ケイレブ・ザ・グレート 砂漠の秘宝4/4
「本当に来よったぁ!」
「素晴らしい! サンドメメズ様々だ」
ケイレブとヤオシマは叫んで、混乱するスコルピオたちの間を縫って走りだす。
後ろではクィーンが金切り声をあげ、スコルピオたちを率い、縄張りを荒らすサンドメメズを迎え撃っている。そんなモンスター同士の戦いを他所に、ケイレブとヤオシマは岩壁をよじ登り目星を付けていた横穴へと飛び込み――。
「うわっ!」
「のわっ!」
黄金色で埋め尽くされていた。
こんな状況にもかかわらず、思わず呆けて見とれてしまうほどだ。色褪せぬ黄金色したコインが山となり、精緻な造りの黄金製品の数々が無造作に積み上げられている。
どうしてスコルピオの巣に宝物があるのかは分からない。
スコルピオたちが溜め込んだのかもしれないが、宝の地図が存在するという事は別の誰かが書き記した証拠でもある。いったいどんな経緯と歴史があるのか――だが、ケイレブの思考を冷静な声が遮った。
「持って帰れなければ意味がなかろう。連中のどっちが勝ってもマズいぞ」
「確かに君の言う通りだね」
宝のある横穴は行き止まり、ここから先には進めない。
外ではサンドメメズとスコルピオは激しい戦いの真っ最中。しかし、どちらが勝っても最悪。餌として食われるか、尊厳を喰われるかの違いしかない。
「よし、とりあえず共倒れになるよう仕向けよう」
「じゃっどん、どうすんじゃ?」
「とりあえず優勢な方を攻撃してだね、上手い事共倒れを狙うしかない」
「なるほど姑息な手段しかあるまいな」
「そう褒めないでくれるか」
「はっ、都合のいい奴じゃって。長生きするぞ。地神の加護ストーンバレット!」
拳大の石礫が岩の中から飛びだし飛翔、サンドメメズの体表へと叩き込まれる。今しも叩き潰されそうだったスコルピオクィーンは援護のお陰で窮地を逃れ、反撃に移った。これでサンドメメズの優位が少し揺らいでいる。
ケイレブは財宝の山を見渡し、そこに黄金の槍を見つけた。
「贅沢な攻撃だ!」
渾身の力を込め投擲。何らかの魔法の力が込められていたのか、黄金の槍は思っていた以上の勢いで飛翔。命中した箇所の肉体を、ごっそり削り取った。サンドメメズは轟音と共に転倒すると、怪音を発しながら岩の上をのたうち回る。
「おい、今のはやり過ぎなんじゃって! サンドメメズが負けたらどうすんじゃ!」
「僕に言われても困るね……ちょっと待ってくれ、あそこ割れてないか?」
ケイレブが指さすのはサンドメメズの暴れる場所で、スコルピオたちが群がっている足元でもある。ちょうど岩場になっているが、そこに放射状のひび割れが生じ、しかも見る間に拡がって行く。
奈落が口をあけたように、ぽっかり巨大な穴が出現した。
その真下に空洞があったのだ、見る間に穴が拡大していき、大穴となってスコルピオやサンドメメズたちを呑み込んでいく。さらに周囲の壁までもが次々と崩落。土埃が激しく舞い上がる。
ケイレブたちのいる横穴でも細かな石が落下しだし、黄金の上に降り積もっていた。
「あそこじゃ、サンドメメズの現れた場所から逃げるんじゃ!」
「お宝がっ!」
「無理じゃ、今すぐに逃げねば間に合わん!」
「まだ少しぐらいなら」
「目を覚まさんか! 命と金とどっちが大事なんじゃ!」
「くっ!」
ケイレブとヤオシマは横穴から飛びだした。
溜まっていた砂が大穴へと流れるように落下していき、それにスコルピオたちが次々と流されている。クィーンは何とか流れに抗い耐えていたが、しかし耐えきれず流れに呑まれた。その姿は砂の中に見え隠れしながら、大穴へと消えた。
一瞬だけ哀れに思ったのは、やはり少しでも人の姿をしていたからだろう。
だが、今は自分たちが助かるために全力を尽くす時だ。崩れ落ちる石を避け、足元の砂に注意しつつ、僅かに残ったスコルピオを踏みつけ、全速力で走らねばならない。
「くそっ、走ってばっかりだ!」
「身体が鍛わって良かろ!」
眩しい外へと飛び出した途端、背後で洞窟が崩落。中から大量の空気が噴きだし、二人揃って空中へと勢い良く飛ばされた。天地が上下に激しく入れ替わる。そして衝撃。周囲で弾かれた砂が水飛沫のように舞い上がった。
「くそっ、身体中が砂だらけだよ……」
「お主は文句ばっかりなんじゃって……」
熱い砂に突っ伏しながら、二人は窮地を脱した事を実感していた。
◆◆◆
村に戻って、サンドメメズがどうなったかを報告すると、報酬が貰えた。宿の一室で休憩をしていると、ヤオシマが困ったように笑った。
「倒したという報告だけで信じるとはの。あの村長は人が良すぎるんじゃって」
「それは思うけどね。村の貧困具合をみると受け取るのが申し訳ないよ」
「じゃっどん受け取らねば怪しまれるでな」
「確かにね」
ケイレブとヤオシマは顔を見あわせ、ほくそ笑んだ。
二人が懐から取り出した物は、窓から差し込む光の中で黄金色に輝いた。あの横穴にあった財宝で、あそこにあった極一部だ。崩壊する状況下で咄嗟に手に取ったのだが、手癖の悪さも冒険者には大事な才能だろう。
これだけでも一財産になる。
貧しい村から報酬を貰うのは気が引けるが、冒険者が報酬を受け取らねば、何かお宝を手に入れたのではと疑われる。しかも実際に手に入れているのだから、疑われるような事は少しでも避けたかった。大金を持っていると知られては、どこでどうなるか分かったものではない。
「では、早いところ立ち去るとしようじゃないか。言っては悪いが、この村の中では貰った報酬だけでも心配なんだ」
「確かに言えておる。早いとこ行こまいか」
お宝を袋に入れ懐深くにしまい込み、辺りに気配り目配り歩きだす。用心深く部屋を出て、曲がり角では一歩止まって様子を窺う。宿の前でも亭主の動きに目を配り、些細な物音にも反応する。
大金を持ちなれない者がする特有の動きで、まるっきり怪しいが二人は懸命だ。
そうやって常に辺りに鋭い視線を向けているため、村の中で生じていたトラブルには直ぐに気がついた。怒鳴る男に苦痛に喘ぐ声。ケイレブとヤオシマは顔を見合わせると、武器に手を掛け全身を緊張させた。
「さっさと歩け!」
「最後に少しだけ、別れの挨拶だけでも。お願いします」
「うるさい! 余計な事を言うな!」
「あぁ……」
地面で泣き崩れているのは村の娘だろう。
その横に立ち大声を出す男は寂れた砂漠の村には似つかわしくなく、着ている服も上等であるし、恰幅が良く血色も良い。砂蜥蜴に引かせる荷車に積まれた資材や、何人かの従僕を使っている様子を見れば、他所から来た商人だと分かる。
こうした旅商人は、辺境の村にとっては食糧や資材を運んで来てくれる貴重な存在。特に、この寂れた砂漠の村にとっては生命線なのだろう。村の娘が足蹴にされようと、誰も何も言わない。遠巻きにして、悔しそうに哀しそうに視線を逸らすばかりだ。
だが、ヤオシマは違う。
「この戯けえええ!」
突っ込んでいくと旅商人を突き飛ばし娘を庇った。
商人がバランスを崩し地面に倒れ込むと、その従僕たちが荷を放り出し集まってくる。忠誠心という名の媚びを見せるためか、主である商人を大袈裟に庇って武器を抜いた。
これにヤオシマも反応し金属棒を構え対峙する。
「やれやれ熱血バカってのは多いのかね」
ケイレブも頭を掻きつつ剣を抜いた。
日射しの中に金属が煌めき、一触即発の雰囲気に村の人々は小さな悲鳴をあげ逃げ出した。しかし完全には逃げず、建物の角や中から様子を窺っている。興味本位ではなく、単純に村の中でのトラブルを心配しているのだ。
引くに引けない状況なのだが、そこに割って入る声が響いた。
「
村長が転がるように走ってくる。
手を上から下に何度も降り制止する様子は必死で懸命で、ケイレブとヤオシマは剣と棒の先を下に向けた。商人も従僕に指示し後ろに下がらせ、まずは場は収まっている。
「お二人とも、お引き取り願います。これは村の問題なのです。この子たちは商人殿に売ったのです。それをどう扱おうと、我らに文句はありません」
「人間を売るじゃと! 貴様は何を考えておるか!」
「ええ、売りましたとも。それが何ですか」
「お主はぁ! 村の長が村人を売るとか何を言うか!」
「村の長ですが、そこの子は私の娘です」
途端にヤオシマの顔に怒気が表れた。
「貴様ああっ! 自分の娘を売るとは何事じゃああ!!」
「では、どうしろと?」
一瞬だけ怯む村長だが、ついに抑えきれない怒りを顔に出した。目は赤く充血し、固く握りしめられた手からは血が滲んでいる。
「ただの旅人が、この村の窮地に関係ない人が! 何も知らずに言わないで欲しい!」
「原因だったサンドメメズは本当に倒したんじゃ。しばらくすれば、元通りになる」
「しばらく? それは明日なのですか明後日なのですか? しかし我々に残された食糧は残り少ない。食糧が尽きれば、それでお終いなんです。貴方たちは別の場所に行ける、しかし私たちはここで、これからも生きていかねばならない!」
「…………」
「私だって娘を売りたくはない。でも私は村の長だ。まず私が娘を売らなければ、どうしようもないでしょう。貴方たちに支払った報酬だって、そこから出ているのです」
「だったら――」
「返して頂かなくとも結構。たとえ小なりとも、我々にだって誇りはあるのです」
村長は怒りを抑え荒い息を整えた。
辺りには何とも言えない空気が漂っている。村人は哀しげに俯き、売られる娘は静かに目を閉ざしている。商人は目を逸らし気まずそうで、しかし下僕は小狡い顔をしたままだ。
ケイレブは辺りを一瞥した。
そして両手を広げる。
「やれやれ、実に馬鹿馬鹿しい。こんな砂漠の村なんてものは、コリゴリだよ。これ以上の面倒事は嫌だからね、僕らよそ者は退散させて貰うとしようかな――おっと、その前に一つする事があったね」
ケイレブは芝居がかった様子で言って、懐に手を入れた。ほぼ同時にヤオシマも同じ事をしているが、二人揃って取り出した袋を村長の足元に放り投げた。
ズッシリと重たげな金属音が響く。
訝しそうな顔をする村長に軽く手を挙げ、ケイレブとヤオシマは踵を返し歩きだす。
「こんなに重たい荷物があっては、砂漠の途中で行き倒れてしまう。申し訳ないが村で処分してくれないか」
「うむ、荷物が軽くなって心も晴れ晴れ。落とし物は好きにせい」
後はスタスタ歩いて行く。
村の境を出ると石が目立つ土の地面斜面を降りていき、フードを目深に被って砂を踏みしめ、灰色がかった明るい黄色をした砂漠を歩きだす。
「「…………」」
ケイレブとヤオシマは黙々と歩いていく。
風もなく焦りつくような日射しを浴びつつ、砂の丘を上って下って、また上って下る。もう一度上がった丘の上、どちらからともなく足を止めた。
そして罵りあう。
「どうして君まで出した。あれは命からがら持って来た宝じゃないか」
「それは我の台詞じゃ。お主が出さぬと思ったからこそ、我が出したのじゃぞ」
「話の流れを理解して無かったのか? 僕が出すって分かっただろうに」
「やかましいわ! 日頃の言動を思い返せ! お主が出すと誰が思う!」
「僕のせいか? そこを僕のせいにするのか?」
言い争う二人の懐には、サンドメメズ退治で貰った僅かな報酬があるのみだ。
砂丘の上から村を振り向いてみれば、広場に幾つもの小さな人影が集まっている。それこそ村中の人間が集まっているような騒ぎだ。
「……まあいいさ、今更言ってもどうしようもない事だからね。それよりも次のお宝を探す方が、よっぽど正しい行動ってものじゃないか」
「ふん、珍しくまともな意見じゃな」
「僕はいつだって、まともさ」
「ほぉっ、それは知らなんだな」
照りつける日射しは熱く暑さをもたらすが、気分は清々しい砂漠の旅であった。
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