第144話 その閃きはどこから来たのか

「我が思うに、甘味は外せんのじゃって」

 イクシマは堂々と言った。

 やや白んだ晴天の下、雪を頂く山々が幾重にも重なる。山容は雄大で、吹きよせる風は清々しく、金色の髪を靡かせるイクシマは何か美しい存在に見えてしまう。

 ただし目を輝かせ言う言葉のせいで全部台無しだが。

「やはり皆が求めるんは甘い物! 祭りという非日常において、楽しくやるときには絶対に欠かせぬ。甘い物がなくては祭りでない!」

 断言される言葉にノエルは深々頷き同意し、ヤトノは同意したいが心情的に同意し難いので空を眺めていた。

 祭りの屋台に出す料理の案を練っているところだった。皆で意見を言い合って、そうやって決めていこうという算段だ。休憩中とはいえ、モンスターの闊歩するフィールドでやる事ではないかもしれない。

 アヴェラは腕を組んだ。

「なるほど甘い物か」

「うむ! と言うわけで、我は甘い物が食べたいぞ!」

「結局は自分が欲しいだけじゃないか。欲望に忠実な奴だな」

「ふっふーん、それのどこが悪い。人は皆、己の欲によって生きておる。それを隠して生きるよりかは、ずっと健全なんじゃって。そう思わんか?」

 だらしなく座るイクシマは地面に足を投げだし、両手を後ろについている。そして口の端をあげニヤニヤと笑う。ちょっとだけエルフらしい傲慢さが見え隠れするので、アヴェラとしてはとても満足だ。

「確かにそうだな」

「そうじゃろそうじゃろ! と言うわけでなー、飴とかつくるのはどうじゃ」

「良い案だけどな。去年の祭りでも普通に売ってたな」

「なんじゃってー! くっそー、我は食べておらんのじゃって」

 地面を叩いてまでいるので、どうやら本気で悔しがっているらしい。

「今年もどこかで売ってるだろ。それより飴か。既に売られている品だからな、もし飴を売るなら目新しさが必要だな。味なり見た目なりでの差別化だが……例えば飴を細工して動物とか鳥の形を作ったりとかな」

「何それ楽しそう!」

「まあ飴細工の修行を考えると、今からでは祭に間に合わないな」

「ええーっ! 出来んのか、期待させんなよー」

 イクシマはエルフらしい整った顔で頬を膨らませた。


 金色をした瞳で睨まれるが、アヴェラは気にもせず、あっさりとスルーした。そして視線を向ける先は、優しい顔で笑っているノエルだ。

「とりあえず甘味で考えるとして……ノエルの意見は?」

「あっ、私も意見を出さないと駄目なんだ」

「そりゃ当然。どんな意見でも構わないから、言ってみよう」

「うーん……うん、それだったらさ。具体的な料理はさておき、色んな種類があるといいかな。皆で試食会した時ってさ、どれが美味しいかとか、どれを食べようかって話すのも楽しかったから」

「なるほど。種類を増やすのは確かにそうだな」

 アヴェラは腕を組んで目線を空にやった。

 思い出すのは前世の縁日で、例えばかき氷などは様々な種類があった。実際にはどれも同じ味だが、選ぶという行為が楽しかったのは間違いない。

 そうした意味でノエルの意見は正しいだろう。

「とりあえず種類を沢山というのも大事だ。さて、次にヤトノだ」

「わたくしは御兄様の食べたい物が、食べたいです」

「なるほど、つまり米だな」

「はい、そうです。御兄様の望みが、わたくしの望み。なぜならば、わたくしと御兄様は運命で結ばれているのですから」

「はいはい、運命運命」

 雑に言うアヴェラの態度に、しかしヤトノは嬉しげに頬に手を当てた。

「御兄様のいけずなところ、素敵!」

「そりゃどうも」

 横から抱きつくヤトノの黒髪を撫でて、軽く指先に巻き付ける。手慣れた仕草には優しさがあった。これは二人の積み重ねた年月のなせるものだろう。

 だが、イクシマは細めた目の中で金色の瞳の色を強めた。

「待て待て待て、今のが意見とかおかしすぎじゃろ!? 何の意見にもなっておらんじゃろが。せめて自分が食べたいものを言えよー」

 そんな文句もヤトノには届かない。もう満面の笑みでアヴェラに抱きつき頬をすり寄せているばかりなのだ。その他の事には全く注意も払っていない。


 これにイクシマは呆れきり、大きな溜め息一つ。

「まあいい、それよかな。里からロテボネが送られてきたんじゃぞ」

 にかっとした笑いは心からのものだ。

 イクシマとその家族との間には、誤解やわだかまりがあったのだが、アヴェラのお節介で解消された。そのためコンラッド商会とエルフの里の交易が利用され、故郷の品が送られて来るようになっていた。

「ふっふーん、そのロテボネをパステにしてみたんじゃぞー」

 取り出したものは、葉っぱで包装された小さな塊だ。膝の上で紐を解き葉を広げていくと、赤紫色でねっとりした塊が現れた。

「これをパンに付けて食べれば、ものっそい美味いんじゃって」

「そんなのがあるんだね、ちょっと貰ってもいい?」

「当然なんじゃって。さぁ、食べるがよい!」

 手を一つ叩いたノエルに対し、イクシマは自分の美味いと思うものを勧める者特有の、あの得意さと不安をちょっと足した顔で赤紫色の塊を差しだした。それからノエルが少しパンに付け、口にし味わう様子を見つめている。

「うん、うん……うん、これパンに凄く合う」

「もっと褒めても良いのじゃぞ」

「また食べたいぐらい美味しい。毎日でも食べたいぐらい」

「はっはぁ! 残念じゃがロテボネは里でも、そこそこ貴重。なかなか難しいが、なーに安心するといい。少し多めに送ってくれるよう頼んでおこう」

 イクシマは自分のパンにたっぷり付け、機嫌良く齧り付いている。むしゃむしゃとやって手の甲で口元を拭い、葉っぱの包みをアヴェラに差し出した。

「なんじゃー、遠慮なんかするなよ。ささっ、たっぷりといくがよい。たっぷりと」

 もう確実に食べるまで煩そうな感じだ。

 苦笑したアヴェラは素直に貰い、パンにつけたそれを見つめた。ねっとりして、やや粒子が荒い。見た目と匂いの両方で、アヴェラはそれが何か理解した。少し前にケイレブ教官が言っていた先住民族とは、どうやらエルフの事らしい。

「これは餡子か」

「勝手に名付けんなー。これロテボネのパステなんじゃって」

「誰が何と言おうと、餡子は餡子だ」

「また謎の拘りぃ!? まあよい、ここはお主に合わせ餡子と呼んでやるとしよう。相手に合わせてやるのも器量というものよな」

「しかし漉餡か。漉餡もいいが、こういうのには粒餡の方が合うだろうが」

「お主なー、ちょっとは聞けよー。と言うかな、文句を言うか食べるかどっちかにしろよー」

「へいへい」

 懐かしい気持ちで一口。

 軽く租借しながら味わう。

 そして面食らう。


 頭の中でイメージしていた味と、口の中の味が一致しない。否、味はほぼ同じだが甘味が小豆由来だけであって、そこに塩味がよく利いている。ただし面食らったのは最初だけ。イクシマの煮方も上手かったのだろうが、口の中に小豆の旨味がしっかりと広がってくる。

「なかなか美味い。イクシマが料理したのか、それは意外だな」

「こう見えても我は料理も嗜んでおって、少々自信もあるんじゃぞ。凄いじゃろ感心したじゃろ。どうじゃ、参ったか」

「ああ、参ったな。串を肉にぶっさして丸焼きするイメージが台無しだ」

「なにそれ! って言うか丸焼き!?」

 どうやら、その評価はイクシマにとって心外だったらしい。

 ショックを受けた様子で目を丸くしているが、それはそれとしてアヴェラは残りも味わい食していく。美味そうな様子にイクシマは照れながら憤慨するという奇妙な顔になっていた。

「うん、美味かった」

 パンと餡子を全て食べ、アヴェラは指についた分を軽く舐めた。ヤトノが眉をひそめたのは行儀悪さを注意したいのか、それとも自分が舐めたかったのかは分からない。

「これで甘味ってのもあるな」

「むっ、そうなんか?」

「餡子と言えば甘い物だろ。エルフの里では違うのか?」

「砂糖は貴重なんじゃぞ」

「なるほどエルフの里に砂糖を運べば儲かるな。後でニーソに教えておくか」

 きっとニーソであれば、ぼったくるような真似はせず、程々で利益を得るだろう。その点はアヴェラだけでなくイクシマも分かっているので何も言わない。

「小豆で甘い物となると、いろいろあるな。どら焼きとか羊羹とか、いや作り方が面倒な部分もある。屋台だと用意し難い。いっそ餡子に加水して凍らせて餡子バーか。そうすると、やっぱり硬さが大事――」

 ぶつぶつと呟くアヴェラをヤトノは心配そうに見つめる。しかし何も言わないのは、時々こうなるからで賢妹良妹は余計な事を言わないのだ。

 困った顔のノエルはパンを口に放り込む。

 しかし運悪く喉につまらせてしまって、咳き込み伸ばした手にイクシマが水袋を持たせてやっている。よくある事なので手慣れた様子だ。


 そのとき、カラカラと硬い物を掻き回すような大きな音が聞こえた。

 斜面の上で砂や小岩が幾つも転がるところだった。

「えっ?」

 次の瞬間、崖が砂煙をあげながら崩れ、大量の土砂が岩を伴い落下。押し寄せる土の波を前にアヴェラとイクシマは目を見張る。ヤトノは力を振るおうとして――しかしそこでノエルが動いた。

「危ない!」

 声をあげながら仲間を守ろうと覆い被さった。押し寄せる土砂や岩に対し全く意味のない行為だが、そこには仲間を守ろうとする強い意志があった。

 瞬間――ひときわ大きな岩が落下し、深々と地面に突き立つ。残りの土砂や岩は大岩に跳ね返され二つに分かれてしまう。もちろん、大岩の陰になったノエルたちの下には小石一つやって来ない。

 普段は何かと不運なノエルだが、絶体絶命下では豪運がもたらされるのだ。

 だがしかし犠牲がなかったわけではない。

「お、御兄様ー!? ノエルさん、早く退いて下さい!」

「えっ? あれ……?」

 ノエルはアヴェラの頭を抱え庇っていたのだ。しかも今日はチェインメイルすら身に付けておらず、おかげで下敷きになったアヴェラは幸せに窒息しつつあった。

「ごめんね」

 照れた様子で頭をかくノエルを横に退け、ヤトノはアヴェラの肩を掴んで揺する。

「御兄様しっかり!」

「大丈夫だ問題ない、それより分かった」

「えっと何でしょうか、御兄様?」

「餅だよ、餅。屋台のメニューには餅を使えばいいんだよ。小豆があるなら餅と合わせて大福だ。目指すのは大福なんだ!」

「はい?」

 困惑するヤトノが珍しくも助けを求め視線を巡らせる。だが、ノエルもイクシマもさっぱり分からず首を捻るばかり。判断に困った皆は、どうかしてしまったアヴェラを治療院に放り込むため、大急ぎでアルストルへと引き返すのだった。

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