第157話 祭りの準備はちゃくちゃく
「情報だとこの辺りらしいけどね……」
アヴェラは辺りを見回した。
幹の細い木々が立ち並び、上では蔦のような枝葉が絡まりあって日の光の半分以上を遮っている。僅かな木漏れ日に照らされた足元は土が剥き出しで下草は殆どない。空気は清々しいが青臭さがある。
久しぶりのフィールドは蒸し暑かった。
「うーん? うん、この辺りにはなさそだね。もう少し先かな?」
「見当たらないし、その通りかな」
「頑張って探しちゃおう」
ノエルは小剣を振り挙げ張りきってみせた。久しぶりのフィールド活動のため、チェインメイルを着込んだ完全装備である。
戦鎚を担いだイクシマはつまらなそうだ。
「なんも敵が出てこん。我は戦いたいんじゃって」
「今回は採取が目的で戦闘じゃないぞ」
「そんな事は分かっとるんじゃって。でも、ここはフィールドぞ! モンスターがおるんじゃぞ! ならば戦いがあって当然じゃろが!」
「こいつ、やはりバンゾークエルフだな」
「誰がバンゾークじゃあっ! やかましいいいっ!」
赤い着物のような服を翻し、振り向いたイクシマは怒り顔で睨んでくる。
どこか密林感の漂うこの場所は、アヴェラたちが初めて訪れるフィールドだった。何故ここに来たかと言えば、もちろん祭に向けた準備だ。大福餅をつくる事に決まって素材も集めたが、それを提供するにあたって問題が一つ発生したのである。
即わちそれは――。
「お皿になる葉っぱ見当たらないね」
辺りを見回すノエルの言葉通りのものを探すためだ。
大福は手づかみで食べて貰うため、何かにのせて提供する必要がある。
当初は普通の皿を用意するつもりだったが、しかしコスト面から考え直したのだ。木の皿にしろ陶器の皿にしろ、数多く揃えるとなると値がかさむ。そして客に提供すれば戻って来ないのは間違いない。
そこで思いついたのが、葉っぱであった。
「しっかし葉っぱを皿とか大丈夫なんか?」
「大丈夫だろ。それに異国情緒というかな、エルフ菓子として売り出すだろ。だから葉っぱが皿とか物珍しくていいじゃないか」
「いろいろ言いたい事があるんじゃが、いいかよーく聞け。我ら! エルフは! そんな! 食べ方! しておらん!」
「問題ない。誰もエルフの生活を知らないから気にしない」
「よけい悪いわあああっ!」
イクシマは呼気も荒々しく詰め寄るが、アヴェラはどこ吹く風だ。ノエルは困り顔で笑って眺めて宥めて、よくある風景であった。
「はわわわっ!」
ノエルが悲鳴をあげた。運悪く小虫の群れが柱状になって飛ぶ場所に突っ込んだのだ。わたわたしながら両手を振り回し、そこから出てくるものの小虫は払いきれていない。
「水神の加護よ、アクアボール!」
さらっとアヴェラが魔法を使うと小虫は死滅した。その小さな体から水分の全てを奪われたせいだ。水滴にもならない水が足元へと落ちる。
最近は調整が利くようになったので、こんな使い方も出来るようになった。ドラゴンさえ殺せる凶悪魔法を、とても便利に使いこなしている。
「お主ー!? それ使わんって我と約束……しておらんかったな。じゃっどん、使わんって自分で言うておったじゃろ?」
「なるほど、つまりノエルが虫に襲われたままで良かったと?」
「んなわけあるか!」
「だったら問題ない。どうせ誰も見てないし、物事は臨機応変ってもんだ」
「うがあああっ! 腹の立つやつ!」
そう言ったが、イクシマはアヴェラの隣をキープしたままだ。そこで荒々しい足取りで地面を踏みしめながら、ときおり体当たりをしてくる。
「あははっ、ごめんね」
ノエルは照れたように頭をかいた。自分の不運は分かっているので、そこは諦めつつも申し訳ないという気分で謝ったらしい。
揃って歩くのだが、アヴェラが目的の葉を探し残り二人が周囲を警戒する。
そんな役割が誰が言うでもなく、当たり前のように受け持たれていた。頭上を覆われ木漏れ日が照らす静かな場所。そこを黙って歩いていると、世界に三人しか居ない気分になってくる。もちろん懐には白蛇状態のヤトノがいるが、それはそれだ。
「祭りってのは――」
アヴェラは呟いた。
「――楽しいものだな。皆で目的を持って、一つずつ準備して用意して頑張って。考えたりして、今からもう祭りの気分だ」
「うむ、お主は実に良い事を言う。祭りは始まる前から始まっておるんじゃぞ。今までのを見ておるとそう思う。そうなんじゃろなーと、今まで皆がやっとるの見て思っとっただけなんじゃが」
死の加護を持つイクシマはどんより呟いた。横で不運の加護を持つノエルもしみじみ頷いている。どちらも祭りは見るだけで参加した事はないのだから。
「わっ」
項垂れていたノエルは張り出していた枝に突っ込んだ。
「ううっ、虫に続いて葉っぱまで。あれ? これ不運より不注意なのかも」
ノエルが突っ込んだ枝は、枝先から大きめの葉が花が開くように重なって出ているものだった。その表面は光沢があって、アヴェラが触ってみると滑らかで手触りが良い。そして微かな芳香があった。出発前にニーソが用意した見本と同じだ。
「この葉っぱ、流石はノエル」
「お役に立てて何より、うん……あれ? 何か向こうにいる」
言われて反応した。身を屈めながら、アヴェラの手は反射的に腰元のヤスツナソードに伸びている。
見ると細い木々の向こうに動く姿があった。
それは熊のような存在である。毛色が緑をして、ところどころに鎧のような甲殻があって、額には小さな角まである。両手には鋭く長い鎌状の爪を備え、まさしく熊手といったものだ。
四つ足で歩く顔がこちらと同じ高さにあるのを見て、アヴェラは身を潜め――。
「敵ぞ! モンスターぞ! 戦闘じゃああっ!」
イクシマが叫んで飛びだした。これに熊っぽいモンスターが反応し咆え返せば、もはや一触即発。戦闘は避けられそうになかった。
「またこれだ、あの暴走突撃エルフめ」
「うん、でも仕方ないよ。だってイクシマちゃんだから」
「ああそうだ、あれに自重と配慮を求める方が間違いだったな。その辺の犬の方が考えて行動してくれるに違いない。イヌシマと言ったら犬に失礼だ」
言ってアヴェラもヤスツナソードを抜き放った。久しぶりに抜き放ったせいか、こちらも輝かんばかりに煌めいている気がする。
緑熊が突進してきた。
しかしイクシマが戦鎚を振り回すと、緑熊はそれを回避した。意外な機敏さをみせて、横に跳んだのである。即座にイクシマも反応し、戦鎚の勢いを利用し身体を投げだし前転した。横から跳びかかった緑熊の巨体が寸前まであった位置の地面を踏みつける。
そこにノエルが風のように迫って、あえて攻撃はせず緑熊の背を踏みつけ跳び越えていく。華麗に着地した姿を緑熊が目で追って動きを見せる、その寸前。アヴェラが走り寄ってヤスツナソードの一撃を浴びせた。
鋭すぎる刃が軽々と肉を裂いて骨を断ち、さらに呪いが発動し苦痛を与える。咆吼をあげた緑熊の頭へと、体勢を整えたイクシマが戦鎚を渾身の一撃を叩き込んだ。
「はっはぁ! 我たち大勝利! 勝ち戦ぞ、勝ち鬨をあげい!」
「黙れ、この愚かなエルフめ。この耳は飾りか?」
「ふぎゃっ!? やめい引っ張るな! 痛いんじゃぞ、そこ敏感なんじゃぞ!」
「勝手に突っ込むなと、いつもいつもいつも言ってるよな。耳より記憶の問題か? 怪我とか、もっと大変な事になったらどうする? とにかくな心配したぞ」
「えっ、お主……あっやめっ、そこ本当に敏感……」
「ああそうかい」
イクシマの顔が赤くなって身悶えするが、しかし構わずアヴェラは耳を引っ張る。それどころか弱点と分かるや、反対の耳にも手を伸ばし両耳を引っ張りだす。
それが終わったのは、背後でドスンと音が響いたからだった。
宝箱が出現したのだ。
気づいたアヴェラが手を離すと、イクシマは座り込んでしまった。呼吸も乱れて赤らんだ顔で半泣きだった。
「あのさ、イクシマちゃん大丈夫?」
「ほっとけ。そんなことよりも宝箱だ」
「えーっとまあ……うん、それなら宝箱だけどさ。これどうしようね」
ノエルが天運豪運状態ならさておき、宝箱関係は何かと酷い目に遭っている。しかも木の宝箱であれば開けたところで、労多くして実り少なし。ガラクタしか出て来ない。
「開けずに放置という選択肢もあるが……」
「またミミックが襲ってくるかも」
「そうだよな。しかも何と言うかな、ミミックが宝箱に擬態してるのでなくてな。宝箱がミミックになって襲ってくる気がするんだよな」
「あっ、何か分かるかも」
「まあ開けてみようか」
「了解なんだよ」
自分が役立てるとなって、ノエルは張り切って解錠に挑んだ。もちろん何度も何度も、何度も失敗してようやく開いた。警戒していた罠はなく、出て来た中身は――。
「今度はお皿がいっぱい……あっ、こんどのお祭りに使えるかも」
「確かに数もあるから使えるな。皿の為に葉を取りに来て、宝箱で皿が出るとか……間が悪いと言うか、運が悪いと言うか」
「なんだかごめんね」
「いや、ノエルが悪いわけじゃないだろ。それより葉は葉で集めておこう、皿の上に置けば彩りにもなるだろうし」
大量の皿を回収し、もちろん当初の目的の葉っぱも集めていく。
ヤトノもお手伝いに出てくるが、へたり込んだイクシマに気付くと近づき、しげしげ見つめて小突いて遊んでいる。
何かと平常運転のフィールド活動であった。
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