第175話 暑いの寒いのと一家団らん

「はっはぁ! 我が子と共に冒険の旅! 頼れる父親! 家族を守る力強さ!」

 先頭を行くトレストは空を仰いで大張り切り。

 その防具は胸甲に腰当て、籠手と脛当て。そして使い込まれたフード付きマント。武器は小剣を帯びているが、手には長柄のノリフサグレイブだ。もちろんアヴェラからのプレゼント品である。

「ちょっと、貴方ったら。あんまり大声はダメよ」

「むっ、そうだった。しかしモンスターが来たら俺が仕留めてみせよう。よーしお父さん頑張っちゃうぞー」

「あらあら張り切っちゃって。でも、私に勝てるかしら」

 カカリアは微笑んで、手にした棒を軽々と振りまわした。それは三節棍だが、一本の棒としても使える代物だ。防具は動きやすい革製で、やはり使い込まれたフード付きマントである。

 なおトレストとカカリアのマントはお揃いで、しかもハートの刺繍にお互い相手の名前が刺繍がされているという愛溢れる装備であった。

「あのねぇ……」

 アヴェラとしては恥ずかしすぎて、砂を噛むような気分だ。もちろん足元にある大量の砂を口にする気はないのだが。

 見渡す限りの砂の景色。

 丘も山も平地も全部が淡褐色をした砂で出来ており、さざ波模様が風によって記されている。空も太陽も白んだように見えるのは、巻き上げられた砂のせいだろう。とにかく全てが砂だ。

 空気は乾燥して熱さがあって、言葉を発するだけで口内の水分が奪われる。

 何年か前に転送魔法陣が発見されたので良いものの、わざわざ好きこのんで来たいという環境ではない。もちろん観光としてなら面白いだろうが、この世界では観光という概念はない。

「どうした、アヴェラよ。お父さんに用事かな」

「お母さんによね」

「ここは間を取って二人に用事かな」

「そうよね。さあ、何でも言って頂戴」

「うむ、我々は、それに従おう!」

 ご機嫌ハイテンションな二人は、全くもってどうしようもない。

「だったら、もう少し落ち着いて。冒険者の経験は二人の方が上だけど、やっぱ冷静でないと駄目でしょ。ここで父さんと母さんに万一の事があれば、一生後悔して自分を責めてしまうんだけど」

「「…………」」

 びしっと締めれば、トレストとカカリアは大人しくなった。しかし感動の面もちであるので、どこまで効果があるかは分からない。


「とりあえず、砂漠の村に向かおう」

 イクシマから聞いていた情報で大まかな見当をつけ、日の位置からノエルが方角をみて、熱い暑さの中を黙々と進む。

 頭には布を巻き、金属装備も布で覆って砂除け日除けとしている。そのせいで熱が籠もって、余計に暑くなる。それでもアヴェラはマシな方だろう。首には白蛇ヤトノが巻き付いて、ひんやりとしているのだから。

 しばらく歩いて、ノエルが疲れきった声をだす。

「どうして、こんなに暑いのだろ……」

「恐らく大気循環で熱帯高気圧が常にあるのと、空気が乾燥しているのと、日射しを遮るものがない上に下からの照り返しもあるせいじゃないのか」

「ごめん、よく分かんない」

「つまり簡単に言うと……風と大地と太陽の神が悪い」

「そういうの、思っても言ったら駄目だよ――みぎゃんっ!」

 横を向いた喋っていたノエルだったが、運悪く砂の風を浴びて悶えている。口の中まで砂が入ったらしく、水袋で口を潤しすすぐ。服の間から入った砂で気持ち悪く居心地悪げな様子だ。

「ぐあああっ!! あーつーいー! 暑いんじゃぞー! 

 我慢出来なくなったイクシマが叫んだ。

「もっと砂場みたいな、砂遊びできるイメージじゃったのに! 暑い、暑いぞ、暑すぎなんじゃって」

「やかましい。ただでさえ暑いんだ、あんまり暑い暑い言うな。余計に暑くなる」

「お主の方が多く言っとらんか?」

「言ってない。まあそうだな……暑いのが嫌なら夜まで我慢するんだな。こんな暑さなんて忘れるぐらいだぞ」

「そうなんか!?」

 キラキラとした目でイクシマは期待しきっている。だからアヴェラは優しく頷いてやった。その仕草がとても優しいので嫌な予感がしたノエルだが、しかし何も言えずに黙っている。

 前を行くトレストとカカリアは、ちらりと振り向き、それから顔を見あわせ頷きあった。後ろの賑やかしさが嬉しくて堪らないといった素振りだ。


「寒い! 寒いぞ! 寒いんじゃって!!」

 やっぱりイクシマは叫んでいる。

 辺りは暗いが月明かりの青い光が降りそそぎ、視界は悪くはない。晴れ渡った夜空は冴え冴えとして、星の輝きが美しかった。

 そして何より、イクシマの言う通りに寒い。

 日が落ちると同時に気温が下がりだし、ガタガタ震えるぐらいの気温だ。昼間が暑かっただけに、余計に寒く感じてしまう。

 手を擦り合わせて、ノエルが気落ちした声をだす。

「どうして、こんなに寒いのだろ……」

「やはり地面が乾いて植物もないから熱容量が小さいのと、空気も乾いて空に雲もないから放射冷却で冷え込むんじゃないのか」

「ごめん、よく分かんない」

「つまり簡単に言うと……風と大地と月の神が悪い」

「またそーいう。思っても言ったら駄目だよ――ふわっ!」

 足元が疎かだったせいで、ノエルは不運にも置いてあった荷物に蹴躓いた。咄嗟に手を出したアヴェラが抱き止める。その腕の中で、あわあわ声をあげるのは妙な部分に触れられているからだろう。とりあえずアヴェラは幸運だった。

「ぐあああっ!! さーむーいー! 寒いんじゃぞー!」

 我慢出来なくなったイクシマが叫んだ。

「もっと涼しくて快適で、まったりできるイメージじゃったのに! 寒い、寒いぞ、寒すぎなんじゃって」

「やかましい。ただでさえ寒いんだ、あんまり寒い寒い言うな。余計に寒いなる」

「やっぱし、お主の方が多く言っとらんか?」

「言ってない。そんなに寒いのが嫌なら朝まで我慢するんだな。明日も暑いぞ」

「ぐあああっ! また、あの暑いのが来るんじゃったぁ!!」

 ついにイクシマは頭を抱えて座り込んでしまった。

 向こうからフライパンを手にやって来たヤトノは呆れ顔だ。寒さにもかかわらず、神官着のような白衣装の袖を捲って、二の腕までをだしている。

「さっきから聞いていれば文句ばかり。小娘も少しは我慢というものをしたらどうですか。見苦しい」

「小娘言うな、出おったな小姑めー」

「誰が小姑ですか!」

「がぁー!」

「しゃー!」

 互いに威嚇して睨み合って、同時にそっぽを向いてしまった。仲はいいのだ、ちょっとだけ表現の仕方が違うだけで。


「料理の最中じゃないのか?」

「あ、そうでした。つい小娘にイラッとしたせいで忘れておりました、ほんっとに小娘と来たらもう……」

 ぶつくさヤトノが言うのでイクシマは負けずに応酬しようとしたが、そこをノエルが宥めている。ちらりと視線を向け片目を瞑ってくるので、そちらは任せて良さそうだった。

「で?」

「あ、はい御兄様。もうすぐ料理の仕上げなんですけれど、どんな味付けが良いのか確認したくて」

「……昼間に汗をかいてるし、塩分多めで」

「畏まりました」

 嬉しそうにヤトノが駆け戻っていく。

 昼間の暑さで大量の汗をかいているので塩分補給は必須だ。なお、こうした汗は臭わないものだ。そもそも汗自体は本来臭うものではなく、暑さで直ぐに乾いてしまえば雑菌も繁殖せず臭わないのだから。

 向こうではカカリアが料理の真っ最中。

 少量の炭を上手く使っての煮炊だ。無風の中に少しずつ、良い匂いがしてきて、料理の完成が近いと教えてくれる。

「みんな、ご飯よ」

 そう呼びかけてくれる声に、イクシマが真っ先に反応して駆けていく。アヴェラとノエルは苦笑気味に笑うしかない。

「干し肉を煮ながら穀物を入れて、隠し味に香草をひとつまみ。本当はお野菜もいれるのよ。うちでよくやる料理だから、あとで二人にレシピを教えておくわね」

 カカリアが器によそってくれるそれは、昔からよく出る料理の一つだ。こんな砂漠で食べると、新鮮味があって尚美味しい。そして何より身体が暖まる。

 火を囲んで砂の上に座り込んでの食事だ。

「砂漠には、サンドメメズというのがいるとケイレブの奴から聞いた」

「サンドメメズ?」

「とても大きい地虫だそうだ。砂の中を動いて音に反応して襲ってくるらしい。呑み込まれたら最後だな」

「うわー……」

 アヴェラが呻くとイクシマも頷いた。

「それ、我も父上から聞いておるんじゃぞ。地面の中からドバッ! と出て来て、グワッ! と襲い掛かって、逃げてもドドドッ! と後を追ってくるんじゃって」

 やたら擬音が多いが、サンドメメズの脅威だけはよく分かった。

 月明かりの下で砂漠の夜は更けていった。

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