第155話 食べて頼んでまとまって
ジルジオは女性たちに歓待して貰えず、粗末な木の椅子に座らされていた。しかし本人は気にした様子もなく、アヴェラとの会話を楽しんでいた。ノエルやイクシマは向こうで試作品の菓子を囓って、ネーアシマやニーソも加えてお喋り中だ。
商会の部屋は居心地も良く寛げる空間だ。
「ところで今日はここで何をしておる？ 何やら甘い匂いもする、お茶会でもしておったのであるか」
「そうだ、ちょうどいいね。祭りに出す予定の食べ物を試作したとこなんだ、爺様も食べてよ。それで感想を聞かせて欲しい」
「おうおう爺に任せておけ」
ジルジオは頼られて相好を崩し、爺馬鹿丸出しであった。
「儂はあちこちで食べ漁っておるのであーる。このアルストルで美味いものには一番うるさいぞ。儂が美味いと言えば、それは間違いなく美味いのである」
「では、大食いエルフから守り通したものをどうぞ」
アヴェラが合図すると、ヤトノがささっと動いて木製トレーを持って来てくれる。そこにある大福をエルフの姉妹から守ってくれていたのだ。
「一応言っておくと、お菓子。主食にしてもいいかもだけど」
「ほうほう、見た目は純白の雪の如きであるな。ナイフとフォークは使わぬのか」
「手に取ってガブッといく食べ方でどうぞ」
「なるほど。では……ほほう、この手触りも楽しみの一つであるな。この柔さに奥にある手応え、まるでうら若き乙女の……おっと、それはここでは言わぬが良いであるな。味の前から齧りつくだけで楽しみである――」
ジルジオは半分にやけながら相好を崩し、大きく口を開け躊躇いもなく食した。最初は唇で押し潰し楽しんで、それから齧りついた。ゆっくり噛んで食感を味わって、それから呑み込む。あとは止まらず食べてしまった。
手に付いた餡子まで舐めている。
様子を見ていたニーソが直ぐに動いて手拭きと、茎茶を持って来る。それで手を拭き茶をすすり、ジルジオは人心地ついた。
「うむ、新しい。これは新しい味わいの菓子であって実に良い。味そのものは少し風変わりで、中は甘いが外に塩はゆさがあって。これは美味いものであるな」
手を叩いて白い打ち粉を払って、口元も拭って頷いた。
孫が用意してくれたからではなく、本当に美味しく思っているらしい。
「うむうむ、実に良いのである。これは日持ちするのであるか？」
「どうだろう。二日とか三日ぐらい？ 時間が経つと固くなるけど、そうなったらそうなったで炙って食べればいいけど。これがまた香ばしくなって美味しい」
「ほほう、それも試してみたいのである。つくる手間はどうであるか？」
ジルジオは身を乗り出して尋ねてきた。
そのぐいぐい来る感じにアヴェラは笑顔になる。やはり誰かに喜んで貰えるのは嬉しいもので、しかもそれが自分の祖父ともなれば尚のことだ。
機嫌良くしているとヤトノも機嫌良さげだ。アヴェラがテーブルに置く手の上に顎をのせ、椅子に座ったまま足をぶらぶらとさせている。これが猫なら喉を鳴らしているにちがいない。
「餡子、つまり中身を焦がさないように煮て。外側の皮も蒸して餅を
「思ったより早く出来るのであるな。菓子など普通に半日はかかると聞くが」
「簡単かもしれないけど、簡単だからこそ奥深い」
「なるほど、何事もそういうものであるな」
「これも専門でつくって熟練すれば、もっと美味しくなると思う」
変に技巧を凝らさないため、それだけに作り手の技量が問われる。もちろん甘さで誤魔化す手もあるが、丁寧につくって餅と餡の味わいバランスを釣り合わせていけばどこまでも美味くなるだろう。
「ならば、もっとつくるのである。儂の知り合いにも食べさせてやりたい」
「あーそれなんだけど。ちょっと問題があって」
「問題であるか、儂に出来る事であれば何でもしてやるぞ」
「爺様がー？」
アヴェラは疑わしげな目をした。
だが、この祖父が妙な行動力や交友関係を持っている事を思い出す。何でもは無理としても、頼めばかなりの事をやってくれそうだ。
「問題は材料不足。それをエルフの里から取り寄せる必要があるってだけ」
「なんだそうであるか。よし、取り寄せるのである」
「と、いうわけで。それでそちらのエルフ様に頼んでたけどね。何だかアルストルのお偉方と歓談とか会談があるとかで、直ぐに動けないらしいから困ってる」
「あ？ そんなもん構わん構わん」
ジルジオは立てた手を左右に振った。
いかにもバカバカしいといった顔をして、鼻で笑っているぐらいだ。
「歓談だの会談だのな、あんな面倒くさいことはやらんでもいい。お互い時間の無駄ってものである。それよりは膝突き合わせて酒を飲むか、普通に食事をするか、後は拳で語り合うとかな。そっちの方が遙かに意味がある」
我が祖父ながら呆れ返る、とアヴェラはしみじみ思った。
しかしネーアシマに言って聞かせるには、丁度良い言葉ではある。
振り仰いでみれば、女性たちのお喋りも終わっていて、待ち構えていたようなネーアシマと目が合った。にやりと笑ってやる。
「だそうだ。そこのエルフ、爺様のありがたい言葉を聞いただろう。ちょっとエルフの里まで行って材料を運んで来てくれ」
「だーかーらー言ったでしょ」
ネーアシマはテーブルに両手を突いて立ち上がった。
「私の我が儘だけで動けないのよ、外交問題とかいろいろあるし。何よりエルフの名が傷つくでしょう。勝手に話を決めないで頂きたいわ」
「おや？ 妹にかまけて、無視しかけたエルフがいた筈だが」
「……ちゃんと我慢したじゃないの。貴方たちには分からないでしょうけどね。上流世界には上流のルールというものがあるのよ。そういうのを無視すると大変なんですから」
「どうせ暇だろ。こんな場所でくつろいで、食っちゃ寝してたぐらいだし」
「そんなわけないでしょ。ちゃんと大公殿から会食のお招きを頂いてます。ナーちゃん、じゃなくて。アルストルの御令嬢様とお茶会の約束もしてるの。そういうのがあるから無理」
「やれやれ……どうしたものか」
アヴェラは肩を竦めた。
そんな孫の困り顔にジルジオは静かに腕を組んだ。僅かに瞑目した後に、力強く目を見開く。たったそれだけだが、眼光の鋭さが辺りを圧倒する。
「問題ない、行け。儂が話をつけてやる」
その言葉は命令する事に馴れた者の口調であり、ネーアシマも反対する事を忘れ頷いてしまったぐらいだ。誰も何も言えず逆らえない。
渋々と、実に渋々とネーアシマは頷いた。
「分かったわよ、行けばいいのでしょ行けば。その代わり例のブツは多めにお願いするわよ。里で交渉するのに必要なんだから、しっかり量を用意するのよ。いいわね」
「へいへい」
アヴェラが肩を竦めると、ジルジオは顎を擦りつつ頷いている。孫が場慣れた様子で上手くやっている様子が嬉しいらしい。そして話の中身にも興味を惹かれている。
「例のブツとは何であるか。エルフの里と言えば金銀財宝を積んでも首を縦に振らぬというのに、交渉に使えるものがあるとは知らなんだのであるぞ」
「金銀財宝はダメかな、エルフには食べ物なんで」
「なんと！？」
「エルフって生き物は、とっても食い意地がはった生物なんで。そういう種族の影響を強く受けて、食べ物への執念が半端じゃないんで。そこのエルフも食べ物をみせれば大喜びで何でもするし、奪い合いまでするぐらいで――いてっ」
アヴェラは小物をぶつけられた頭をさすった。
「とにかく、特に海苔と佃煮と干物が大好物。今回もわざわざ特使まで派遣して交渉に来ているぐらいなんで」
「ほう？ 食べ物であるか。干物は分かるが、海苔と佃煮は知らぬのである。よかろう、この儂にも食べさせるのである」
「それはもう是非にも。ニーソ？」
名を呼ぶ抑揚で問いかけるが、そこは以心伝心。むしろ話の途中から察していたらしく、立ち上がって側に来て待っていたぐらいだ。
「大丈夫、在庫はあるのよ。あとは私とノエルちゃんたちで準備するから、アヴェラはお爺様とお話をしていて」
「いつもすまない」
「それは言わない約束なの」
にっこり笑ってニーソは立ち上がった。ウインクした先でノエルも立ち上がり、つづけてイクシマも立ち上がりかけ――だがノエルが手で押さえた。
「まあまあ、ここは私に任せて」
「むっ、なんでじゃ。まさか我だけ仲間はずれ！？」
「そんな事するわけないよ。イクシマちゃんはネーアシマさんとゆっくりしていて欲しいからさ、うん。そういうのってさ、大事だって思うから」
「ノエル。お主、お主はなして優しいん？ ……うおおおんっ！」
「はいはい泣かないの」
騒々しいイクシマの元にネーアシマが行って、こちらは若干涙目ながら落ち着いていて、しっかりとノエルとニーソに頭を下げている。
アヴェラの袖をヤトノが引いた。
「御兄様、御兄様。わたくしも料理に行ってきます」
「ありがとう」
言ってアヴェラは催促顔をするヤトノの頭を撫でてやった。
そしてジルジオとたわいもない話をして、運ばれてきた料理に満足して、これから始まる祭りに期待して、そして気合いを入れたのであった。
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