ウィンターウィンド・ケイレブ

「これケイレブよ。お主って奴は、ちっと熱心すぎやせんか」

 石床に胡座をかくヤオシマは、自分の膝に頬杖をつき、呆れた声をあげた。

 掲示板に張り出されたクエスト調べるケイレブは、隅から隅まで念入りに調べている。少しでも条件の良い依頼を受ける事は、冒険者にとって当たり前の願いだ。

 しかし誰でも、ある程度で妥協するというのに。ケイレブは一枚たりとも見逃さず全部を確認してやろうといった姿勢だ。

 それは熱心さを越えて、どこか必死な雰囲気さえある。

「仕方ないじゃないか、最近まったく稼げてないんだ」

「まあ、確かにのう。こないだは依頼人が夜逃げして無報酬。その前は依頼人が破産して、骨董品が報酬代わりじゃったな」

「そうだよ。おまけに、あの時に選んだ骨董品は全部贋作ばかりだった」

「いや、それはお主が選んだものだけじゃろが。我が選んだのは、そこそこの値がついたんじゃ。つまり、お主に見る目がないってだけじゃって」

「うるさいね。それは運が悪かったんだ」

 ぼやきながら、ケイレブは張り出された依頼の一枚ずつを素早く丁寧に確認していく。それを見ながらヤオシマは椅子の上で小さく欠伸をしてみせた。高貴なエルフは雑事をやる気はなく、文句を言うのが役目なのである。

 他の冒険者は三々五々に依頼を引き受け、辺りは閑散としだしている。

「とっとと決めたらどうなんじゃって」

「勿論だとも。だから報酬が良くて待遇が良くて、短期間で稼げそうな依頼を見つけたいのだよ。ちょっとは手伝ったらどうだい」

「愚か物め、そんな都合の良い依頼なんぞあるわけ――」

「あった!」

「なぬ!?」

 ヤオシマが目を剥く前で、ケイレブは一枚の依頼書を手に取った。その顔には達成感と喜びと、してやったりという勝ち誇ったものがある。


 それは簡単な仕事であった。

 ヤゴチェという男の倉庫を警備するもので、近づく者が居ないか見張るだけ。特に危険もなければ苦労する事もなく、それでいて中型モンスターの討伐に匹敵するほどの報酬が得られた。

 美味しい仕事に他が怠けだす中で、ケイレブとヤオシマは真面目にやっていた。

 すると呼び出され次の仕事が与えられ、ヤゴチェの部下と一緒に街を回り、貸金の返済が滞った者から取り立てを行う事になった。報酬は上乗せされるので、さらに美味しい仕事のはずだったが――。

「もう嫌なんじゃって」

 ヤオシマはうんざりした顔で呟いた。

 今しがた訪れた家で、借金の形として寝具やら小物を運び出したのだ。仕事とは言えど、貧しい暮らしの親子が泣き崩れる様子は心が痛むばかり。ヤオシマがぼやくのは当然だった。

「のう、もう止めてしまわぬか。我はもう疲れたぞよ」

「気持ちは分かるけどね。明日までの契約じゃないか、あと一日だけ我慢しよう」

「うぬ、仕方あるまい。あと一日の辛抱。じゃっどん、これが終わったらな。ぱーっと発散せぬか。美味いもんたっぷり食べ、モンスターどもをぶち倒しに行くとか」

「大いに賛成だね」

 ケイレブは頷いた。

 依頼を受けた自分を責めたい気分なのは、間違いなかったのだ。

 

「では、これは貰ってくからな」

 その言葉に対し、女は反応を示さない。顔色は青く頬骨が浮き、目だけはぎらぎらと強さがあって、虚空を見つめながら何かを呟き続けている。膝を抱えた十かそこらの娘二人にも興味を示さず、明らかに何か様子がおかしい。

「よし、運び出せ」

 ヤゴチェの部下の指示に、ケイレブとヤオシマは黙って家財の運び出しを始めた。これが最後のひと働きと思って、心を無にして作業に集中する。

 台所にあった僅かな食糧も運ぶよう命じられ、ケイレブは眉を寄せた。

「あー、これも運ぶのかな?」

「当たり前だ。どうせ鍋の一つもないなら、料理もできないだろうが」

「そうするとだね、この人らの食事はどうなるのかな。少し可哀想ではないか」

「知ったことか。借りたものを返すのは当然で、返せないのならこうなるのは当然だ。この女も承知で金を借りている。それのどこが可哀想なんだ」

「…………」

 ケイレブは何も言えなかった。

 家財の大半が運び出され、後は小さなテーブルがひとつと、そこにある筒ぐらいだけ。そんな薄寂しい部屋に座り込んだ母娘の姿が物悲しい。

「まさか、このテーブルまで持っていけとは言わないよな」

 ヤゴチェの部下に対し、軽い怒りを込め言ったが。しかし、それに反応したのは虚空を見つめていた母親だった。いきなり物凄い勢いで机に張り付くと、口汚く罵り怒りながら殺意を込めた目を向け威嚇してくる。

 常軌を逸した眼差しは強く鋭く、思わずケイレブが後退ったほどだ。

「運び出さなくていい」

「そうして貰えると嬉しいね」

 言いながらケイレブは腰に付けていた食糧の干し肉を、こっそりと娘二人に手渡した。全くの偽善で、自分の気持ちを楽にさせるための行動でしかない。それで娘たちが頭を下げ感謝してみせる様子が、尚のこと心を苛んで辛くなる。

 ヤオシマも同じ事をして――母親の側で眉をひそめた。

「ぬっ、これどこかで……」

「どうした?」

「いや、なんでもない」

「そうかい」

 言葉少なに言い交わし、罪悪感から逃げるようにして飛びだした。家財を積んだ荷車を沈鬱な気分で引き、それをヤゴチェの倉庫へ運び入れ依頼を完了させても気分は悪かった。

 絢爛豪華な室内で報酬を受け取る。

 ヤゴチェは大粒宝石の装飾を幾つも身に付け、でっぷりと太っている。

「そら、報酬をくれてやろう。ところでお前らは見所があると聞いている。このまま続けてみる気はないか? もっと重要で儲かる仕事を任せてやってもよいぞ」

「申し訳ないが、そろそろ故郷に帰らないといけないのでね」

「折角のチャンスを逃すとは、愚かな奴だ。そっちのエルフはどうだ」

 しかしヤオシマにも断られてしまうと、ヤゴチェは露骨に舌打ちをした。後は犬でも追い払うように手を動かし、部屋から追い出されてしまう。


「やれやれ、最後まで嫌な思いをさせられたよ。次からはもっと考えるとしよう」

「うむ……」

 ヤオシマは下を向き、何やら考え込みながら塞ぎ込んでいる。先程の母娘の様子が辛かったのかもしれない。それはケイレブも同じ気分であったので、それ以上は言わず歩いて行く。

 建物を出て少し行き、最初に警備をした倉庫に差し掛かった。何かの荷が運び込まれているが、その周りでは警備に雇われた者たちが暇そうに見張りをしている。何人かはケイレブたちと一緒に雇われた者たちだ。

「ちと待っておれ」

「ん? どうしたのかい」

「挨拶じゃ」

 ヤオシマは言って、顔見知りへ向かって行った。しかしケイレブが訝しんだのは、その連中はまさしく顔を知っている程度で親しくもなく、必要以上に会話をした覚えもなかったからだ。

 わざわざ挨拶に行く必要は全くない。

 ヤオシマはそんな相手と手を挙げ言葉を交わし、やがて別れを告げ戻って来た。

「で? 何がしたかったんだい」

「実はの、ちと臭いが気になったんじゃって」

「気になった?」

 ケイレブが眉をひそめる前で、ヤオシマは空を仰いだ。まるでそれは、眩しい光を求めるような仕草である。

「今日の取り立てに行った家の者じゃが、あれは魔草粉の虜になっておる」

「魔草粉とは初めて聞くね」

「うむ、まあな。我も婆様から、こういうものがあるから気を付けろと教えられたもんでな――」

 ヤオシマは辺りを憚るように視線を巡らせ、声を抑え呟くように説明する。

 魔草と呼ばれる植物の粉を吸うと恍惚感が得られ幸せを感じる。だがそれは最初の内だけで、徐々に心が壊れていく。魔草粉を吸っている時が普通になり、そうでない時は絶望と恐怖を感じ、魔草なしには生きられなくなるのだ。故に、駄目絶対と言い聞かされていた。

「実を言えばすっかり忘れて追ったが、あの母親が動いたときの臭いでな。ようやく思い出したんじゃ」

「そうかい。だとしても、僕らにはどうしようもないね」

 ケイレブは必要以上に冷たく言った。そうやって切り離して考えなければ、心が囚われ辛くなってしまうからだ。母親はともかく、娘二人が気の毒すぎる。

 しかしヤオシマは空を見上げたまま歩き続ける。

「うむ、じゃっどんな。その臭いの事は、少し前から思い出しかけておったんじゃ。それも、ここに来てからな。だもんで、さっき確認したわけじゃ」

「確認ってのは……おいおい、まさか」

「そのまさかじゃって。やっぱし倉庫に運び込まれとった荷の臭いが、それじゃった。あれ魔草の保管庫ってわけじゃ」

「それは……」

 ケイレブは言葉に詰まった。

 頭の中で嫌な想像が広がってくる。ヤゴチェが魔草を広めておいて、それを買わせるために借金をさせ、全てを毟り取ろうとしているのではないか。

「だとしてもだ。僕らにはどうしようもない」

 懐にある報酬が重く汚いものに思え、それがますます二人の足を重くさせた。

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