第164話 売るためには売り続けねばならない

 祭り、三日目の夕暮れ時。

 一週間は続く祭りは朝から賑やかで、昼には通りが人で埋め尽くされるぐらいだ。しかし夜になると中心地以外は終了となるため、それぞれの屋台では夕になると簡単な片付けが始まっている。

「お疲れ様ー」

 ニーソは売り上げの確認をするため帳面を広げ、その横に硬貨の入った大きな袋を置こうとする。しかし重たそうで苦労している。アヴェラは自然な動きで手を出して机の上に置けば、ニーソは自然に礼を言っている。

「売り上げ競争なら、ここで誤魔化したりする奴がいないのか?」

「うーん、そんな人はいないわ。だって最後に神殿で宣誓をするのよ、嘘なんてついたら大変だもの」

「なるほど」

 この世界は神々の恩恵が目に見えて存在する。

 それだけに神殿での宣誓で虚偽を述べれば、自分の加護神から見放される恐れがある。だから、それをする者は滅多にいない。殊に商売関係者であれば絶対にしないだろう。

「ところで売り上げはどうだ?」

「うん、見た感じ昨日と同じぐらいみたいなの。順調よね」

「……いや、違う。それは順調じゃない」

「え?」

「こういうのは右肩上がりで増えていかないとダメだろう。新規購入者に加えて再購入者がいるなら、前の日よりも増えていなければいけない」

 新規購入者が多ければ一過性のブームと同じで、どこかの時点で急に売り上げが落ちる。再購入者が多ければマンネリ化と同じで、徐々に飽きられ売り上げが落ちる。一定額を保てれば良いというわけではないのだ。

「おい、イクシマ」

 休憩中のエルフたちに視線を向ける。

 そこでは地べたに輪になって座り込むエルフたちの姿がある。真ん中には売れ残った大福があって、両手に持って次々と食べていた。

 日持ちの事も考え、売れ残った分を好きに食べさせている。

 おかげでイクシマも他のエルフと徐々に打ち解けている様子だった。

 しかしエルフという種族は、イクシマやネーアシマだけが特別なのではなくて、皆が皆、大食らいらしい。胡座をかいて大福を食べる姿に、アヴェラは物悲しさを覚えてしまう。

「なんじゃ、我を呼びつけるなんぞ偉そうに」

 ぶつくさ言いながら、しかしイクシマは即座に嬉しそうにやって来た。

 しかし今まで大福を食べて――かっ食らって――いたせいで、口の端には餡子がついたままだ。

「イクシマ、お前なぁ……」

 アヴェラは呆れて深々と息を吐く。そして話の前に餡子を指で拭ってやって、それを自分の口に運んだ。少量とはいえ甘味が口に広がる。

「もう少し上品に食べられんのか?」

「わ、我の餡子を食べおった……」

「がつがつ食べるからだな。文句があるなら、もっと綺麗に食べるんだな」

「そういうのって、そういうのって。は、破廉恥じゃ……」

 消え入りそうな声で言ったイクシマだが、その顔が真っ赤になっているのは夕日のせいだけではない。

「あ? 何を言ってんだ……うっ?」

 ニーソに足を踏まれてしまい、アヴェラは全く予想もしていなかった出来事に驚愕しつつ悶絶した。もちろん抗議の眼差しを向けても、そっぽを向かれるばかり。

 エルフたちは顔を見合わせ小さく手を叩き、ネーアシマは複雑そうな顔をした。


「客は見覚えのある人はいたか?」

「何を言っとるん? この街に知り合いは少ないんじゃって」

「……ああ、すまない。お前が理解できるように言ってやるべきだったな」

「なんぞ腹の立つ言い方されとる気がする」

 イクシマはむっつりとして、下から睨みあげてくる。顔立ちが整っているだけに迫力はあるが、しかしアヴェラにとっては見慣れた顔だ。

「気のせいだろ。それよりも客の中に、何度も買いに来ている人はいたか?」

「むぅ、そこそこおったな」

「新しい客との割合はどんなもんだ。細かくなくて大雑把でいいぞ、どうせ普段から大雑把で適当なんだからな」

「やっぱし腹の立つ言い方されとる気がする」

 ぶつくさ言いながらも、イクシマは目を上にやって指を折り考え込む。

「三が一ぐらいじゃったな」

「なるほど、三分の一程度ってことか。祭り期間中の限定品と思って来ているとしても、リピーター率が少ないのか? 売り上げを新規顧客に頼っているのは危険か」

「なー、お主なー。何を言っとるんじゃって」

「お前がもう少し人気を集め、売り上げに貢献すれば気が楽って事だ」

「ふん、我は人気じゃぞ」

 威張り気味のイクシマは腰に手をあて胸を反らした。アヴェラの理想とする背が高くスレンダーなエルフ像とは真逆な姿だが、まあ魅力的ではある。

 そしてイクシマ目当てに客が来るという事実にアヴェラは黙り込む。

 何となく面白くないといった感情が呼び起こされていたのだ。

「そうよ。イクシマちゃんはね、とっても人気なのよ」

「出たな姉バカエルフ……」

「買いに来たお爺ちゃんお婆ちゃん、みーんなに可愛がられて頭まで撫でられているぐらいよ。イクシマちゃんの魅力を良く分かって感心よね」

 アヴェラの呟きを無視し、ネーアシマが威張り気味に言った。味方を得たイクシマも腕組みして大きく頷いている。

「ふふふっ、どうじゃ。我、人気なんじゃぞー」

「わざわざ大福買ってイクシマちゃんに貢ぐ人間もいるのよ。両手に持ってモキュモキュ食べる姿が可愛いから当然よね」

「うむ、今日なんぞ五つも貰ったんじゃって」

 普通に食事をして合間に大福を五つ、さらに終わってから少なくとも三つ。あと休憩時間に買い食いもしていたはず。間違いなくカロリーオーバーだ。

「どうじゃ、参ったかぁ! 我に言うべき言葉があるじゃろって。例えば褒めるとか褒めるとか、褒めるとか」

「あのな……」

「よし、言うてみい」

「太るぞ」

 効果は絶大だ。

 そのひと言でイクシマは目を見開いて固まった。ネーアシマもギクッとして、他のエルフたちも大福を見つめ葛藤をはじめている。余波はニーソにも及んで硬貨を勘定する手が止まったぐらいだ。


「それはそうと、年寄りが多いのか……」

 アヴェラは心配そうに呟いた。

 この大福には餅を使っているわけで、餅と年寄りの関係性に多々危険がある事に気がついたのだ。今更ながら、恐ろしいものを世に解き放ってしまった気がする。

「あー、次からは年寄りにはよく噛んで食べるように言うようにな」

「なんでじゃ?」

「そのまんまの意味だ。って、何回も来るのは年寄りが多いのか?」

「話が急に飛ぶ奴じゃな……そうじゃな毎回買ってくれるんはお年寄りが多いな」

 イクシマの言葉にネーアシマもエルフ達は首を捻る。

「私の方は人間の若いのと年寄りが半々かしら。でも若い人間には握手とか求められて、ちょっと面倒ではあるわね」

「…………」

 アヴェラはネーアシマとイクシマを見比べた。

 ネーアシマはやや小柄だが大人びた雰囲気があって、他のエルフ達はもっと大人びた感じだ。対してイクシマは小柄でちんまりして、やんちゃな小娘感がある。

「……イクシマ、お前にはお前の良さがあるんだ。気にするなよ」

「間違いなく腹の立つ言い方されとる気がする」

「それより、そうか。年寄りが多いか……」

 アヴェラには大福と言えば年寄りのイメージが強かった。実際にジルジオはすっかり大福を気に入っており、食べ物目当てで買いに来る対象も年寄りが多い。つまり、思ったほど若者に受け入れられていないという事だ。

「どうするか、おみくじを入れるか? 食べて当たったら、もう一個とか……いや、そういうのは食中毒の原因だな。大福の形を変えて可愛い系にするとか……」

 腕組みして思い悩むアヴェラの横でニーソが一生懸命に売り上げ計算をしている。互いに余計な事は言わず、極々自然な距離感でそれぞれの仕事をしているのだ。


 ぱたぱたと足音がしてノエルとヤトノが走って来た。二人揃って走ると姉と妹のような姿にも見えるだろう。もちろん実態は、いろいろと違うのだが。

「お待たせー」

「御兄様、お待たせしました。ノエルさんとお買い物してきました」

「ほらほら見て見て、じゃーん! 最後の売りきりで安くなった果物買ったよ。もちろん間違いなく美味しいやつだから安心してね」

「わたくしとノエルさんを甘く見て、変なものを売りつけようとしておりましたね」

「ちゃんと見抜いたよね、うん」

 クスクス笑うヤトノの横で朗らかに笑うノエルだが、その胸の前には小さな木箱を抱えていた。これが戦利品らしい。青果物なので日々の売りきられるのを狙って、二人して辺りを回って買ってきてくれたのだ。

 不運の申し子たるノエルが無事に運んで来られたことは僥倖に違いない。

「お疲れだったな。座って休んでくれ」

「ありがと」

 楽しげなノエルは椅子には座らず、エルフ達と同じように地面に座り込んだ。冒険者をやっているだけあって、こうした事に躊躇いはない。ただしイクシマのように胡座をかくことなく、ぺたんと女の子座りをしている。

「ささ、御兄様。つまみ食いをどうぞ。なんでしたらノエルさんかニーソをつまみ食いされても構いません。小娘は添え物程度につまめばいいのです」

「お前は何を言っている」

 アヴェラは苦笑しながら促された通り――もちろん果物を――つまみ食いした。品種改良されていない世界であるため、甘さよりも爽やかな酸味が強い。甘い大福の後に食べるには最適だろう。

「大福……果物?」

「御兄様どうされましたか。もしや果物が傷んでました!? このヤトノの目をもってしても見抜けませんでした……そんな……」

「いや、そうじゃない。ただ思いついただけだから安心しろよ」

 目の前にある大福、そして果実。この二つの相性の良さは否定できず、組み合わせれば若者向けな菓子ができる事も分かっている。しかしアヴェラは餡子だけでいきたかったのだ。

 悩むアヴェラとは別に、他の者たちは果実をつまんでいる。

 ニーソも一つ口に頬張りながら、どうやら次はこの果物辺りを用意するのだろうと見当をつけていた。もちろん既に算段ををつけて、なんであろうと必ず揃えるつもりになっている。

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