第134話 街の中で閃く危機とか思考とか
アルストルの街で、ウィルオスたちと分かれた。
施療院で治癒魔法を受け、少し様子見で休憩するのだそうだ。まだ微妙に痛みと疲れを残した動きで遠ざかっていく姿を見送る。
遠くで挙げられる手に挙げ返し、アヴェラは苦笑した。
「ウィルオスの奴も、思ってたより心配性だな」
「でもさ、仕方ないんじゃないかな。ポーションで回復しても、しばらくして倒れる場合もあるって聞くからさ」
「そういう事もあるんだ……いや、待てよ。なるほど、そうか」
最後を小さく呟いたのは、ポーションの効果を考えてみたからだ。
ポーションは確かに傷を治す。その傷ついた部位を癒着させ出血を止め、痛みを減じてくれる。本当に魔法のような効果だ。
しかし、これを治療として考えれば、些か不都合もあるかもしれない。
傷口に異物が残ったまま傷が塞がればどうなるのか。または有害な細菌が入り込んでいる場合はどうなるのか。血液が溜まった状態になる場合もあるだろうし、傷口の皮膚や肉や骨が変な形で癒着する場合もありそうだ。
そこを考えれば、あくまでもポーションは応急処置品なのだろう。
「行こうか」
軽く肯き歩きだす。
転送魔方陣のある石造りの建物を出て、綺麗な水を噴き上げる池を横目に見る。混雑する時間帯より早いため、辺りを行き交う冒険者はまばらだ。
素材は既に漁村でニーソに渡しているため、ここで精算所に行く必要は無い。
アヴェラを挟んでノエルとイクシマが並び、のしのし歩く方から問いかけられた。「しっかし良かったんか? 街に戻ってしもうて」
イクシマは戦鎚を背中に背負ったついでに、頭の後ろで手を組み伸びをした。
すっかり気を抜いた様子だが、イクシマの場合はフィールドでも街中でも、あまり態度が変わらない気がする。
「お主、特産品になるもん探しとったじゃろ」
「確かにそうだけどな……そう簡単に見つかるものでもない」
「そりゃそうじゃ。ところで我によい考えがある。どうじゃ聞いて頼ってくれてもよいのだぞ」
「甚だ不本意で果てしなく不安で著しく心配ではあるが、聞いてみよう」
「ふんっ! 失礼な奴じゃって。だが仕方がない、我の考えを聞かせてやろうぞ。伏し拝んで感謝を示すがよい」
怒りながら恩着せがましい器用なイクシマであったが、アヴェラが道端の飴売りを指し示せば、立ち所に機嫌が良くなった。飴はそこそこ高級品なのだ。
ちゃっかりしたイクシマには、呆れ交じれの微笑をするしかない。
「飴を頂けますか」
銅貨四枚を渡すと、飴売りの男は専用スコップを手にとった。鮮やかな手慣れた仕草で、飴のつまった木箱から四粒がすくいあげられる。
個包装などというものはないので、飴売りは差し出した手に一粒ずつ乗せていった。思ったよりも大きめで、透き通った琥珀色が美しい。二粒受け取ったアヴェラの腕を白蛇ヤトノがするすると這い、ひょいと一粒咥え引っ込んでいく。
驚きの目をした飴売りに会釈して歩きだし、飴粒を口に放り込む。
口いっぱいに甘い味と香りが広がるが、強くはなく上品な味わいがある。前世の飴の味とは違って素朴さが漂う美味しさだった。飴一つをとっても、この世界にはこの世界の良さがある。
「あまあま、うまうま。これは良き飴じゃぞ」
「次も今の人を探して買うか。それで? 良い考えってのはなんだ」
「んー? なんじゃったかな、甘いものを食べたら忘れてしまった」
冗談めかしたイクシマは平然と言ってみせた。
どうやら勿体ぶっているらしく、アヴェラとしてはどうしてくれようかと思案するところだ。
道路に張り出して客席を設けた飲食店では、何人かの冒険者が食事中だ。大きな笑い声があがり、どうやら酒も入っているらしい。
パン屑を狙って路上を跳ねる小鳥を避け歩いて行く。
「なら飴を返せ」
「ケチなやつじゃな。もう口の中でなめておるんじゃぞー、返せるわけなかろ」
「この手に出せよ、大きい粒だから残ったのだけでも食べてやる」
「んなっ!?」
「ほら出せ、ここに出せ」
「そ、そんなのってそんなのって、破廉恥なんじゃって!」
顔を真っ赤にして騒ぐイクシマが両手を振り上げ叩いてきた。
「やめろって」
「うるさいうるさい。この破廉恥者がー」
「痛いって、少しは加減しろって」
「この破廉恥がー!」
馬鹿力に押されたアヴェラがよろめく。そしてぶつかったノエルが運悪く飴玉を喉につまらせ、それを助けようとして二人とも大わらわ。往来の中で周りの注目を集めている事にも気付かない。
ヤトノは飴を口に含んで楽しんでいる。
「ううっ、今度ばっかりは死ぬかと思った。でも、ポジティブに考えなきゃ。そう、こういうのも貴重な体験。次からは喉につまっても、きっと冷静に対応できるに違いからさ。うん」
ノエルが少しも責めもせず健気に呟くものだから、アヴェラとイクシマは大いに罪悪感を覚えていた。そのため、お互いに言いたい事はあっても我慢して一応は和解をしている。
「それで、よい考えってのはなんだ?」
「ぬっ、そうじゃった。つまりの、特産品がどうこう考えるよか、あのカイゼクラッケってのを倒せばいんでないか」
「確かにそうなんだよな……」
海辺でウィルオスが言った言葉を思い出すと、カイゼクラッケのせいで冒険者が少ないらしい。さらに推測すれば、漁村が寂れていたのも舟が出せないからだろう。
だが――。
「あれが原因の一つではあると思うけどな、だからって倒して万歳ハッピーエンドにはならんだろ」
「そうなんか? 村から去った連中も戻ってくるじゃろ。そしたら漁に出て魚もいっぱいとって、ニーソの儲けも増えるんでないか?」
「カイゼクラッケを倒したからって、出て行った連中が戻るとは思えないな」
決意を持って住処を離れ、新しい土地で新しい生活をはじめてしまえば、そこを簡単には手放せないだろう。人はそれほど器用ではないのだから。
「それに魚が増えたとこで、ニーソの売り上げは微々たるものだろうな。魚なんて他からも手に入るから値段は高くない」
「ぬっ……」
「そこにしかない他にはない、そんな特産品が結局は必要なんだろうな。でも、イクシマの言う通り、カイゼクラッケが居ない方が良いのは確かだな」
「うむ、我は賛成じゃって! 強敵との戦いぞ!」
「つまり、お前が戦いたいだけだな」
遠距離から魔法で攻撃すれば倒せなくもない。
「ここは太陽神に目を瞑って貰って、ファイアボールとか何かで攻撃するとか」
「なるほど海に魔法を打ち込み、海神に宣戦布告ですね!」
「え……」
ヤトノが勢い良く首をあげた。戸惑うアヴェラをよそに、何やら張り切った様子である。通りに人通りがないので良かったが、もし誰かがいれば喋る白蛇の姿は大いに驚かれたに違いない。
「あれは気が荒いですからね、きっと挑発にのってくるはず。宜しいです、御兄様のご期待に応えましょう。久しぶりの神界大戦に、わたくしの本体もわくわくしてます。太陽神は日和見でしょうが、火神は味方につきます。これは、いけますよ」
「……というのは、なしだな」
「そんな、御兄様は神界大戦やる気ではないのですか」
「終末の角笛を吹く気はない」
「えー、つまらないです」
ぼやくヤトノにアヴェラは肩をすくめる。
火の魔法がダメとすれば、風を使った魔法も同じだろう。さらに氷を使った魔法にしても氷関係の神との兼ね合いもある。なにより太陽神に遠慮して欲しいと言われているのだから、それで揉め事を起こすのは宜しくない。
「くっ……意外にしがらみが面倒くさい」
世界滅亡の危機に瀕してまで、カイゼクラッケを倒す意味も価値もあるはずがない。それであるなら素直に特産品を考えた方が、よっぽど簡単だ。
「よいか、お主。魔法を使うでないぞ、絶対にじゃぞ。いいか、フリでないぞ」
「なるほど。つまり小娘は、やれと言っているのですね」
「はぁ!?」
「オルクスも泣く泣くですけど、小娘のためならと協力を申し出ております。あれも、なかなか身内びいきですから」
「なしてそうなるん? 我は! 一欠片も! これっぽちも! やれなんて言うとらんじゃろぉ!?」
イクシマは動揺しきって息を荒くした。
やはりヤトノは人と同じような言動情動をしていても、本質は神であって似て非なる存在だ。イクシマの否定をネタと捉えて期待しているらしい。
なんとなく理解したアヴェラは、深々と息を吐いた。
「やるわけないだろ」
「そんなー、つまらないです」
「いつか世界が滅びるにしても、自分の手は汚したくない」
「流石は御兄様です、そんな卑怯で邪悪なところが素敵」
ヤトノは真っ白な蛇体をくねらせ、頭突きのように甘えている。
そんな姿に何とも言えない顔をしているのがノエルとイクシマだ。目の前で世界滅亡が始まりかけたのだから仕方がない。
「よし! 我は気にせぬぞ。今の世界がどうとかって話は、忘れた忘れた」
「そうだよね、私も何も覚えてない。ううん、何も聞いておりません」
二人して顔を見合わせ笑うのだが、ノエルはイクシマの持つ戦鎚に目を向けた。身長差があるので、ちょうど目の前の辺りにあるのだ。
「イクシマちゃん、戦鎚に汚れが付いてるよ」
「うぬっ、海でくっついておったか。いかぬっ乾いて張り付いておる」
言うなりイクシマは戦鎚を抱え込み、表面に張り付いた物体を擦って取りだす。
それを何気なく見ていたアヴェラであったが、いきなり表情を強張らせ目を何度も瞬きさせだした。さらにイクシマでも両手でなければ扱えぬものを、片手で軽々と掴んで持ち上げてしまう。
「ちょっと待て、これは……」
「お主ー、なにすんじゃって。返せよー、我の戦ちゃん返せよー」
手を伸ばし跳ねるイクシマをいなしつつ、アヴェラは戦鎚の表面に張り付いていた物体をこそげ取る。さらに口に運んで舌にのせ含んだ。
戦鎚を取り返したイクシマが文句を言いたそうであるし、ノエルが不思議そうに小首を傾げているが、しかし今はそれどころではない。
「間違いない」
口の中に広がる風味に、アヴェラは一つ頷き力強い笑みを浮かべた。
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