◇第十四章◇

第171話 アポも何もないのに来てしまった

 アルストル大公家のナニアが行方不明という情報は、厳しい箝口令がしかれて極秘扱い、一部の貴族や警備関係の主要な者などにしか知らされていない。

 しかし、それも時間の問題だろう。

 アヴェラが聞いてしまったように、少しずつ情報はもれていく。今はまだ抑えられているにしても、やがて仄かな噂として拡散していき、どこかの時点で一気に広まるのだ。

「早い内に何とかせねば拙い。何とかナニア様をお救いせねば」

 トレストは力強く拳を握りしめた。

 エイフス家の居間には一家が勢揃いし、深刻な顔で食卓を囲んでいる。いつも通りの様子でいるのはヤトノだけだった。

「でもね、父さん。そうは言っても何ができるわけ? どこに攫われて、誰が攫ったかも分からん状態でしょう。それなのに単なる警備隊で末端貴族の下っ端が余計なことをしない方がいいんじゃない?」

「下っ端……いやいや、それはそうだが」

「警備以外は、なんの権限も裁量もないでしょ。それなのに父さんの一存で捜査して物事を引っかき回す気? 攫った相手を刺激したら拙いのでは? 何かあってから責任とれるの?」

「…………」

 ぐうの音も出ないまで言われ、トレストは黙り込んだ。代わりにカカリアが口を出してくる。ちょっと遠慮気味だ。

「あのね、アヴェラちゃん。お母さんはアルストル家のね……えーと、ちょっとだけ関係あるのよ。それでナニア様が小さい頃に、少しだけ会った事もあるの。だから助けてあげたいって思ってるの」

「なるほど。でも、それって昔に会っただけだよね。それなのに、こういう時にだけ出しゃばるのは良くないと思うけど」

「えっと、そういうつもりでなくって」

「普段は何もしないのに、トラブルがあると大喜びで来る人いるよね。昔にちょっと会っただけの縁で関係者面する感じとか。ああいうのって、嫌じゃない?」

「…………」

 カカリアは黙り込むとトレストと一緒に夫婦揃って、しょんぼりしている。それでいて落ち着かない様子で、そわそわしている。何か言いたいが言えない雰囲気だ。

 アヴェラにとって、そんな両親の様子は意外だった。

 何にせよ、そんな両親の姿を前にしていると何やらアヴェラの方が罪悪感を覚えてしまう。前世において孤独に生きて死んだだけに、親という存在に寄せる気持ちは極めて強い。

「でもまあ、これでもナニア様のギルドの一員だから。何もしないってわけにはいかない。父さんも母さんも心配しているし、ちょっとだけ様子を見てくる」

 言った途端に、エイフス夫妻の顔がパッと輝いた。本来ならエイフス家の方針をこの二人が決めるべきなのだが、もう完全にアヴェラの意志を第一に考えている。

 まったりしていたヤトノが呆れ気味に頷く。

「本当に御兄様は素直じゃないんですから、でもそんなところも素敵」

「うるさいぞ」

 そしてアヴェラは出かける準備をした。


 あちらこちらに争乱の跡がある街並を歩いて行く。

 壊れた屋台などは片付けられたが、崩れた建物などは手付かずのままだ。幾つかは焼け焦げた痕跡もあるように、あちこちで火も放たれ大火になる危険もあった事が分かる。それを食い止めたのが警備隊であり、冒険者たちであり、そして何より住民たちだ。

「全くこんなの考えられないな」

 アヴェラの呟きにヤトノが反応した。

「御兄様?」

「ああ、前世との比較だよ。あっちだとな、火事が起ころうが災害が起ころうが他人任せなんだ。中には逃げる事さえしない人も居るぐらいなんだ。それで後で文句だけ言う」

「なんですかそれは、よくそれで人間が生きていましたね」

「それだけ社会の仕組みが整ってたって事だが、逆に言えば整いすぎて便利さに慣れきっていたのだろうな」

 ヤトノと並んで歩いて行く。

 市内には警備隊のみならず貴族の私兵も出動し巡回している。敵を探しているだけではなく、治安維持や民心安定の為といったものだろう。その他の人の出は少なく、居ても足早に移動している。

 お陰で街中は、どこかピリピリした雰囲気が漂っていた。

「まさか父さんと母さんが、あそこまでアルストル家に忠誠を持っているとは思わなかったな」

「そうですね。まあ、その辺りは人それぞれですから」

 アルストル大公家の館に近づくにつれ警備が厳重になっていく。しかし各所に立つのは、所属は違えど警備隊。そして親バカトレストの息子はここでも有名であった。

 領主館まで顔パスで通れてしまう。

「警備としていいのか……」

 それだけトレストに信用と信頼があるという事なのだが、少しだけ釈然としない。

 やがて見えて来たのが三階建ての建物。全体に細かな彫刻が施され縦長の窓が幾つもある豪華で華麗なものだ。

 緊急時には要塞としても機能する建物だが、実際に今回はその役目を果たしたようだ。建物の各所に損傷が確認でき一部は焼け焦げ、激しい戦闘があった事を物語っていた。

 しかし、アルストル家を示す旗が屋上に翻って健在を示している。

 門も突破され一度は破壊されたようだが、流石にそこは最優先で応急措置が施されたらしい。装飾類はさておき、しっかりと門としての役割を果たしている。つまり簡単には入れないという事なのだが。

「さて、どうしよう」

「どうしようとは、どうされましたか」

「アポも何もないのに来てしまったが、中に入れるかどうか……」

「むむっ、御兄様が中に入れない可能性もあるのですね。分かりました、わたくしが何とかします、してみせます。お任せ下さい」

「やめろって」

 ヤトノの襟首を掴んでつかまえておく。そうせねば大惨事が起きかねない気がしたからだ。場所が場所だけに、そのまま捕まえて小脇に抱えておく。

「そんなっ、わたくしが物の如く扱われるだなんて……ああ素敵」

「何言ってんだか。とにかく大人しくしてろ」

「はい、勿論なんです」

 うっとりとした声でヤトノは言って、実際に大人しくなった。

 門の脇で騒いでいる割りに、門番は寛容であった。とりあえず話している内容は聞こえなかったらしい。だから歳の離れた兄妹のじゃれ合いに思って、ほっこりしていたのかもしれない。


 アルストル大公家の門がにわかに騒々しくなった。

 どうやら中から貴人が出てくるらしい。門番たちが背筋を伸ばし辺りを警戒し、アヴェラにも少し離れるようにと言ってくる。警備としては当然の措置だろう。

 大人しく離れると、門がゆっくりと開かれた。

 中から立派な集団が現れるが、その中心にいる人物に目を止めた。

「あっ……」

「むむっ」

 アヴェラが声をあげると同時に相手も反応した。ずかずかと大股でやってくる。おかげで門番は困惑と同時に動揺しきっていた。

「おうおうっ、アヴェラではないか。それにヤトノ姫も」

 力強い声でジルジオは言った。

「どうした、こんなところに」

「それはこっちの台詞。爺様こそ、どうして?」

「うむ、ここでは言うわけにはいかん内容であるぞ」

「こっちも似たような感じで……もしかして、この関係?」

 言ってアヴェラは自分の襟元の徽章を指で叩いてみせた。それはアヴェラがアルストル大公令嬢ナニアのギルドに所属する事を意味するものだ。

 流石にジルジオは察しが良い。

 もうそれだけで事情を理解したらしく目を細め鋭くした。

「なるほど、ついにその時が来たか。アヴェラよ、その覚悟はあるのか?」

「もちろん野次馬根性とか物見遊山とかでなくて、ギルドの一員として何とかしたいと思ってる。あと、父さんと母さんも妙に心配してたし」

「なんだ、儂の思っておる覚悟とは意味が違うようであるな……まあよかろう。それはそれでよし! ならば入れ。儂が許す」

 ジルジオは言ってアヴェラの肩に手を置き振り向いた。

 ちょいちょいと指先を動かし招くと、立派な身なりの男が大急ぎで駆けてくる。その男は困惑しながらジルジオを見てアヴェラを見て――マジマジと見つめて、何かに気付いた様子でハッとした。

「あの、まさか……まさかですが、こちら、この方は……」

「想像の通りであるぞ。分かったのであれば、案内をしてやってくれ」

「はっ、はいっ!」

 男は跳び上がらんばかりの勢いで背筋を伸ばし何か感極まった様子だ。

 ジルジオはアヴェラの背を押した。

「ではアヴェラよ任せる。どうか、どうか頼むぞ。儂からも頼む」

「爺様……?」

「今はそれしか言えぬ。どうか頼むぞ、この爺からのお願いである」

 振り仰いだ祖父の顔は、今まで見た中で一番物憂げで気弱なものであった。それにアヴェラは胸を突かれてしまう。

「もちろん、全力を尽くすよ。だから爺様はいつもみたいにして、そんな顔と態度は全く似合わない」

「ほう、これは一本取られた。アヴェラも言うようになったのである」

 ジルジオはアヴェラの背を軽く小気味よく叩いた。

「では行くがよい! 後は任せる!」

「了解」

 頼もしげに言って、アヴェラは小脇に抱えたヤトノと共に門を通り抜けた。背に受けた一撃はひりひりするが、同時にそこから熱い気持ちが込み上げてくる気がする。

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