幼き災厄の子

 石畳の道を歩いてくるのは、まだ十にも満たない子供だ。背は低く華奢な身体で腕や足も細め。いかにも愛らしい年頃なのだが、ただ目付きだけが子供らしくない。少々捻くれた大人のような目をしていた。

「どうして、毎回毎回行かなきゃならんのだ」

 アヴェラはぼやき、額の汗を拭う。

 新たに生まれ変わった世界に馴染んではきたが、その心根だけは以前と変わらない。人間の性格は遺伝的影響もあるが、環境による影響も大きい。つまり前世の記憶があるならば前世で形成された性格も引き継いでしまうというわけだ。

「御兄様はまたそんな事を仰られて」

 手を繋いでいた女の子が咎めた。

 長い黒髪に神官着のような衣装の可愛らしい子だ。こちらは日射しの中で汗の一つもかかず、素足でペタペタと歩いている。まるで日射しも足元の熱も受け付けていない。

 二人の様子は、少し年上の姉に手を引かれた弟といった感じだ。

「ヤトノはそう言うけどな、毎回毎回は面倒だぞ。そうは思わないか」

「良いではありませんか。わたくしは御兄様と一緒にお出かけできて最高です、幸せなんです」

「ああ、そう。できればこんな暑い日に汗かいて出かけたくない」

「つれない御言葉。でも、そんなところも素敵」

 アヴェラとヤトノが向かうのは聖堂である。

 両親からは参拝と挨拶を欠かさず信心深くあるようにと、十日に一回は聖堂に行くよう言われていた。だが、アヴェラは知っている。ただ単にそれは聖堂に行き、加護の様子を確認して貰うだけなのだと。

 つまりアヴェラの持つ厄神の加護について確認されているのだ。

「アンドン司祭は良い人なんだけど。毎回お菓子を大量にくれるのものな……」

「御兄様に対する貢ぎ物、多くて当然なんです」

「こっちの菓子はな……ああ、饅頭とか大福とかが食べたい」

「はい? それは何ですか。このヤトノ、御兄様の為であれば探して見せますとも。ちょっと神託を下して探させれば簡単です。呪いで国を滅ぼすと言えば、必死になって探すでしょうとも」

「やめろ」

 アヴェラが言うと、ヤトノは口を尖らせ不満そうな顔をした。話の内容はさておき、傍から見れば微笑ましい姉弟のように見えるだろう。

「今日から世話係は交替だったな。また呪って追い払うなよ」

「でも、あの女は御兄様に対して失礼だったんです当然です。その前は何か目付きが怪しくて、御兄様の身体に触りたがったり下着を持ち帰ったりしてましたし」

「……必要なら追い払ってくれ」

「はい! お任せ下さい」


 聖堂に行くなり、警護の騎士が身構え伝令が走った。怯えられているのはアヴェラ自身の加護も影響しているが両親のせいでもある。この聖堂に殴り込みをかけ、さらには対応の不満で度々苦情も入れているので、前世で言う所のクレーマー扱いだろう。

 騎士に先導され歩いて行くと、高位貴族の子弟が来たのかと一般礼拝者が見つめてくる。さらには司祭が直々に応対する様子を見れば驚愕状態だ。

「ようこそアヴェラ君、こんな暑い中をお勤めご苦労様です」

「アンドン司祭もお疲れ様です。毎回、こんなのの相手をして大変ですね」

「いえ、そのような事は……」

 口を濁すアンドンの髪は年齢のわりには薄い。あと数年もすれば前後に開通しそうだ。もちろん原因となるストレッサーこそ、気の毒に思うアヴェラなのである。

「さぁ奥の部屋に。お菓子も用意してありますよ」

「そんな毎回気を使って頂かなくても」

「遠慮などなさらずに」

 お菓子で少しでも機嫌をとって平穏を願う涙ぐましい努力だ。それが分かるだけにアヴェラも――前世の日本人的気質もあって――あまり強くは言えなかった。

 奥の部屋は少しひんやりとしている。椅子を勧められ、この世界では高級な菓子を山盛り出される。冷たい飲み物もだされ、ひと息つけた気分だ。

 一旦部屋を出たアンドン司祭は少しして戻って来るが、一人の少女を伴っていた。見るからに人の良い柔和な顔立ちで可愛らしく、思春期に差し掛かったぐらいのようだ。

「この子が今日からアヴェラ君のお世話をします。さっ、ご挨拶なさい」

「フィリアと申します」

「歳が近いので気も合うでしょう。できれば友達のように接してやって下さい」

「宜しくお願い致しますね」

 ちょっとだけ緊張気味だが、フィリアは笑顔で頭をさげている。なかなか可憐であるし、年上のお姉さんという存在に憧れのあるアヴェラは内心大喜びだった。

「御兄様、如何なさいますか。呪いますか、呪いますよね」

「その必要はない。むしろ大歓迎だ」

「つまらないです」

 ヒソヒソと喋るアヴェラとヤトノの様子に、アンドンは不安げだ。そしてフィリアはきょとんとしている。

「あ、それより冷たい飲み物のお代わりいいですか」

 アヴェラはコップを掲げて要求した。

 前世と違ってエアコンも冷蔵庫もないため、冷たい飲み物は貴重。こんな時は子供である事を最大限に活かして要求するべきだろう。

「はい、喜んで。でも、その前に沐浴はすると良いですよう。今の時間なら空いてますし、ちょっとお姉ちゃんと一緒に入りましょうか」

 フィリアは優しく微笑んだ。その目は優しく善意に満ちて何の邪気もない。アヴェラを単なる幼子と信じきって、こんな暑い日に汗まみれになっている事を気の毒がってさえいる。

「うん!」

 アヴェラは無邪気な子供のように返事をした。


 お土産に大量のお菓子を持たされ聖堂を後にする。毎回、これをどう処理するかが課題だ。最終手段はトレストの職場に持っていき配布するしかない。

 だが、今のアヴェラは夢見心地の顔だ。

「ああ、生まれ変わって良かった……お姉さんと一緒にお風呂で、洗って貰って洗ってあげてとか。ここが天国だったのか」

「いつも一緒ではありませんか、わたくしと」

「それはそれだ」

 フィリアは年のわりに発育が良かった。年下相手に若干の羞恥を覚えつつ、それでいて無防備な振る舞い。あげくアヴェラと自分で身体が違うことに気付き、口を半開きにして凝視、我に返った後も気にして見ている姿など正に最高であった。

「ですが御兄様、抱きついたのはやり過ぎです」

「ヤトノこそ、抱きついてだろうが」

「当然なんです。御兄様の為の確認ですし、あのフィリアめも中々に触り心地が良かったです。ふふっ食べてしまいたいぐらい。ふむ、御兄様の供物候補に良いですね」

「供物? 物騒なことはやめてくれよ」

 アヴェラが釘を刺しておくと、ヤトノは薄く笑うにとどめるばかりだ。

 家に向かって歩いているが、これから暇な時間となる。まだ何かを習うような年齢でもないし、本来なら友達と一緒になって駆け回るような時期だ。しかし、アヴェラの精神的年齢もあって友達はいなかった。

 同年代の子供など、はな垂れ小僧ばかり。棒を振り回しポケットに石や鼻くそを詰め込み、虫や木の実やゴミを宝物にして素っ頓狂な声をあげ下品な言葉を連呼。直ぐに怒って我が儘で不満があると殴りかかり、反撃すれば泣いて親に言いつけるだけ。

 とてもではないが耐えられるものではなかった。

「さて、今日はどうするかな」

「庭の草むしりでもどうでしょうか」

「また母さんが感涙して大騒ぎだ。なんて良い子なんだって、な」

「では、剣の稽古でもしますか」

「父さんが聞いたら感動して大騒ぎだろ。将来は大将軍だって、な」

 両親共に愛してくれるが過剰なぐらいだ。ただ、それは嫌ではない。前世で全てを失い孤独を知っているだけに、その溺愛ぶりが嬉しいのは事実だった。

「そうだな……草むしりして剣の稽古をするか。でもって、帰ったら父さんと母さんと一緒にこのお菓子を食べるとしよう」

 アヴェラが言った時であった、物陰から飛びだした姿がぶつかってきたのは。


 相手がボロ布をまとって武器は持っていない、そこまで認識はしたが不意の事にアヴェラは避けきれずバランスを崩した。

「御兄様」

 ヤトノが支えてくれたので倒れはしなかったが、手にしていたお菓子の包みを落としてしまう。そして相手の方は、その包みを引っ掴んで走りだす。呆気にとられて見ている前で、小路に飛び込み逃げ去ってしまった。

「むっ、盗られたか」

「御兄様のものを奪うとは! おのれ、この世で最も罪深き者! 呪ってくれます」

「別にいいだろ。どうせ処分に困っていたぐらいなんだし」

「駄目です嫌です許せません。許す気はありません!」

「はぁ……」

 アヴェラは深く息を吐いた。

「分かった、とりあえず追いかけよう。ちょうど暇だし、追いかけるのも楽しいだろ」

「畏まりました。このヤトノ、御兄様のため全身全霊をもって追いかけて見せます」

 そして鬼ごっこのようなものが始まる。

 追いかけているのはヤトノなので鬼どころか災厄だ。どうやっているのか相手の場所を即座に見つけだしている。逃げても逃げても追いかけてくる姿に、ボロ布をまとった相手は恐怖していた。ついには足をもつれさせ、バッタリ倒れてしまう。

 それでも包みは手放さない。

「チャンスです、御兄様。このまま仕留めましょう」

「バカ言うな。それより思いっきり倒れたな、一応回復薬を使ってやるか」

 追いかけている内に、相手が自分と同じ年頃という事は分かっていた。散々追い回して悪い事をしたなと、少しだけ思っている。それで怪我までさせたら申し訳ない。

 だが、ヤトノはそうは思わないらしい。

「御兄様はお優しいこと」

「仕方ないだろ。相手は子供だ」

「歳など関係ありません。罪は罪で幼いからと赦されるものではないのです」

「では、この子の罪を赦そう。この厄神の加護持つアヴェラという存在が――なんてな。まあ、そんな感じで許してあげよう」

 それは冗談めかした言葉だったが、ヤトノは目を大きく見はって黙り込んだ。もうそれ以上は何も言わない。何かしら心の琴線に触れるものがあったかもしれない。

 アヴェラは気にせず相手の手を取り引き起こした。

 自分とさして変わらぬ歳の女の子が顔に怪我をしていると見て、即座に回復薬を取り出し飲ませてやった。過保護な母親に持たされているので準備万端だ。

「ほら、これで痛くないだろ。追いかけ回して悪かったな。ん? どうして、これを盗ったんだ? 怒らないから言ってみろ」

「お菓子……お腹、空いてたの」

「なるほどそうか。そうかお腹が空いていたか」

 アヴェラは何度も頷いた。前世の記憶がまだ色濃いため、小さな子がお腹を空かせているのなら優しい気持ちになってしまうのだ。

「よし、それなら仕方ない。名前は何かな? 言ってごらん」

「…………」

「ちゃんと言えたら、そのお菓子をお腹いっぱい食べさせてあげるぞ」

 優しく言うと、少女はおずおずと答えた。

「……ニーソ」

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