ケイレブ・ザ・グレート 砂漠の秘宝3/4
「って言うか! なんで、いきなり襲われとるん!?」
「僕に言わないでくれ!」
ケイレブとヤオシマは並んで砂の上を疾走していた。
村を出て地図を頼りに歩きだし、大して進みもしない内に足元に振動。顔を見あわせ走りだした途端に、砂を割ってサンドメメズが飛び出したのだ。完全な不意打ちで、こうなると戦うどころではない。
だから後はひたすら走り続けているという状況だった。
気温の高い砂漠に今も照り続ける日射しと、足元の輻射熱。かてて加えて全力疾走。滝のように流れる汗を腕で拭い、熱気で歪む景色を前に走り続ける。サンドメメズの移動速度は、そこまで早くはないが振り切れる程の遅さではない。そして何よりしつこい。
ケイレブはまだ余裕があるが、エルフであるヤオシマはそろそろ限界に近そうだ。
「見てくれ、あそこに岩場がある」
「遠いんじゃって……」
「あそこまで行けば大丈夫だ。君は娘の為に旅をしてるのだろ、頑張れ」
「くっ!」
よほど娘愛が強いのか、ヤオシマは全力で走りだした。見る間に引き離されていき、感心するケイレブであったが、ふとある事に気付いた――ヤオシマがサンドメメズから逃げきる確実な方法の一つは、岩場まで行くよりは、ケイレブより早く走れば良いという事に。
目を見張って、引き離されまいと加速する。
「くそっ! 食われて堪るか!」
ケイレブも足に力を込め速度をあげる。
ムキになって走り続ければ、岩山が見る間に近づいて来る。足元の感触が少しずつ固く変わり、砂の粒子が大きくなっていく。石が転がりだし、丈の低い灌木もあったりする。逆にそれらが邪魔で走りづらいが、速度は落とさない。
サンドメメズから逃げねば食われる。しかし逃げれば音と振動で位置を悟られる。まったくもってどうしようもない。
砂に足をとられながら全力で走り、岩山にまで辿り着いたのは奇跡だ。
きっと善神の加護があったに違いない。
「岩の上に!」
「急ぐのじゃ!」
気の遠くなる年月を浴び続けたのだろう。岩の表面は磨かれたようで滑りやすい。さらに薄い砂ものっているので、なお滑りやすい。
それでも二人は走り続けた。
まだ後ろにサンドメメズがいる。
砂地の移動よりは遅いが、岩の上を這って追いかけてくる。ケイレブたちを執拗に狙っているのか、音と振動だけに反応しているのか、それは分からない。
「ここなら大丈夫って言うたでないか!?」
「知るか、サンドメメズに言ってくれ」
「追ってくるでない!」
「本当に言う奴が居るかー! いや待ってくれ。あれだ!」
ケイレブが指さす。ヤオシマが理解する。
後ろから追ってくるサンドメメズは、どこまでも追ってくるに違いない。二人が音と振動をたてている間は。細かな砂利を蹴りたて、岩場の坂を上りきり、そこにある岩に飛びつく。
ひと抱えはある大きなものだ。
二人して押すのだが、これをサンドメメズにぶつけるのではない。目的は別にある。つまり音と振動だ。二人は岩を転がすと横に逃げて身動きを止めた。
サンドメメズは激しい音をさせ転がる岩を追いかけ去って行った。
「「…………」」
二人とも座り込んだまま動けない。背中を岩壁に預け、荒い息を繰り返す。砂漠から岩山までを全力でかけ続け、もう疲労はピークに達していた。それでも少しずつ息を整えていき、快晴の空から荒涼とした周りに目を向ける。
周りは赤茶けた壁のような岩に囲まれ、そこに黄色がかった砂が溜まっていた。
「助かったんはいいが、ここはどこなんじゃ?」
「僕に聞かれても分からないね。しかし岩山か……岩山? そう言えば財宝は岩の宮殿にあるって話だったね。ここがそうなんじゃないか!?」
「なるほど! サンドメメズ様々なんじゃって」
急に元気になった二人は立ち上がり、しかし足音を忍ばせ歩きだす。いくら感謝しようとも、サンドメメズに再会したいとは少しも思っていないのだ。
「見てくれ、あそこに洞窟があるぞ」
「これ見よがしじゃな。これはもう間違いなかろ」
「よし行くぞ」
「行こまいか」
こそこそと爪先立ちで移動していく。まるでコソ泥の仕草だが、そもそも宝探しなど誰かの隠した財宝の横取りである。それを冒険という名でオブラートに包み、聞き心地の良い言葉にしているだけだ。
洞窟の中は下り坂となっている。しかも足元が滑りやすいため、壁に手を突きながら進まねばならない。
「暗いな」
「そりゃ洞窟じゃから、暗いのも当然なんじゃろうが」
「うるさいね、僕は素直な感想を言っただけじゃないか。それより走っている間に明かりになる物を落としてしまったんだ、君は持ってないかい」
「最初っから持っておらぬ。魔法があるんでな。さあ、感謝して頭を垂れるが良い」
「恩着せがましいエルフだ」
ヤオシマの唱える呪文が辺りに反響し、眩しいぐらいの光に満ちた。しかしが眩しすぎる。思わず両手で目を覆ってしまった途端に二人は揃って足を滑らせた。
そうなると止まらない。
魔法の光は消滅し、後はもう真っ暗な洞窟の中を勢い良く滑降していく。いきなりの浮遊感。真っ暗闇な中に投げ出され落下。悲鳴が反響しないので、かなりの広い空間ということは分かった。
どこまでも落ちていき――砂らしき上に落ちた。
「くそっ、助かった」
「罵るんか感謝するんかどっちかにしとけい」
「ああ、ああ分かったよ。だから魔法の光を灯してくれないか、感謝するから」
「良かろう。太陽神の加護によりて光よ灯れ」
辺りに燦然とした光が広がる。
同時に何かザワッとした気配があって、嫌な予感のしたケイレブは眩さに目を細めながら辺りを見回し――。
「……最悪だ」
「感謝せぬか、と言いたいが。確かに最悪じゃな」
辺りには大量のスコルピオが存在した。ここは、スコルピオたちの巣だったのだ。戦うことも無意味なほど数がいる。今は突然現れた存在と光に驚いているが、直ぐに襲い掛かってくるに違いない。
こんな場所に入り込んでしまったのは、きっと悪神の加護に違いない。
「くそっ、ここに来ようなんて言い出したのは誰だ」
「お主じゃろって」
「分かってるよ、ぼやいただけさ」
言い争いながら逃げる場所を探す。たった今、落ちてきた場所は遙か上で光の届く場所には確認できない。それとは別に逃げ道になりそうな横穴がある。頑張れば到達できそうな高さにあるが、ただ問題は間にスコルピオの群れが存在する事だった。
逃げる方法を考えるケイレブの腕をヤオシマが引いた。
「なんぞおかしかないか、ほれスコルピオ共の動き」
「襲ってくるって様子じゃなさそうだね」
「誰ぞ来よるぞ」
「こんな場所に人間だって? そんなはずないだろ」
ケイレブは小さな声で否定をしたが、それは半分ぐらい正解だった。
光の届かぬ向こうから人の薄影が近づき姿を表した。
若く美しい女だが、問題はスコルピオの平べったい胴体に上半身が生えている事だ。さらなる問題は両手がハサミという点もだろう。明らかに何か邪悪な力を宿した存在で、スコルピオを従える様子からすると、さしずめスコルピオクィーンだ。
しかし意外な事にクィーンに敵意はない。
敵意はないが、まるで別の用事があるような感じだ。その豊満な双丘を両腕で挟み、蠱惑的な仕草をしてくる。美しい顔も媚びるような様子があった。ハサミとスコルピオの部分と、周りのスコルピオたちを覗けば最高の気分だったに違いない。
「あれは発情期かな」
「繁殖期の間違いでないんか」
「僕は女性大歓迎なんだがね、ちょっとこれは遠慮したいね」
「と言うかな。服を身に着けぬとか、ふしだらなんじゃって」
などと言いながら、逃がれる方法を考えている。
周囲にはスコルピオの群れ。クィーンの誘いを拒否し怒らせれば、即座に群れが襲ってくる。いろんな意味でピンチの状況で、ケイレブは必死に思考を巡らせ続ける。
冒険者にとって一番大事なことは強さではない。
諦めない心だ。
「こうなったら……」
「戦うんじゃな」
「いいや、踊るしかない」
「踊るぅ!? お主、気は確かなんか?」
「いいから踊るんだ、それも足を踏みならしてだ。思いっきり高らかに」
「なぬっ? ……なるほど!」
納得したヤオシマと共にケイレブは踊った。
声をあげ足を踏みならしステップを踏む。これに対しクィーンは両手のハサミを擦り合わせ蠱惑的な笑みを浮かべた。偶然だが、スコルピオは繁殖前に雌雄でハサミを振り上げ踊る習性があったのだ。
踊るヤオシマとケイレブは汗だくだが、その大半は冷や汗だろう。
やがて焦れたスコルピオクィーンが少し前に出てきた。ハサミをリズミカルに打ち鳴らし、四対の足を動かし身体を揺らし繁殖の到来を喜んでいる。
――もう駄目なのか!?
踊るケイレブの後ろにヤオシマが踊りながら移動し、そのヤオシマの後ろにケイレブが移動する。麗しい譲り合いの精神が繰り返されていると、ふいに地面から振動が伝わってきた。
岩壁が突き崩され光が差し込む。
希望の光と共にサンドメメズがやって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます