第170話 戦勝パレードを派手にやる

「よし、大方片付いたのであるな」

 ジルジオが大声で宣言すると辺りの人々から安堵の声がもれた。

 すっかり場を仕切っていたが、そこに居るだけで安心するようなカリスマがジルジオにはある。だから誰も疑問にも思わず、自然とそうなっていた。

 しかし、異常事態の直後でまだまだ皆の不安を訴える声は多くある。

 それを見やってジルジオは、愛孫へと目を向けた。

「さて、アヴェラよ。一応安全とは思うが、それは絶対ではない。こんな時に、お前ならどうする?」

「いきなり言われても……うーん、それなら民心安定の為に武装した皆で巡回するのはどうかな。もちろん警備隊もやってると思うけど、それとは別に賑やかに」

「良いぞ良いぞ、戦勝パレードを派手にやるか」

「そんな感じだけど、もう少し違う方がいいかな」

 戦勝パレードは『勝った』という事実を皆に知らしめる効果があるが、今回の場合はまだ街中に居るかもしれない敵への『不安』も同時に解消せねばならない。辺りには戦いの痕跡が残り、バリケードに使われた屋台の残骸も転がる。

 こんな状態では誰も安心できないだろう。

 その時、アヴェラは手を打った。

「そうだ、良い方法がある。でも、どうかな……」

「ほう、何が思いついたであるか。よし、やれ! 何でもいいからやってみよ。どうせ失敗しようがなんだろうが変わらんのである。儂も協力するぞ」

「了解! なら少しやってみる」

 勢いよく返事をして皆を集めだすアヴェラに、ジルジオは自然と笑みがこぼれる。

 年齢に似合わぬ落ち着きに、きちんとした思慮分別に判断。惜しむらくは本人が表舞台に立ちたがらない点だったが、出来れば引っ張りだして栄華栄達を与えてやりたいところだ。そんな手のかかる部分も含めて、実に可愛らしい。もう一人の孫とどちらが可愛いかと言えば、そこに差は無いが――。

「むっ?」

 駆け込んできた警備隊の姿にジルジオは注視した。

 見覚えのある相手はトレストの右腕として活躍するビーグスだ。辺りを見回し誰かを探しているようだが、相手を見つけて一直線に走りだす。目で追っていけば古びた外套姿で腕組みする男の元に辿り着く。にんまり笑ったジルジオはこっそりと忍びより、様子を窺うことにした。

「ここに居たか、ケイレブの兄貴」

「ビーグスどうした?」

「どうしたもこうしたもないって、兄貴の奥さんたちが産気づいたって。直ぐに施療院に行った方がいい」

「なんだって! ……いや、だめだ。まだ辺りは完全に安全ではない、僕はここで己の職分を全して皆を守らねばならないんだよ」

「こんな時に、何言ってんだよ」

 ビーグスが責めるように言うが、ケイレブの意思は固い。ただし、その表情は険しく眉を寄せ歯を噛みしめている。

 そこまで見て聞いたジルジオは顔をしかめ、つかつかと歩み寄った。

「この馬鹿たれがぁ!!」

 豪腕パンチをケイレブの顔に叩き込む。上級冒険者が回避も出来ず、引っ繰り返って悶絶するほどの速さと威力だ。ビーグスは顎が外れそうなぐらい驚いている。

「な、何を……」

「何をもクソもあるか。己が家族こそが第一、それを第一に考えられん奴が他人を守る資格なんぞあるものか! 分かったら行け」

「……ご助言感謝します、ご老人」

「はよ行け」

 手で追い払いつつ、ビーグスに顎で合図して後を追わせておく。

「まったく、世話の焼けるやつであるな」

 ぼやいていると、可愛い孫がやって来た。

「爺様、準備ができた。後はちょっと協力してくれる?」

「ほほう、そうかそうか。アヴェラは凄いのう。で、どうするのであるか」

「それは――」

 愛孫の語った内容に、流石のジルジオも眉をあげ驚いた。


 辺りに威勢の良い声が響き渡る。

 驚いた人々はそちらを見て度肝を抜かれた。

 大きな台を担ぐ大勢が声を張りあげやって来るのだ。しかも台の上には抜き身の大剣を振り上げる勇ましいジルジオ、見目麗しいイクシマやノエル、そしてエルフたちが武器を構えて四方を睨む。さらにフィリアと一緒にニーソが神々を讃える歌を合唱している。

 周りを囲む者が木や金属を打ち合わして音を出し、笛が吹かれて掛け声が響く。

「おうおうおう! 敵がおるなら出てこんかい!」

「そうじゃぞ、我の力を見せてやる! ぶちのめしてやるんじゃって!」

「はーっはっはっは! この儂らに敵はないのである!」

「もはや勝ち戦ぞ! 我たち大勝利なんじゃって!」

 大騒ぎのジルジオとイクシマの横で、ノエルは消え入りそうに恥ずかしそうだ。そうして威勢の良い声を響かせ通りを練り歩き、高い位置から辺りを見やっている。不意にネーアシマが弓を引き絞り矢を放つ。物陰に潜んだモンスターを見事に射貫いてみせた。

 人々はその光景に元気づけられた。

 自然と人が集まり声を張りあげ、または同じように台を用意し担ぎ上げて街を練り歩きだす。

 後に『アルストルのエルフ祭り』と呼ばれることになる伝統的祭りが、この時始まった。街全体で合唱が行われ、鎧武者や美麗な衣装の美男美女を乗せた台車が街中を練り歩く祭りはアルストルを襲った災禍に対する戦勝記念と言われる。しかしその発案者が誰であるのか、なぜ当時は閉鎖的生活を営んでいたエルフの名が冠せられたのか歴史書に記載はなく、多くの歴史研究家を悩ませることになるのであった。

「――と、なってしまいますが。御兄様は宜しいのです?」

 人波を外れた部分でヤトノが言った。

 目立ちたくないアヴェラと一緒に歩いている。なお、もしヤトノが台の上で手を振ったりすれば雹が――それも拳大が――降ったかもしれない。

「もしかしてだが、ヤトノは未来が見えると」

「まあ世界記憶の概念をちょこちょこと盗み見しただけです」

「何となく、そういうの禁忌に触れる行為だったりしないのか?」

「他ならぬ御兄様の為です、これぐらいセーフなんです。それより、それで宜しいのですか。つまり、御兄様の名前が少しも出てません」

「…………」

 アヴェラは少し想像した。

 もしもアルストルのエルフ祭りが、アルストルのアヴェラ祭りなどとなったら――最悪だ。想像だけで凄く嫌だ。身震いして想像を打ち切るしかない。


「そうか、アヴェラは偉いなぁ」

 トレストは和やかに言った。

 アルストル内の大騒動を鎮めるべく奔走し、激闘に殴り込むカカリアの後を追い、孤立した人々を救うため突っ込むカカリアのフォローをし、獅子奮迅の活躍をするカカリアの背中を守り続け、ジルジオが人々を連れ街を練り歩いた後始末をした男の貫禄がそこにはあった。

「アヴェラが要所を抑えてくれたおかげで敵の流れが変わったのだろうな。あと、あの義父上の活躍とかもな。後始末が大変だったが、凄く大変だったが……」

 げっそりした顔をしているので、ジルジオは大活躍だったに違いない。

「ケイレブ教官も大変そうだったね」

「ああ、ケイレブね。あいつも走り回されてな……そういえば、あいつは?」

「子供が生まれそうで、変な事言って行かないから、爺様に張り倒されて向かった」

「ああ、そうか……」

 ケイレブとジルジオの性格を知っているだけに、何が起きたか予想したトレストは短く言うに留めた。

「しかしあいつの子か。さて盛大に贈り物を送りつけてやらないとな。どうしてくれようか」

 ウキウキとしたトレストであったが、そこに一人の男が小走りで近づいた。警備隊の服装をしているが、しかし知らない顔である。

「失礼します、第一警備隊の者です。トレスト隊長に、大公府から極秘連絡です」

 言いおいた男は、しかしアヴェラを見ながら口ごもる。

 極秘情報のため他の者に聞かせたくないのだろう。察したアヴェラが場を離れようとするものの、その前にトレストが笑った。

「いや、構わないよ。うちの息子だ」

「おおっ。こちらが噂の……」

「そうだろう見れば分かる利発さ逞しさ、うちのアヴェラは物覚えが良くて機転が利いて冒険者になれば瞬く間に――」

「すいません、一大事です。連絡の方を」

「むっ、仕方ない。何があったかな」

 トレストが残念そうに続きを促すと、第一警備隊の男は背筋を伸ばし声を潜めながら言った。

「アルストル大公閣下のご息女、ナニア様が行方不明です」

 トレストもアヴェラも言葉も出ず立ち尽くしていた。

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