◇第十三章◇

第154話 集って騒いで楽しんで

 コンラッド商会に用意されたアヴェラたちの部屋に、エルフの里からやって来たネーアシマが優雅な姿でだらけていた。ソファーに寝そべり、書物を読みつつ菓子などつまんでいる。あげくに、足先で反対の足のふくらはぎを掻いていた。

 宿泊場として提供したのだが、もはや実家の如きの寛ぎ具合だ。

「すっかり居着いてやがる……」

 誰も言えない事をアヴェラが言うと、ようやく我に返ったらしい。のそのそと起き上がり、乱れた金髪を整え居ずまいを正すと、上品な素振りで微笑んでいる。

 美しく整った顔立ちはイクシマに似ているが、もっと愛嬌を減らし、代わりに気品を足して、傲慢さを加えてやったような雰囲気だ。

 つまり正統的な――アヴェラの思い描く――エルフの姿であった。

「あら、ごきげんよう」

「今更取り繕っても遅いな、このグータラエルフが」

「グータラ? 何それ」

「そう問われると正確な意味は何だったかな……とにかく、余所様の部屋でグデッとしてダラッとしている奴のことだ」

「失礼な人間ね。それよりイクシマちゃんはどこ? 一緒に帰って来たのでしょ」

「ああ、イクシマか……あいつは残念だが……」

 アヴェラが言葉を途切れさせ目を泳がせると、ネーアシマはソファーから跳び上がるように降りて駆け寄ってくる。大きく目を見開き口元を震わせているぐらいだ。

「はあああっ!? イクシマちゃんに何があったん!? 絶対そんなん信じられんのじゃって! ああっ、直ぐ行かなきゃ! あの子はどこ!」

 上品な素振りは何処へやら、お国言葉丸出しで大慌てだ。

「食べ過ぎで胸焼けして、下の調理場でひっくり返っている」

「……紛らわしい言い方をしないでちょうだい」

「おや、何か問題でもありますかな。姉の為に用意した分まで食べたんだが」

「いいのよ、イクシマちゃんがお腹いっぱい食べてくれたなら私は満足だもの。それより貴方、イクシマちゃんが苦しんでいるのに放ってきたの?」

「ノエルが看病しているさ」

「貴方って人の心が分からないのね」

 ネーアシマは口を引き結んで睨んでくるが、アヴェラは何処吹く風だ。

「そういう顔をするとイクシマにそっくりだな」

「まぁ、そっくりですって。うふふふっ」

 たちまち上機嫌になった。

 この姉バカエルフも良く分からん奴だと思うが、とりあえずネーアシマの扱い方を察したアヴェラであった。


 ヤトノがドアを開け部屋に入ってきた。

 だが、そのままドアに手をやり押さえている。その理由は、ニーソが両手で木製トレーを持ちながら入ってきたからだ。

 トレーの上には掌サイズの白い塊が幾つかのっている。

「とりあえず、意地汚いエルフの魔手を逃れた貴重な大福餅だ」

「あら食べ物なのね」

 ネーアシマは都合の良い耳をしているらしく、意地汚いという言葉はスルーした。

「私も食べても良いのかしら」

「どうぞ、食べて感想を聞かせて貰いたい。ただし一つにしてくれよ」

「あら一つで十分よ」

「さて、どうかな」

 皿に取り分けられた大福に手を伸ばし、むんずと掴んだネーアシマは細かな粉が落ちる事も気にせず齧りついた。御嬢様に見えて、剣を持って戦場を走り回るようなエルフだ。礼儀が必要ないときは無頓着らしい。

「あら美味しいわね。柔らかいのに噛み応えがあって、この伸びる感触も美味しさの一つね。中にあるのはロテボネのパステね、貴重な砂糖を使っているけど、外の柔らかい部分に塩気があって甘さが引き立っているわ。パステ自体も里でつくるものより粒子が荒目ですけど、これはこれで味に強さがあって良いわ」

 喋りながら、食べ方は上品だ。

 すっかりお気に召したらしく、ネーアシマは次に手を伸ばしている。さっと回収すれば、むっとした目を向けられる。

「一つと言っていたはずだが」

 そしてアヴェラは口の端をあげ、良い笑みをみせた。

「これの味は分かっただろう。そこでだ、これを作るのに必要な小豆、コレジャナイエルフの里ではロテボネとか詐称されているけどな。それを追加で持って来てくれ」

 アヴェラが告げるとネーアシマは露骨に面倒そうな顔をした。気心が知れてきたせいか、段々と遠慮がなくなってきている。ただしそれは、アヴェラの方も似たようなものではあったが。

「えーっ面倒ね、大急ぎでも三日はかかるわよ」

「どうせ飛空挺に乗ってるだけだろうに」

 飛空挺船長のトイラブが聞いたら天を仰いだに違いない。

 なにせトイラブたちは、エルフの里から戻った直後から休む間もなく次の目的地に向かい、ドラゴンの襲撃を潜り抜け謎の大爆発にも遭遇し、ようやくアルストルに戻ってきたばかり。再びエルフの里に向かえば、過重労働もいいところだろう。

「イクシマちゃんと会える日が三日も減るのよ。あの子が一緒なら考えてもいいわ」

「ダメだ。イクシマには、こっちで手伝って貰う事がある。行ってくれるなら、飛空挺で喰っちゃ寝する為の菓子を用意する。これと同じぐらい美味しいだろうな」

「うっ……でも、私はここでアルストルの貴人と面会があるのよ。そもそも貴方が言ってたわよね、自分の我が儘だけで外交問題を引き起こすのかと。だからダメよ」

 アヴェラは舌打ちを何とか抑えて我慢した。

 材料の小豆不足を解消するため、ネーアシマをそそのかしてエルフの里まで行かせるつもりだったのだ。コンラッド商会の誰かに行かせるよりは、ずっと話が早いはずなのだから。

「今なら欲しがっていた、海苔と佃煮と干物を用意できるぞ。それも個人的に」

「えっ、本当に!?」

 札束ビンタならぬ、海産物ビンタだ。

 かなり迷っている様子が手に取るように分かる。あと一押しと思っていると、部屋の外で足音が聞こえてドアが開いた。


 どやどや入ってきたのはイクシマとノエルだった。

 イクシマはノエルの手を借りてネーアシマの隣に座った。どうやら、まだ胸焼けが残っているらしい。少し元気がないが、それで丁度良い具合に大人しい。

 さらに続けて誰かが入ってきて、てっきりコンラッドかと思えば違った。

「おうアヴェラよ、ここにおったであるか」

「爺様!?」

 祖父の登場にアヴェラは驚きの声をあげる。しかし、そのジルジオは構わず部屋の中のあちこち見て回って、調度品の小物などを手に取って頷いている。

「商会付き冒険者になるとは、感心感心。しかし、なかなか良い部屋ではないか。そして面白い建具に飾り付けであるな、どこかエルフ風に通じるものがある。エルフのお嬢さんの趣味かな」

「違いますよ。それにそんな文化的素養は皆無なので」

 アヴェラが言うと、それ扱いされたエルフと姉エルフが揃って睨んでくる。

「爺様はどうしてここに?」

「商会主と話をしておったのである。で、そっちのお嬢さん方を見かけてな。これはアヴェラがおるに違いあるまいとな、案内して貰ったのであるよ。どうだ驚いただろう、うわはははっ!」

「驚いたけど、それ以上に嬉しいかな」

「この愛い奴め。しかし、これだけ美しい娘が揃っておるのは壮観であるな。んー、この贅沢者めが」

 ジルジオは心から嬉しそうに笑い、それからニヤニヤしながらアヴェラの肩を叩いた。それは痛いが同時に力強く頼もしい感触であった。

 ニーソがスカートの裾を抓んで丁寧に頭を下げてみせる。

「こんにちは、アヴェラのお爺様」

「おうおう、ニーソちゃんであるか。よい娘に育ったのであるな、どれアヴェラの子はまだか。曾孫をはよう見せてくれ」

 前世であれば完全にダメダメ発言で、セクハラ発言の義爺として毛嫌いされるに違いない。しかしここは中世的な世界だ。人々の認識や考えでは、普通の言葉として認識されている。実際、ニーソは頬を押さえて恥ずかしげにするだけだ。

「爺様、そういう失礼な事を言わないで欲しいですけど」

「なんであるか失礼とは、孫の夫婦関係を気にして何が悪い」

「だからニーソとは夫婦とか、そういうのではないから」

「あ゛?」

 ジルジオは濁低音気味に唸った。

 そのままアヴェラの顔をまじまじと見つめるが、どうにも呆れが色濃く漂っている。続いてニーソ見やって軽く首を捻り、相手が小さく首を竦めた様子を確認するや、またアヴェラに視線を戻す。

 長い人生経験で状況を悟ったらしい。

「お主は何をやっとるか、いやヤっとらんのであるが。若い者がそんなでどうするか、もっとこう、ぐいぐい行かんでどうする。しっかりせんか!」

 アヴェラの目が冷ややかになった。

 だがジルジオは顎に手をやり、遠い目をしている。

「儂もな、もう十年ちょい前になるか。ぐいぐい行かず、後悔したのであるよ」

「はぁ……?」

「とある方と別れた女性を保護したのであるがな。幼い子を抱え困る彼女を励まし慰め、とても良い雰囲気になったのであるよ。これがまた、むっちむっちの色気むんむんでなぁ……あの頃の儂は、つい紳士ぶってしまったのであるが……ああ、くそっ儂の馬鹿! 思い出しても悔やまれる! 良いかアヴェラよ、ヤらぬ後悔よりヤる後悔であるぞ。じじいからの遺言と思って心に刻むのであるぞ!」

 女性たちの目が冷ややかになった。

 だがジルジオは鼻の下を伸ばし、遠い目をしている。

 呆れきるアヴェラであったが、その隣ではヤトノが小さく拍手して頷いていた。

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