第151話 そこで見つけたもの

 その村は山の近くにあった。

 山を隔てた向こうにはドラゴンの巣がある。だから、常に空を気にしていなければならならかった。なぜなら、時に腹を空かしたドラゴンが畑を荒らしに来たり、時に暇を持てあましたドラゴンが散歩に来たり、時に寝ぼけたドラゴンが道の真ん中で二度寝していたり。そんな事がしょっちゅう起きるため、村人はいつも空を気にしていたのだ。

 だから、その日空に起きた異常は直ぐに発見された。

 村人たちは殆ど同時に、白く輝く光が尾を引き空を飛んで行く様子に気付いた。そして地鳴りのような音と共に木や家が揺れ動き、思わず地面に伏せば、直後に太陽よりも眩しい光が辺りを照らした。人は叫び犬は吠え、どちらも震えて恐れ戦くばかり。

 ようやく村人が落ち着きを取り戻したところに、今度は白きドラゴン――野菜泥棒の常習犯――と、見た事もない大きく強そうな赤黒いドラゴンが飛んで来た。この二体が村外れの草地に降り立つので、皆で集まって恐る恐る見に行った。

 遠巻きに見ていると、そこに空を滑るように船が飛んできた。

 船が地面に降り立つと、それを見届けたようにドラゴン二体が飛びたっていく。村人たちは目を瞬かせ、船の中から出て来た者を見つめるのだった。


◆◆◆


「なんぞ、人がいっぱいおるんじゃって。歓迎されとるんか?」

 イクシマは船縁に掴まり、腕の力だけで身体を持ち上げ身を乗り出した。

 山から続く森が途切れ平地に変わった地は、少し向こうにある川との間に挟まれている。そんな狭い土地に、草葺き屋根に木の壁で出来た家が身を寄せ合うように集まった村があった。

 物珍しい風景にイクシマは目を輝かせ、村から来た人たちを見つめている。

「うーん、それどうなんだろ。だってドラゴンさんと一緒に来たよね。だから何が起きたか分かんなくって、一応様子を見に来たって感じかな」

「むっ、確かに」

「とりあえず、ここはコンラッド会頭さんに任せるべきかな。アヴェラ君もそう思うよね……よね?」

 返事がないので訝しむノエルが振り向くと、アヴェラは舷側に手を置き口を軽く開け、ぼうっとした顔で景色を見つめていた。ヤトノは背伸びして何とか舷側から頭を覗かせ同じ景色を見ようとしている。

 ノエルも同じ景色を見た。

 川の流れがあって優しい緑の平地や幾つかの池があって、その向こうから緩やかな勾配に地面は盛り上がり、やがて濃い緑をした木々に覆われた山となる。空から見た時とはまた違って、とても雄大さを感じる。

「凄い景色だよね」

「ああ、なんて素晴らしいんだろうか……」

「そうだね綺麗だよね、うん。大っきくて立派な山だよね」

「違う。手前の水田だ」

「水、田? あの池のこと?」

 どうやらアヴェラが凝視しているのは、平地にある池だった。何か植物が麦畑のように植えられつつ、水で満たされている。

「ちょっと田んぼの様子見に行ってくる」

「お主なー、何を言っておるんじゃ? これから交渉じゃろって」

「交渉は交渉のプロに任せるべきだろ。つまりコンラッドさんに、お任せすれば問題ないって事だ」

「いい加減な奴じゃな。そういうの、いくないんじゃって」

 そう言って、イクシマは呆れた。

「だったら交渉に出るか? 畏まって挨拶をして、腹の探り合いをしている場所で、特に役目もないまま気だけ使って、黙って座ってるか?」

「よし! 田んぼというのでも見に行くか」

「そうだよな」

 うきうきするアヴェラは少しだけその場に居て、村の見学をするとコンラッドにひと言伝え、田んぼに向かって歩きだした。


 村の幼い子供が集まって、物珍しそうに飛空挺を見上げている。

 もう少し年上となる若者たちは、突然現れた少女たちの姿に目を奪われている。アヴェラに対しても、村の女性が興味と好意の視線を向けているため、どうやら異国の者に対する物珍しさや憧れもあるのだろう。

 後ろにぞろぞろ人を連れつつ、土を踏み固めただけの道を行く。

 村の道は少し勾配があって、脇には素掘りの水路があった。素朴で質素だが、生活環境はしっかりと整備されているらしい。通りすがりに見た木の小屋も、しっかりとした造りだ。

 ――アルストルとは文化が違うが、ここにはここの文化がある。

 そう思いながら、アヴェラは川を渡る橋に向かって歩いていった。

 丸太を並べ蔦や縄で縛っただけの簡単な造りだ。他の建物の造りから考えると、しっかりした橋が出来そうなものだが、それをしていない。そこからすると、よく流されてしまうのかもしれない。

 そんな事を考えながら丸太橋に向かうと、後ろを追いかけて来ていた村人が慌てた様子で近づいてきた。浅黒い顔の実直そうな男は、警戒しながらだが、それでも両手を振って行っては駄目だと合図をしてくる。

 アヴェラは進みたい気持ちを何とか堪えた。

「渡っては駄目ですか?」

「いや危ないんで。大勢で渡らんと、ケロッピーっちゅう魔物に襲われる」

「ケロッピー?」

「ほれ、あそこにおるやら」

 指し示された川の中に、緑色をした生き物がいる。二頭身に見えるほど大きな頭に、これまた大きな目玉が二つ並ぶ。短い手足の水掻きを使い、河の中を蠢いている。しかも大量に居る。

「なるほど」

「ちょっと増えてきたんで、少し減らさんとな。危ないんで、川向こうに行けんでな。悪い事は言わんから、もうちょっと待っておき」

「なるほど」

 アヴェラは冷静な顔のままケロッピーを見つめた。その目には苛立ちと不快があり、忠告してくれた男が思わず後退ったほどだ。

「諸悪の根源があれか。火神の加――」

「やめんかああっ! 何する気じゃあああっ!」

「しかし倒さないと」

「お主がやったら、全部台無しじゃろが! ここは我とノエルでやるからな、お主は何もするな。大人しくしとれ。よいな、我との約束じゃぞ!」

 荒い息をするイクシマに不承不承頷くアヴェラ、そこに駆け寄って文句を言うヤトノ。呆気にとられている村人たちには、ノエルが笑って誤魔化そうとしている。


 魔法の火が水面に命中し、次々と小爆発を起こしていく。普通の村でいきなりそんな事が起きれば大騒ぎになるところだが、ここはドラゴンの襲来が日常の村だ。故に爆発はむしろ娯楽で、ケロッピーが川流れしていけば村人たちから歓声があがるぐらいだった。

 ノエルとイクシマが気を良くして頑張ってしまうのは、やはり二人とも境遇が境遇で、周りから認められ称賛される事がなかったからに違いない。それが分かるため、アヴェラも急かすことなくケロッピー討伐が終わるのを待ち続けていた。しかし腕組みして足先を細かく上下させてはいるのだが。

「せっかくの御兄様の見せ場でしたのに。わたくしは残念です」

「見せ場とかはいいんで、早く倒しきってくれないかな」

「どうでしょう? まだまだ数はいるようですし。もうここは、小娘とノエルさんに任せてしまいましょう。御兄様とわたくしの二人っきりで、進んでしまっても良いのではないでしょうか」

「それもそうだな」

 後は任せた、と言ってアヴェラは歩きだした。

 火の矢が乱れ飛び爆発と水飛沫が上がる辺りへと足を進める。丸太橋を渡りだせば、足裏に爆発の振動を強く感じた。ヤトノは当然として、アヴェラが恐れる様子もないのは、ノエルとイクシマを信頼しているからであるし、気が急いているからでもあった。


 すたすた進んで、細かい霧のような水飛沫を浴びながら道を歩いて行く。

 少し坂を上がってみると、輝く水面があった。

 単なる水面のではなく若苗色をした植物が等間隔に並んで植えられ、風によってそよそよ揺れている。段々になって畦があって水が張られ、その下は泥になって小さな生き物が沢山いる。

 それは正しく田んぼだ。

「…………」

 アヴェラは言葉もなく立ち竦んでいる。

「御兄様? どうされました」

「……いや、なんでも。なんでもない」

 呟いたアヴェラは、ふいに目と鼻が熱くなってきたのを感じた。切ないような悲しいような、そして懐かしいといった気持ちが込み上げて来たのだ。

 脳裏に蘇るのは遠い遠い昔の、今の自分より前の自分の記憶。父がいて母がいて、日曜日に祖父母の家に行き、田植えを手伝い泥に汚れ、走り回って転んで笑い、畦に座って煌めく水田を前に皆で食事をした。その後に全てを失うとも知らず、幸せを幸せとも気付かず、無邪気に過ごしていた遙か遠い輝く日々の記憶。

 どうしてこれほど米に拘っていたのか。その理由に気付いたアヴェラの頬を一粒の涙がこぼれ落ちていく。

 ヤトノは何も言わず田んぼに目をやって、そっと寄り添っている。

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