第161話 作業、準備、休憩、設置
「もそっと、派手にしたらどうじゃろ?」
イクシマが言った。赤い衣の服を腕まくり、白い肌の腕が露わ。真面目な顔で、目の前の木組みを見つめている。その様子をむっつり見やって、木材を切っていた手を止め、アヴェラは小さく鼻をならした。
「いや、これでいいんだ。派手なのはあんまり好きじゃない」
「じゃっどん、他を見てみい。あんなにも飾っとるでないか。色もいっぱい、ひらひらいっぱい。我はもっと派手にしたいぞ」
アヴェラは手を止め辺りを見回した。
あちこちで木板を打ったり切ったり、声を掛け合い作業している者たちがいる。
そこは大通りの一角で、大冒険市という祭りでは屋台が立ち並ぶ事になる場所だ。祭りの三日前のため、今は屋台準備に皆が大忙し。もちろんアヴェラとイクシマも、その準備の真っ最中だ。ヤトノは白蛇状態で日向ぼっこをして長くなっている。
ニーソの手配した木材を、同じくニーソの手配した工具で加工している。もちろん手抜かりのないニーソなので、組み立てるだけの木材パーツとなっていた。
「そうかもしれんが、売るときに邪魔になるだろ」
「いやじゃ! 我は派手がいいんじゃ!」
不満そうに言いつつ、木槌を振り回している。
与えられたスペースは、横方向は両手を広げたイクシマ一人半、奥行きは同じくイクシマ二人といった具合。それほど広くない場所で暴れては周りの迷惑だ。
「やめろよ、ウォーエルフの威嚇行動で皆が怯えてしまう」
「やかましい! 誰がウォーエルフじゃぁ!」
「咆えるな、落ち着け」
辺りは元から賑やかしいので、イクシマが騒いだところで近くの者が驚く程度だ。しかし注目は注目でアヴェラは深い息を吐く。
手招きしてイクシマを呼び寄せた。ちょこまかのしのし近づいて来ると、頭一つ分は低いところから見上げてくる姿に言って聞かせる。
「周りが派手なら、同じように派手にしたら意味ないだろ」
「なんでじゃ?」
「たとえばだが、赤と青がある場合。赤赤赤と来たら、次は何色を出せば目立つ?」
「うむ、緑じゃな」
「赤と青と言っただろうが。この頭は飾りか? ええ? 派手な飾りなのか!」
教え諭そうとしたのに、あんまりな回答が来たのでアヴェラは腹を立てた。手頃な高さにある金髪頭を両手で掴み前後に揺すった。ヤトノがチラリと視線を向けて、軽く欠伸をすると自分の尻尾を咥えて丸くなっている。
「ふぎゃあああっ! 酷いんじゃって。もそっと優しくして欲しいんじゃぞ」
手を離すと、イクシマは頭をふらふらさせながら座り込む。
そんなやりとりを見る周囲は、祭りの出し物で寸劇をやるのだろうかと思ったぐらいだ。確かに見世物としては、そこそこ面白いかもしれない。
「いいだろう。そんなに派手がいいなら、派手にしようじゃないか」
「ほ、ほんとか? お主なー、そんなら最初っからそう言えよなー。それであれば、我も何も言わんかったし、酷い目にも遭わんかったじゃろが」
「ああ派手にしてやろうじゃないか。ただし、お前の衣装をな」
「なに?」
そしてアヴェラは前世の記憶を掘り起こし、殆んど紐だけの服に羽をたくさん背負って踊る女性の衣装を説明した。一応は見た目は問題なく、背こそ低いがスタイルの良いイクシマならきっと似合うだろう。
「それで踊って、客寄せエルフになれ」
「そっ、そんな破廉恥な事が出来るかあああっ!」
顔を真っ赤にしたイクシマの声は、ひと際大きく響き渡る。これはやっぱり滑稽入り寸劇をやるに違いないと、周りの人々は確信した。
「お待たせー、ってどうしたのさ?」
荷物を運んで来たノエルはイクシマの顔を見るなり戸惑った。顔を真っ赤にして、頬を膨らませていれば何かがあったのは分かる。とは言え、よくある事なので、あんまり心配はしていないのだが。
イクシマはささっと動いて、ノエルに抱きつき言いつけた。
「ノエルよ聞いて欲しいんじゃって。こいつ酷いんじゃぞ、我に破廉恥な格好させて辱めようと考えとるんじゃ」
「えっそうなの? うーん、まあアヴェラ君が望むならありじゃないかな」
「ノ、ノエルよ……お主ー!? 我にそんな格好で客引きをせよって言うんか?」
「あっ客引きの話なんだ。あはははっ」
照れたノエルは誤魔化し顔で頭を掻いている。
「うん、それは良くないね。私ってば、てっきり二人っきりの話かと」
「それじゃったら我とて文句は言わん。いや、一応は言う」
二人の話を聞きつつ、アヴェラはノエルの荷物を受け取った。
それは布類だ。モンスター素地の撥水性のある布で、これを使って屋根にすれば雨でも大丈夫になる。手に入る素材を吟味し生活に必要な品を作り出すのは、知恵ある者の本能みたいなものだ。
異世界だからと発想力皆無で不便な生活を強いられているわけではない。
「屋根つくる前にさ、休憩用にお菓子持ってきたから食べよっ」
「菓子か! 流石はノエルじゃ気が利く」
「いやいやニーソちゃんからの差し入れだからね」
「むっ、そうか。では流石はニーソじゃ気が利く、ノエルも運んでご苦労じゃったな。よしっ! 我は疲れたぞよ疲れたぞよ。ひと休みじゃ。ささっ、お主らも座れ」
言ってイクシマは、さっさと座り込んだ。
ちょこんと座って、お菓子の前でそわそわしながら、アヴェラとノエルを手招きした。お座り、待てが出来るエルフなのだ。
苦笑しながら座り、アヴェラは砂糖たっぷりまぶした焼き菓子をいただく。小さくちぎってヤトノにも分けてやるが、外の甘さと中の干し果実の酸っぱさが丁度良い。
「これは美味いな。中の果実がアクセントになる」
「えへへっ、実は私がつくっちゃいました。軽い火傷が二回に、材料が棚ごと落ちたぐらいで出来たんだよ」
「それは良かった」
不運の加護を受けているノエルにしては良い方だろう。
辺りは相変わらず木槌や鋸の音が響き、楽しそうな掛け声が響く。作業のトラブルのちょっとした悲鳴や騒ぎもあるが、その後に笑い声がする。活気があって楽しそうで賑やかしい。
「「「…………」」」
三人揃って黙り込むのは、そうした雰囲気の空気に浸っているためだ。三人ともが加護の影響もあって他人と関わり合いの少ない人生を送ってきた。祭りにしても、一歩退いた場所から眺めるだけだったのだ。
「ますます祭りに参加してるって感じだなぁ」
「うん、そうだよね」
「まだまだ忙しいな。この屋台の仕上げもあるし、今日の昼からはエルフの里から残りの材料が届く。そうしたら餅の準備と合わせ小豆を煮る作業もある」
「うーん、いよいよお祭りって気分。わくわくするね」
「ああ」
木製コップに水を入れつつ頷いた。
祭りも楽しいが始まってしまえば大忙しで、怒濤のような時間を過ごして瞬く間に終わってしまう。この心待ちにしながら準備をする今こそが一番楽しい。
「そういえばさ、当日はケイレブ教官も手伝ってくれるんだよね。奥さんも顔出してくれるのかな?」
「教官は来る、でも奥さんは来ない。おめでた前だそうだ」
「えっ!? そうなんだ。服のお礼もあるし、何か用意しなきゃ。何がいいかな」
「そりゃ……」
アヴェラは考え込んだ。今世ではそんな機会はまだなかった。前世では人付き合いは乏しく、仕事先でひたすら祝い金だけを徴収されていた程度。だから、何を選べば良いのか分からない。
「まぁ……お金だろう」
「そうかな。何か形に残るものがいいと思うよ。たとえば揺り籠とか、おくるみとか、ぬいぐるみとか、食器とか?」
「しかし相手の趣味が分からないだろ。考えてもみよう、誰だって自分の趣味で家とか子供を飾りたいだろう? なのに、全く趣味の合わない相手から捨てるに捨てられない物を贈られた場合はどんな気分だ?」
「うっ、それ嬉しくない」
「それだったら、お金を渡して好きにして貰った方がいいじゃないか。でも、ぬいぐるみか。少ししたら、ぬいぐるみはありだな」
確か前世でリュック型の背負いぬいぐるみがあったはずだ。それがあれば、歩き出した赤ん坊の安全対策に良いだろう。アヴェラはニーソに試作を頼もうと考えた。
もちろん、それが後にコンラッド商会にさらなる利益をもたらし、赤ん坊用品の一大ブランド立ち上げまで発展するとは夢にも思っていない。
「まっ、それはそれとして。早いところ屋台を仕上げるとしようか」
「そうだよね、頑張ろう」
「よし菓子の残りを食べたら……どこ行った?」
皿の上にあった残りの菓子は欠片すら残っていない。視線を転じれば、頬を膨らませ咀嚼中のエルフの姿がある。ヤトノが尾でぶっても最後の一つも頬張っていた。待て、お座りは覚えたイクシマだが、遠慮は覚えていなかったのだ。
両手をついて項垂れるノエルに代わって、アヴェラは意地汚いエルフの頭に拳をおいてぐりぐりした。
「この、大食い暴食エルフが」
「ふぁふぃふんふぁっふぇ! ふぁふぇんふぁ!」
「くそっ、食べながらなのに何言ってるか分かってしまう。なんてやつだ……」
飽くなき菓子への執念に呆れつつ、もちろん食べた分のカロリーを消費させるため強制労働でイクシマをこき使ったのであった。
その全てが楽しさには満ちている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます