第177話 所変われば品が変わり、時変われば里も変わる

「思ったより……賑やかな場所だな」

 アヴェラは辺りを見回し感心した。

 砂漠のど真ん中であるにも関わらず、そこは賑わっていた。そこかしこで人目を引く大道芸が行われ、笛が吹かれ太鼓が叩かれ陽気な踊りを見せる者がいる。

 日干しレンガを積んだ角張った建物が幾つも並び、中には二階や三階建てのものもある。しかし全てが砂と同じ淡褐色をしているが、色鮮やかな布が外に垂らされ華やかさを醸しだしている。

 派手な色のターバンを頭に巻き、それと合わせた色の服を着た者が恐らく街の人間なのだろう。アヴェラたちのような来訪者は薄汚れた格好をしているので、すぐに区別がつく。

「おかしいんじゃって。我が聞いた話じゃと、もっと清貧な村って話じゃったが」

「これはもう、村と言うよりは街だな。何か切っ掛けがあって発展したのかもしれないな。雰囲気からすると……交易路が出来たのか」

 目の前を大荷物を背負った生き物が通過していく。それも複数だ。隊列を組んだ人々にひかれ街を出て行く。一方で、似たような隊列が今度は入ってくる。

 間違いなく、ここは砂漠における中継地点になっているようだ。

「ふむ、できれば我の里もな。このように賑わうと良いのじゃが」

「それは駄目だな」

 アヴェラは素気なく言った。

 軽く腕組みをして、辺りを睨み付けるように見回す。

「エルフの里がこんなに賑わうのは駄目だ。いいか、エルフってのは素朴で貧しくて、秘境で迷いの森とかで人が近づかない場所に住んでいて、木の実と水だけ飲んで生きるべきなんだ」

「こやつ、また何か言い出しおった」

「そもそもだ。貧しい村が急激に発展すると碌な事にならないものさ」

 人間でもそうだが、それまで縁のなかった大金が急に手に入れば気持ちが浮つく。そして分不相応な事に手をだし、身の丈に合わぬ事をやらかし後悔するハメになる。

 ましてそれが、集団であれば度合いも酷くなるだろう。

「だからエルフは貧しいままで暮らすべきだ。間違いない」

「お主なー、なんちゅう酷い事を言うん? 我らエルフを何と思っとるんじゃ」

「エルフには素朴さこそが似合うんだ。こうなったら、ヤトノに頼んでエルフの里に貧乏を司る神様を派遣――」

「やめんかあああっ!」

 渾身の一撃がアヴェラを張り倒し、エルフの里の危機は回避された。この活躍を知れば、全エルフがイクシマこそを英雄と讃えたに違いない。

 そんな騒々しいやり取りも、賑わう街の中では喧騒の一つでしかなかった。


 適当に宿をみつけ、さっそく休憩がてら部屋にあがりこむ。

 日干しレンガの厚い壁のおかげで、内部は思ったよりも涼しい。いや実際には暑いのだろうが、外との温度差が大きいため涼しく感じる。

「水が有料だなんて。凄いよね、うん」

 ノエルは小さな木製カップを両手で持ちながら言った。そこには買った水――アルストルなら軽い食事が買える値段――が少しだけ入っている。

 同じものを持つアヴェラは不満顔だ。

「しかも砂が入ってるし味も悪いしぬるいし」

「うん、そうだよね。途中で見かけた料理って味の濃そうな感じだったけど、それが原因なのかもしれないよ、うん」

「あーなるほど、確かにそうだ」

 部屋の中には干しレンガを積んだ台が三つ並び、その上に粗末な布が置いてある。どうやら、これが寝台らしい。

 アヴェラの襟元から白蛇が這い出し身をたわめ、床に向けてジャンプすると空中で少女の姿に変わる。そしてヤトノは身軽な様子で降り立つと、部屋の中を見回した。

「なんて粗末な部屋でしょうか、こんな場所に御兄様が泊まるだなんて」

「毎日ならともかく、数日なら面白い」

「そうですよね、異国情緒溢れる素敵なお部屋ですよね」

「ただし寝床が固いのは辛そうだが」

「全くです、分かりました。このヤトノが下になって御兄様を温めながら支えてみせます。何でしたら、そのまま……」

 ころころ意見を変えるヤトノだが、最後は頬を押さえて恥じらい気味だ。そんな様子にイクシマは呆れ顔となった。

「騒々しいやつなんじゃって」

「お黙りなさい、小娘。失礼なんです」

「やかましい小姑」

 顔を付き合わせ言い合う二人の間に、アヴェラが手を差し込み黙らせた。宿代節約のために、ヤトノの存在を宿に知られるわけにはいかないのだ。

 苦笑気味に笑うノエルは机の上に荷物を置いた。運悪く机の脚が外れて傾いて、しかも慌てる途中で足の小指を強打して涙目となる。いつもの不運が発動しているらしい。

 そんな騒動の途中、ドアがノックされた。

 トレストとカカリアが入ってきた。


 一応二人とは、たまたま同時期にやって来た冒険者といったていを取っている。ここでは多数の冒険者がいたので、そういった欺瞞をしてもバレないだろう。

「さて、アヴェラ。これからの事を打合せよう、お前はどう思う?」

 トレストは室内を見回し頷いた。一方のカカリアは入り口付近で待機をしている。どちらも真面目な顔だ。ここに来た理由は、アルストル令嬢のナニアの手がかりを求めてである。

 ここからが本番であり、アヴェラは頷いた。

 寝台代わりの干しレンガ積みに座る。ちょこんと隣に腰掛けたヤトノの程よい体温を感じつつ、どうするかを考える。

「砂漠のどこかに相手の拠点があるはずとして。でも、食べ物を考えれば、この街とも無関係ではないと思う。さっき見た交易みたいに運んでると思う」

「そうだな。俺に言わせると、アルストルでも交易で品を運ぶ奴らと別の目的で物を買ってく奴らは微妙に違う。ここでも、そうした違いはあるはずだ」

 トレストは腕組みしながら説明した。

「アルストルでも、そういう相手がいるんだ」

「そうだぞ、父さんはそうやって街の安全を守っているんだぞ。商人とも協力して怪しい動きの奴らは全てチェックしている。大半は外れるが、偶に引っかかる」

「なるほど」

「だから、ここの商人に探りを入れるのが一番なのだが……」

「勝手が違うって事だね」

 砂漠の街でアルストルの権威は通じない。まして、ここにアルストルと敵対している勢力がいるのであれば、逆にこちらの情報が相手に伝わり危険だ。

 ノエルが、ぽんっと手を打ち合わせた。

「だったらさ、ここの街の警備隊みたいな存在に協力を仰いじゃうとか?」

「それは無理かな。縄張り意識もあるだろうし、何より相手が味方かどうかも分からない。もしかすると、敵と繋がってる危険だってある」

「そっか……そうだよね、うん」

「でもノエルの考えもいいかもしれない。ここの警備隊に接触して、探りを入れがてら様子を窺うのもありかな」

 アヴェラは思案顔で言った。もちろん、アルストル大公のハクフに教えられた事をさっそく活かしてのものだ。


 一行のリーダーはアヴェラである。

 トレストとカカリアは助言はくれるが、そこまで意見はしない。あくまでも息子に任せようというスタンスだ。

「だったら……商人関係は父さんが適任かな。聞き込みも含めて任せるよ」

「そうさせて貰おう」

「大丈夫と思うけど、危ないから気を付けてよ」

「くっ、感無量だ。俺はいま息子に心配されている……」

 トレストは感動した。入り口で見張りをしているカカリアは、そわそわして何か主張したげな様子だ。もちろん出来た息子は、そちらの心配も口にしておいた。

 感動気味のカカリアを見ながら、アヴェラは仲間に予定をつげる。

「こっちは街の中を見た後で、警備隊に接触してみよう。アルストルの徽章をみせれば嫌とは言えないだろうし。その後でどうなるかだな」

「よーし、それで何かあれば我の出番ってわけじゃ。もしも襲って来よったら、全員叩きのめしてくれよう!」

「そりゃ頼もしいことで」

「ふふん、当然なんじゃって」

 嫌味っぽい言葉にも気付かず、イクシマは気合いを入れて得意そうだ。ただし、アヴェラの隣でヤトノが小馬鹿にした様子で息を吐けば、即座に気付いていたが。

 いがみ合いそうな二人を止めるため、アヴェラは傍らのヤトノの頭に腕をまわし強制的に抱きしめ大人しくさせた。あとは、もう一方だ。

「イクシマは目の届くところにいて、常に傍を離れるなよ。お前の事はずっと見ているからな、そうでないと危なっかしい」

「ふええっ。常に傍に、ずっと見て……う、うむ。仕方がない。そうまで言うなら、お主の傍を離れないでおいてやろう」

 何やら嬉しげなイクシマの様子に――あと、ちょっと不満げなノエルの様子も――気付かぬアヴェラは、自分の考えた計画について軽く思案した。

 いろいろと穴のある計画だ。

 どちらかと言えば、出たとこ任せの部分が大きい。しかし、ここには頼れる両親と仲間がいる。だからきっと上手く行くだろう。

「だったら、さっそく街に出てみよう」

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