第174話 誰がどう見ても冒険への出立

「と言うわけで、ナニア様の事を調べるため砂漠のフィールドに出かける」

 昔は徒歩でしか行けない遠方だったが、先人たちが転送魔法陣を発見して開放した事で楽に行けるようになった場所だ。しかし、昼は日差しに夜は凍える寒さという過酷な環境であるのは間違いない。

「いや分かったのじゃが。ところで、お主……」

「今回の件は極秘だ。あくまでも依頼を受けて、素材集めに行くというていを忘れないように」

「分かった。じゃっどん、その後ろの……」

「危険な場所だし、もし相手がいるなら尚のこと危険だ。十分に注意してくれ」

「人の話を聞けよおおおっ!」

 イクシマは目を怒らせ叫び、金色の瞳が色濃く鋭さを増している。だがしかし、今のアヴェラの方がいろいろ内心で抱えているのは間違いない。

「うるさい、このドンカンエルフが! 少しは状況をみて察しろ!」

「なっ、なしてそこまで。我、なんか悪い事したん?」

「悪いも何も見て判る事を訊くな、分かるだろ」

 アヴェラは自分の背後を指し示す。そこにはトレストとカカリアが、ちょこんと椅子に座って大人しく控えている。

「いや分からん」

「分かれよ」

「お主なー、無茶苦茶言うでない。トレスト殿とカカリア殿が同席されておるじゃろ、しかも完全武装の格好をして。その理由を、我は知りたいだけなんじゃぞ」

「はぁ……エルフの里では、結婚式に完全武装で行くのか?」

 あまりの察しの悪さに嫌味たっぷりに言ってやる。

 しかしイクシマはやや照れ気味に頷いた。

「うむ。従姉妹の姉上の結婚式なんぞ、皆が剣を打ち合わせ入り乱れて戦っておったな。我の父上が最後まで残ったんで、はなむけの言葉を述べたんじゃぞ」

「ちょっとなに言ってるか分からんな。でもエルフが蛮族ということは分かった」

「なんじゃとー! 如何にお主とて許さぬぞ!」

「やかましい!」

 アヴェラは怒りと共にイクシマの頭を掴んで悲鳴をあげさせた。ただし、背後からカカリアの静かな咳払いが聞こえるやいなや、慌てて手を放す。とても甘い両親ではあるが、マナーや何やらには結構うるさいのだ。

 横で聞いていたノエルは困惑気味の顔で笑っている。

「あははっ、えーと……つまり察するにトレストさんとカカリアさんも一緒に行くって事なんだよね、砂漠に。ナニア様を一緒に探すんだね」

「やっぱり流石はノエルだな。どこぞのエルフとは大違いだ」

 そんな嫌味もイクシマには通じない。どこぞのエルフとやらを探し、キョロキョロしているぐらいだった。


 クエスト掲示板には既に手が回されてあって、砂漠での素材回収依頼が張り出されてある。もちろん他の者に取られぬため、分かり難い場所に張り出されているし、報酬も凄く渋めだ。

「三つ目の掲示板の下から三段目右から三枚目、三が好きな人が考えたのかね」

 ぶつくさ言いながら、指定の依頼書を獲得する。

 真新しい羊皮紙に鮮明なインクで記された内容は、砂漠に生息するスコルピオというモンスターの毒針回収であった。

「スコルピオか。毒針は尾にあるが、前にあるハサミも要注意なんじゃぞ」

「なんだ知ってるのか」

「いや知らぬ。ただ父上が語ってくれた事があってな、なんでもドジで間抜けじゃが底抜けのお人好しで背中を預けられる仲間と一緒に倒したっていう話じゃ」

「相手を褒めてるのか貶してるのか分からん評価だな」

 依頼書を手に受け付けに向かうと、後ろをイクシマとノエルが付いてくる。

「うーむ、機嫌が良くて酒を飲んどる時に語っておられたのでな。きっと、褒めておるんじゃろな」

「エルフもなかなか素直でないもんだ」

「お主ほどでなかろ」

 戦鎚を担いだイクシマに、チェインメイルを着込んだノエル。そしてアヴェラもラメラーアーマー風の肩当てと腰当て、愛用のヤスツナソードを装備している。ほとんど完全装備である。

 係員に依頼書を差し出し手続き処理を若干待ち、受理されたところで正式な発注書を貰う。そして賑やかしく出発する様子は、全くもって冒険にでかける冒険者の姿であった。

 トレストとカカリアについては先に行っている。

「しかし父さんと母さん、どうなってんだ」

「えっと、冒険者の二人は行方不明扱いだったなんてさ。どういう事なんだろ」

「ひょっとして……いや、よそう。余計な詮索は良くないな」

 行方不明の時期が、ちょうど二人が結婚した時期である。

 アヴェラの想像する身分違いの恋から二人が出会うまでのくだりを考えると、どうもそれが影響していそうだ。あまり考えない方が良いに違いない。

 薄暗い依頼所から外に出ると日射しが眩しいぐらいだ。

 あちこちに争乱の痕跡がまだ残っているが、街中は活気に満ちて勢いがある。それを守れた事が少し誇らしい。ナニアを救う事は、この活気を守る事にも繋がるのだ。

 そう思うと少し気合いが入る。


「姉上も来たがっておったんじゃがな」

 広場までの道のりで、イクシマは戦鎚を両肩で担いでいる。その格好は案山子のようでもあった。だが、かなりの重さがあるはずだが、それを軽々と扱う様は歴戦の戦士といった風情だ。

 しかしアヴェラの思い描く妖精めいたエルフ像とはかけ離れるばかりである。

「ナーちゃん、ナーちゃんとな。あんなに騒いだら邪魔だろう」

「まあ、姉上にとっても数少ない友達じゃでな」

「そうなのか?」

「次代の里を担う立場であるし、とっても美しくて強くて聡明である。故に皆は近寄りがたいのじゃろな、うむ」

 騒いで他のエルフに取り押さえられ、回収されるように引きずられていった姿からは到底想像出来ない評価であった。

「まあ、流石にエルフだからな砂漠は辛かろう」

「うむうむ、我のことを案ずる必要はないぞ。こう見えて我は、なかなか熱いのも平気じゃでな。心配せずとも良いのじゃぞ」

「いや、別にそこは心配してない」

「そこは心配するとこじゃろがあああっ!」

 イクシマが咆えて足を踏みならすせいで、辺りから注目を集めてしまう。とは言えど、それが悪いかと言えばそうでもない。なぜなら、こんなのが大公の密命を帯びて砂漠に調査に行くとは誰も思わないはずだから。

「まあまあ、二人とも止めようね。それよりさ、イクシマちゃん。お父さんからさ、もっと砂漠の話を聞いてない?」

「むっ、まあノエルが知りたいのであればな。うーむ」

 イクシマは軽く目を上にやり思い出していく。

「スコルピオクィーンってのと、あとはサンドメメズっていうでっかいモンスターがいるはずじゃぞ。あと、砂漠にも貧しい村があるとかじゃな」

 情報は財産であるので冒険者にしても商人にしても、そうした情報はあまり口にはしない。まして元の世界のようなガイドブックなど存在もせず、こうして狭い範囲だけでの情報しか得られない。

 しかしイクシマの話からモンスターの情報も村の位置も何となく分かる。これはかなり有益なものだった。


「そうするとまずは、村を目指すのが最善そうか。他には何か?」

「うむ、岩山かなんかに凄い宝があったって話なんじゃぞ」

「凄い宝?」

「うむ、黄金で出来た数々だそうじゃが……」

「なんだ、もう回収されたのか」

 やや残念そうにアヴェラが肩を落とすと、イクシマは楽しげに笑った。

「いんや父上は一部しか回収できんかったそうじゃ。その岩山が崩れたんで、命からがら逃げ出したって話なんじゃぞ」

「ふーん。しかし一部とは言え回収できたなら、さぞかし儲かったのだろな」

「そーでもないらしい」

 イクシマはからからと笑った。

「これがまた笑える話でな。そのドジで間抜けで底抜けのお人好しのせいで、困っている人にポンッと全部渡してしまったらしい」

 なんだか誇らしげな口ぶりだ。

 確かにそうだろう。アヴェラも想像するが、もし自分が黄金を手に入れたとしても、そんな使い方は出来やしない。イクシマの父ヤオシマも、その相棒も、さぞかし立派な冒険者だったのだろう。

 噴水を中心とした広場に到着した。

 広場を囲むようにして石造りの小さな建物が並ぶ。行き交う多くの冒険者が建物に入っていき出て来なくなり、または唐突に出て来たりする。

 フィールド探索に出る冒険者たちの利用する転送魔法陣が設置された建物である。

「さて砂漠行きはどれだ?」

「えっと、北から右方向に五つ目なんだよ」

「ありがとう」

「どういたしまして、さあ行こうよ」

 ノエルに腕を引かれて歩きだせば、イクシマが横を小走りで追い抜いていく。

「さあ冒険じゃあっ! 我一番乗り!」

 転送魔法陣の建物めがけてイクシマが駆けていき、それをアヴェラとノエルが追いかける。誰がどう見ても冒険を前に心弾ませる冒険者にしか見えないだろう。

 そして砂漠で待つトレストとカカリアの元へと急ぐ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る