第165話 楽しいお祭り

「売れている……」

 つきたて餅を運んできたアヴェラは、次々と大福を買い求める人々の姿に喜ばず微妙な顔をした。嬉しい事は嬉しいが、自分が売りたかったものと少し違う品が売れているので素直に喜べないのだ。

「良かったのう、ものっそく売れとるんじゃって」

「そうだな。忌々しい程に売れてる」

「お主な、もそっと素直になれよー。そういうの、いくないんじゃって」

「この微妙で繊細な気分は、きっとお前にゃは分からんよ」

「それ我でなくても分からんぞ」

 イクシマは不満そうに言いつつ、大福づくりの手は止めない。

 用意された小粒の果実を餡子で包み、さらにそれを餅で包めば果実大福の完成。これが大いにウケたのだ。しかも中の果実を変えれば異なる味になるため数が売れる。これで売り上げは一気に上がっていた。

 しかしアヴェラは餡子だけで勝負したかったので不満なのである。

 ノエルが大きめの深皿を運んできた。

「はいっ! 炊きあがって冷ました餡子だよ」

「それが最後でいいかな」

「うん、そうだよ。包むの手伝うね」

 言いながらノエルはイクシマの隣で丸めた餡子を手に取り果実を包んでいく。

 アヴェラは容器を片付けたり、出来あがったものを運んだりと手伝うのみ。それは作業を客から見える位置でやっているためだ。つまり男であるアヴェラが手でコネコネするよりは、女の子――それも可愛い――がやる方が売れるからだった。

 そして合図するとネーアシマが声を張りあげる。

「今日は、残り二百個。限定二百個よ、欲しければ早く買いなさい」

 途端に客の熱気があがる。

 それは限定という言葉を付け加えたからだ。ただし別にも理由はある。美人系エルフの命令口調が男女問わず大人気なのだった。

「実にエルフらしい高慢さ。素晴らしい」

 アヴェラは満足げに頷いた。


 残り二百という数だが、実際にはもっと数はある。どうせ正確に数えている者はおらず、また祭りという熱気の中では誰も気にはしていない。

 ノエルが餡子に果実を包み、イクシマがそれを餅で包んで、アヴェラが運ぶ。

「や、やっと終わった……とっても疲れた」

「我もんじゃって、かれたぞよ」

 言葉通りに疲れきったノエルとイクシマは地面に膝をついて、テーブルに縋り付いた。そしてネーアシマがお客に売りつけている姿を見るともなしに見ている。気を利かせたヤトノが持って来た回復薬を飲んで、やり遂げた感に浸っていた。

 そんな時であった、売り場の方で騒ぎが起きたのは。

「こんなもん、不味くて食えねぇな」

「貴方ね、そんなはずないじゃない!」

「うるさい。俺は食べて感じた事を言っただけだ、何が悪い?」

「このっ!」

 ネーアシマが怒りの視線を向けている先には、食べかけ大福を手にした男が立っている。三十前くらいの男だ。安物の服に腰には剣。大柄な身体はそれなりに鍛えられたものだが、裕福そうな様子はなかった。

 その男の隣に似たような仲間がいる。そちらも手にした大福を、ひと口。

「ああ本当だ、不味い不味い」

「そうだろ。こんなもん並んでまで買うもんじゃないぞ」

 二人組が大きな声をあげると、口にしていた大福を吐き捨てた。手にしていた残りも地面に叩き付け踏みにじっている。

「あ? 何か文句でもあんのか。俺は客だぞ、買ったものをどうしようと勝手だろ。不味いもん食って、折角の楽しい気分が台無しだ」

「あっちに美味くて食べ放題の屋台がある。こんな不味いもんに金を使うのは良くないな。おい、あっちで食べようぜ」

「そうだな、向こうは安くて美味くて食べ放題だ」

 何やら露骨に言って騒ぎながら、なかなかその場を動かない。行列を遮られた者たちは不快そうな顔をするが、その中から何人が去って行く様子もあった。

「あいつら何て奴らなんじゃって! なぁ、お主もそう思う――」

 振り仰いだイクシマは黙り込む。

 なぜならアヴェラが微笑んでいたからだ。顔に表情はないが、口元だけ少し微笑みの形をとっている。それは一見すると優しげに見えるが、しかしイクシマには真逆に見えた。

「我、思うんじゃが怒るのはいくないな。うむ、ここは広い心で許さねば。よいな、分かったな。怒るでないぞ、我との約束じゃぞ。きっとじゃぞ」

 アヴェラは表情を変えないままイクシマを見た。

「別に怒ってない。怒っているはずがない」

「本当か、そんなら良かった……」

「ただちょっとだけ魔法の試し撃ちをしたくなっただけだ」

「やっぱ怒っとるんでないか! やめんかあああっ!」

 大声をだしてアヴェラを抑えにかかった。しかし、気付けば辺りに居た皆の視線が集中している。傍から見れば抱きついているようにしか見えないだろう。

 イクシマは遅まきながらそれに気付いた。

「はっ!? ち、違うんじゃって。これはその! 破廉恥ではないんじゃ。か、勘違いすんでないぞ。お主からも何か言え!」

「イクシマに襲われてます」

「ちっがあああうっ! って言うか、変なこと言うな!!」

 顔を真っ赤にしたイクシマに見ている者達は、によによしている。ネーアシマは姉としての悩み顔で、普段を知るノエルだけが困った顔だ。

 文句を言っていた男二人は忌々しそうに舌打ちして去って行った。


 日射しは燦々として、空には雲の欠片もない。

 祭りとしてはありがたい晴天ではあったが、厄神の一部たるヤトノが確約した晴れである。なんとなくだが、このまま日照りにでもなりそうな気がした。

 トラブルの後に大福を売り切ったので、今は自由行動。

「御兄様、よいですか。はぐれないように、このヤトノの手をしっかりと握って下さいね。分かりましたか」

 アヴェラはヤトノと二人で歩いていた。

 やるべき事があるためだが、ノエルとイクシマには関わらせたくなかった。

「はぐれるわけ無かろうに」

「ダメです。絶対です」

「はいはい」

 周りは祭りを見物する人でごった返している。

 大通りは普段の倍どころか十倍と言っても大袈裟ではない人の数だ。それぞれが目的を持った歩きではなく、ぶらぶらと雰囲気を楽しみながら歩いているため流れは悪く停滞気味で混雑していた。

「それよりも、こっちでいいのか?」

「勿論です。この世で最も罪深き者どもはこちらです」

「罪深き者なのは間違いないな」

「はい! このヤトノの力を駆使して探しています」

「……そうだな」

 言うアヴェラは少し辛そうだ。理由は勿論のこと、ヤトノが行使している厄神の力の余波だ。頭痛と気怠さを受けているが、しかし眼差しは鋭い。

「なるほど、そこですか。案内ご苦労」

 ヤトノは目に見えぬ何者かに告げ、アヴェラの手を引き路地裏に足を踏み入れる。ひたひたと進んでいくと、その先でぽっかりと開いた空間となっていた。

 そこに数人がたむろしており、その中にあの大福を吐き捨て踏みにじった二人組の姿がある。探していたのは、まさにその二人だ。

「――お?」

 たむろしていた一人が振り返って、アヴェラの姿を見つめた。

「なんだお前。俺等の縄張りに入ってきて」

「縄張りか。子供みたいな事を言うもんだな」

 アヴェラは穏やかに言った。

 残りの連中も次々と向きを変え、アヴェラを振り向く。

「なんだぁ? 祭りで浮かれて、うっかり迷い込んだか? まあいいけどよ、俺たちの縄張りに迷い込むとか運がなかったな」

「…………」

「祭りついでに、そっちのガキで楽しませて貰って――」

「うるさい奴らだ」

 アヴェラはヤスツナソードに手をかけた。今の気分は脅しではすまさない気分だ。軽く傷を負わせれば、死なないまでも悶え苦しむ――だが、その前にヤトノが前に出て行った。

「ガキ? もしかして、わたくしの事ですか」

 小首を傾げる姿は可愛らしい姿だ。ただし何も知らなければであって、実際にはこの世界でも一、二を争う危険な存在である。知っていれば、誰だって素手でドラゴン退治に行く事を選ぶだろう。

 しかし、相手は知らなかった。にやにやと笑っているだけだ。

「そうですか、ははぁ。楽しむ、ああそうですか。いいでしょう、お望みとあらば愉しみましょう」

「待てヤトノ、人の出番とかの前に。余計な事はするな」

「では、ちょいさー!」

 ヤトノの小さな拳が振り回されると、辺りの光景が歪む。路地裏に居た連中は軒並み絶叫するが、その声はどこに届かない。次々と口から泡を吹き痙攣しながら倒れていく。

 そしてアヴェラも倒れた。もちろんヤトノが振りまいた厄のせいだった。


「酷い目にあった」

「わたくしは悪くありませんよ。事故です事故」

「へぇ?」

「いいえ、悪いのはこの連中です。この身は御兄様のものなのに、ガキだとか楽しむとか言ったんです。御兄様だって許せませんよね、そうですよね」

 ヤトノは必死に言い訳するが、アヴェラはその頭に拳骨グリグリでお仕置きした。

 路地裏には息も絶え絶えといった連中が倒れている。聞こえてくる祭りの喧騒はそのままなので、外には影響もなさそうだ。誰も来ないのも人払いの結界なりが施されているのかもしれない。

「さて」

 アヴェラは二人組に近づくと容赦なく蹴って、さらに水――その辺の汚い樽にあった水――をかけた。腹立たしい行為への報復ではない。他に理由がある。

 その二人が目を覚ましたところにヤスツナソードを突きつける。

「誰に頼まれた?」

「な、な……」

「さっきの屋台で騒いでた事だよ。誰に頼まれた?」

 先程の行為はあからさま過ぎた。

 だから何かあると思って、わざわざ探して追いかけて来たのだ。

 二人組はガタガタ震えている。ヤトノの力で酷い目に遭った直後であるし、今はヤスツナソードを突きつけられている。しかも剣身から湧き出る黒靄が触手のように触れてくるのだ。これに耐えられる筈もない。

「イコセ商会です」

「なるほどなるほど、さてどうするかな」

「助けてくれ! 俺たちは頼まれただけなんだ」

「へえ? 頼まれた事には大福を吐き捨てて踏みにじれってのがあったのか?」

「それは嫌がらせをしろと言われたから……」

「丹精込めて育てた村とエルフのお百姓さんと、頑張って餡子を煮たノエルと、地道に餅で包んだイクシマと、苦労して果物を集めたニーソと、慣れない売り子をしたネーアシマたちがどんな気分か考えて見ろ」

 言いながらアヴェラは勢い良くヤスツナソードを振るった。額のぎりぎりの位置で刃は止まり、髪の毛がハラハラと落ちていく。二人組は再び気絶した。

「祭りに嫌がらせとは面白くないな」

「御兄様、どうしますか。やりますよ、ちょいさーでやりますよ」

「却下。別の方法で何とかする」

 アヴェラは路地裏に背を向け、どうするかを考えながら祭りに向かう。

 ちょっぴり不満そうな顔をしていたヤトノが追いかけ、ふと振り向いた。その顔には口の端をあげた邪悪さのある笑みがある。

「それは好きにして構いません。楽しみなさい」

 目に見えぬ何かが路地裏で蠢き、その存在たちの祭りが始まる。しかしそれは、もはや人々の楽しい祭りとは何の関係もなければ影響も無い事だった。

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