第156話 家族の流れ

 コンラッド商会を出て飛空挺の発着場に向かった。既に話は通っていて、エルフの里に向かう準備は、一足先に向かったニーソが積荷も含めて行ってくれている。

 商会を出るときにコンラッドも顔を出した。いつものように丁重な挨拶をしてくれたのだが、どうした訳かコンラッドはジルジオに対し奇妙な態度だった。緊張のような困惑のような、一番妥当な表現は遠慮気味に違いない。

 先に会っていたので知り合いなのだろうが、どうにも気になる関係だ。もちろん詮索する気はないが、気にならないと言えば嘘だろう。

「しっかし本当に大丈夫なんか?」

 歩き出してイクシマが言った。

 疑いの目を向ける先は、アヴェラと一緒に発着場まで行くと譲らなかったジルジオだ。以前に肩を並べ戦った事もあるため、戦友気分で気安い。もちろんジルジオは気にしないどころか、むしろイクシマの態度に喜んでいる。

「あん? 何がであるか?」

「さっき言うとった、偉い人と話をつけって事なんじゃって。姉上が困ってしまわんか、我は心配ぞ」

 横で聞いていたネーアシマが感激したように自分の豊かな胸を、ぎゅっと抱いた。通りすがりの男が思わず注視するぐらいの光景で、それで溝に落ち手にしていた野菜が宙を舞っている。もちろん運悪くノエルの頭にぶつかるのだが、その辺りの展開はいつもの事で、気にしたのはジルジオぐらいだ。

「だってそうじゃろ、ナニア殿はともかくアルストルの大公と会う話もあるんじゃ。もちろんナニア殿は我の友人でもあるんで軽んじておるわけではないが」

「なるほど、その心配はもっともであるな。だが、問題ない。儂はアルストルの前大公に伝手があるのであーる」

「それまっこと!?」

「うむ、前大公はとても格好よく渋くて理知的で優しい親切で素敵な人物である。なーに、儂が言えば一発なのである。うわはははっ!」

 ジルジオは豪快に笑ったが、アヴェラは顎に手をやり首を傾げた。自分が耳にした前大公とのイメージと随分と違ったのだ。噂ぐらいはそれとなく聞く。特に父親のトレストは警備隊の隊長で、末端の末端だが貴族ではあるのだから。

 手をつないで歩くヤトノは機嫌良く、子供のように足をあげ歩いている。

「うーん、父さんから聞いた話からすると……どうかな」

 その呟きにジルジオは過敏に反応した。

「ほほう? あいつは何と」

「豪快でパワフルで細かい事を気にしないで情に篤いとか」

「はっはぁ、あいつめ。ちょっとは分かるようになったであるな」

「でも女性にだらしなくて、人の迷惑を顧みないとか。あとは気分を優先させて好き勝手して、それが大筋は間違ってないから厄介だとか。一番偉いくせに一番先頭で突っ走るから周りが大迷惑だとか」

「はっはぁ……あいつめ。言うようになったであるな」

「まあ知り合いの話だからって、爺様も怒らないでおいてよ。もちろん本人には内緒で、耳にでも入ったら大変だから」

「ああ儂は言わんでおこう。言う必要もないのであるからな」

 ジルジオが意味深に笑って頷いている。


「なるほど、前大公さんって何だかジルジオさんみたいだよね」

 ノエルは言ったが、慌てて付け加えた。今の言葉ではジルジオを貶しているように取られかねない。もちろん、そんなつもりは皆無だ。

「あっ、悪い評判のとこは別なんだよ。つまりその豪快とかってところ。良い意味の辺りだけど、うん」

「ここだから言うが、前の大公にあんまり良い印象はないな」

「そうなの?」

「そうさ、人間的にはうちの爺様の方が遙かに立派さ。と言うかだな、その前大公のせいで大変なんだ。このところ大人しかったのが最近また元気になったとかでな」

「はて、元気になって困る感じとは?」

「元気の方向性が違うんだ。父さんから聞いた話では、その前大公が悪巧みをしてた執政と商人のところに乗り込んで、雇われ傭兵ごと全部ぶちのめしてきたらしい」

「いやいやいや、元の大公さんだよ。偉い人なんだよ。そんな事しちゃう?」

「それがやったらしいんだ」

 アヴェラはしみじみ言って空を仰ぎ見た。清々しいぐらい綺麗な蒼さだ。

「父さんが内偵して乗り込む直前だったのを、綺麗さっぱり片付けたらしい。しかも変に頭を使って、法のグレーゾーンぎりぎりで暴れたとかでな。おかげで後始末がとんでもなく大変だったって、父さんが嘆いてた」

 横で聞いていたジルジオは実に良い笑顔となった。声には出さず表情と仕草だけで笑っていたが、もし声に出していればゲラゲラ声をあげていたに違いない。

 しかし、ジルジオは次の言葉を聞いて凍り付く。

「お陰で父さんの帰りが凄く遅くなってな。母さんの機嫌がとても悪くて怒ってる。もし前大公に会ったら構わず絞め落としそうなぐらいだ」

「えー? カカリアさんはそんな事しないと思うよ」

「そうでもない、元は冒険者やってたし。子供を怪我させた貴族が鼻で笑って通り過ぎた時はな、追いかけて引きずって戻ってきてな。頭を掴んで何度も地面に……あれ酷い光景だった」

「そ、そうなんだね」

「前大公と出会わないことを祈るしかない」

 アヴェラが冗談めかして言っていると、ジルジオは身震いしている。

「な、なあアヴェラや」

「爺様、顔色が悪いけど大丈夫? 少し休んだ方が……」

「そこは大丈夫なのである。とりあえずな、前の大公との調整はするからカカリアを宥めておいて欲しいのである。間違っても絞め落としたりせぬようにな、よいか」

「母さんが前大公に会う事はないと思うけど」

「会う事がなくなるのは、それはそれで困るわけで。ええい! とにかくな、そういうわけである! カカリアを宥めておくのであるぞ!」

「はあ……?」

 発着場に近づく。向こうで先に来ていたニーソが手を振っている。準備が整っているのは間違いない。


「立て続けのお願いで、申し訳ありません」

 アヴェラは飛空挺の船長トイラブに頭を下げた。さらにイラミ、オスカ、マカーといった主要な乗組員にも謝罪と礼を告げていく。微妙な顔――アヴェラのやらかしを知っている事も含め――をされるが、それでも嬉しそうに応えてくれた。

 しばしの別れを惜しむイクシマとネーアシマを二人っきりにしてやって、仲間の元に戻れば、ジルジオがまじまじと見つめてくる。

「爺様、どうかした?」

「アヴェラよ、何故あの者たちに頭を下げたのであるか? いや別に責めているわけではないが、その理由を教えてくれるか」

「だってお願いして動いて貰うから」

「あの者たちの仕事であるのに?」

「それは……」

 アヴェラは説明に迷った。

 その辺りは前世での経験によるものだ。もちろん前世でも馬鹿丁寧な部類になるのかもしれない。だが、それは言わば処世術だ。ただ言葉にすると難しい。

「つまり、誰だって心がある」

「ほう?」

「たとえ仕事だろうが、自分に与えられた役割だろうが。命じられるのと頼まれるのでは気持ちが違う。気持ちが違えば、しっかり動いてくれる。うーん、こう言うと相手をおだてて操ってるみたいで嫌な感じかな?」

「……よいよい言いたい事は分かったのである。お前の考えは良いぞ」

 ジルジオは穏やかな笑みを浮かべつつ、自分の孫を頼もしげに見やった。

「やはりお前は、普通に終わらせるには勿体ない。政に関わってみぬか? 儂の後継者の後継者となれるよう、全力で後押しをしてやろう。きっとその方が、誰にとっても幸せになれると思うのであるがな」

「えっ、やだ」

「政であるぞ。財も権も手に取れるぞ」

「家族で食事ができて笑ってられる方がいい。というわけで、今日はこのまま爺様も家で夕食を一緒にどうかな?」

「ふむ……よし、アルストルで一番の夕食を頂くとしよう」

 飛空挺の準備が整って積荷の搭載も完了、トイラブたちが乗り込み、最後まで粘っていたネーアシマが乗船すると橋桁が外される。舫い綱が解かれ、飛空挺が解き放たれる。ゆっくりと浮上しながら前進し、少しずつ速度をあげ離れていく。

 甲板で大きく手を振るネーアシマにイクシマが振り返し飛び跳ねる。ノエルとニーソも手を振り、アヴェラとヤトノは小さく手を振った。

 ジルジオは腕組みしながら全ての光景を目におさめ満足の笑みを浮かべている。

 そして夕食を共にするため皆で家に向かったのだが、出迎えたカカリアがジルジオを絞め落としかける一幕があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る