方が顔を見あわせていた。


 通された部屋は趣味が悪かった。

 とにかく豪華そうなものを集めたといった様子で、壁には幾つも絵画がかけられ間にはモンスターの首の剥製。足元の床には陶器がゴチャゴチャと並び、合間には金色の燭台。

 品も色も統一感のない調度品が置かれている。

 アヴェラがそちらに見ないようにしていると、隣のイクシマに袖を引かれた。

「お主なー、ああいう事するなら先に言えよー。ものっそい驚いたんじゃって」

「何でだ?」

「さっきみたいな格好いい……いんや、そうでなくって立派な………とにかく、さっきみたいな偉い人っぽい話し方。ああいうのするなら、先に言え。よいな、我との約束じゃぞ」

「なんで先に言う必要があるんだ」

 とたんにイクシマは指の先を突き合わせて下を向いた。

「むっ、いやそれはな。つまり我がドキドキするから……」

「ドキドキ? お前といるこっちの方が、いつもドキドキだぞ」

 そんな話をしていると、反対側に座るノエルが軽くつついてきた。注意を促すもので、どうやら部屋に誰かが来るらしい。慌てて居ずまいを正す。

 ドアが開いた。

「待たせたな、アルストルからの使者よ。領主のセウジンだ」

 入ってきたのは恰幅は良いが、顔は貧相な男だ。似合っているとは言い難い二つに分かれた髭――所謂、八字髭――をしきりに撫でている。

 礼儀に乏しい様子で、どっかりと椅子に座った。

「で、何の用だ?」

「アルストルを襲撃した連中の拠点を教えてほしい」

 いきなりアヴェラが言うと、セウジンは喉を詰まらせたような息をした。誰がどう見ても、明らかに動揺している。

「な、何の事で……」

「ここは一つ、駆け引きは抜きで行きましょうか。襲撃者が転送魔法陣で引き上げた先は、この砂漠。そして、この街の方角という事は分かってます。あとコーミネ家が関わってる事もね」

「俺は知らん!」

「だから駆け引きは抜きと言ったでしょう。貴方が知っていようが知っていまいが関係ないんですよ。襲撃者がここに来た事は事実なんですから」

「知らん知らん、知らん!」

 大量の汗をかくセウジンは誰がどう見ても、何も知らない者の態度ではない。しかも子供のように騒ぎ立て、大声で護衛を呼びつけるとアヴェラたちを追い出した。

 門を出ると、あの門番が困った様子で動揺していた。自分の主に従わねばならないが、さりとてアルストルの使者を追い出して良かったのかと保身で思い悩んでいるらしい。

 何にせよアヴェラには関係ない。

「どうすんじゃって」

「さて、どうするかな」

「よーし、我があのセウジンって奴を捕まえて締め上げてやるんじゃって」

「イクシマが分かるぐらいの怪しい態度の相手に、イクシマがやるような粗暴な事をしたとして、それでイクシマが思うような解決になるとは到底思えんな」

「やかましいいいっ! 我をなんと思っておるんじゃ!」

 イクシマの叫びに周りはギョッとする。

 慣れているノエルは、まあまあと宥めている。そしてアヴェラは真面目な顔だ。

「へぇ? 言って欲しいか?」

「やっぱし聞きたくない」

「そりゃ残念。いかにイクシマが可愛いかを語ってやろうと思ったのに」

「なっ、なななっ……そういうの狡いんじゃって」

 顔を真っ赤にしたイクシマは下を向いたまま、アヴェラの服の裾を掴んだ。苦笑気味に笑うノエルと並んで砂漠の街を歩いて行く。

「御兄様……」

「分かっている」

 襟元からそっと囁く白蛇ヤトノにアヴェラは静かに頷く。後ろをつけてくる者の存在は目の端に捉えていたのだ。

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