第131話 海辺の休憩は
買い取り場に併設された休憩所。
そのデッキの隅の、日射し除けパラソルの下。椅子に座るアヴェラは、潮風を感じながら寛いでいた。机を挟んで向かいの席では、ノエルとイクシマが焼きイカをハグハグ囓り、それをヤトノが呆れた様子で見ている。
ニーソが冷たい飲み物を運んで来てくれた。
「飲み物を持って来たの、はいどうぞ」
海辺の暑さがある場所という事で、膝丈で軽く膨らんだ白いワンピース風の服。緑を帯びる髪に白花の飾りを着けている。避暑地のお嬢様というのが、アヴェラの感想だ。つまり似合っているという事なのだが。
「ありがとう、貰うよ」
「隣に座ってもいいかな」
「遠慮する仲でもなかろうに、普通に座ればいいじゃないか」
「それなら遠慮なく」
淑やかに座ったニーソは、にこりと優しく笑った。これにアヴェラが応えて笑い返すが、そこには幼馴染みならではの意志疎通というものが存在する。食べるに夢中だったノエルとイクシマは、イカを囓りながら見つめるばかりだ。
「ふむ、冷たいお水。なかなか殊勝な心がけですね」
「よかった、ヤトノ様に褒められて光栄です」
「ところで、ニーソはここで何をしているのです」
「あっ、はい。冒険者協会の下請けとして、出張買い取りをしてます」
自分よりも小柄で幼く見えるヤトノに対し、ニーソは神妙な態度で返事をする。このヤトノが厄神の一部であるからだけではなく、幼い頃から面倒を見て貰った相手なので頭が上がらないのだ。
アヴェラのコップが空になると、ニーソは即座に水差しで注ぐ。中でカラリと音が響くのは氷が幾つか入っているからだ。
「ふう、水が美味い。思ったより喉が渇いていたな。しかし素材の買い取り? 武器販売の担当じゃなかったのか?」
「うん、それも担当なんだけど……よく分かんないけれど、会頭さんが他の仕事も経験しなさいって言うのよ。それで、しばらくここで素材の買い取りなの」
「……なるほど」
困った様子のニーソに対し、アヴェラは商会トップの意図を察した。
つまり、そのコンラッドはニーソの事を大きく見込み、商会の幅広い業務内容を把握させようとしているに違いない。ひいてはそれは、ニーソが将来的にコンラッド商会の幹部になる可能性が高いという事でもある。
この幼馴染みが大きく飛躍しようとしている事が嬉しくあるが、ほんの少しだけ寂しくもある。なんだかニーソが遠くに行ってしまいそうで、アヴェラとしては何とも複雑な気分だ。
「それはそれとして。素材の買い取りがあるのは、ありがたい」
「うん、そうみたいね。この辺りの素材は痛みやすい品が多いの。たとえばクラブシェベのお肉なんて、とっても高級品なのに直ぐ痛んで台無しになるのよね」
「なるほど、これ買い取れるか?」
傍らに立て掛けてあった戦鎚に手をやって、そこに吊してあった氷付けの革袋を取り寄せる。多少は解凍されて滴がぽたぽた落ちている状態だ。
テーブルの上においたそれに、ニーソは触るなり驚いた。
「冷たっ! えっ、凍らせたの。これだと値段は下がるけど、何とか……」
そして提示された金額は、看板にある数字よりも少ない。
ここで公私混同をしないニーソは、商人として立派に違いない。ただし、それ意外では――たとえばアヴェラの代わりに投資をして損失は自腹で埋めたりと――どうにもダメダメな、貢いでしまうタイプなのだが。
「荷物としても困るし、ピンギヌ素材と含めて買い取りを頼むよ。店員さん」
「かしこまりました、お客様」
冗談めかして言葉を交わす二人の息はピッタリであった。食べるに夢中だった二人は、水差しを奪ってガブガブ飲んでいる。
そのとき、後方から軽く言い争う声が聞こえた。
振り向くと、大剣を背負った冒険者が買い取り値に不満を述べている。
「あっ、ちょっとごめんね」
ニーソは説明のため向かおうとするが、それをアヴェラが手で止めて歩きだしたのは、相手の冒険者に見覚えがあったためだ。
「――だから、協会の買い取りより安すぎなんだってば」
「それについては申し訳ありません」
「こっちも生活がかかってるし、ちゃんと買い取って欲しいんだよ」
「いろいろ事情があって、これ以上の値段は無理なんです」
なかなか引かない冒険者に、対応中の担当係員は困り顔だ。
そして背後から近づいたアヴェラは、その冒険者の肩を叩いて合図した。
「ウィルオス、ここに来ていたのか」
「んっ!? うぉっ、うおおおっ!」
少し驚かすつもりだったが、その期待通り顔を見るなり声をあげ、目を見開いている。そして直ぐに破顔して嬉しそうな笑顔を見せた。
「ようっ、相棒じゃないか。なんだよ、お前もここに来てたのか」
「まだ二回目だけどね」
ウィルオスとは、一時的にパーティを組んだ間柄だが、お互いに何となく気持ちが合う間柄。それから言葉を交わす気心の知れた相手だ。
「武器を大剣に変えたんだ」
「そうだぜ。頑張って貯めて、やっと手に入れたんだぜ」
「大剣というのも良いな」
途端、アヴェラが腰に帯びたヤスツナソードがカタカタと――まるで文句でも言うかのように――音をたてた。気のせいと思いたいが、音は確実に響いている。
おかげでウィルオスが訝しげだ。
「その剣どうかしたのかよ」
「……さあ? 鞘が合わないのかもしれない」
「うーん、そういうのってのは良くないな。どうせなら剣ごと買い換えた方が良いかもしれないな。大剣はオススメだぞ」
「これは、お気に入りなんでね。それより――」
アヴェラはヤスツナソードの鞘を掴み、親指で柄を押さえた。これは離ればなれになっても自力で戻ろうとするような剣なのだ。ウィルオスの身の安全のため押さえておいたのだが、間違いなくそれは正しいに違いない。
「買い取り値に不満があるみたいだけど」
「そうなんだけど、これを見てくれよ。協会での買い取り値段と比べて安すぎだろ。こいうのって酷いと思わないか?」
「いやいや、そうは思わないな。素材を腐らせて台無しにするよりは、ここに持ち込んだ方が儲かるだろう」
「でもよぉ、足元見ての値段ってのがなぁ。許せないだろ」
「飛空挺を使う輸送費と手数料、それから買い取りをする人件費。商会としての利益を考えると、買い取り値としては妥当なんじゃないかな」
「うーん……そうか、なるほど……確かにそうかもしれない」
元の世界では当たり前の考えだが、この世界においては、そこまで考えられる者は少ないだろう。横で聞いていた買い取り担当が驚くぐらいには、珍しいようだ。
腕組みをしたウィルオスだが、仲間のレンジャーとマジックユーザに促される。そちらの二人は、最初から買い取り値にあまり文句はなかったらしい。
「文句を言うよりかは、数を倒した方がいっか。相棒、ありがとよ」
「またいずれ」
「おうっ、またな。それと、そっちの人も悪かった」
担当係員に手を挙げて謝り、ウィルオスは仲間と共に去って行った。その後ろ姿は少し前に会った時に比べ、ガッシリとして力強さがある。どうやら順当に冒険者として成長しているらしい。
それに比べ自分はどれだけ成長出来たのだろうか。
アヴェラは少し焦るような気持ちになった。
手助けされた担当係員は頻りに何度も頭を下げてくる。
そこには助けられたというだけでもないだろう。なにせ現場の責任者であるニーソが直々に――しかも親しげ且つ丁寧に――応対しているのだ。部下としては、その辺りを推しはかって、何度も頭を下げるしかないのだ。
「ごめんね、ありがとうなの」
「別に大したことない。相手が知り合いだったからな。それにな」
「なぁに?」
「ニーソの部下が困っていれば助けるに決まってるだろ」
「もう、アヴェラってばそういう事を言うんだから……ばか」
頬を染めた口からぽそりと呟かれた言葉。それを聞いたアヴェラは少しも気にしない。幼馴染みとしての、ちょっとした言葉にしか思っていないのだった。
ただし、ノエルとイクシマは手招きで焼きイカの追加を頼んだ。その態度に担当係員は何を感じたのか、すっ飛ぶようにして用意している。
席に戻るとニーソは困ったように、小さく息を吐いた。
「でもね、実際に。今みたいな苦情は多いのよね」
ニーソは軽く声を潜めた。
それでヤトノも一緒に顔を付き合わせれば、ノエルとイクシマも新しい焼きイカを咥えながら顔を近づけた。おかげで少し香ばしい。
「これは内緒なんだけど、アヴェラの言った事は半分正解なの。つまり、商会の利益の部分がないから」
「そうなのか?」
「輸送関係と人件費だけで、後は村に対する支援金なのよね」
「コンラッドさんらしいと言えば、確かにらしい考え方だな。でも、それは商会として大丈夫なのか?」
「大丈夫くないのよね。私がここを任されたのも、ここから何か利益を出してみなさいと言われたからなんだけど。本当、どうしよう。全然思いつかないの……」
聞いてアヴェラは納得した。
これはコンラッドがニーソに課した試練であり、また応援なのだろう。利益の出ない事業から見事に利益をだせれば、商会内の誰もがニーソの実力を認める事になる。そういったチャンスを用意しているのだ。
幼馴染みが商人として大きく飛躍できるかどうかの時。
「よし、一緒に考えよう」
困り顔の幼馴染みを前に、アヴェラは決意と共に力強く頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます