第169話 それぞれの頑張り
アヴェラの一撃がクィークを両断した。
「……モンスターまで出てる」
ぼやいてヤスツナソードを振って血振りをする。実際には切先を下に向ければ全て滴り落ちてしまうが、気は心というものだ。
クィークを放置しておけば、いろんな意味で惨事間違いなし。冒険者のみならず兵士や一般人でさえ全力で戦っている。もちろん女性たちは鬼の様な形相で、殲滅させる固い意思があった。
しかしクィークは素早く動いている。
今も僅かな間隙を縫って戦闘を潜り抜け、背後で怯える非戦闘員の女性達へと突っ込んだ。逃げ惑う皆の中で一人の女性が立ちはだかる。フィリアだ。
「私が! ここを! 皆さんを守るんです!」
武器もなく震えながら立ちはだかる姿は献身の塊だった。だが、クィークは最初から女性集団の中で一番魅力的なフィリアを狙っていたのだが。
アヴェラが動くより早く飛びだし、即座にクィークを斬り捨てた者がいた。
「まったく危なっかしい人だ」
そんな声にフィリアは目を大きく見開く。
「ウェージ様っ!」
「ははっ、俺みたいな男に様なんていらねえって。それよかフィリア侍祭さんよ、もう勝手に離れんなよ」
「えっ……」
「安心しな俺が守るからよ、ちゃんと目の届くとこに居てくれ」
「はいっ!」
もちろんウェージは警備隊として言っているのだが、フィリアは何か違った様子で受け止めていそうだ。なお相棒のビーグスは苦笑交じりに頭を振っている。
そしてアヴェラは唸った。
「ふうむ……」
小さい頃から世話になった美人で優しい近所のお姉さんが取られそうな子供じみた嫉妬と、一方で頼れる兄貴分の幸せを後押ししたい気分。その板挟みになっていた。
「しかし、ウェージさんもな……あれを素で言っているのか」
「はい? 御兄様も時々、あんな事を仰ってますけど」
「そんな筈ないだろう。あんな背中の痒くなるような事を言うはずもない」
「御兄様、無自覚すぎです。流石のわたくしも呆れてしまいますよ」
「……解せぬ」
アルストルの騒乱はまだ続いている。
だが、各所で戦う者たちの手によって大きな被害は防がれている。その中でもアヴェラたちの拠点は有効に作用し、かなりの効果を発揮していた。
「なんだか少し敵が減ったかも。うん、間違いないよね」
ノエルは辺りを見回し言った。
殆ど最前線で剣を振るい続けていたので大きく肩で息をして、また返り血で汚れきっている。
「確かに最盛期は越したという感じはあるけどな……」
「フィールドと違って、終わりが分かんないから難しいよね」
「そうだな」
言っているとイクシマが来た。
その姿は血まみれエルフ状態で、肩に担いだ戦槌からも血が滴っている有り様だ。勿論全ては返り血で、クィークを始めとするモンスターと襲撃者を撃退した成果であった。勇ましいがしかし、これでまたアルストルの人々はエルフに対する印象を変えたに違いない。
「何を言うておるか、まだ来るんじゃって」
「そうか?」
「我の勘が告げておる、まだ戦の気配があると。もちろん姉上も言うておる」
「……ウォーエルフが言うなら間違いないか」
「変な呼び方すんな!」
そう言うイクシマも疲れているらしく、怒り声もいつもより控え目だ。
改めて拠点に集った皆を見ると、ずっと緊張状態が続いている事もあって冒険者も兵士もエルフも、後ろで負傷者の手当をする人々も疲労が見え隠れしていた。
「守るってのも大変だな……」
待ったり気遣ったりで、守る事は意外に気を使う。一方で攻める方は、ひたすら前さえ見ていればよいので案外と気が楽かもしれない。それが正しい感想かは分からないが、ふとそんな事を思ってしまう。
辺りから呻くような響めきがあがった。
「ほれ、我の言うた通りじゃろ。来よった」
イクシマは戦槌で前方を指し示す。
そちらにはクィークの大群、そしてハイクィークの姿すらある。これをどうやって集めたのか、そしてアルストルに放ったかは分からないが大変な状況だ。
「大変、こっちに来るよ」
「エサがいいからな、ここはクィークホイホイってもんだ」
「はてエサ? それにホイホイって何?」
「気にするな」
ノエルとイクシマは武器を構えた。ネーアシマたちエルフは、フィリアやニーソや女性を守れる位置で待機した。そして男たちは気合いを入れ、やはり気合いの入ったクィークに向かう。
女性たちは勿論だが、男たちにとっても負けられない戦いが始まる。
アヴェラは手当たり次第にヤスツナソードを振るう。一撃で仕留める事は考えず、とにかく手傷を負わせていく。そうすれば発動した呪いで弱ったところを、他の者が仕留めていくのだ。
とはいえ、数が多い。
向こうではイクシマがハイクィークと一騎打ちをしている。そちらは誰も近づけないぐらいの激しさで、建物の被害などお構いなしといった様子だ。
ノエルは飛ぶように動いてクィークを片付けているが、どうやらピンチに陥った後らしい。背後から不意打しようとしたクィークの頭に、何故か落ちてきた屋根瓦が命中していた。
しかし全体的には押されている。
誰かが傷つけば誰かが補助するが、それで一人の負担が増えて怪我人が増える。そんな悪循環で徐々に押されている。
「御兄様、どうします。ちょいさーします? しますよね」
「いや、それよりも魔法だ魔法。このピンチを覆すような魔法、たとえば地面から酸性ガスを吹き出させるとか。地下のマグマからガスが噴きだすような感じだな」
「面白そうですね、やりましょうやりましょう」
なにやら火山噴火でアルストルが壊滅しそうな会話がなされているが、今は誰も止める者もいない。
そんな危機的状況だった――が、そこに颯爽と救世主があらわれた。
「はっはぁ! 格好良い儂っ、参っ上ぉっ!」
ジルジオが身の丈ほどもある剣を振りかざし、たった一人でクィークの群れへと突っ込んでいく。巧みに繰り出す剣でクィークの首や胴を斬り払い、腕や足を斬り飛ばすベテランの剣捌きで、数をものともせずに突っ込んでいく。
「おうおう、おうっ! やはり一騎駆けこそが戦士の真骨頂ぉ!」
叫ぶジルジオの後方から、見覚えのある外套姿が走って来た。
「だから勝手に突っ込まんで下さい!」
「ほれほれどうした、上級冒険者。早うせんと、儂が全部倒してしまうのである!」
「くそっ、なんて年寄りだ」
外套を翻しケイレブがクィークに突っ込んだ。こちらも恐ろしい剣捌きで、スキルを使っているせいかクィークがまとめて吹っ飛ぶありさまだ。
「おう、やるではないか。よし競争をするのであるぞ、どっちが多く倒すかだ」
「ちょっとは控えて下さい」
「はぁ? 何か言ったか? 何せ儂は年寄りだそうなんで耳が遠くてなぁ。さて、ハイクィークは儂の獲物だから手を出すなよ。はーはっはっはっ!!」
「い、い、か、ら! 大人しくしてくれぇ!」
たった二人の登場で、形勢は一気に傾いた。皆が皆、気勢をあげ残った力を振り絞りクィークの群れへと総攻撃を開始した。
「うはははっ! 儂、大勝利!」
元気なジルジオの一撃がハイクィークの脳天に叩き込まれる。名状し難い液体やら半固体が飛び散って、モンスターの巨体は倒れ伏す。
同時に辺りには歓声と雄叫びが響き、敵の殲滅を祝った。
「どうだアヴェラよ、今のを見ておったか。爺は凄いであろう」
「うん、凄い」
「あちこちでモンスター共を蹴散らし、数々の民草を救ってきたのである。どうだ、爺をもっと褒めたくなってきただろう」
「流石は爺様。しびれる憧れる」
「はーはっはっ! 孫に褒められるのは最っ高ぉ!」
上機嫌のジルジオだが、その側でケイレブは心の底から疲れきった顔をしていた。今の戦いだけでなくて、あちこちの戦いでも同じような目に遭ったに違いない。
「街の様子はどうなんです?」
「あちこちで戦いがあったのである。被害は大きいが、大体は収まっておるな。トレストの奴も頑張っておったぞ、儂が手伝ってやったら泣きそうな顔で礼を言っておったな」
「また母さんに怒られますよって、母さん無事かな」
「む、カカリアか? うむ、あれも大暴れ……いや大活躍しておったぞ。トレストの奴が必死で追いかけておったわ」
このジルジオが呆れるぐらいなので、かなりご活躍の様子だ。
勝利に沸く皆を見ながら、アヴェラは声を潜めた。
「ところで、これは何が起きているんです?」
「分からんが。幾つもの目的のために、こうして襲撃をしかけたのであろうな」
「つまり祭りを狙ったのは、騒ぎを大きくするため。それで、その間に本来の目的の為に動いていると。でも、それは何だろう……」
「狙い所はいくらでもあるぞ。転送魔法陣などの技術然り、蓄えられた富然り、貴族や大公家や大商人達の身柄然り、アルストルの街そのもの然り。冒険者協会や教会とて狙い目、そこを潰せばアルストルは大打撃でもあるし……」
「なるほど」
やっぱり守る側は不利だ。
「なに、心配をする必要などないのである」
「そう? 大丈夫って事かな」
「いんや、そうではない。今更ここで儂らが悩んで何が変わる? そして何が出来る? 何も変わらぬし何も出来ぬ。で、あるならば。今は目の前の事に集中するしかあるまい」
言い放ったジルジオの顔には、幾多の苦難や苦労を乗り越えた者が持つ重みというものがあった。まるで敵わない。
「そう、だね……」
アヴェラは悩みを抑えて口元に笑みを浮かべておいた。しかし心の中の不安は消えない。それは、何か大変な事が起きている気がしてならないからだ。
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