第135話 いろいろ琴線に触れてしまう

 アヴェラが何かを思いついた翌日のこと、パーティは当然のように海辺へと来ている。波の音の響きも、日射しの強さも、少しも変わりがない。

 毎日が好天気。

 これだけ晴れていると、少しばかり雨か曇れば良いと思うぐらいだ。

 浜辺の断崖沿いの土を踏み締め、ぐいぐい進むアヴェラを見やり、イクシマは小さく呆れ交じりの息を吐いた。

「なんぞ知らんが、妙に張り切っとるな」

「そうだよね。クエスト受注だって急いでいたから、きっと何かあるんだよ」

「じゃっどん、我はどうにも嫌な予感がするんじゃって」

「あっ、それ同じかも」

 見るからに機嫌の良いアヴェラの様子に、ノエルとイクシマは不審を抱いている。それもこれも、今までの積み重ねだろう。二人の脳裏に数々の出来事――主に大きな騒動――が過ぎり、揃って深々息を吐いてしまった。

 アヴェラは少しも気にしていない。否、気付いていない。自分の思いついた事を早く実行したいだけなのだ。

 代わりに、二人の前を歩くヤトノが振り向く。

 両手を腰に当て軽く頬を膨らませ、後ろ向きに歩くが、それでいて足取りには少しも危ういところがない。しかもアヴェラに合わせ弾むような様子だ。

「小娘はともかく、ノエルさんまで失礼な。御兄様が御機嫌よろしく張り切っているのですよ。楽しみにしこそすれ、嫌な予感だなんて失礼なんです」

「うっ、確かにそれはそうかも。ごめんなさい」

 謝るノエルは本当に申し訳なさそうだ。

 素直な反応が得られてヤトノは嬉しそうに頷く。相変わらず後ろ向きに歩きつつ、足元の変化を軽々と回避し、それどころか姿勢が少しもぶれていない。

「でもさ、アヴェラ君の思いついたことを知りたいんだけどさ」

「もちろんそれは、着いてからの楽しみなのです」

「えーと、つまりヤトノちゃんも教えて貰ってない?」

「むっ、御兄様のお考えなのです。私は別に教えて頂けなくても構いません。楽しみしかありません。問題なんて少しもありません」

 ヤトノは少々ムキになりながら向きを変え、そのままアヴェラに腕を絡めてしまった。しかも、ちらっと振り向いて舌を見せている。まるっきり子供のような様子で、誰もこれが厄神の一部とは思うまい。

 実態を知っているノエルですら、少し疑ってしまったぐらいなのだから。


 漁村に入るが、あの覇気のない見張りをしていた男は、ついには見張りすらしていない。誰も居ない門を通り抜け、漁村の中に入って、そのまま真っ直ぐ買い取り場へと向かう。

 ニーソが気付いて直ぐにやって来た。素材が持ち込まれる時間帯ではないため暇だった事もあるが、なによりアヴェラの姿があるからだろう。

 だがしかし、そんなニーソもアヴェラの言葉に目を瞬かせ戸惑った。

「えっと、特産品に海藻を使うの?」

「海辺の海藻を集めて、それを煮て洗って刻んで乾かす」

「そうするとどうなるの?」

「海苔になる」

 アヴェラは堂々と言い放った。

 もちろんニーソに判る筈もなく、助けを求めて視線を送るものの、その先で頷いたノエルが手を挙げる。

「ごめん、海苔って何?」

「海苔は海苔だが、パリパリして美味い」

「なるほど、食べるものなんだね」

「ご飯に素晴らしく合う」

「……と言うわけで、アヴェラ君は海苔というものが欲しい状況のようです。うん、これは言ってもムダみたい。ニーソちゃん分かってあげて」

 エルフの里の惨劇――ご飯を食べそびれただけで敵を壊滅させた――を知るノエルは諦めた。イクシマも諦めた。二人とも何を言ってもムダだと理解しているのだ。

 その辺りを話でしか知らぬニーソは実感として納得できないが、しかしそこは幼馴染み。これまでの付き合いと信頼と、その他諸々によってアヴェラの言葉を納得するに至った。

「アヴェラの考えは判ったの。まずは本当にできるか試してみないとダメね」

「机上の空論だからな、確かに試してみないとダメだな」

「まずは、そうね……」

 ニーソは腕を組みつつ頬に指を当て、目を上に向けながら思案する。アヴェラの希望をどうやって実現しようか一生懸命に考えているのだ。

「やっぱり村長さんに、お話をして協力して貰うべきって思うの」

「地元の有力者に話を通して事を進めるか。ニーソも分かってきたじゃないか」

「もちろんなの。やっぱり根回しが大事なのよね」

「挨拶がないってだけで、ゴネる奴もいるからな」

「うん、嫌がらせしてくる人もいるの。ここの村長さんは大丈夫と思うけど」

 アヴェラとニーソが話ながら歩きだすと、何やら呆れ顔のイクシマは、隣のノエルと小さく言葉を交わすのだった。

「この二人、やたら画策しよる……」

「ちょっと恐いよね」


 買い取り場を出て浜辺に出たとき、日はやや高い位置にあったが、まだ他の冒険者が来るには早い時刻だ。

 砂を踏み締め進むが、ここは村の中のためクラブシェベの不意打ちを心配する必要はない。あの貧弱な柵であっても、一応はモンスター避けの効果があるらしい。

 そんな村の海辺には、数隻の船が陸揚げされ船底を晒している。

 船と言っても小さく、見たところ二人か三人かそこらが乗れる程度の大きさだ。前世の感覚で言えば、カヌーやカヤックといったものだった。

 男が一人、目の粗い漁網の掃除をしている。

 アヴェラたちの姿をちらりと見たのは、あの見張りの男だ。相も変わらず気怠そうな様子で浅く笑った。どうやら、この男が村長だったらしい。

「あんたらか。それに商会のお嬢さんまで一緒とは、どうかしたのかね?」

「村長さんに少しお話がありまして」

「ああ、商会が村から撤退するのかい? 残念だけど構わんよ、あんたが今まで良く頑張ってくれたのは知ってるからね。ご苦労さんだったね」

「違います、そんな話ではありません」

 ニーソが一生懸命に説明をする。

 だが、アヴェラは全く意識を別の場所に向けていた。それは村長が手入れのため、漁網から取り除いている海藻だ。赤茶けたような色合いで、漁網に絡まるように張り付いている。

「――と言うわけで、新しい特産品のために試したいのです。あれ?」

 説明していたニーソはアヴェラの様子に気付いた。

「ちょっと、どうしたの。アヴェラ?」

「これは間違いない」

「ちょっと?」

「間違いなく海苔になるタイプの海藻だ」

 アヴェラは砂地に膝を付き、漁網から除去され一箇所にまとめられた海藻を手に取った。磯臭さが強いが、少し口に含むと確かに、それっぽい風味がする。

 気怠げな村長は何事にも諦めきったような態度であったが、流石にアヴェラが詰め寄ってくるとは思わなかったらしい。

「村長!」

「うおぅ。なんだね」

「この海苔はよく採れるのですか。どうやって食べてますか」

「海苔ってのは、この海藻の事かね。いやはや、採ったりなんぞはせんよ。網に絡まって迷惑なだけでね。食糧がない時などは食べるが、あまり食べるものではないよ」

「これをもっと沢山集める事ができますか?」

「沢山かね……」

 言って村長は気怠げに海を指し示した。

 それは村から離れた岩場のある方向となる。平らに近い海面は細かな波があるらしく、きらきらと日射しを反射し美しい。空には白い鳥が何羽も旋回し、陸ではピンギヌが群れて移動をしていた。


「あの辺りで漁をすると、よく絡まるので、集めるのは簡単だろう」

「だったら――」

「お若いの、そう急かさんでおくれ。集めてどうするのかね」

「売れる商品をつくります」

 目を輝かせ身を乗り出すアヴェラに対し、しかし村長は小さく頭を振った。その仕草には諭すような穏やかさだが、同時にどこか疲れきったような雰囲気がある。

「悪いが、この村には余力がないのだよ。君が勝手をするのは構わんが、我々をそれに巻き込まないで欲しいね」

 村長は素っ気ないが、それも当然だろう。まともな人間は良く知りもせぬ相手の言葉に気安く応じるはずがない。一介の冒険者の言葉で、村の労力を使うような事などありえない。やんわりと拒否してくれただけでも、充分に立派な対応だ。

「仰るとおりですね。とりあえず、ここにある海藻を売って下さい」

「ほう?」

「まず試作してみます。それが上手く売れたら、改めて素材として買います」

「売れて金になるのであれば協力は惜しまない。だが……どのみち難しい」

 言葉を途切れさせた村長は海を見やり、小さく息を吐いた。

「あそこらはカイゼクラッケの縄張りなのだよ」

「フィールドボスより強いとか言う、あれですか」

「奴が居着いて大勢が犠牲となった。まともに漁などできず、やって来る冒険者も減った。食うに困った皆は村を出て行って、残ったのは出て行く気力も無い者ばかり。まさしく災厄だよ」

「いま何と?」

 アヴェラが片眉をあげた。

「いま何と言いました?」

「ああ、災厄だと言ったがね」

「なるほど、あれを災厄だと。なるほど、なるほど」

「ん? どうしたね」

「間違いですね。あんなもの災厄ではなくって、所詮は取るに足らない生き物です。雑魚です雑魚、同列にする方が間違ってます。いいですか災厄って言うものは、もっと強くて立派で、なんというか気高く圧倒的なんです。分かりますか? あんなのとは全く違うわけです」

 熱く語るアヴェラに村長は眉を寄せ訝しがる。

「はあ……? しかし、村にとって立派な災厄そのものだよ」

「なるほど、いいでしょう。ちょっと行って倒してきます」

 アヴェラは極めて不機嫌そうに宣言をした。

 後ろでは少女三人が肩を竦め、いかにも仕方ないという素振りをしている。そしてヤトノは最高の笑顔で目を輝かせていた。

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