ケイレブ・ザ・グレート 砂漠の秘宝2/4
砂中から勢いよく跳びだしたのは、太く長い巨大な何かだ。
その姿は暗闇の中ではっきりと見えない。だが星空を背景に分かる黒いシルエットは、長く細いもので、伸び上がった後で一転して落下。スコルピオたちが逃げて行った辺りへと突っ込み、衝撃音が響く。
同時に撒き散らされた砂と風圧が、ケイレブとヤオシマを地面に転がした。
「な、なんじゃ。あれは!?」
「分からん、分からんが動かない方がいい。大きな声も出さない方がいい、あいつは音と振動に反応しているぞ」
「そうなんか?」
「間違いない」
そう断言するケイレブだが確証はない。
魔法の光に照らし出され目立っていた相手よりも、暗闇の中を動くスコルピオを襲ったことからの推測だ。恐らくは間違っていないだろうが、もし間違っていたら襲われるだけである。ただし、その予想は間違っていないという確信はあった。
ケイレブは声を潜め、砂の上で腹這いになったまま様子を窺う。
向こうでは長い生き物がスコルピオに食らい付き、空中へと持ち上げ咀嚼している。堅い殻を噛み砕く音が何度も聞こえてくる。どうやら逃げたスコルピオたちは全滅したに違いない。
そのまま去って欲しいが、先程傷を負わせたスコルピオが急に暴れ出した。きっと生き物として最後の力を振り絞り、迫る死に抗おうとする動きなのだろう。生命賛歌で称賛してやりたいぐらいだ、近くでなければ。
それが闇を動く存在を招いてしまう。
砂の上を滑るような音が響き、そして光の中に長い生き物が姿を現わした。その姿は不気味で巨大で、ケイレブとヤオシマは思わず身を強ばらせた。
その生物はシルエットで見た通り細長く筒のような姿をしている。だが体表はブヨブヨとした質感で、色合いは人の肌のようである。そして筒の先端には目も鼻もなく、ぽっかり開いた穴のような口だけがあった。
まっしぐらに暴れるスコルピオへと襲いかかり、周囲の砂ごと食らい付き、持ち上げながら呑み込んだ。噛み砕くバリバリとした音が響き、細かな残骸が散って、どうに生臭い匂いが微風にのって漂ってくる。
「「…………」」
ケイレブとヤオシマは息をする事さえ躊躇い、完全に動きを止めていた。相手は推測した通りに、音と震動だけで世界を認識している。だから光の下で這いつくばった間抜けな姿を晒す男二人には気付いていないのだ。
いま動けば確実に襲われ、ムシャムシャか、バリバリかは分からないが頭から食われてしまうだけ。どれだけ恐ろしくとも、ひたすら動きを止め息すら抑えるしかなかった。
「「…………」」
長いようで一瞬の時間が過ぎ去る。
その生物は頭を持ち上げ長く伸びると、高い位置から砂地へと突入。そのまま砂の中へと身をくねらせ潜り込んでいった。
地中を移動する振動が少しずつ小さくなっていく。そして、完全に感じられなくなった後も、ケイレブとヤオシマは動きを止め続けていた。
夜の休憩を始めた時と同じく、砂の上で寝転がり、朝までそのままでいた。
◆◆◆
砂漠の中に村がある。
少しばかり高台の土と礫の露出した場所に、白煉瓦を積み上げた建物が十を少し超えるほど集まる。僅かばかりだが植物も存在しており、砂の色――灰色がかった明るい黄色――ばかりを見てきた目には、枯れかけた緑であっても嬉しかった。
「しっかりとした地面が嬉しいよ。砂の上を怯えながら移動するのは、もう飽きた」
あの恐怖体験の後は、いつ下から襲われるかと気が抜けなかった。それでも砂漠から逃げ出さなかったのは、冒険者だからだ。危険を恐れ逃げるぐらいであれば、最初から安全な都市の中から一歩も出なかっただろう。
「やれやれ、この土の地面なら安全ってものだよ」
「まっ、その通りよのう。随分と寂れた様子じゃが宿がやっておって助かった」
「街で聞いた話では、かなり困窮していると聞いたからね。良かったよ」
「砂漠のど真ん中っていう辺境じゃでな。村が消滅しとってもおかしくないでな」
言ってヤオシマは水の入ったグラスを軽く掲げてみせた。
「しっかし、こんな量の水で硬貨一枚じゃと? 砂漠で水が貴重ってのは分かっておっても。水に金を取られるってこと自体が、ものっそい不思議なんじゃって」
「ところ変われば品変わるってことさ」
二人は同室だ。
宿賃の節約もあるが、別の理由もある――そのとき、部屋のドアがノックされた。
ケイレブは返事をする前に剣を手に取るが、それは旅の苦労が身に付けさせてくれたものだ。もちろん自分で扉を開けるような事もしない。解錠すると同時に、素早く滑るように後退し自然体で身構えた。ヤオシマは棒を手にせず、鋭い刃の短剣をいつでも抜ける状態で手元に置いている。
旅先では宿だって安全ではない。殊に辺境の地の、村人しかいない場所となれば、何が起きるかは分かったものでなかった。賢い冒険者は常に用心を怠らない。
「どうぞ、入って頂いて構いませんよ」
声をかけると向こうからドアが開けられた。
姿を見せた一人は宿の亭主だが、後ろには知らない相手がいた。
敵意がないことを示すため二人は両手を見える位置に出し、さらに手の平までみせてくる。それで警戒を解く事はないが、警戒の度合いは少し緩めても良いだろう。
ケイレブは軽く笑みをみせた。
「来客があるとは思いませんでしたよ」
「休み中にすみませぬな。冒険者の方がみえたと聞いて、お邪魔させて頂いた」
日に焼けた老人で、顔は皺だらけで痩せ気味だ。苦労を重ねて生きてきた者が持つ、達観したような雰囲気があった。そして元気と言うより覇気がない様子だ。
「この集落の長をしている者です」
「なるほど、村長さんというわけですか。そんな方がわざわざ尋ねて来られるとはね。ああ、先に言わせて頂きますがね。もし何か依頼をされるつもりでしたら、まずはギルドを通して頂きたい」
先回りして言っておくのは、村長が態々旅の冒険者に会いに来る理由など、それしか考えられないためだ。得てしてそうした場合の依頼は、厄介で面倒な場合が多い。
「モンスター退治をお願いしたい」
「言ったように、勘弁して貰えますかね。我々も別に目的があって動いてますから」
「そこを何とか!」
村長は床に膝を突き頭を垂れた。こうなるとケイレブは、厄介と思いはしても無碍には断れなくなってしまう。
一方的に話だした村長の言葉によれば、この辺りでは高級ポーションの精製に欠かせない砂漠の花が採取されており、砂漠地帯で暮らす人々にとっての貴重な収入源となっていたそうだ。しかし、これを食い荒らすモンスターが出現し収入が激減。あっという間に、村は存亡の危機に晒されているというのだ。
「お願いしますこのままでは、村の人間を売るしかなくなってしまう」
その言葉が嘘とは思えないのは、村の内情を見てきたからだ。
結局、村長はケイレブが渋ろうと断ろうとも頭を下げつつ、強引に前金という名の僅かばかりの金額を置いて、返事を待たず逃げるように出て行ってしまう。
これでは押し売りならぬ、押し付け依頼だ。
静かになったとたんにヤオシマは鼻で笑った。
「お主って奴は、バカじゃな」
エルフの聴覚によって、村長が確実に遠ざかったと確認したのだろう。煉瓦の壁にある小さな窓を見やり呆れた様子で肩を揉んでいる。
「前金なんぞ受け取りおってからに。我らは宝を探しにきたのじゃろが。それがモンスター退治を引き受けてどうすんじゃって」
「いやいやいや、君だって見ていただろ。僕が押し付けられるところを」
「押し付けられようと、手に取ったのであれば、受け取ったのと同じなんじゃって。しかも、倒すべきモンスターってのはアレじゃろが。あの気味の悪い長いやつ」
モンスターの名は、サンドメメズ。
村長の一方的な話と、昨夜に遭遇した長く不気味なモンスターが一致する。
「どうやって倒す気なんじゃって」
「…………」
かつての仲間を思い出す。
あの愛すべき熱血バカであれば、張り切ってモンスター退治に繰り出すところだろう。だがしかし、生憎とケイレブは物事を勢いでは考えない。もっと打算的かつ現実的に考える。そしてそれこそが冒険者にとって大事な要素だ。
ケイレブは軽く頬を膨らませ、短く息を吐いた。
「とりあえず前金は押し付けられたけどね。僕はひと言も引き受けるとは言ってないよ。つまり、契約は成立していない。それが分かっているから、向こうだって反論されまいと、逃げるように去って行ったのだろう」
「むっ、それはそうよのう」
「それよりも、僕らの目的は砂漠に眠る秘宝にある。それが第一さ」
ケイレブは言って床に寝転がる。
隣ではヤオシマが薄布を広げ横になった。
この宿にはベッドなんてものは存在せず、粗末なレンガを敷き詰めた床で寝るしか無いのだ。とにかく疲れている。一晩寝れば体力全快になるはずもなく、適切な睡眠をしっかり取る必要があるのだ。
目を閉じ身体を休めつつ、ケイレブは呟いた。
「まあ、もしも遭遇する場合もあるのだから。倒せる方法を考えてみよう」
「お主のそういうとこ、嫌いでないぞ」
「よしてくれよ、気色悪い」
ケイレブは目を閉じ身動ぎもしないまま呟いた。
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