ケイレブ・ザ・グレート 砂漠の秘宝1/4
強い風が吹く。
それは熱く乾いて、独特の砂臭さがした。砂塵を含んでいるので当然の事で、お陰で目を開けているのも辛いぐらいだった。
空からは燦々と日が照りつけ容赦なく水分を奪い、足元の熱せられた柔らかい砂がじわじわ体力を奪っていく。
最悪な環境だった。
「うわっぷ」
ケイレブは呻いた。
ひときわ強い風が吹き寄せ、細かな粒子が口に入ったのだ。少し咽せて口中の砂を吐き出した。しかも今度は着古した外套の隙間から砂が入り込んでしまって、その感触に顔をしかめてしまう。
「くそっ、最悪じゃないか」
ケイレブが罵っても、隣を歩く背の高い男は心配する素振りもみせない。
そちらは頭から顔まで念入りに砂除けの布を巻いている。手にしている棒まで布で巻いているが、これは日射しに熱せられるのを防ぐためだ。細身ながら金属棒を軽々と扱うように、戦闘力については信用できる。だが、素っ気ない態度はうんざりさせられるものだった。
ケイレブは旅をしている。
友人である愛すべきバカの略奪婚騒動の後始末で、花嫁を奪われた一族の追求を誤魔化すためである。建前上の落とし前として、冒険者トレストとカカリアは冒険都市アルストルから逃げ出した事になっており、それを事実として補強せんがためケイレブが旅を買って出たというわけだった。
元から広い世界を見てみたかったのだが……けれど、この砂まみれの環境をみると、そうした考えが甘かったと認めざるを得ない。
「くそっ、こんな砂漠に来ようと思ったバカは誰だ」
足元の砂を蹴り飛ばすと、今度は隣の男の押し殺した笑いが聞こえた。
小馬鹿にした顔をしているであろう事は、そちらを見るまでもなく声だけで十分に想像がつく。だから相手が何か言うよりも先に、ケイレブは言葉を口にした。
「ああ分かってるよ、僕だよ。自分だと分かっても罵りたくなる時ぐらいあるのさ」
「分かっとるんならいい。それよか、その地図は本物じゃろな」
独特のエルフ訛りで言う男に対し、ケイレブは肩を竦める。
「安心してくれ。これは骨董屋の主が特別にって、こっそり出してくれた地図なんだ。間違いなく、僕らを砂漠の都まで案内してくれる。砂漠にある岩の宮殿。そこに眠る黄金を見つければ大金持ちだ」
「金、金か。これだから人間ってのは駄目なんじゃ」
「君はうるさいね。でも、考えてもみてくれ。世の中ってのは、金で解決できないことよりも、金で解決できることの方が多いってものさ」
「やれやれ。欲に目が眩んでおる」
ぼやく男の名はヤオシマ。
エルフという種族は閉鎖的で、人間の街にいるのは何らかの良くない事情がある。しかし、このヤオシマは謎の貴人――娘が幸せになって御機嫌になった偉い人――の紹介であるため、素性は不明でも信用はできる。
ただ、どうにも関係が上手くいっていないのは事実だった。
あの気の良い愛すべきバカが妙に懐かしく――今頃は愛する嫁さんと、いちゃいちゃしているに違いないと気付き、思わず足元の砂を蹴り上げたケイレブであった。
砂漠の夜は冷える。
あの昼間に苦しんだ暑さと熱さが嘘のように気温が下がり、時には水が氷になるぐらいだ。今日はそこまで冷えていないが、日中は鬱陶しかった外套を頼もしく思う程の寒さだった。
若干の砂が混じった夕食を終えると、しっかりと外套にくるまり横になる。
ここには焚き火をするための木など少しもない。あるのは、ただただ砂ばかり。寒さに耐えつつ、食糧と水の残りを考えていると不安しかない。
ケイレブは気を紛らわすように、隣で同じように寝転ぶ相棒に目を向けた。
「ところでヤオシマに聞きたいんだが」
「なんじゃい?」
「君はどうして財宝を探している? 金には興味がないのだろ?」
寝転がって見上げる砂漠の空は、星がまぶされている。一つずつが綺麗に輝き、それが群れとなった箇所はまるで天に煌めく川にも見えた。景色だけは最高だ、砂漠で凍え死んでもよいぐらい最高だ。
「別に言う必要はなかろ」
「だがね、君を誘った時に財宝の話をしたら引き受けたじゃないか。口では興味がないと言いつつ金が目的なのだろう。素直になればいいじゃないか」
「…………」
ヤオシマは黙り込んだ。
そのまま空を見上げる空に雲を見つけた。夜空に浮かぶ雲は昼とは違った雰囲気があって、どこか神秘的で不思議で、そして不気味さもある。全く同じ空であっても、こうして見る場所や時間によっても違う。世界は不思議に満ちている。
「我には、我には娘が三人おる」
ぽつりと呟かれた言葉は独白のようで、ケイレブは風を聞くような心で聞いた。
「じゃっどん、娘の一人は死の加護を授かっておる。だから我は、生命の力を持つ護符が欲しいんじゃ。その為に金が欲しいんであって、私利私欲ではない。そこんとこ大事じゃでな、勘違いするでないぞ」
「なるほど」
どうやらヤオシマにとって、娘はとても大事な存在らしい。それこそエルフの里を飛びだし護符を探し求めるほどにだ。ただ、その方法が正解かどうかは少し疑問ではある。普段の素っ気ない態度も含め不器用な奴かもしれない。
星空を見上げたまま目を閉じる。しかし眠るわけではない。人という生き物は、大自然の中では全くの無力。こんな砂漠の地で睡眠をとるなど、よほどの神の加護でも授かっていないかぎり無理な話だろう。
だから、ヤオシマの呟いた声にも即座に反応できた。
「何か来よる」
「おっと、お出ましか。盗賊様かモンスター様か、どちらかな」
ケイレブには何も聞こえていないが、しかし聴覚の鋭いエルフの言葉を無視するような愚か者ではない。そっと静かに跳ね起きると、愛用の剣を手に取り身構えた。
星明かりの世界は陰影が強く、その殆どが暗闇だ。
「それらしい姿はないようだね」
「何かおるのは間違いない。しかも複数なんじゃって。よしっ、目を閉じておれ。太陽神の加護により光を現出せん!」
ヤオシマの唱えた魔法によって、煌々とした光が頭上に出現。咄嗟に目を閉じていたケイレブであったが、それでも光に眼が慣れるまで時間を要している。ややあって、ようやく白みを帯びた光の中に、地面を這い寄っていた生物を確認した。
それは黒い生き物だった。
ただし強い光の下なので、実際には違う色かもしれない。
一対のハサミ型をした脚を持ち、平べったい胴体には人が余裕で乗れるほど。後に節くれ立った尻尾を揺らし、四対の脚を煩雑に動かしながら砂の上にいる。突然の光に戸惑い右往左往する数は見える範囲だけでも五体はいた。
「スコルピオってやつじゃな。あのハサミに気を取られると、尾にある毒針で襲ってくる厄介な奴なんじゃって。解毒剤がないでな、刺されたら短剣を使え」
「短剣だって? どうしてだい」
「毒で苦しみ悶えて死ぬよりは、マシって事なんじゃよ」
「ありがとう、素晴らしい情報だよ」
言いながら剣を抜き、ケイレブは動きだしていた。
相手の数が多いのだから、この戸惑っている隙は逃せない。平べったい相手はケイレブの膝と同じ高さとなる。これに斬り付けることは難しく、跳んで剣の先を下向きに構える。相手の背に着地しながら思いっきり突き込む。
「硬っ!」
「そいつらの殻は鋼鉄並みじゃぞ」
「なんて素晴らしい助言だ。もう少し早ければ、もっと素晴らしかったよ」
「言う前に動くからじゃろ」
ヤオシマは金属の棒を振り上げ、突進しながら振り下ろす。狙われたスコルピオは鈍い音と共に中身の詰まった果実が潰れるような音を響かせ、実際に潰れた。
斬撃よりも打撃が有効らしい。
「仲間が頼もしくて嬉しいね」
ケイレブはスコルピオの上で軽く飛び退いた。襲ってきた尾が目の前を通過、スコルピオ自身の背に激突し甲高い音を響かせる。瞬間、剣を振るって尾を斬り飛ばした。殻は堅くとも、その節目を狙えば余裕というものだ。
生臭い血が辺りに振りまかれ鼻をつく。
傷を負わせたスコルピオが激しく暴れるため、ケイレブはそこから待避し距離をとった。ヤオシマも側に来ると一緒になってスコルピオに対峙する。
「倒せない事はない相手だね、ただ問題は数が多いって事だが」
「この先に村があるはずなんじゃろ。そこまで駆けるってのはどうじゃ?」
「夜の砂漠をかい? よしてくれよ夜行性になってしまうよ」
ぼやくケイレブは少しの油断もなくスコルピオたちを観察する。傷を負って殆ど動かない仲間を避ける様子からすると、助け合いの精神はないことは分かった。
「ああ、夜行性になるのもいいかもしれないな……ん?」
地面が微かに振動していた。
最初は気のせいと思ったが、しかし徐々に強くなっていき。砂がざわめくほどだ。
「なんじゃ!?」
「分からん。だが、これは……下から何か来るぞ!」
ケイレブは両足に感じる振動から、何かの動きを察知しているものの、だからと言ってどうする事もできない。下手に動かず様子を窺っていると、スコルピオは大慌てで動きだした。間違いなく、何かの存在を恐れている。
そして――。
魔法の光が照らし出す範囲の直ぐ外で、砂が爆発するように噴き上がる。何かが砂中から跳びだしたのだ。その姿にケイレブとヤオシマは目を大きく見開いた。
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