第159話 人手の確保に気を遣い
小さな池を横目にしながら、レンガを敷き詰めた道をアヴェラが進んでいく。自信ある堂々とした足取りに、隙のない身のこなし。誰が見ても如何にも熟練した冒険者と分かる姿だ。
すれ違った数十人単位の集団が、そんなアヴェラの姿に憧れと羨望の眼差しを向けている。彼らは真新しげな装備を身につけ、顔には不安があって動きにも固さがあって、何事にも不慣れな様子だった。
冒険者の新受講生たちだ。
「まあ初々しい、久しぶりに見ますね」
そちらを見やったヤトノは、おかしそうに笑った。活躍している先輩――つまりアヴェラ――の姿を目で追って互いにぶつかりあう彼らの態度を心から喜んでいるようだった。
アヴェラも一瞥する。
「本当だな。ああ、あちこちに出歩いていたからな、殆んど見かけてなかった」
「御兄様は忙しいですから。そうです忙しいと言うのに、あの男め……許せません、おのれ世界で最も罪深き存在め」
今度は急に不機嫌になった。
「まっ、そう怒るなよ。こっちも声をかけていなかったわけだし」
「ですけど、御兄様だけに働かせているのですよ」
「別に好きでやってるから構わないのだが」
「でーすーけーど!」
「これから働いて貰えばいいだろ。その為に来たわけだし」
そのまま近くの建物に向かっていく。入り口に見張りはいるが、軽く手を挙げただけで顔パスで中に入っていく。
さも慣れた様子で選ばれた者しか入れない建物に入っていく両者の姿。それを冒険者を目指す者たちは憧れの視線で見やった。いつか自分もそうなるのだと夢を抱き、希望を胸にして――予鈴の鳴る音に、講義室へと大急ぎで走り出した。
アヴェラはノックの返事も待たず部屋に入った。
そこは土や木や埃に加え雑多な匂いがするのは、部屋の主が妙な趣味を持っているからだ。つまり変な民芸品や骨董めいた品の収集だ。趣味は人それぞれとは言え、毎回変なものを騙され買っているので止めるべきと忠告したくなる。
部屋の主のケイレブは、入ってきたアヴェラの姿に驚きもせず軽く手を挙げた。しかも勝手にソファに座る様子を気にする様子もなく、自分も向かいに座った。
「やあ、どうしたのかね」
「相談がありまして」
「それは嬉しいね。僕も偶には教官らしい事でもしなければいけない、どんどん相談をしてくれるか。金関係以外なら、何とかしてみせよう」
「なるほど、そうですか」
アヴェラは人の悪い顔で笑った。
フィールドから戻って精算をして、ノエルとイクシマと明日の約束をして解散した後で、アヴェラは気づいてしまったのだ。ケイレブが何もしていないという事に。
もちろん祭りの準備は楽しんでいるし、ニーソの為でもあり、そして食べたい物のために好きでやっている。だが、それはそれだ。
「実はですね。助けて欲しいと人に頼み込んでですね、しかも相手に押しつけるような卑怯な事はしないとまで断言しながら何もしない人がいるんですよ」
「…………」
ケイレブは気まずそうに目を逸らした。
どうやら自分でも、そこは認識していたらしい。
「何か言う事はあります?」
「うん、そうだね。言うべき事はあるね。すまなかった」
手を合わせてから、ケイレブは申し訳なさそうに言った。そこから、ちらっと様子を見てくる様子に上級冒険者の威厳は欠片もない。
「あー、ところで理由ぐらい言わせて貰ってもいいかな?」
「どうぞ」
「どうやらドラゴンの一族が何故か各地に飛来しているらしい。お陰で大騒ぎだよ。あと、少し前からうちの嫁が産気づいた事もある」
「ドラゴンですか。あと、お目出度う御座います」
「賢者によれば、ドラゴンたちは居住地に何らかの危険を感じ移住先を探しているのではないかという事だよ。ああ、ありがとう」
ヤトノは暇そうで、アヴェラにもたれて構って欲しそうだ。気づいて貰って頭を撫でて貰って満足している。
「危険ですか、それはいったい?」
「それは分からない。でも確認のため、ドラゴンの住居を見に行くしかないんだ」
「これから? 子供が生まれそうなのに? それは止めた方がいいですよ。つまり残りの人生ずっと延々と愚痴られ嫌みを言われ恨まれると思いますよ」
「仕方ないんだ。そこに行った事があるのは僕だけでね」
遠い目をするケイレブだが、少しだけ懐かしさを漂わせている。
「とある商人の護衛をしながら行ったのだよ。野を越え山を越え、人食い鬼と戦い、そして瘴気に苦しみ、ついにはドラゴンの巣に……どうかしたのかね?」
アヴェラはどこかで聞いた覚えのある内容に微妙な顔をしていた。
「もしかして、ドラゴンの中に白くて毛の長いのがいました?」
「いたね」
「もしかして、その先に村があって変わった穀物とか宝石あったりとか?」
「あったね」
ここ数日大変苦労してきたケイレブの眼差しに疑念――と言うよりも確信――が宿った。それでも穏やかに微笑してみせる度量がケイレブにはあった。
「さて何をしたのかな? 僕に聞く権利があると思うのだよ。ドラゴン騒動の対応で徹夜までした、この僕には」
「大したことありませんよ。ドラゴンたちと相互理解をはかっただけですから。その過程で少しドラゴンの居住地が荒れましたけど」
「ほほう、少しか。その少しでドラゴンが引っ越しを考えるのかね?」
鋭い目線にアヴェラはあらぬ方を見やる。上級冒険者の威圧に怯んだのではなく、ただ単に誤魔化すためだ。何せ両親と古い付き合いのある相手なのである。そういった意味で少し気まずいのだ。
しかしヤトノは関係ない。形良い眉を寄せ不快を示す。
「お黙んなさい、この人間め。御兄様に対して失礼なんです。そもドラゴンという連中は態度だけ偉そうな臆病トカゲですから、少しの事で逃げて当然というものです」
「いや、そう言える存在は少ないと僕は思うがね」
「事実です。今度だって見える範囲程度が吹き飛んだだけなんです」
「つまりアヴェラがやらかしたという事かな」
「御兄様は悪くないですよ! ちょっと魔法を使っただけです。それより話がズレてますズレて。御兄様にものを頼んでおきながら、自分は何もしないとは何事ですか」
ヤトノはどこからともなく扇子を取り出し、それを突きつけた。
今度はケイレブが再び気まずそうに目を逸らした。
こちらにとってもアヴェラは親友と仲間――それも頭の上がらない――の息子なのだ。そういった意味で少し気まずいのである。
もちろんアヴェラも、これ幸いと話を祭りの件に持って行く。
「とりあえずドラゴンの件は問題ないですね。なんならコンラッド会頭に話を聞けば事情も分かりますから。それより祭りの方で動いて貰いますよ」
「やれやれ、分かったよ」
もう反論する気もないのだろう、ケイレブの方が折れて肩を竦めた。
「で、何をすればいい?」
「宣伝が必要なので、祭りの間は呼び込みをして下さい」
「よしてくれよ。財布を落として酒場で客引きをやらされた事はあるがね、あれはなかなか疲れるのだよ」
「でも、ケイレブ教官がメインでやると言いましたよね」
「言ったね」
「出し物を考えたのは?」
「君だ」
「材料を揃えたのは?」
「君だ。分かった分かった、僕が呼び込みをするべきだろうね。ちなみに珍しい置物を手に入れたので客寄せに使ってはどうかな――」
嬉々としたケイレブが部屋の隅に目を向けた。そこには柱状になった木造彫刻があるが、そのセンスを問う事はさておき、どう見ても客が寄るより去っていきそうな見た目だった。
「どうせ変な物でしょうから却下です」
「なんて酷い事を」
「呼び込みは祭りの間だけですから、後は自宅で奥さんの側に居てあげて下さい」
アヴェラの気遣いにケイレブは微笑した。やはり自分の子が生まれるのを心待ちにしているのだ。ドラゴンの懸念も去って一安心といったところだろう。
「ありがとう助かるよ。実を言えばどうしようかと思ってね、これはもうカカリアに頼みに行こうかと考えていたところだよ。なにせ産気づいたのが、嫁ども二人揃ってなのでね」
「嫁ども? 二人? 揃って? もしかして奥さんが二人と?」
アヴェラは呆れた顔をした。実際には、この世界ではある程度の地位ともなれば一夫多妻も珍しくはない。そうとは言えどアヴェラの身近には居なかったのだが。
「何か問題でもあるのかな」
「いえ奥さんが二人とか……つまり、よくやってますね」
「君がそれを言うのかね?」
「は? 何でです?」
戸惑うアヴェラにケイレブは心底呆れた顔をした。そして珍しくもヤトノは、ケイレブに同意するように頷いているのであった。
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