第139話 物事の動きは後にならねば分からない

 カイゼクラッケの素材は、思った以上に高額で買い取られた。商会の従業員たちが大事そうに運んでいく様子からしても、かなりの貴重品と分かる。

 それを見やるアヴェラは値段に不満があった。

 しかし不満と言っても、少しばかり通常とは方向性が違う。

「これ本当に適正価格で買い取ってるよな。つまり、変に高く買ってないかという意味なんだが。ニーソの場合はそこが心配なんだ」

「その質問は失礼なのよ」

 ニーソは不満そうに口を尖らせた。

 華奢な肩を竦め、頭を軽く傾げ睨んでくる。少しの迫力もないが、それは可愛い顔立ちばかりが原因ではなく、親愛が見え隠れするからだろう。

 そしてニーソを疑っているのはアヴェラだけではない。

「じゃっどん、こんな額なんてありえんじゃろ。正直に言うてみよ、何か無理しとらんか。別に我らは普通で構わんのじゃからな」

「もーっ、そうやって疑うの? ちゃんと適正価格なんだから」

「仕方なかろうが、ものっそい額なんじゃぞ」

「別に一人頭で五十万Gなのよ、そんなに高くないのよ」

「ちょっと待て、そこらへん我の持っとる金銭感覚じゃない」

 イクシマは呆れた。

 もちろんニーソの生活自体は質素なもので金銭感覚も一般庶民のそれで、仕事帰りに安い食材を探したりする。一方で商会にて仕事で取り扱う品は五十万Gなど普通にあって、実際にアヴェラが帯剣するヤスツナソードもニーソの仕入れで、それこそ千万Gを軽く超えていたりする。

 こうした全く違う金銭感覚を違和感なく同時に持っているのが、商会に属する者ならではの特徴なのだろう。

「でもね、中級冒険者だったら。これぐらい普通でしょう?」

「それはそうだけど、私たちってばまだ初級だからさ。ここで中級を例に出されても困るかなって、うん」

「……初級? えっ!? 中級と思ってたの」

「え? そんな事ないよ。初級だから……別に中級なんかになってないから」

 ノエルは手を軽く振って否定してみせた。

 実際の所、アヴェラたちは自分たちの実力が如何ほどか分かってなかったりする。しかも今回ニーソに言われ、初めて自分たちの評価が気になったぐらいだ。

「我たちって、初級じゃとは思うが……」

「別に認定を受けた記憶はないし、初級も中級も変わらないだろ」

「うむ、その通りよな。我らは戦ってモンスターを倒すのみ! そんな級とか気にしとっても意味がないな! よく戦い、ぶち倒して勝つのみぞ!」

「変わらないってのは報酬の話だ、このバーサーカーエルフときたら……」

 アヴェラは肩をすくめた。

「なんにせよ、初級だろうが中級だろうが報酬ってのは実力しだい。良い依頼が取れないと変わらないそうだな」

「身も蓋もないのう……」

 呆れ気味のイクシマはテーブルの上に顎をのせ、だらけた顔をした。ちらりと見やるのは、報酬のつまった革袋だ。ぱんぱんに膨れあがったそれを、困った様子で見つめている。


「で、どうすんじゃ? 急に五十万Gとか貰っても我はどうするか思いつかぬぞ」

「それそうだよね。私も今の剣で十分だし、防具も今のが気に入ってるからさ。別に無理して買う必要ないかなって」

「我も必要ない、金棒ちゃんも戦ちゃんも気に入っとるでな」

「生活用品とか、服とかは買い足したいけど……必要な分で十分かな。お母さんに仕送りはしたいけど、大金すぎると受け取ってくれないかもだし……あれ? これ意外に使い道がない?」

 ノエルは地方の小さな集落出身のため、贅沢というものを知らない。思いつくのは精々が甘味処のケーキを二つにするとか、夕食のおかずを二品増やすとか、浴場に二回行くとか、そんな程度だった。

 もちろんイクシマにしても似たようなものだ。

 その慎ましやかさが、なんとも微笑ましい。

 アヴェラは微笑してしまう。

「別に無理して使う必要はないだろ、それならニーソに預かって貰えばどうだ」

「私は構わないのよ。ちゃんと預かって、必要な時に渡すの。あと、良ければ上手く運用して増やしたりもするから」

「まるで銀行だな」

「銀行?」

 聞き咎めたのはニーソだ。

「ねえ、銀行ってなに?」

「そういや銀行という名前の施設はなかったな。つまり、なんだ。誰かからお金を預かって、手数料を取る代わりに安全に保管するような場所だな。でもって資金を貸し出したりとか、あと為替取引とかもしたりだな」

「為替取引ってなに?」

「要するに現金を別の形にして、別の場所で現金に換える……なあ、説明が面倒なんだが……そういうの、また別の時でいいだろ」

「うん、それなら今度ね。ゆっくり聞かせてね」

 目を輝かせたニーソに詰め寄られ、アヴェラは困り果てた。

 昔から様々なことを教え話してきたが、このニーソは一度興味を持つと、かなり突っ込んで確認しだすのだ。間違いなく余計な事を言ってしまったに違いない。

 反省するアヴェラに対しニーソは上機嫌。手の平を合わせ満面の笑みだ。

「ところでね、皆は装備を変えたくないのよね」

「まあ、そうだな。基本的に装備は簡単に変えないな」

 前世のゲームであれば、強力な装備を手に入れれば、いとも容易く装備変更をする。だが現実は違って、手に馴染み身体に馴染んだ装備は愛着云々だけでなく、微妙な身体感覚というものがある。だから簡単には変えないのが普通だ。

「だったら、良い方法があるのよ。強化すればいいのよ。それだったら、使い慣れたものを変えなくていいと思うの」

「でも装備の強化なんて費用がかかるだろ」

「シュタルさん作の装備で最初の一段階強化なら、シュタルさんに頼めばそんなに費用はかからないはずよ。それ以上になると、お金の問題じゃなくなるけれど」

「なるほど」


 職人通りの様々な店が建ち並び、活気と喧噪のある本通りから一本裏に入った、静かな小路。少し進んで薄汚れた店構えの小さな店舗のドアに手を掛ける。

 アヴェラが慣れた様子でドアを開けば、カランコロンとベルの音が響く。

 微かに鉄や革の臭いが立ちこめる薄暗い室内は小綺麗に整い、どこもかしこも丁寧に掃除が行き届いて落ち着いた雰囲気があった。そこに武器はなく防具だけが置かれているが、以前来た時と半分ぐらいが目新しいものに変わっていた。

 それなりに客は来ているらしい。

 奥でドアの開閉音が聞こえ、ドワーフ鍛冶のシュタルが姿を現した。小柄だがガッシリとした体格は小熊のようで、一歩毎に木の板が僅かに軋み音をさせている。

「客かい? って、なんだ。あんたらかい」

 今日も奥で鍛冶仕事をしていたのだろう、額の汗はかなりの量だ。それを首に巻いた布で拭い、それを外すと革の前掛けのポケットに突っ込んだ。

「アヴェラにノエルに、それからウォーエルフ」

「誰がウォーエルフじゃあああっ!」

「揃って来るとは、メンテに来たのかい。感心だね、さあ物を出しな」

「無視すんなよー!」

 ドワーフにとってエルフをからかうのは喜びで、殊にイクシマは反応が良いのでシュタルは人の悪い顔をしながら笑っている。

「今日はメンテではなく、装備の強化をお願いしたいです」

「へえっ、あんたらそこまで稼ぐようになったのかい?」

「大物を仕留めて、一人頭で五十万Gですね」

「よしきた、その五十万で受けてやるよ。今なら呪具もあるし、普通より早く仕上げられるからね」

「えーっと」

 強化費用としては安いが、しかし報酬全部である。これでは手元に残るお金は僅かになってしまう。アヴェラとしては問題ないのだが、報酬で生活をしているノエルとイクシマにとっては大きな問題だ。

「甘い物が……いやしかし戦ちゃんが強くなるなら……くっ、さすがドワーフよのう。絶妙に嫌なところついてきよる」

「嫌ならいいんだよ、嫌なら」

「えーい、ここは今後の為。甘い物はアヴェラにたかるとして、ここは仕方ない!」

 思い切ったイクシマが自分の戦鎚を預けると、それを見ていたノエルもため息一つ。短い間のお金持ち気分と別れを告げることにしたらしい。奥の更衣室を借りて、身に付けていたチェインメイルを脱ぎに行った。

「まあ、お金より命だな。では、強化をお願いします」

 アヴェラも肩当てと腰当て外した。

 今回は長い目で見れば儲かったが、懐具合としては今ひとつであった。


◆◆◆


 そしてニーソは海苔に加えて、アヴェラに教わった昆布の佃煮の製造に着手した。幾度もの試行錯誤を繰り返し、ようやく満足のいく出来になったところで製品として販売を開始した。しかし――。

「申し訳ありません。殆ど売れてませんです」

「味に馴染みがありませんからな」

 売り上げ報告の後に頭を下げるニーソに、コンラッドは穏やかに笑った。

「まあ、そんな事もあるでしょうな。何事も必ず成功するというわけではありません。しかし新しい事に挑戦する事は素晴らしいことです。よろしいですか、今回の事を糧として次に繋げるのです」

「はい、頑張ります」

 ニーソは肩を落とし会頭の部屋を出ると、自分の持ち場へと戻っていく。途中、その活躍ぶりを快く思わぬ同僚に嗤われてしまうのだが、そんな事はどうでも良かった。アヴェラの投資が上手く行かなかった事が残念でならないのだ。

「あっ、そうだ。アヴェラがエルフの里に送るといいって、言ってたのよね。それから、他にも言ってたのがあったの。よしっ、次の便に入れておこっと」

 ぽんっと手を打ったニーソは、エルフの里行きの飛空挺に海苔と佃煮、それから各種干物を追加しておいた。アヴェラのアドバイスという事もあるが、売れないで残った在庫を送り出したという意味も、ちょっとだけある。

 少しでも売れたら良いといった気持ちで期待はしていない。

 だから、後は日々の仕事に追われ送った事すら忘れてしまったぐらいだ。これがどんな結果を引き起こすのか、想像だにしていなかった。

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