第166話 祭りを盛り上げろ
「食べ放題! 安くて美味しい食べ放題!」
派手な衣装の道化師が声を張りあげ、小さな銅鑼を叩いて踊っていた。その側にある屋台前の大テーブルでは次々とパンが出されている。
「なるほど、アレか……」
少し離れた場所でアヴェラは様子を眺めていた。
「えーっとね、あれはイコセ商会さんの出店ね。うちの商会を目の敵にしてるのは知ってたの。でも、そんな嫌がらせまでするなんて。ちょっと残念」
「気付かなかっただけで、今までも何かされてたかもな」
「あんまり、そういう事は考えたくないのよね」
「それでいいさ。ニーソはそれでいい」
呟きながらアヴェラはニーソの頭に手を置き笑った。しかし内心では腹を立てているのが事実。このイコセ商会が雇った連中のせいで、皆が不快な思いをしたので当然だった。
嫌がらせの翌日。
祭りで受けた嫌がらせには、祭りで返すのが礼儀というものである。
アヴェラは振り向いた。
「さて、日頃のお礼をするよ。そこの屋台で好きなだけ食べて貰って構わない」
そこに居るのはネーアシマを始めとするエルフたちだった。
昨日からこっそりと食事量を減らし、さらに大福のつまみ食いも完全禁止をしてある。だからエルフたちは飢えていた。
アヴェラの案内でエルフたちは、ウキウキとテーブルにつく。そして始まった――後々まで語られるエルフの驚異の脅威が。
物珍しく美しいエルフたちが揃ったテーブルは注目の的だった。
周りには人垣が出来るぐらいで、屋台の者たちは素晴らしい宣伝になると思ったに違いない。しかし、その考えは直ぐに不安に変わった。
「姉上も意外と甘いようじゃって」
「ふっ、冗談は止しなさい。昔から甘い物が好きなのよ」
「やっぱし食事は数なんじゃって」
などと不穏な事を話すエルフ二人を筆頭に、残りのエルフたちも次々とパンのお代わりをする。
屋台の者たちは恐怖しだした。
エルフたちが食べるペースは全く変わらないのだ。
しかもお代わりの提供が遅れると、見物客達から野次が飛ぶ。今やエルフたちは大食い競争を始め、誰が一番食べるかの争いとなっている。周りは大喜びで声援が飛んで、とてもではないが止められる状態ではない。
パンを出さねばイコセ商会の評判が落ち、出せば材料が減って売り上げが落ちていく負のスパイラル。屋台の担当者は物陰で頭を抱えていた。
アヴェラは和やかに微笑んだ。
祭りも盛り上がり的確に嫌がらせも出来る。復讐とはこうやるものだ。
「ここはイナゴエルフに任せるか」
「お店が可哀想な感じなの……」
「食べ放題を掲げている以上はこうなる事も当然だ。さて次に行こう」
続いてアヴェラが受かったのは、イコセ商会の次なる屋台だ。
「はいどうぞ! 福引き福引き、一等のアタリが出れば高価商品。さあさぁ、ここは一年の運を使い果たすつもりで挑戦しよう」
そんな声が響いて、大勢の者が並んでいた。その中にノエルの姿もあるが、先に来させて並んで貰っておいたのだ。自分が福引きを引かない事を告げ、アヴェラはノエルに声をかけた。
「もう直ぐ順番か」
ノエルはわくわくした顔をしている。
「福引きなんて楽しみ。お祭りって感じ」
「うんうん、そうだな」
「あのね、今日ばっかりは当たるって思っちゃったり。だってね、お祭りだから」
「そうだよな」
アヴェラはとても優しく言って、興奮のあまり自分の番に気付かないノエルの背を押し福引きに向かわせた。
「すいません、この子が引きます。ところでアタリは本当に入ってますよね」
この失礼な言葉に対しても屋台の者は――内心はともあれ――笑ってみせた。
「もちろんです」
「なるほど、では何個に対してアタリが幾つ入ってます? 大量に福引きをさせて当たらないなんて事はないですよね」
「あのですねぇ――」
顔をしかめた屋台の者は、周りにも聞かせるようにして福引きの説明をした。
それによれば、細かに百個に仕切られた箱の中には五つのアタリがあって、その内の一つが大アタリなのだそうだ。
「なるほど。それでは本当かどうか確かめさせて貰う為、百回分でお願いします」
アヴェラは結構な額を払った。
「あのさ、アヴェラ君さ。もしかしてだけど……」
「大丈夫大丈夫、やってみよう。ノエルに大アタリを味わわせたいだけだ」
「そっかそうなんだね。やっぱり今日は、私の一番楽しい日かも」
ノエルはウキウキしながら福引きを始めた。細かな仕切りの中をひとつずつ確認して、そこにあった紙を取り出していく。後ろに並んでいた者たちは最初は不満そうな顔をしていたが、しかし次第に食い入るように注目しだした。
やがてアヴェラは顎に手をやり唸った。
「おかしいですね。もう九十二回目なのにアタリが一枚も出ない。これは本当にアタリが入ってます? もしかして高価商品が貰えるってのは嘘かな」
「そ、そんな事はありません!」
血の気の引いた顔の担当者の前で、ノエルが疲れた顔で福引きを引き続ける。しかしハズレが続き、ついには最後の一枚ですらハズレだった。並んでいた者たちは元より、途中から集まっていた野次馬からも、屋台に対し非難の声が飛ぶ。
アヴェラはすっとぼけた顔をしている。
「出るはずのアタリが全くでない。イコセ商会さん、これ何か細工でもしてますか」
「ば、ばばば馬鹿な! 変な言いがかりは――」
「でも実際に出てませんけど」
「これは何かの間違いなんです!」
「だったら次の箱を持ってきて下さい。それを引いてみれば嘘か本当かが分かる。もちろんタダでね。あっ、それと今の百回分の返金をお願いします。だってアタリが出なかったわけですから」
引くに引けなくなった担当者は泣きそうな顔で返金し、次の箱を持ってくる。そしてノエルは非常に不満そうな目でアヴェラを睨んで、渋々と福引きを引き始めた。
「アヴェラってば、ノエルちゃんが当たらないって思ってたのよね……」
「そうでもないさ。大アタリを引かせてやりたかったのは事実だ。ただ、本当にあそこまでアタリが出ないとは……畏るべき加護だな」
「後でちゃんと謝ってあげるのよ」
「へいへい」
肩を竦めたアヴェラは次なるイコセ商会の屋台に向かった。
そこでは武器や防具の即売会が行われており、冒険者をはじめとする戦闘職が集まって吟味をしている。
「うちの御抱え職人が丹精込めた真面目な防具ですよ。今日はお祭り価格。表示価格より全品半額となります! 売り切れ前にお買い上げを!」
屋台ではそんな声があがっている。
しかしアヴェラは疑わしげな目を向けた。以前に青空市場の屋台で騙されかけた事があるため、どうにも不信感が募るのだ。
「売ってるものの品質はどうなんだ?」
尋ねたニーソはコンラッド商会で、そうした品を取り扱っている目利きだ。
「ちゃんとしたものなのよ。でも、あんまり大きな声で言えないけれど値段があんまりなの。半額って言っても、普通はそこから割引する値段なんだもの」
「なるほど」
やはり以前に騙されかけた時と同じ売り方で、アヴェラのイコセ商会に対する憤りは加算される。
屋台の方で響めきがあがったのは、新しい鎧が運び出されて来たからだ。
「この防具はホワイトメタルを使った超一級品。対人戦ならどんな攻撃でも跳ね返す! これさえあれば決闘でもなんでも勝利間違いなし! 流石にドラゴンと戦うのは勘弁してくださいよ」
そんな言葉に辺りに笑いが響き、さっそく何人かが新しい鎧を見ている。
「あれは凄いのか」
「うん、あの色ならホワイトメタルの量も間違いないから凄いのよ。対人戦ならって言葉は、嘘でも誇張でもないって思うの」
「なるほどね」
アヴェラは頷いて、ニーソをそこに待たせて屋台に近づいた。
「すいません、どんな攻撃でも跳ね返すって本当です?」
「おや? 疑いますか。そりゃもちろん剣で斬り付けても傷一つ付きませんよ。なにせホワイトメタルをたっぷりと使った最高の鎧ですからね」
「だったら試しに攻撃してもいいです?」
「はぁ?」
驚き呆れた相手が何かを言う前に、アヴェラは間髪入れず続けた。
「傷一つ付かないんですよね? もちろんホワイトメタルたっぷり、というのが嘘でなければですけど」
「お兄さんの剣の方が折れますよ」
「だったら斬り付けても問題ないですよね」
「折れてもうちに文句をつけないで下さいよ」
「では、鎧が壊れても文句を言わないで下さいよ」
面白い見世物が始まる予感に、祭り気分の人々が囃し立てる。屋台の者も苦笑しながら、この愚かで無謀な若者の好きにさせる事にした。
「攻撃しますね」
アヴェラが言うと、周りの者が距離を取る。折れた剣が飛ぶことを警戒しているのだろう。それでも、その様子を見てやろうとして皆が見つめている。
そんな中でアヴェラは帯剣した剣を鞘ごと縦にした。
柄を掴んで真っ直ぐ上に向け抜剣。切っ先に眩い銀閃を描かせ、そのまま片手斬りで上から下へと振り下ろす。流れるような仕草で鞘に剣を戻した。
静まり返った中で、鎧はそのままの状態だ。
「では、これにて」
アヴェラが背を向け歩きだすと、鎧が真ん中で綺麗に二つに分かれ、そのパーツがバラバラと落下していく。
次の瞬間、爆発するような歓声が響き渡った。
屋台の者は崩れ落ちるように膝をついて座り込み、商品を検討していた者や野次馬たちが文句の声を浴びせかけた。ただ一部の者はアヴェラの剣に目を見張り、さらに少数がアヴェラ自身の技量に驚嘆していたのであった。
「さて、これでいいかな」
「何だか申し訳ない気分なの……」
「そうは言っても、先に手を出してきたのは向こうだ。自業自得ってものだろ」
「うーん、やり過ぎな気がするのよね」
困り顔のニーソを促し、福引きでハズレを引き続けるノエルと、食べ物に群がり続けるイナゴエルフを回収に向かうアヴェラであった。
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