第142話 火加減手加減匙加減
一枚板のテーブルは少し厚めで、ずっしりとした重量感あるものだ。
そこを花が飾っているが、小さな紫の花も白い花瓶も、主張しないさり気ない華やかさでセンスが良い。まるで用意してくれたニーソそのもののような感じだ。
窓から差し込む斜めの光が部屋を横切り、少し眩しい。
「それでニーソは、何を出店するつもりなんだ」
「実はね、殆ど考えてないの」
「この時期で決まってないとか、それは大丈夫なのか」
「あっ、もちろん食べ物関係の屋台を出そうって準備はしていたのよ。食材にお米を使おうと考えて、でもメニューで止まっているの」
その言葉にアヴェラの顔が嬉しげになる。
なぜなら、お米関係には思い入れがあるのだから。
「ほほう、それを選ぶとは素晴らしい」
「他の人はお酒とかお菓子にするみたいなの。でも、お米の売れ行きが悪いでしょ。だから私は、お米を使った料理を出して、皆に食べて貰おうと思うのよ。味を知って貰えれば、お祭りの後でも売れるのよね。でも、どんな料理にするかで困って……」
「なるほど」
その言葉にアヴェラは、まじまじとニーソを見つめた。
感心しているのは、この祭りだけの売り上げを考えるのではなく、今後に繋げようとするところだ。目先の利益を考えるのは二流、未来の利益を考えるなら一流。そんな言葉が脳裏を過ぎる。
そしてコンラッドの思惑を察した。
間違いなく単なる売り上げ競争ではなく、誰がどんな行動をとるのか、この祭りを通じて見極めようとしているのだ。なかなかどうして、恐ろしい人物である。
「なるほど、そういう事か」
「どうしたの?」
「いや……米の売り上げに貢献しようと思っただけ」
「なんだか分からないけど、でもありがとう」
ニーソは戸惑いながら礼を言った。
商会の建物に用意されたアヴェラたち専用の部屋は、集まって飲食できるテーブル以外にも、身支度を整えられる場所や荷物保管用の棚や箱などが用意されている。さすがに調理場まではない。
だから商会の調理場を借りている。
扉を入って左手側に石で築かれた炉があり、正面には調理台と水場が、右手側にはテーブルセットがある。真上の天窓から光が差し込み、足元の石張りの床を照らしている。あまり使用されている様子はないが、掃除や手入れはしっかり行き届いていた。
アヴェラはエプロンをしながら呟いた。
「よい台所だ」
「いろいろ食材を用意したけどさ、どんな料理をするの?」
「屋台で提供するものだから、味は当然として簡単にできるものにしようかと」
「うん、それ大事だよね。あとはお手頃価格もだけど」
「確かに安くしないとだが、安すぎても困るかな。その辺りの値段設定はニーソに任せるとして、まずは試作していこう」
幾つかメニューを考え、それを料理して、その上で取捨選択しながら決めようという方針だ。
こうした場合に課題となる要素は全てクリアしているので問題ない。
食材や燃料や器材のそのものや、かかる費用は商会関係でニーソが用意。メニューはアヴェラが前世知識を活用。ヤトノはお手伝いで、味見はノエルとイクシマがスタンバイ。
もはや準備は万端だ。
ヤトノが釜を両手に持って来た。ほかほか蒸気をあげ、まだ熱々であろう釜を素手で掴んでいる。人の姿をしていても、そこは神霊。少しも熱さを気にせず、むしろ笑顔で目を輝かせているぐらいだ。
辺りに炊きたてご飯の香りが広がる。
「御兄様、準備できましたよ。ご注文のとおり、はじめチョロチョロなかパッパ赤子泣いてもふた取るなで、出来具合はバッチリなんです。褒めてください、」
「待て待て待てーい。それは! 我が! 炊いたのだろう!? まるで自分がやったような事を言うとか、そういうのいくないぞ!」
「ああ、そうでしたね。でも、些細なことです」
「この小姑がー。言うに事欠いて何が些細なんじゃって」
「黙りなさい小娘、誰が小姑ですか」
「がー!」
「しゃー!」
威嚇し合っているが、いつもの事だ。
もし本当に仲が悪ければ、こんな程度ではないだろう。結局はじゃれ合いでしかない。それよりも、アヴェラは調理台を指し示して急かした。今は料理をして、米を堪能する方が優先なのだ。
「いいから、そこに置いてくれ」
「はーい」
ヤトノは用意してあった小さな踏み台に立って、調理台の上に釜を置いた。両足を揃え台を飛び降りると、そのまま見上げてくる。期待のとおりに頭を撫でてやった。
ほどなくしてニーソが重そうに木箱を抱えてやって来た。
皆で手伝い運び入れ、中身の食材をテーブルの上に広げていく。野菜もあれば肉もあれば調味料だってある。色んなものの入り交じった新鮮な匂いが、ふんわりと香ってきた。
「食料担当の子が友達なの。だから、お願いして今が旬なものを揃えて貰ったのよ。まずは試して料理してみようね」
「ふむ、なかなか新鮮」
「ヤトノ様、つまみ食いはダメですよ」
「これはつまみ食いではありません。味見なんです、味見」
新鮮な果物を口にしたヤトノは気にした様子もない。
アヴェラは食材を見回し、目についたものを幾つか手に取った。この世界の食材は前世のそれと共通したものが多い。以前は不思議だったが、エルフの里で稀人という言葉を聞いた今では何となく納得だ。つまり、昔から何らかの交流なり行き来があったに違いない。
青葱に生姜に卵、そして挽肉。
「鉄鍋が欲しいところだが、まあフライパンでいいか」
「お主、何をつくる気なんじゃ? 米を使った料理なんじゃろなんじゃろ」
「もちろんだ」
訝しがるイクシマの傍で、アヴェラはフライパンで挽肉を炒めだす。隣には頭に三角巾をしたヤトノが踏み台に立って並び、合いの手を入れるように刻んだ生姜を差し出して手伝っている。
なかなか手早いが、実を言えばアヴェラが料理をするのは久しぶりだった。
この世界では家内における分担と権限が強く存在する。
アヴェラの自宅において調理場は母親であるカカリアの職分であって特権となる。ヤトノは手伝いを許されているが、トレストやアヴェラは手を出す事が許されない。
だから料理は久しぶりなのだ。かてて加えてガスコンロのような利器は存在せず、薪を使用する竈なのである。慣れない者にとって火加減の調節はかなり難しい。
「御兄様、少し火が強いですよ」
「火加減が難しいんだ」
「分かりました、この良妹ヤトノにお任せを。少し火を弱めましょう」
言ってヤトノはしゃがみ込み、焚き口をのぞき込んだ。本来は火かき棒を使うところだが、そのまま素手で燃えさかる薪を動かし火加減を調整してしまう。もちろん火傷などするはずもない。
小鉢に卵を割り入れ、手早くかき混ぜると、これを挽肉を寄せたフライパンの中央に落とし込み煎り付ける。ご飯を放り込んで炒め塩と胡椒をふり入れ、葱を加えて軽く火を通し、フライパンの鍋肌に醤油をかけた。
炒飯が完成した。
匂い立つ香ばしさに、イクシマが顔を上げうっとりしている。
「お主ー、こんな料理をどこで覚えたのじゃ?」
「どこと言われてもな。あんまり気にするな」
「ははあ、婆様の言うておった稀人ってのが関係しとるわけか」
皿によそってテーブルにつき、パクパクと食べると、あっという間になくなる。元から試食で量が少ない事もあったが、食べる勢いを見れば主な理由は別であった。
「ものっそい美味いんじゃって! 炒めたご飯が美味いとか、信じられぬ!」
「美味しくできてる。挽肉の味が全体に染み渡ってるからなのね」
賑やかな二人の横で、ノエルは黙り込んでいる。どうやら勢い良く食べたせいで口の中を火傷したらしい。これが運の悪さかどうかは不明だ。ヤトノが差し出すグラスを頭を下げ受け取り水を飲んでいる。
アヴェラも食べるが、久しぶりの料理にしては美味しかった。同時に前世の侘しい一人暮らしを思い出し、何とも言えぬ気分で良く噛んで食べている。
「流石は御兄様です。これでしたら、売り上げというものも期待できます」
「そうですね。でも……」
「むっ、ニーソめは御兄様の料理に文句があると言うのですか」
「いえ美味しいのは間違いないです。ですが、屋台で出すにはどうかなと……」
ニーソはヤトノに睨まれたところで首を竦め黙ってしまった。
それに対してアヴェラは皿の上に集中している。最後の一粒をスプーンで追いかけているのだが、これがなかなか上手くいかない。
「言いたい事はわかる。これは注文してから炒めるから時間がかかるから、屋台で出すには難しいって事だな」
「大勢の人を捌こうとすると、作り置きをするしかないと思うの」
「作り置きだと味が落ちるだろうし、ベタッとしてくる」
「ずっと作り続けるのはどうなの?」
「ご飯の用意と、それから炒める時間を考えて上手く調整できれば……とりあえず保留だな。次にいこう」
肩を竦めると、アヴェラは立ち上がった。
再び料理。
再び食す。
再び好評。
ノエルは口の中を火傷し、再びヤトノの世話になっている。
「お握りはどうだ、米だけでなく海苔も使うから宣伝に良さそうだが」
「あっ、それ難しいの。なんだか分からないけど、エルフの里から海苔を全部あるだけ欲しいって連絡があったのよ。だから、そっちで手一杯」
「……どういう連中だ」
食い意地が張っているエルフはイクシマだけではないらしい。
苦笑したアヴェラだったが、あぁと呟いた。
「一応だけど、あの海辺の村に儲けさせ過ぎないようにな。そこそこ生活が上向く程度で、あとは大量生産もさせないように」
「あっ、それ会頭さんにも同じこと言われたの」
「流石はコンラッドさんだ、分かってらっしゃる」
貧しい暮らしに大金が舞い込めば、人間は変質してしまう。あの素朴な村が、利益追求の金儲け主義に走るのは哀しすぎる。あと、後味も悪い。
アヴェラは立ち上がりフライパンを手に取った。
「ついでに言うと。その理由は自分で考えなさいって、言われてるんじゃないかな」
「凄い! どうして分かるの?」
「さぁてな」
目を丸くするニーソを見つつ、アヴェラは苦笑した。
そして試作を続けるが、なかなか屋台に相応しい料理は出て来なかった。もちろんアヴェラが米に拘りすぎた事が原因だ。結局は試食係が満腹になってしまって、試作は終了する他なくなった。
良く晴れた穏やかな、祭りの準備に浮き立つ日の事であった。
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