第167話 雰囲気はふんいき

 祭りも後半となれば、賑やかさの中に僅かに疲れ弛緩したような空気が漂いだす。しかし同時に迫る終わりに急かされるような雰囲気もあって、賑やかさは増す一方であった。

 フルーツ入り大福の売り上げは上々で、普通の大福も固定客を得て一定の売り上げを誇っている。醤油味の串団子や五平餅も出したが、こちらも上手くいっていた。

 売り子のエルフも街の人々に親しまれ、その美形に怯む様子もなくなっている。その大きな要因は、食べ放題屋台で食べ尽くした事にあった。

 完璧すぎる部分がちょっと崩れて親しみを感じられたというわけだ。

「…………」

「どうしたの、アヴェラ君てば。ネーアシマさんたちを睨んで」

「睨んでるわけじゃない。ただ、エルフに捻り鉢巻き姿ってのが不満なんだ」

「でも、気合いを入れる時の格好だって話だよね」

「あの婆様だな。無駄に喧嘩巻きとか、くわがた巻きまで種類がある……」

「面白いよね」

 しかしアヴェラはあんまり面白くない。エルフならエルフらしく花冠ではないかと思うのだ。それが捻りはちまき姿は、あんまりだった。何の嫌がらせかという気分なのである。

「あれから変なお客さんも来ないし、安心だよね」

「そっちは念の為に頼んで正解だった」

 同じような嫌がらせがないようにと、こっそり父親に頼んだところ即座に警備兵が配置されたのだ。誰が行くかで揉めたあげく、勝ち取ってやって来たのがビーグスとウェージの二人。どっちもアヴェラの兄貴分を自負して気合いたっぷりである。

 前世と違って、治安維持の警備隊は強権を持つ存在。目の前で馬鹿な事をすれば即拘束、投獄。しかも解放されるのは、警備隊長の気分次第というものである。ここで馬鹿をやる奴はいないだろう。

 ついでに言えばイコセ商会の話もしたので、そっちはそっちで別の意味で警備隊が張り付いている。屋台の前で恐い顔した警備兵が彷徨けば、もはや売り上げは絶望的に違いなかった。

「ニーソちゃんの計算だと、売り上げも上位に入ってるみたい。一番じゃないみたいだけど」

「いいさ、売り上げ一番は目標で目的は別だからな」

「そうなの?」

「目的は長期的なもので、目標は短期的なものということ。ここで大事なのは、米や餅を知って貰って親しんで貰うことだ」

 今回の祭りで米や餅の存在は人々にしっかりと認知され、既にコンラッド商会には問合せが何件も来ているらしい。そうして取り引きが活発になる事こそが、最大の目的である。

 もちろんアヴェラにとっても満足な状態だ。


「何だか賑やかしいな。しかも何か少し妙な感じがする」

 空気が変わったと言うべきか、どこか祭りの雰囲気に違いがあった。喧騒は続いているが、何かどこかが違う。それを感じ取ったのはアヴェラだけでなく、ビーグスとウェージも顔を険しくしながら辺りを見回していた。

 イクシマが険しい顔でやって来た。

「アヴェラよ拙いんじゃって」

「どうした?」

「うむ、なんじゃか悲鳴だの叫び声が聞こえよる。しかもな、どんどん広がっとるんじゃって」

「…………」

 アヴェラの行動は早かった。他ならぬイクシマの言うことで、その聴覚の鋭さは良く知っている。だから異常事態が、それも取り分け大きな出来事が、起きていると判断した。

 ビーグスとウェージに来て貰って事情を説明。

「――と、言うわけで何か起きてるみたい」

「了解ですよ。坊ちゃん、これは何か気配がおかしい。大事と思いますぜ」

「父さんには……」

「トレストの旦那なら大丈夫です。きっと、もう動いているはずでしょうからね。ただ俺らは下手に合流しようと動かん方がいいでしょう。ここで警戒した方が良い」

「良かった。だったら二人に――」

「おっと、俺等は坊ちゃんの指示にしたがいますぜ。なんせ将来の警備隊長でさぁ。その前哨戦と思ってやってくださいよ。フォローはしますんで」

「……分かった」

 警備隊の隊長は世襲制であるなら、いずれはその仕事をやらねばならない。いきなり任されるよりは、少しでも経験を積んだ方がいいのは間違いない。

 頷いているとニーソが不安そうな顔をした。

「どうするの?」

 もう辺りには普通の人でも悲鳴が聞こえ、目の前を必死に逃げて行く人の姿もある。危険は差し迫っている事は間違いない。

 アヴェラは大切な幼馴染みを安心させるために笑いかけた。

「大丈夫だ、ニーソは必ず守ってやる」

「……うん!」

 思惑通りニーソは安心しきった様子で頷いてくれた。

 それに安堵して気合いをいれようとするのだが、イクシマに足を蹴られる。しかも蹴った上にジロリと睨んでくるぐらいだ。

「なんだよ」

「お主なー、そういうのは我とかノエルとかにも言うべきじゃって思うぞ」

「あ? そっちは二人とも普通に戦えて自分で身を守れるだろ」

「そーいう問題でないんじゃって。本当に人の心の分からん奴じゃな」

「イクシマだけには言われたくないな」

 顔を付き合わせ互いに言い合う様子は、傍から見れば大の仲良し。ネーアシマは少し面白くなさそうだが、仕方なさそうに肩を竦めている。この祭りの期間を通じて、アヴェラの事をそれなりに理解したのだろう。


「まあまあ。二人とも落ち着いて」

 言いながら近寄ったノエルは木箱に足を引っ掛け、支えようとしたイクシマごと引っ繰り返ってしまう。いつもの不運――だったが、それまでイクシマの頭があった箇所を何かが通過した。

 壁に突き立ったそれは、黒い矢だった。

「敵か!」

 アヴェラは矢の飛んできた方に素早く向き直る。今の一矢がイクシマの命を奪いかねなかったと分かっているため、形相は凄まじく険しい。

 弓を構えう黒ローブ姿を認めるなり、即座に飛びだし猛烈な勢いで走り出す。自分を目がけて飛んで来た矢を、走りながら斬り落としてみせる。驚き慌てる相手は次の矢をつがえようとして、取り落としているぐらいだ。

 もちろん容赦なく斬り捨てる。

 だが、黒ローブの仲間はまだ他にも居た。わらわらと五、六人ほど現れ剣を手に向かってくる。軽く舌打ちするアヴェラであったが、そこに怒れる一匹のエルフが駆け付けた。

「がああああっ!!」

 まさしく一匹と呼びたくなるような、獣の如き咆吼をあげ突っ込んできたのはネーアシマだ。美人が怒ると恐いとの言葉とは少し違うが、とにかく恐ろしい。アヴェラが冷静さを取り戻すほどだった。

「おい落ち着けって」

「じゃかましい! 邪魔すんなあああっ!」

「こいつイクシマ以上にやばいぞ……」

 結局アヴェラはぶち切れたネーアシマのフォローに徹する事になり、戦いが終わった後は、まだ吼えているネーアシマを宥める事までする。

「敵ぃ! 敵はどこじゃ!」

「落ち着け、いつものお上品な言葉はどうした?」

「やかましいんじゃって」

「あのなぁ……それよりイクシマは心配じゃないのか?」

「はっ!? そうだったわ、イクシマちゃん!」

 我に返ったネーアシマは来た時と同じ勢いで駆け戻っていく。その先で他の者が怯えて身を引くぐらいの勢いである。

 アヴェラは周囲を警戒しつつ、倒した相手の装備を確認しておく。襟元から白蛇ヤトノが顔をだした。

「御兄様、周りの警戒はこのヤトノにお任せを。存分に検めてくださいな」

「助かる」

「ああ、そのようなお言葉。御兄様から頼られています、最高です」

「分かったから少し静かにな。考え事しているから」

「御兄様のいけず。そんなところも素敵」

 そんなヤトノの言葉を聞きながら、エルフに斬殺された連中を確認していく。いずれも一撃で倒されネーアシマの強さを証明している。

「……全員が揃いの防具を身に着けて、剣もほぼ同一規格か。つまり、それなりの組織力を持った相手という事らしいな」

 一通り確認し顔をしかめたアヴェラは仲間の元へと戻った。


「まだ敵はいそうだよね、うん。どうするの?」

 ノエルは言ったが、それで他の者たちも同じようにアヴェラを見つめた。どうやら誰もが、この場を仕切っているのはアヴェラと認識しているらしい。

 ぶち切れたネーアシマを回収した事で、皆の称賛と敬意を勝ち取ったのだろう。

「これだけの騒ぎで、まだ続いてるって事はかなり大きな事件だ。自分の身を守るだけなら逃げればいいけど、そうはいかない。この街を守る必要がある。だから、ここを拠点として敵の行動を阻止。合わせて逃げてくる人の安全を確保したい」

 戦力はアヴェラたちだけでない。

 警備隊からはビーグスとウェージもいるし、売り子のエルフたちもネーアシマを筆頭とした一流の戦士が五名も揃っている。そこに通りすがりで協力を申し出た冒険者や、屋台をやっていた威勢の良い連中の姿もあった。

 全員がアルストルの街を守る為に立ち上がる。あと、せっかくの祭りを台無しにされた怒りもある。なんにせよ気合い十分だった。

 アヴェラは辺りを指さし手早く言う。

「そっちの十字路は主要道路になってる。その手前にバリケードをつくろう。そこに安全地帯をつくっておけばいいんじゃないかな。武器のある者は戦闘準備、その他の人はバリケードづくり。女性たちは怪我人救助のための準備」

 十字路に戦える者が立ち、その背後に拠点を用意しておけばどうとでもなる。敵の接近は確認できて攻撃もできるし、逃げる人は救える。

「さあ、行動しよう!」

 アヴェラが手を打ち大きな音を響かせると、その場の全員が一斉に動きだした。

 屋台が引き倒されて木材が運ばれ、その辺りの樽も運ばれ、とにかく障害物が通りに積み上げられる。そして綺麗な布が裂かれて包帯の準備もされていく。

 この中世的な世界は常に危険と隣り合わせ。

 何か危険が迫った時は、自ら剣を手に取る。戦えなければそれを支える事をする。そうせねば生き延びられない事は誰もが知っている。

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