第176話 親子の絆に夫婦の絆
強い日差しのうだるような暑さのなか、動きたくない気分のときに遭遇するモンスターほど厄介なものはない。
日が昇って歩きだしてから遭遇したそれは、まさにサソリといった姿だった。
白味を帯びた平べったい身体は、上に人が余裕でのって寝そべれるほどの大きさ。伸び上がった尻尾は人の背丈ほどもあって、その先端には針がある。針の長さは人の掌ほどもあって、刺された場合は毒より先に死にそうだった。
「あれスコルピオなんじゃって」
イクシマは言って、肩に担いだ戦鎚の先を回転させるように動かした。
その仕草だけでウズウズしていると分かる。突撃しないのは自制が効いているからではなく、後ろでトレストとカカリアが控えているからだろう。
「さてどうするかな」
「倒すに決まっとるじゃろが。心躍る戦いぞ!」
「ウォーエルフは少し黙ってろ」
「なんじゃとぉ?」
唸り声をあげるイクシマの顔面を手で押さえつけ、アヴェラは両親を見やった。
トレストとカカリアは落ち着き払った様子で待機しており、アヴェラの意向に従う様子を見せている。
「とりあえず、父さんと母さんで倒してくれる?」
それぞれの強さは知っているが、二人が揃って戦う姿は見た事がない。果たしてどんな具合なのか確認しておきたかった。
「はい、はい、はい! お母さん頑張っちゃいます!」
「よーし、お父さん頑張っちゃうぞ!」
落ち着き払った様子はどこへやら、浮かれて大喜びな様子ではしゃいでいる。そんな様子に不安を感じてしまうが、しかしスコルピオと対峙したトレストとカカリアの雰囲気が変わった。
同時に二人が動きトレストが前に出て牽制しヘイト管理をしながら、カカリアが横から攻撃を加えていく。
――凄い。
素直に、そう思った。
それぞれの技量が優れているだけでなく、お互いがフォローしあって動いている。いや、フォローといったものですらない。右手と左手の関係とでも言うべきか、一つの意志の下で動いているようだ。
カカリアが三節棍で弾いた尾の下をトレストが通り抜け、鋭くグレイブを振って斬り付ける。重い一撃が堅い甲殻を打ち砕き、その時にはカカリアが身軽に飛び退きスコルピオを威嚇し注意を引きつけていた。トレストは相手を跳び越えると同時に、力強く地を踏みしめ旋回しながら渾身の一撃を叩き付ける。
飛び散った青い血は、砂に落ちると熱さに焼かれ直ぐ乾き、黒い染みとなる。それも風が吹けば、薄れゆくスコルピオ自身と同様に消えていく。後には僅かに生臭い臭いが漂うだけ。しかし、それも直ぐに霧散してしまった。
「ほえー」
イクシマが気の抜けた声で感心した。
しかし、それはノエルもアヴェラも同じだ。もちろんトレストとカカリアが相当な実力者という事は理解していたが、まさかここまでとは思わなかった。連携の極致ような動きは目を奪われるほど素晴らしかった。
スコルピオを軽々倒した二人は油断することなく、しばし周囲を警戒。
それから――。
「アヴェラちゃん見てた? お母さん綺麗だったでしょ」
「お父さんの活躍も見てたよな。今の攻撃のキレは凄いもんだろ」
この親バカ具合さえなければ、最高だったに違いない。感動も半分ぐらいは相殺されてしまった。
「……綺麗だね、凄いね」
アヴェレはおざなりに返事をする。
だがしかし、トレストとカカリアには関係ない。二人して手を取り合い跳びはね大喜びしているぐらいだ。
「私も強くなったつもりだけど。うん、まったく敵わないかも」
「やばいんじゃって、全く敵う気がせん。上級冒険者並みなんじゃって。あと我の父上は照れ屋さんじゃったが、普通の親っていうのはあんな感じなんじゃな」
「うん、きっとそうだよ」
「よーし、我も自分の子供を思いっきり可愛がるんじゃぞ」
悪しき慣習が出来上がりそうな具合だ。
アヴェラの懐から顔をだした白蛇ヤトノは呆れ顔をする。
「御兄様も大変ですねぇ」
「父さんと母さんには、本当困らされる」
「……そういう意味ではないのですけどね。ところで、良妹のヤトノからの報告ですが。あちらから次の獲物が来ておりますよ、ご注意下さいな」
言うだけ言ってヤトノはまた引っ込んでいく。
確かに暑い日差しの下、熱い砂の上を這って接近するスコルピオの姿があった。
アヴェラはヤスツナソードを抜き放つ。災厄の力を帯びた剣身は、太陽の光をはね除けるように輝いた。
砂を踏みしめ一歩前に出る。
今度は自分たちの戦闘能力をみせるため、ノエルとイクシマと共に戦う番だった。
「きゃーっ、アヴェラちゃん素敵! 最高! 格好いい!」
「行け、頑張れ! 頑張れ! 凄いぞ!」
「何かあったら、お母さんが助けに入るからね。困ったら直ぐに言うのよ」
「お父さんもだぞ。いやもう、アヴェラが困る前に倒してしまおうか」
声援が煩すぎる。
思わず振り向いて文句を言ってしまう。
「あのね二人とも静かに――」
「危ないっ!」
横から衝撃。
ノエルに飛びつかれた直後、それまでいた場所にスコルピオが着地した。どうやら器用にジャンプして襲い掛かってきたらしい。巻き上がった砂煙の中でハサミの両手を振り上げている。
「アヴェラ君、大丈夫?」
「…………」
「あっごめん」
アヴェラは押し倒されてノエルと砂との間に挟まれ声も出せない。緩やかに窒息しそうな状況に、大急ぎで退いている。
「ええい、仕方のない奴らじゃ。それを補助してやるのも、我の役目ってもんじゃ」
イクシマが咆えて突進。
戦鎚を振り下ろし、真正面からスコルピオの頭部へと叩きつける。かなりのダメージで相手を怯ませるが、しかし尾だけは別の意志を持つように動き、イクシマへと襲い掛かる。
そこに、アヴェラが駆けつけ跳んだ。
「ふんぎゃぁ! 我を踏み台にしたぁ!?」
二段ジャンプからの一閃、スコルピオの尾を斬り落とす。さらに落下と同時にヤスツナソードを下に向け突き立てる。呪いの効果もあって恐ろしい斬れ味を示すため、そのまま横一文字に斬り払った。
スコルピオは一瞬の痙攣後、力を失い地に伏した。
背後では相変わらずトレストとカカリアが騒々しく、二人して抱き合い跳びはね喜んでいるぐらいだ。しかし、そちらの歓声をかき消す怒りの声が響いた。
「お主ぃいいっ! 無礼なんじゃぞ失礼なんじゃぞ!」
砂を蹴立ててイクシマが突進してきた。
二段ジャンプの際に踏んづけたので、その文句のようだ。アヴェラは静かにヤスツナソード振り払い鞘へと収め、詰め寄った金色をした髪に向き直る。
「それは違うぞ」
「なんじゃと!?」
「イクシマだからこそだ。イクシマを信じて信頼して、イクシマなら支えてくれると思って、尚且つイクシマの為にやった事だ」
「そ、そうなんか。我の為に……」
「ああ、ちょうど手頃な踏み台だったとかは思ってないぞ」
「思っとるじゃろがあああっ!」
いきり立ったイクシマは両手を振り下ろし詰め寄るが、その頭を押さえられると腕の長さの違いで近づけない。しばらく騒いでいたが、やがてシクシクと落ち込んでしまった。
「アヴェラちゃん、そういうのは良くないって。お母さんは思いますよ」
「うおぉんっ、ママ上っ!」
「よしよし大丈夫よ。アヴェラちゃんは、少しだけ表現が下手なだけで。ちゃんとイクシマさんの事を思ってくれてますから」
カカリアはイクシマを抱きしめてやって慰めつつ、アヴェラのフォローをするといった母親の鑑のような事をしている。
「はぁ、やれやれ」
アヴェラは面倒そうに呟くが、自分の母親が取られたようで面白くない気分ではあった。
一方でトレストは真面目な顔をしている。
「こら、アヴェラ。幾らなんでも、女の子を踏むのはよくないぞ」
「だけどね、今のは戦闘中の仕方ないことだから」
「そうかもしれんが、そうではない。女性という存在は、もっと大事にすべきだ。それが騎士たるものの心得である。分かったか」
「へーい」
「それにな。覚えておけ、女の子には踏まれる方がいいんだぞ」
トレストはお茶目な顔をしてみせた。
しかし、それが強張るのは恐い顔を見てしまったからだ。機を見るに敏なイクシマは、そそくさとカカリアから離れている。
「貴方?」
「あっ、やべ」
「私は一度も踏んだ覚えはありませんけど。それ、どういう事かしら。ちゃんと説明してくれます?」
「それは……君と出会う前の、もっと子供の頃の話なんだ」
カカリアに詰め寄られ、トレストは頭を抱えて
「さて、行くか。ナニア様の事を調べないとな」
言ってアヴェラは歩きだす。
揺らぐ熱気の向こうに、居住地のようなものが見えている。それは恐らく蜃気楼ではないはずだ。
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