幼き災厄の子2

「この子、拾ってきた」

 子供がそんな事を言えば、普通の親は顔をしかめるか訝しがるだろう。またはバカな事を言うなと怒るかもしれない。そうして社会の常識というものを身に付けさせるものだ。

 しかし、アヴェラの両親であるトレストとカカリアは普通ではなかった。

「まあっ、そうなの。だったらアヴェラちゃんのお友達ね。アヴェラちゃんにお友達。ああっ……ついにアヴェラにお友達が出来たのね。良かった、良かったわ」

「カカリア、泣いてる場合じゃないぞ! この素晴らしい日を祝わないという事があるだろうか。いや、ない! アヴェラの初めてのお友達が出来ました記念だ!」

「警備隊の皆も呼んでパーティにしましょう」

「ついでに拘束した犯罪者どもに恩赦を与えてやろう」

 反面教師的に社会の常識を身に付けさせてくれる。

 浮かれる両親を止めるのはアヴェラの役目だ。最近は容赦なく言って止める。

「はいはい、二人ともそれぐらいで。今言ってたことを実行したら、もう二度と口を利かないから」

 トレストとカカリアの動きが止まり、シュンッとなってしまった。ちょっとだけ可哀想に思うが、本当にちょっとだけだ。アヴェラが立って歩いた時は大騒動で、本当にパーティをやって恩赦も出したぐらいなのである。

 連れてきたニーソという少女は、目をぱちくりさせて戸惑っていた。

「父さん、お風呂を」

「よし来た! 待ってろ、薪の一本まで吟味して最高の風呂を用意してやろう」

「いいから早く」

「ううっ、むちゅこたんが何だか冷たい。ついに反抗期来た!? 素晴らしい! アヴェラの成長が著しすぎる」

「はいはい、そういうのいいから早くね」

 バカな事を言う父親を押しやって風呂の準備に行かせ、今度は母親に向き直る。そちらは何を言われるのかと、わくわくしながら待機していた。

「母さん」

「はい、はいはいっ!」

 カカリアは手を挙げて存在を主張した。

「何かしら、何でも言ってね」

「この子にご飯食べさせてあげて。胃に優しい感じで」

「任せて! そうね、ちょっとお父様を脅し……いえ、お願いして滋養強壮で身体に良い食材を用意するわ。待ってなさい、至高の一品を用意してみせるわ!」

「あ、そういうのいいんで。家にある食材でよろしく」

「家にある食材で……くっ、それは母として試されているのね! 課せられた制約の中で、どこまで出来るのか母親として試されているのね! ふふふ任せなさい!」

 気合いを入れる母親を押しやって料理に行かせ、今度はニーソに向き直る。そちらは何が起きているのかと、戸惑いながら立ち尽くしていた。


 アヴェラと一緒に風呂に入り、アヴェラと一緒に食事をして、アヴェラのお古を着せられ、アヴェラの部屋でニーソは呆然自失としていた。

 怒濤のような展開に、理解が追いついていないらしい。

「あの……」

 おずおずと上目遣いで尋ねてくる。

「あの、どうして? どうしてこんなこと」

「それはつまり……ティンときたって感じかな。よし、ティンときたついでにプロデュースしてやろう。いや、この場合はプリメか。どう育つかは自分次第と」

 前世で楽しんだ世界初の育成シミュレーションゲーム――確か隠しコマンドのお楽しみがあった――を思いだし、アヴェラはウキウキとしている。

「流石は御兄様です。他人の人生を玩具の如く弄ぶつもりとは、まさに真の邪悪」

「失礼な奴だな。それを言ったら教育も子育ても全部同じって事になるだろうが。でも誰も、そうは言わない。つまり相手を想ってやるなら何の問題もないんだ。これから毎日いろいろ教えてやる」

「……素直に友達が欲しいと言えば宜しいですのに。流石のわたくしも呆れてしまいますわ」

「うるさい」

 アヴェラはニーソを椅子に座らせ、自身はベッドに腰掛けた。

「本人の意思を確認しよう。さあニーソに問おう、知識が欲しいか? 生きる術が欲しいか? 望むなら望むだけ授けてやろう」

「えっ……でも……」

「何だ嫌なのか、勿体ない」

「そうじゃなくて」

 躊躇うニーソから話を聞き出していくと、どうやら家庭環境に問題があるようだった。つまり典型的な下級貧民家庭にあって母親は既におらず、父親は稼ぎの全てを博打に費やし、それで親類縁者も関わろうとしないらしい。それでアヴェラの持つ菓子を狙うぐらいに飢えていたのだった。

 ひと通りを聞いたアヴェラは頼もしげに頷いてみせる。

「なるほど、なるほど。そうか頑張ってきたか、偉いぞ。本当に偉い。だったら、これから家に来たら大丈夫だぞ。母さんの美味しいご飯も、父さんの用意する熱い風呂も好きなだけ味わうといい。寂しいなら側に居てやる」

 言ったアヴェラはニーソの頭を撫でてやる。そして入り口のドアに目を向け眉をしかめると、忍び足で近づいた。

 素早くそこを開ければ両親の姿があって、慌てて取り繕っている。

「父さん、母さん。次にこういう事したらね、家を出ていくから」

 想像だけで二人は震え上がり、小刻みに頷いて二度としないと誓いを立てた。

「で、父さんにお願いなんだけど」

「息子に頼まれている。父親として頼られている!」

「はいはい、そういうのいいから。聞いてたなら、ニーソの親を更生させて。二度と博打をしなくなって真面目に働くようにしてあげて。父さんなら出来るよね」

「…………」

 トレストは胸に手をあて天井を仰ぎ見る。閉ざした目の端から涙が流れる。

「ああ、俺は息子に信頼されている。いいだろう、二度と博打をする気が起きないほど鍛えあげてやる。死にそうな思いはするが死ぬ事はないだろう」

「よろしく」

 頷いたアヴェラの腕を、ちょいちょいとカカリアが突いた。

「あの、アヴェラちゃん。お母さんには何かないの? あるわよね?」

「えーっと……ニーソとはこれから一緒に動くし、長い付き合いになると思うんで。そういうつもりの母親代わりでよろしく」

「つまり、義母ははになるのね! ちょっと気が早い気もするけれど、アヴェラが見込んだなら問題ないわ。我が家流をしっかりと教え込んでいくわよ」

「うん? まあそんな感じで」

 細かい部分を確認し話すため、アヴェラは両親を促し食堂に向かった。部屋にはニーソとヤトノが二人っきりで残される。


 静かな部屋でニーソは落ち着かない。

 突然に連れて来られて、いろいろな事が起きすぎている。そうした事情もあるが、目の前にいる相手が何かよく分からないのだ。自分とさほど変わらない歳で、綺麗な黒髪で肌は真っ白。そして瞳の真紅が美しい。

 綺麗で美しい存在だが、どこか触れてはならない氷のような気配がある。

「なかなか聡い子ですこと」

 ヤトノという相手は先程までの口調と違う冷え冷えとした声で言った。真正面から目を覗き込まれると瞬きすら出来ない。それでも、目を逸らしてはいけないと感じて必死に耐える。

 不意に視線の圧が弱まった。

「御兄様が気に入られただけの事はありますね。ダメな子なら、今ここで消し去ろうと思いましたが、まあいいでしょう。お前、御兄様に全てを捧げると誓いなさい」

「え……?」

「本来であればお前が辿るはずだった運命、それを少し見せてやります」

 言葉と同時にニーソの額が軽く突かれた。

 途端に脳裏の中に光景――何者かに襲われ背を斬られ、倒れて必死に庇おうとした手を斬られ指が飛び散る。さらに腹を割かれ藻掻き苦しむ姿を嘲笑う声。激しい痛みと共に絶望と恐怖が心を巡り――ニーソの目から涙が零れた。

 温かな部屋の中で寒気を感じて身体の震えが止まらない。いま、間違いなく死までを体験していた。そしてそれは、明らかに今夜起きるはずだったことだ。

「あ、あなたは……」

「わたくしですか、わたくしは災厄の神の一部にして御兄様を守護する存在。もちろん賢妹良妹としてお仕えする存在です。まあ、それは今はどうでもいいですね」

 御兄様と言うときだけは、どこか甘やかな言葉になっている。

「お前が理解しているように。今見たことが、お前の本来の運命でした」

「……でも変わった」

 ニーソが呟くとヤトノは頷いた。

 静かな部屋には、居間での騒ぎ――トレストやカカリアが騒いでアヴェラが注意する声――が聞こえてくる。賑やかしい家族の団らんだろう。

「そう、過去形です。なぜなら御兄様が、お前を赦されたのです。故にお前は前世代々のあらゆる罪を赦免され、原罪を持たぬ存在となったのです」

「アヴェラが私を……」

「御兄様こそがお前の神と言っていいでしょう。ならばその存在全てを捧げ、御兄様の為に生き御兄様の為に死になさい」

「うん」

 ニーソはしっかりと頷いた。

 まさしく身も心も魂さえも捧げて尽くす気になっている。

「宜しい。これからは常に御兄様の事を考え第一に、どうすれば役に立てるのか、どうすれば喜んでくれるかを常に考えて生きるのですよ」

「はい、ヤトノ様」

「しかし盲目的に従う犬ではダメですよ。時には逆らって、最終的に御兄様の為になるよう自ら考え動く狼になりなさい」

「覚えておきます」

 幼き災厄の子は邪悪な救い手。一人の少女の命を拾い上げた代わりに、その人生の全てを奪い取り、その意志の全てを根源から変え支配してしまったのである。

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