第143話 なんの我らは仲間
「どうしたものか……」
茶褐色の景色を眺めながらアヴェラは呟いた。
空の色は白く霞んで冴えもせず、景色は岩ばかりで砂や枯れかけた草が点在する荒涼とする。以前にも来た山岳地帯のフィールドの景色は、少しも変わりもしない。
そんな風景なので、イクシマの赤衣とノエルの白と青の服がよく目立つ。
「どうしたも、こうしたもなかろ。それよか、早う行くのじゃって」
「元気なやつ……」
「あったり前じゃって、新しくなった武器は最っ高よのー!」
イクシマが戦鎚を勢い良く掲げた。
再訪した理由は、五十万Gをかけ強化された装備を試すためだ。
違いを確認するのであれば、以前に戦った場所がよい。そうした中で選んだのは、初めて装備を使用した場所という事で、この山岳地帯にやって来たのだった。もちろん、迷っている時にスケレトスの退治のクエストを見つけた事も大きな理由だ。
大張り切りのイクシマに迷惑そうな視線を向ける。
「そらよーございましたね」
「むっ、どうしたん? もしかして腹でも痛いんか。いやいや皆まで言うな。安売りのパンにでも目が眩んで、ついつい食べ過ぎたんじゃろ。分かるぞ」
「勝手に分かるな、腹痛エルフめ」
「お主なー! 我が心配しとるんじゃぞ! 気遣っとるんじゃぞ! どうして、そんなに捻くれて素直でないんじゃ!? ここは感謝するとこじゃろがー」
「感謝する要素が見当たらんな」
「また失礼な」
戦鎚の石突きでガンガン地面を突いている。小石が飛んで土が掘れていくが、以前よりも勢いが良い。きっと強化された結果だろう。
ノエルが間に入って宥める。
「それじゃあさ、まずは先に進もうね」
「うむ! 我はここのモンスター程度どうということもない。戦闘なんかは引き受けてやるのでな! それに、ノエルの装備はまだ戻っておらんで、安全第一じゃって」
「前はチェインメイルなしが普通だったのに、今は無いとちょっと不安かな。だからイクシマちゃんに任せて安心かな」
「はっはぁ! もっと我に任せて良いのじゃぞ」
イクシマはすっかり機嫌が良くなって、勢い込んで戦鎚を振り回している。そしてノエルはアヴェラにも微笑んだ。
「アヴェラ君もさ。考え事は後にしようね、危ないから」
「それもそうだ。今は戦闘、敵に集中しないとな」
「うん、みんなで頑張ろうよね」
「ひと暴れするか」
アヴェラはヤスツナソードを抜き放った。フィールドはモンスターの闊歩する危険な場所で、甘く見てはいけない場所だ。思考は頭の片隅に追いやって、今やるべき事に集中しなければいけない。
満足げに頷くノエルこそが、このパーティの要なのであった。
「ちょっとは抑えろって!」
イクシマはアヴェラの言葉を聞きもせず、自分の背丈ほどもある岩を踏み台として跳び上がり、スケレトスに襲いかかった。そんな身軽さはエルフらしいが、戦鎚を振り上げ嬉々とする様子は全くエルフらしくない。
「戦闘じゃあー!」
「やっぱコレジャナイエルフだな」
追いかけるアヴェラはヤスツナソードを手に、盾を持つスケレトスに迫った。斬撃に対し盾が構えられるが、その盾ごとスケレトスを斜めに斬りすてる。盾の錆が舞い、モンスターの骨粉が舞う。
そこで見えたのは戦鎚を振り回すイクシマだ。
まとめて数体を薙ぎ倒し、勢いのまま振り上げた戦鎚を何度も叩き付ける。腹に響く激突音と共に砂煙があがり、地面との間に存在したスケレトスは粉々だ。挙げ句に自分の攻撃の勢いを利用しながら少しずつ位置を変え、隣のスケレトスまで攻撃している。
ノエルは小剣を手に風のように動き、ただし攻撃はしていない。
骨だけのモンスターに自分の武器が有効でないと理解しているため、ここは相手の注意を引きつけ仲間の援護に徹しているのだ。一つに結んだ黒髪を跳ねさせ、複数からの攻撃を次々と回避している。
だが、持ち前の運の悪さだけはどうしようもない。
「ごめん! 目にっ!」
運悪く砂埃が目に入ったらしい。
本人は自分の不運を把握しているので、即座に後ろに飛び退く。仲間も把握しているため、すかさずフォローに入る。
ノエルに迫ろうとしたスケレトスに、イクシマは戦鎚を投げつけ打ち砕いた。そのイクシマに迫ったスケレトスに、アヴェラが斬りかかって縦に両断した。
全てのモンスターを倒し終えた。
「ごめんね、やっぱり足を引っ張っちゃったよ」
「なんの我らは仲間。今の連携なんぞ最っ高だったでないか」
「あははっ、そう言って貰えると嬉しい。ありがと」
ノエルは革袋を取り出すと髪をかきあげ、軽く上を向いて目を洗っている。しかし手が滑って全部を浴びた。あげくに変に水を飲んでむせ返ってしまう。やはり不運からは逃れられないらしい。
戦闘も終わって、休憩に入ることになった。
疲れたわけではないが、ノエルの世話をするためだ。フィールドでの活動のため、時には雨の中でも行動はする。だが、濡れていない方が動きやすいのは事実。そんな理由で休憩ついでに水を拭いているのだった。
「ううっ、酷い目に遭ってしまった……」
「宜しいでしょう。さあ、わたくしが拭いてさしあげます」
「えっ、あのっ、ちょっとそんな。自分でやります、自分で」
「遠慮なさらず」
「いやいやいや遠慮とは違うから、遠慮とは」
大きな岩の向こうから賑やかな声が聞こえてくる。姿は見えないが、ヤトノがうきうきして楽しんでいる事と、ノエルが涙目になっているだろうと分かった。
空は白雲が大半で、合間に鮮烈な青が顔を覗かせている。
腰を下ろした地面は砂礫といったもので、荒い砂と小石の状態。拳大の石も混ざって、大きな岩も点在しているが、灰色は薄茶色や褐色ばかり。そこに、くすんだ黄色の細長く薄い葉の植物が点在しているため、全体として侘しさが醸し出されている。
けれど、こうした風景は嫌いではない。
感じ入っているアヴェラであったが、しかし隣で胡座をかくイクシマは景色など気にもしていない。手にした戦鎚を空にかざし、にんまり笑顔だ。
「ものっそく良いんじゃって! 前より打撃のインパクトが突き抜けとる感じでな、一撃毎にガツンッとくる感覚が最高じゃな」
「だったら、シュタルさんにしっかり礼を言っとけよ」
「エルフとしては、ドワーフに対する発言は留意すべきなんじゃって」
理由は分からないがエルフとドワーフの仲は悪い。
軽く睨んでやると、イクシマはふて腐れたように、そっぽを向いた。ドワーフ鍛冶のシュタルが、丁寧な仕事で少しも手を抜かず戦鎚を鍛えあげ、さらに格安で強化してくれた事は理解しているのだ。
「個人的には言う!」
頭を掻いたイクシマだったが、両膝に手を突き背中を反らしながら見上げてきた。変な姿勢だが、金色の瞳はしっかりとアヴェラを見据えている。
「それはそれとして、お主は何を悩んでおったんじゃ?」
「ん? ああ……」
フィールドに来た直後の事を言っていると気付くまで、一瞬の時間が必要だった。忘れていたのではないが、あまりにも悩みを頭の片隅にやっていたのだ。
「今度の祭りの屋台に出す料理だよ」
「ふむ、それ大事よな。しっかし、あれじゃって。お主は少し囚われすぎとりやせんか。つまりライコッヘン、いや米じゃったな。それに考えが囚われとる」
「でもな――」
「言いたい事はわかる」
イクシマはアヴェラの言葉をピシリと遮った。
「じゃっどん。お主は、お主の食べたい物を他人に押し付けたいだけなんか?」
「そんな事はない」
「拘りを持つのはよいが、囚われてはいかぬと思うんぞ」
ニカッと笑って穏やかで優しく諭す様子は、心配し忠告してくれているらしい。
大岩の向こうからヤトノが顔を出した。後ろにはノエルも一緒だが、少し顔を赤らめ胸元を押さえている。何があったかは不明だが、何かあったのは間違いない。
ヤトノは緋色の目でイクシマを一瞥した。
「ふむ、小娘にしては良い事を言います」
「小娘言うなー!」
「しかし御兄様、御兄様は大事な事を忘れておられます」
「無視すんなよー!」
「御兄様の周りには仲間がいるではありませんか。それなのに、どうして一人で悩むのですか? そんなにも仲間が頼りないのですか?」
「泣くぞ、我は泣くぞ! いいんか、恥も外聞もなく泣いてやるぞ!」
「そして何より! この賢妹良妹たる、わたくしがいるのです。さあ、一緒に悩んで一緒に考えましょう」
「…………」
イクシマは膝を抱えてしまった。
そちらを見やってヤトノは、面倒そうに息を吐いた。身振り手振りをアヴェラに向けて、慰めてどうぞと合図をしているので、一応は気を使っているらしい。そして自身はちょこんと座ると、ぺしぺし隣の地面を叩いてノエルを招いた。
荒涼とした景色の曇り空の下で、機嫌を直したイクシマも含め、全員で膝をつき合わせ相談を始める。こんな時は良い案が浮かぶものだ。
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