第153話 祭りに向けて

「都市は生きている……か。なるほど」

 アヴェラは飛空挺の艦橋で、手すりに体重をかけ言った。

 飛空挺から見る地上には、アルストルの街が広がっている。赤や茶や灰と様々な色をした建物の屋根が地面を覆い尽くし、不可思議にして壮大な景色を描きだす。

 そんな街という建物群に、灰色をした道路が広狭様々複雑に張り巡らされ、そこを小さく見える人が歩き回っている。建物を肉体、道路を血管、動き回る人や物を血に見立てると、まさしく生き物である。

 だが、隣に居たヤトノが小首を傾げた。黒髪の小さな白リボンと白紐が揺れる。

「生きている都市ですか? ふむ、確か人食い都市が……」

「そんな恐いのがあるのか。いや、そうじゃなくって。都市というものを生き物として見立てているだけだ」

「そうですか見立てですか」

 ヤトノはアヴェラに掴まって、爪先立ちで外を覗き込んだ。その仕草は飼い主を信じきった猫のようである。もちろん機嫌の良い点も同じである。

「……これが生き物。分かりませんが、分かりました。必ず分かってみせます」

 両の拳を握り、一生懸命に目を凝らして街を眺めるヤトノだが、アヴェラが思うに概念としての見立てを理解するのは難しいかもしれない。なぜならヤトノは、そこまで肉体構造を把握しているわけではないのだから。

 ちらりと視線を動かし、甲板で行われている地上との交信を見る。マカーが地上の合図を確認し書き留め、オスカが返信の赤白の旗を振っている。どうやら了解が得られたらしく、船橋を振り向き両手で丸をつくった。

 船長のトイラブの合図でイラミが操舵桿を動かし、飛空挺は徐々に高度を下げていく。まるで地上に落ちていくような感覚があって、少しだけ不安になってしまう。しかしアヴェラは、そんな気配を欠片も出さない。僅かに身体を固くしつつ、地上の物や人がどんどん大きく見えていく様子を眺めていた。

 やがて、係員や迎えの人が待機する様子も見えてくる。

 到着予定など曖昧で、大まかな日程しか分からないため迎えは少数だ。しかし、その中に見慣れた姿があって、ヤトノは感心したように頷いた。

「本当にニーソめは、出来た子です。そうは思いませんか?」

「ああ、商売熱心だな」

「御兄様。それは流石のわたくしも呆れてしまいます」

「なんで怒るんだ」

 アヴェラが不思議がると、ヤトノは紅い瞳を向け呆れた様子で睨んできた。

「怒って当然です。よろしいですか、ニーソめには礼を言うのです。商売がどうとか、余計な事は言わないように。宜しいですね。こういう時は会えて嬉しいとか、寂しかったとか言うのです。そして感動の再会で、抱きしめるべきです」

「大袈裟だな。別に、たった三日かそこらの事だが」

「三日ですよ、三日! 三日も会えなかったら寂しいじゃないですか」

 力説するヤトノに迫られる間に、足元にぐっと押し付けられる感覚と共に降下が終わる。甲板のマカーがローブを投擲し、係留作業が始まった。


 桟橋はたわんで揺れ動き、一歩毎に不安を感じる。

 ただ進む先にニーソの姿があるので、アヴェラは努めて平静を装って渡りきってみせた。ヤトノはその辺りの考えが分かるのか、口元に手をやりクスクス笑っている。後でちょっと仕返しをしておこうと決めた。

 ニーソは両手を後ろにやって、気恥ずかしそうに微笑んでいる。明るい日射しの中で、緑色を帯びたショートの髪がとても綺麗だ。

「お帰りなさい」

「ああ、ただいま。土産を持って来たよ」

 何気ない言葉のやり取りが嬉しい。

 だからヤトノの言葉を思いだしてしまう。言えと言われたなら、言うべきだろう。

「たった三日のことだが寂しかった、会えて嬉しい」

「えっ!?」

「よしよし」

 流石に抱きしめるのも何なので、その頭に手をやり緑を帯びた髪を乱すように撫でた。もう少し幼い頃はふざけながら、よくやっていた事だ。その頃は照れくさそうに笑っていたニーソだが、今はその時と違う反応で顔を赤くしている。

 だが、どうにも心地良いらしいと察して、そのまま撫で続けた。

「んっ……」

「向こうではドラゴンが出てな、でも話しをしたら仲良くなった。そうそう、ベビードラゴンという可愛いのがいたからな。今度ニーソも会えるようにしておいた。そういうの好きだろ」

「うん」

「流石はコンラッドさんで交渉を上手くまとめてくれてな。予定していたモチ米は、無事に確保できた。だから祭は問題ないし、後で一緒に試食してみるか」

「うん」

「あとドラゴン素材も手に入るようになったから、よろしく」

「うん……えっ!? ドラゴン素材!?」

 ニーソは我に返った。それでアヴェラが手を引っ込めると、ちょっとだけ残念そうな顔をしながら追求してくる。

「もしかしてドラゴンを相手に、危ない事とかしてないわよね」

 常識的な考えとして、アヴェラが危ない目に遭っていないかという心配だ。しかし実際には、主に危ない目に遭ったのはドラゴンの方であった。そしてアヴェラは自分が危ない目に遭わせたとも思っていない。

「大丈夫だ、ドラゴンとは仲良くなった。近づいたら腹を見せてくれるぐらいだぞ」

 もちろん命乞いだが、アヴェラは安心と信頼に違いないと思っている。

「そうなの良かった。どんな素材が手に入ったの?」

「まあ、抜け爪とか抜け鱗とか生え替わった牙とかな。うーん、そう考えるとな。ちょっと汚い感じかしてきたな」

 ただし、どれも高級素材として高値で取り引きされるものばかり。

 ニーソは気になって荷下ろし中の船倉を見やって、思わず息を呑んだ。その高級素材が、木箱に何杯も運び出されているのだ。会頭のコンラッド自らが指揮を執るぐらいの量なのであった。


「そっちの方は問題なかったか? たとえば駄エルフの姉が面倒事を起こすとか、駄エルフの姉が何かやらかすとか、駄エルフの姉が泣いて騒ぐとか」

 あんまりな言葉に、ちょうど桟橋を降りてきていたイクシマが足を踏みならし、運悪くノエルが落ちそうになってヤトノに助けられている。それでイクシマが必死に侘びて、今まさに面倒事が起きてやらかして泣いて騒いでいる。

 ニーソは両手を腰に当て、アヴェラを軽く睨んだ。まるで悪い子を叱るお姉さんといった様子である。

「失礼な事を言わないの、イクシマちゃんは立派なエルフなのよ」

「あーはいはい」

「本当にもうっ、ちゃんと分かってよね。それでネーアシマさんの事ね、ナニア様と仲良くなったのよ。意外に話が合った感じで、殆ど二人で会って話してたぐらい」

「まあ似ているからな……」

 どちらも先陣をきって敵に斬り込むような実戦派である。きっと優雅な部屋で上品にお茶を飲みつつ、モンスター退治や剣技や戦いの話でもしているに違いない。それは確信に近かった。

 コンラッドがやって来た。

「今回は本当に最高の船旅でしたな」

「飛空挺を出して頂きありがとうございました」

「とんでもない。香辛料も宝石も、それからドラゴン素材に貴重な薬の原料も手に入りまして。新たな航路の確保もできました。そして何より!」

 まるで少年の様に、コンラッドは目を輝かせ表情に力がある。

「押し寄せるドラゴンの群れ! 間近でみた威容! 死を覚悟するような恐怖! そして空からの光! 迫り来る大爆発! ああ、もう素晴らしい。私の心が騒いで堪りませんな。本当に行って良かった、最高ですな!」

 空を見上げて大笑いをして、大商会の会頭として落ち着いた雰囲気はどこへやら。十や二十は若返ったようにも見える。

「それは良かったです」

「ええ、もう最高ですな」

「ところで、モチ米の方ですけど。できるだけ安く提供していただければ」

「お代など結構、全部差し上げましょう」

「そういうわけには。そこはきっちりと――ん?」

 言いかけたアヴェラの服が引かれた。

 疑問に思って見やれば、何故かニーソの目付きがとっても恐い。

「あの? ニーソ?」

「さっき危ない事とかしてないって言ったよね」

「もちろん」

「ドラゴンの群れ、死を覚悟、大爆発って……なに?」

「あーそれは別に」

 アヴェラが言い淀んでいると、コンラッドは素早く手を挙げ挨拶をして忙しそうに去って行く。優れた商人は危険察知に長け、機を見るに敏なのである。

「いや本当に問題ない」

「危ない事したの?」

「それは……」

 困ったアヴェラはヤトノの言葉を思い出した。感動の再会からやり直すため、ニーソを思いっきり抱きしめ誤魔化してみる。そして、それは成功したのであった。

 祭りに向けての準備は着々と進みだしていた。

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