第136話 作戦会議はたいてい強引に決まる
「と言うか、お主なー。倒すって言うのは良いとして、どうすんじゃって」
買い取り場の赤いパラソルの下、椅子で寛ぐイクシマは、足の間に手を置き身体を揺らした。小柄な身体は軽いはずだが、古びた木の椅子はデッキの上でギシギシと軋みをあげ、乱暴な扱いに耐えている。
向かいに座るヤトノは呆れた顔で、子供っぽいと小さく呟いた。
村長との話が終わって、買い取り場近くの休憩所の一角に移動し、今後の予定を打合せている。もちろん、カイゼクラッケをどうやって倒すかという内容だ。
相手は海に居る。遠距離攻撃でなければ届かない。しかも魔法主体でなければ難しいが、死にそうになると逃げ出す。なかなか厄介だが、モンスターも生きているので、生存の為に狡猾になるのは当然だった。
アヴェラは真剣な顔で考えている。あのカイゼクラッケを倒すことは、絶対の命題として掲げているのだ。おかげで隣のヤトノは両頬を押さえた笑顔で、ウキウキ気分の様子だった。
「どうもこうもないだろ、戦って倒すだけだ」
「じゃーかーら、どうやって倒す気なんじゃって。相手は海におるんじゃぞ」
「……なんとかする」
「まさかの、考えとらんかった!?」
イクシマが声をあげると、アヴェラは口をへの字にした。
「うるさいな、考えるまでもないだろ。つまり、この場合は魔法だ。魔法しかない」
「いや待て。やめよ、却下じゃ却下」
「なんでだ」
「当たり前じゃろが!」
イクシマがテーブルに拳を振り下ろした。木が色褪せるぐらい古びているため、どこかで鈍い音がして割れた音が小さくする。聴覚の鋭いエルフは都合の良い耳をしているのか、全く聞こえていない素振りだ。
他の冒険者は村まで来ておらず、辺りは閑散としている。
幾ら騒いでも問題なく、向こうでは買い取り担当者が暇そうに欠伸をしている程度だ。しかし責任者のニーソが一瞥するなり姿勢を整え、急に忙しげに保管庫の確認などに動きだした。上司として一目置かれているらしい。
日射し除けのパラソルの下、海から微風を受け、波のさざめきを聞き、温い飲み物を口にする。そんな南国情緒の中で、モンスター退治に思いを馳せる。
「お主の魔法なんぞ、絶対にろくでもない事になる。止めておくのじゃぞ、よいな。我との約束じゃぞ」
熱心さを漂わせるイクシマの隣で、ノエルが深々とこくこく頷いている。
しかし事情を知らないニーソは不思議そうで、それどころかアヴェラが魔法を使えると聞き、少女らしい仕草で手を叩いて目を輝かせさた。
「アヴェラってば、魔法が使えるようになったのね。凄い凄い!」
「そうだろ凄いだろ。アレを倒すためにも魔法が必要なんだ」
「うんうん!」
「ところがな。折角の魔法も、使おうとすれば苦情を言われるんだ。ノエルとイクシマだけならまだしも、各方面からもな」
「そんなのおかしいよ、折角使えるなら使わなきゃなの。戦いの事は、詳しく分からないけど。でも魔法があれば、安全に倒せるって思うのよ」
「だろ。よし、ニーソからも言ってやってくれ」
「任せてなの。私も言ってあげる」
「では頼む」
アヴェラは指を上に向けた。
それを辿るニーソは赤いパラソルを見上げ、きょとんと不思議そうにしている。きっとノエルかイクシマのどちらかが示されると思っていたに違いない。
「ええっと、なに? それがどうかしたの?」
白く滑らかな喉が目の前に晒されると、少し前のふざけあっていた頃のように、くすぐってやりたくなってしまう。少しだけ我慢せねばならない。
「取り纏め役の方がそこにいる」
「ええっと?」
「パラソルじゃない。その上の、さらに上だ」
「そう言われても、よく分からないの」
「空の上にあるだろう、太陽が」
「え?」
「取りまとめ役の太陽神様」
思いがけない言葉にニーソは目を瞬かせた。
普通は冗談として笑うところだが、ヤトノという存在を知っているだけに、一概に冗談として片付けられない。如何にアヴェラに対する信頼を加えても、俄には信じがたかった。思わずノエルとイクシマに視線を向けると、気まずそうに視線を逸らされてしまう。
「それは天の上で一番偉くて凄くて優しくて、皆を見守ってくれる太陽神様?」
「その太陽神様だな」
「神殿で一番人気だけど。怒ると恐いから、ちょっぴり恐がられてる太陽神様?」
「干魃を考えると、太陽神様も災厄に片足突っ込んでるな。うちの厄神様と、裏で繋がっているのか? すると、なんだかんだ言って。ずぶずぶの関係なのか」
「どうして、そこから苦情が来るの!?」
ニーソは両手でテーブルを叩いた。先程のイクシマの一撃と違って、微塵も揺らがない。どうやらヤトノを知っているだけに、太陽神から苦情が来ること自体は疑っていないようだった。
その混乱した様子に、ノエルとイクシマは共感するように小さく何度も頷いている。自分たちと同じ気持ちを味わってくれて嬉しいといった様子だ。
「こやつが変な魔法を使うせいなんじゃぞ。ぜーんぶ、こやつのせいなんじゃって」
「変な魔法とか言うな。全ては素朴な疑問を元にした結果だ、つまり知的好奇心だ」
「どこがじゃ! あちこちの神さんから苦情が来よるじゃろが」
「カイゼクラッケは倒すためには、どう考えたって必要だろ。あれは倒す、絶対に倒す。だから今回ぐらいは苦情を言われてでもやるぞ。そもそも苦情と言っても、所詮はシェア争いが原因――」
晴れ渡った青い空に、突然として雷が鳴り響いた。雷光が砂浜に落ちた。それも、けっこう近くだ。村内の犬が怯えて吠えだし、閑散とした村の中に筈かな人影が現れ不安そうに集まり辺りを見回している。
今のはアヴェラの言葉をかき消すようなタイミングだった。しかも、厄神の一部であるヤトノが空を軽く睨み、犬でも追い払うように手を動かしている。これで賢いニーソは何かを悟って、顔を青ざめさせた。
間違いなく今の話は、何か非常に拙い内容だったのだろう。
イクシマは肩を竦めた。
「やめやめ、この話やめ。それより、まともにカイゼクラッケを倒す方法を考えるとしよまいか。もちろん、こやつの魔法抜きでな」
今度はもう、ニーソも口を出さなかった。むしろノエルとイクシマの側に立って、アヴェラの魔法使用の反対派になっているようだ。おかげでアヴェラの味方はヤトノだけである。
むっ、としたアヴェラが何かを言おうとするのだが。そのときノエルはテーブルの上に腕を組み、そこに胸を載せ身を乗りだした。
「アヴェラ君の気持ちは分かったよ。だから倒すのは頑張るよ。でも、私たちだっている事を忘れないで欲しいな。それで確認なんだけどさ、普通の人の魔法なら海に当たっても大丈夫なんだよね?」
話の後半で尋ねた先はヤトノだが、どのみちアヴェラは殆ど聞いていない。なぜなら、身を乗り出すノエルの胸を注視していたところを、ニーソの肘打ちを脇腹に貰って悶絶しているのだから。
ちらりと見やったヤトノは呆れた様子だ。
「はいはい。いくら海神めが短気でも、流石に怒りはしませんよ。いえ、気付かないと言うべきでしょうか。あれは図体だけは無駄に大きいのです。普通の人間の魔法などでは、少しも存在に気付かないでしょう」
「そっか大丈夫なんだ……と、言うわけで、私たちの魔法は大丈夫。アヴェラ君、言いたい事は分かるよね」
じっ、と見つめられたアヴェラは視線が泳ぎそうな事もあって何も言えない。男の
ノエルとイクシマとニーソは顔を見合わせると、三人揃って頷いた。
「二人ともお願いなの、アヴェラが変な事しないように見張ってね」
言ってニーソは手を軽く合わせた。
さらに太陽に向かって祈りを――むしろ決意表明で、しっかり見張ると呟き、さらにはアヴェラが迷惑をかけている事まで謝っているぐらいだ。
ノエルは人差し指を立て、自分とイクシマを交互に指し示すよう振って見せた。
「まずは、私とイクシマちゃんで魔法攻撃だね」
「その通りじゃって、我らの魔法だけで十分じゃな」
「アヴェラ君は周囲を警戒で、他のモンスターに対処して貰う感じかな」
「ノエルは良いことを言う。まさに、それじゃって。ついでに荷物持ちと、ポーション係も任せてしまおうぞ」
「これで一度挑戦してみるのがいいよね、うん」
「うむうむ、それで十分じゃって。と言うかなー、一気に倒すとか考えとるんは、こやつだけじゃろって」
イクシマはテーブルに頬杖を突き、空いた手でアヴェラを指し示してみせた。
「戦って相手の様子を窺う。どのような動きをして、どのような攻撃が有効かを見定める。そして少しずつ有利な戦いを会得し、勝ち戦に向け経験を積み重ねていく。これぞ戦いの極意じゃ! よいな、文句を言うでないぞ」
「別に倒すのであれば文句はない。文句は。だが、一つ言いたい事がある」
「なんじゃ?」
「イクシマが、戦いの極意などと言うとは意外だ」
「お主、我をどう思っとるん!?」
「突撃脳筋エルフ」
「やかましいいいっ!」
怒るイクシマの一撃を受け、テーブルはついに破壊されてしまう。上に載っていたコップは落下。跳ね上がった一つが運悪くノエルに命中し、中身を浴びせている。ちょっとした騒ぎになったが、アヴェラの前にあったコップは、しれっとヤトノが掴み取って救っていた。
「御兄様、どうぞ」
「ありがとう。しかしカイゼクラッケは倒すぞ。何が災厄だ……」
水を浴びたノエルの対応に忙しい中で、アヴェラは小声で不満そうな声を出す。これにヤトノは嬉しげに抱きつき言うが、耳元で囁くように甘えるような様子だ。
「別に魔法も気になさらず使って下さいな。何かあれば、わたくしが上手く対応しますから。ええ、うるさい連中は必ず黙らせてみせますので」
「必ず倒してみせるさ」
飲み物に口をつけたアヴェラはヤトノを抱くように立ち上がり、決意と共に海を見やった。そこに倒すべきカイゼクラッケがいるかのように、鋭い眼をしている。
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