第162話 気勢をあげる時間

「人手が足りないから、手伝いを頼む」

 アヴェラが言うと、ネーアシマは露骨に面倒そうな顔をした。

 エルフらしい金髪に整った顔立ち、それっぽい緑色の衣装を着ている点は良いのだが、しかし胸が大きいのがいただけない。エルフでなければいいが、エルフならスレンダー系でなければいけないのだ。この世界のエルフは、どうにもエルフらしからぬ。やはりコレジャナイエルフ族である。

 そんなアヴェラの気持ちを余所に、ネーアシマは言い募った。

「なして? 何言ってるの。貴方ね、どうして私が手伝わないといけないのよ。私は里と街を往復して疲れているの。しばらくは部屋で休んでお菓子を食べて本でも読んで、のんびりするつもりなのよ。邪魔しないでちょうだい」

「往復と言っても、飛空挺にのってただけだろが。しかも途中で飲み食いできるように菓子まで差し入れて貰ってだ」

 アヴェラは毒づく。

 このネーアシマが居着いてのんびりする予定の場所は、コンラッド商会にあるアヴェラたちの部屋だ。ソファに寝そべり菓子をつまんで本を読む気なのである。もちろん菓子も本もニーソが用意するのだが。

 なんとも図々しい。流石エルフだ。

「でも、里で疲れたのは事実だわ」

 ネーアシマは肩を竦めてみせる。

「交渉に手間取ったのか? あれだけ海産物シリーズを持っていったのに?」

「違うわよ、皆が来たがるから決闘で決めたのよ」

「ああそう……」

「しかも父上まで懲りずに出てくるし。父上が私に勝てるはずないの」

 ネーアシマは言いながら、鋭いパンチを放つ真似をする。しかも効果音つきだ。きっとそれで倒したのだろう。

 だが、ヤオシマを倒せるほどとは到底思えなかった。

 アヴェラのみたところ、あのヤオシマは間違いなく上級冒険者級の強さがある。どうせ娘相手に本気も出せず一方的に負けたのだろう。

 このネーアシマは、その辺りの事が分かっていないのだ。もちろん、イクシマも。

「姉上、ものっそいんじゃって! またも父上を倒したんか」

「もちろんよ、右の拳で沈めたのよ。しかも一撃だったわよ!」

「ふぁーっ、流石は姉上じゃ」

「そうでしょう、そうでしょう。お姉ちゃんは強いのよ」

 楽しげに談笑するエルフの姉妹に、アヴェラは哀しくなった。

 エルフと言えば緑豊かな森の中で花を見ながら笑いさざめくイメージがある。仮にそれが間違いだったとしてもだ、蛮族ではあるまいに肉体言語の語り合いで笑う事はないはずだ。

「とりあえずだ。疲れてなさそうだから、手伝いをしろ」

 もはや頼むのではなく命令だ。

 ネーアシマが、むっとしても関係ない。

「イクシマも売り子をするわけだが、一緒にやるのは嫌なのか?」

「え?」

「一緒に祭に参加して、二人で力を合わせて売り子をする。しかもイクシマはこれが始めて参加する祭だ。きっと一生忘れられない思い出になるだろうな」

「部屋で菓子食べとる場合とかでないんじゃって!」

「そうだろ。よし、これで人手は確保だな」

 アヴェラは頷いた。とりあえず拳を打ちつけあい、お国言葉丸出しで気合いを入れるエルフの姉妹は見ないことにしている。


「アヴェラ君ってば。そうやって乗せるの上手だよね、うん」

 幅広な木テーブルにコップを並べ、ノエルは呆れた様子だ。

「相手の気付いていない部分を教えて差し上げてるだけだ」

「うん、まあそうとも言えるよね」

「こちらは売り子が確保ができて良し、姉妹は仲良く売り子ができて良し、後は……ちょっとでも売り上げが上がれば良しだな。実に素晴らしい。これでもう何の問題はない。いや大きな問題はあるか……」

「はて、何かあったかな? 人も材料も場所も全部用意できたよね」

 ノエルは腕組みして首を傾げる。

「あるさ。コレジャナイエルフが売り子をする事に、一抹の不安がな」

「大丈夫だよ、二人ともそういうの得意そうだから。声も通るし、見栄えも良いし。二人並んだらきっと大人気なんだよ」

「そうじゃない。売り物に手をつけないか心配なんだが」

「……大丈夫だよ。きっと多分」

 ノエルが目を泳がせ言い淀むぐらいの信用度合いだ。

 イクシマもネーアシマもかなり食べる上に、甘い物が大好きときている。腹を空かせ目の前に大福があれば、それに手を出さないという保証はない。全くない。

「ヤトノに売り子をやらせてもいいが、ヤトノではなぁ……」

 呟いた途端、横からシクシク泣く声――ただし泣き真似――がした。ヤトノが神官着のような白衣装の袖を目元に当てている。

「御兄様にそんな事を言われてしまうなんて。酷いです、哀しいです。わたくしの何がいけないのです?」

「なるほど。では……客が偉そうな態度をとったらどうする」

「ちゃんと我慢して軽く呪うだけにします」

 ヤトノは少し考えて頷いた。微笑む姿は、どこまでも可愛らしい。

「売り物に不味いと文句を付けてきたらどうする」

「御兄様のつくったものに文句をつける? もちろん末代先まで呪ってやります」

 ヤトノは両手を握って断言した。一生懸命さが伝わって可愛らしい。

「お釣りを渡すフリして手に触ってきたらどうする」

「御兄様以外がわたくしに触る!? そんなの七生先まで呪いますよ」

 ヤトノは驚き頭を小さく振った。ショックを受けている姿が可愛らしい。

 とりあえずアヴェラは深々と息を吐いた。

「やっぱりダメだな」

「何故です!? わたくしの何がいけないのです!?」

 ヤトノは泣きそうな顔をして不満を訴えるが、こんな有り様なので、ネーアシマを確保して売り子をさせるしかなかったのだ。

「あははっ、仕方ないよね。うん」

 ノエルも困った様子で笑って、自分のコップを手に取った。しかし上から落ちてきた虫が一直線に入水。果てしなく悲しい顔で虫を逃がしてやって、しょんぼりとコップを洗いに向かった。


 少し拗ね気味のヤトノがやって来て膝の上にあがりこんだ。そのままもたれて仰向け気味に見上げてくる。その仕草だけは、どこまでも可愛い童女のそれだ。

「御兄様、お祭りは晴天の方が良いですか?」

「そりゃもちろんだ。雨対策はしているが、晴れてる方がいいに決まってる」

「分かりました。では晴天という事で」

「おい?」

「大丈夫なんです、誰が何と言おうと晴れます。あれです、昔に教えて頂いた照る照る坊主ですよ。晴れなかったら首を切るだけですから」

 ヤトノの言葉に何かが恐れおののく気配がした。

 晴れるのは確実だろうが、どこかに迷惑をかけているのも確実だ。アヴェラは謝罪の念を込め世界に祈っておいた。

 もはや祭りの開催は間近に迫り、準備完了で最終段階だった。

 その準備で用意された菓子を、イクシマとネーアシマが食べて寛いでいた。絶対に売り子の途中でつまみ食いするに違いない。

「お待たせなの。資材の搬入は終わったのよ」

「すまないな」

 部屋に姿を見せたニーソに礼を言う。

 エルフの里から運ばれて来た小豆の準備をしてくれていたのだ。物事は段取り八分とは言うが、確かにその通り。後は祭りの開催に合わせ、小豆を煮たり餅をついたりするのみ。

 ちょっとした隙間時間である。

「少し忙しくって、バタバタしてるの御免ね」

「何かあったか?」

「なんだか、お店の先輩たちが倒れたそうなの。熱を出した人とか、馬に蹴られた人とか、お家が火事になった人もいて……心当たりある?」

「ないな」

 起きたのは災厄に類することのため、ニーソとしては疑うわけではないが、やはり確認したのだろう。

「心当たりはないが……別の意味で心当たりはある」

 アヴェラは目の前にある頭を見つめる。気まずそうに身じろぎして逃げようとする気配を察し、すかさず両手を腹の前に回してホールドした。


「何をした?」

「御兄様、酷いです。わたくしを疑うだなんて」

「いいから何をした?」

「何もしてません、わたくしは何もしてません」

「なる程な、ヤトノは何もしてないんだな。ヤトノは。で、誰がやった」

 ぎくっとした様子にアヴェラは確信を抱いた。

「それはその……」

「素直に白状して怒られるか、何も言わずに怒られるかだ。どっちにする?」

「どっちも怒られる!?」

 シクシク泣きつつ両手で顔を隠すヤトノだが、アヴェラが沈黙しているため、諦めて白状した。

「わたくしは何もしてません。ただ辻に棲み着いてたモノどもです」

「この前の、辻で気配を感じた相手か」

「そうです。あの者どもが、その相手を気に入って憑いていっただけです。分かって頂けましたか、わたくしは何もしてません」

「……知ってて黙認しただろ」

 アヴェラはヤトノの頭に顎をのせ、ぐりぐりとした。お仕置きのつもりだが、あんまり効果は無い。むしろ、ご褒美になっている。

「わたくしは悪くありませんよ、本人たちの資質です資質。辻のモノが好む嫉妬と嫉みの心があるからこそ、寄っていったのです。わたくしは、他の子らにも声をかけて全員好きになさいと言っただけで――あっ」

「ほう、やっぱり原因じゃないか」

 叱られたヤトノは下を向いて落ち込んだ。向こうで話を聞いていたネーアシマが、恐っ!とか小さな声をあげている。

「アヴェラも、それぐらいにしなさいなの。ヤトノ様も悪気はないんだから」

「まあ、なんて良い子なのでしょうか。流石はニーソです。分かりました、そのセンパイどもとやらについては、わたくしの方で何とかしておきましょう」

「ヤトノ様。ありがとうございます」

 その面倒な先輩どもが倒れてはニーソが忙しくなって大変なので仕方ない。などとアヴェラは思ったが口には出さなかった。ニーソはそんな事は少しも思っていないからだ。純粋に知り合いが助かって喜んでいる気持ちに水を差す必要はない。

 戻って来たノエルも含め、いよいよ迫った祭に向け皆で気勢を上げ楽しみを分かち合っている。晴天の決まった祭りが始まる。

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