第132話 何をどうするのか考えてみたい

「まずは目的を確認だが、ニーソは利益を出せばいいのだよな」

 当たり前の言葉にイクシマが呆れる。

 ぐったりしているのは、焼きイカの食べ過ぎらしい。テーブルに突っ伏す様子で顎を載せ、上目遣いで視線を向けてくる。自業自得とはいえ苦しそうな顔だ。

「お主なー、何を言うておるのじゃって。そんなん確認するまでもなかろうが」

「基本を確認しておかないと、方向性がおかしくなる。つまり利益を出すという行為が、素材の買い取りでの利益か、他の何でもいいのか。これだけでも、考えるべき条件が全く違ってくるだろ」

「またぞろ、小難しい事を言い出しよったな」

「別に小難しくないだろ。イカシマ」

「誰がイカじゃあああっ! 変な名前で呼ぶなよー!」

 がばっ、と身を起こしたイクシマは語気も荒く怒った。しかしアヴェラにそう呼ばれても仕方がないだろう。なにせ、呆れるほど大量の焼きイカを食べたのだから。

 まあまあ、と宥めるノエルも同じ量を食べているが、こちらは平気な様子だ。

「それよりさ、ニーソちゃんってば。そこはどうなの?」

「えっとね。別に商会としては利益が出れば何でもいいって感じなの」

「なるほど。と言うことだそうです、はい」

 話を振るように手を向けたノエルに、アヴェラは頷いた。

「ありがとう。素材に限定されると、面倒だったから良かった」

「むっ、そうなんか。ちなみに素材に限定されとったら、どうしとったん?」

「買い取り数を増やすしかないから、宣伝が中心だな。そうするとイクシマにイカの格好をさせるとか、イクシマに看板を持たせて走り回らせるとか、イクシマにチラシを配りをさせるとか、イクシマに呼び込みで叫ばせるとか――」

「やかましいわっ!!」

 イクシマを弄っていると、困り顔だったニーソも笑顔になっている。


 晴れ渡った青空に白い雲が浮かび、遙か向こうで澄み切った海と一本の線によって区分されている。押し寄せる波は穏やかで、心地よい波音を響かせる。強い日差しの中で日除けに守られ微風を感じ、気心知れた仲間に囲まれた状況。

 これは、ある意味で最高の環境だろう。

「素材買い取りは除外して考えよう。折角、飛空挺が動いているんだ。これを上手く使えればいいかもしれない」

「それならさ。貴族様とか偉い人に、美味しい魚を食べに来て貰うとか?」

「それも候補だけどな、貴族が来れば滞在用の建物が必要となりそうだ。そしたらコストがかかって赤字だ」

「確かに。それに魚ばっかりだと飽きちゃうかもだね」

「イカもあるけどな」

 取り留めもない話をしながら、アヴェラは考える。

 思い出すのは前世でやったゲームで、世界を股に掛かけ船を揃え販路を開拓し各地の品を安く買って別の街で高く売るものだ。物事を単純に考えれば、儲けるにはこれが一番の方法だろう。

「飛空挺が動いているなら、その往復で何かを運んで売ればいいよな。たとえば、ここで取れる魚とかはどうだ」

「それ、もうやってるのよ」

「イカもか?」

「イカも」

 ニーソは頷いた。

 さらにアヴェラは、その前世のゲームの詳細を思い出す。確か寄港地の村で投資をすれが特産品が開発され、それで稼げた覚えがある。物事を単純に考えれば、儲けるには一番の方法だろう。

「そうすると、何か売れるものを用意するしかないな。つまり、この海辺から売れそうな商品を探すわけだ。海、海……そう言えば塩を売れば言い」

「塩なんて……そんな……ここに売れるような塩なんてないのよ」

「だったら簡単だ。よし、塩をつくろう」

 前世の観光地で見た塩づくりを思い出していた。この世界の塩の製造技術がどの程度かは不明だが、塩田などで塩をつくれば儲けられる。大雑把な作り方しか覚えていないが、多少の労力で成功間違い無しだ。

 しかし――イクシマが鼻で笑った。

「お主なー、それ本気で言っとるんか?」

 寛いだ様子でコップを差し出し、ニーソに冷たい水を注がせている。まだ苦しそうなのはイカが胃もたれしているからだろう。


「なんだよ、なにか問題でもあるのか?」

「大ありじゃろって。こ奴ときたらなー、変なところで常識がないんじゃって。本当にしょうが無い。これはもう、我がしっかり教えてやらねばいかんな。うむうむ」

 イクシマが偉そうに言うと、ささっとヤトノが口を出した。

「御兄様、塩というものは戦略物資なのですよ」

「戦略物資……そう言えば、敵に塩を送るとも言ったな」

「流石は御兄様、聞いたことのない話をご存じとは素敵ですわ。それで塩ですが、もし塩をつくって販売でもすれば国家に対する反逆罪。村ごと殲滅というのが、この世界の常識のようです」

「えっ。いや、それもそうか……」

 アヴェラは額を押さえ項垂れた。

 前世で暮らした世界の平和な国でも、塩は専売制が長く続いていたはずだ。このところ物事が上手く運んでいたので、つい浮かれてしまった。調子にのって、浅はかな知識を振り回そうとしていた事を反省するしかない。

「教えてくれて、ありがとう、ヤトノ」

「いえいえ、どういたしまして。御兄様のお役に立つのは良妹賢妹として当然のことなのですから」

 えっへんとヤトノは得意そうだ。

 そして台詞を奪われたイクシマは、見る間に顔を真っ赤にさせていく。

「そこはっ! 我がっ! 説明するとこじゃろが!」

「あらそうでしたか? ちっとも気付きませんでした。ごめんなさい」

「がーっ! この小煩い小姑があああっ」

「誰が小煩いですか。無礼な小娘め、しゃーっ!」

 威嚇し合う両者の横で、ノエルが苦笑ともつかない苦笑を浮かべている。

「でも、塩も少し程度なら黙認されるはずだけどね」

「その辺りは多少緩いわけか」

「きっとそうだって思うよ。だって私の村の近くで取れる貴重な薬草もさ、そんな感じだったから。でも、村の人のお小遣い稼ぎ程度にしかならなかったけど」

 どうやら、多少のお目こぼしはあるらしい。

 こうなれば少しでも損失を埋めるため、多少でも塩をつくって運ぶべきだろうか。

「塵も積もれば山となる。量は少なくても継続的に利益が出れば良いかもしれないか。むしろ量の少なさで、希少な塩として売るのも手かな」

「それ、だめなの」

 しかしニーソが否定した。

 そこで申し訳なさそうに肩をすぼめるのは、優しい性格をしているからなのだろう。せせこましい喧嘩をしているヤトノイクシマよりも遙かに立派だ。

「塩の利権はかなり大きいのよ、だから他の商会が独占しているの。個人で多少なら見逃してくれるけど。商会が関わってくると、相手が即座に摘発してくるはずよ」

「縄張り争いみたいなものか」

「そうなのよ。他には油とかお酒とか金属なんかも、他の商会が請け負っているの。ノエルちゃんの言ってた、特殊な薬草もそうよね。うちの商会は新興だから、そういうのが難しいの。だから、こうして協会の下請けしかないのよね」

「エルフとの取り引きの米は?」

「あれを独占、と言ってもいいのかな?」

 口元に指をやって小首を傾げたニーソであった。なぜなら、エルフの側がコンラッド商会としか取り引きをしないのだ。独占と言えば独占だが、少し意味合いが違うのであった。


「しかし儲かる特産品か……」

 頭を悩ますが、簡単には思い浮かばない。現実は英雄物語とは違って、サッと閃いてパッと問題解決とはいかないという事だ。

 そもそも、そんな簡単に思いつく内容であれば、きっと誰かが先にやっている。アヴェラ程度の、小手先知識で問題解決大成功するほど世の中は甘くない。

「あのさ、座って悩んでも仕方ないって思うよ。だって私たちは、ここの土地を知らないから。だから外を歩いて辺りを見てみようよ、もしかすると何か珍しいものがあるかもしれないよ」

「確かに。それもそうだ」

「何もないって場合もあるけどね、うん」

「でも、ここで悩んでいるよりはマシなのは確かだ。それに身体を動かしている方が、何か良い案が思い浮かぶかもしれない」

 席を立ち、何くれとなく話しながら歩けば、踏み締めた木製デッキが小さな軋みをあげる。波や風の音が聞こえるばかりの静かな環境。

 数人の冒険者がやって来て、向こうの買い取りカウンターに素材を広げた。

 買い取り値について交渉が始まっているが、上手くまとまらず、喰い下がられた係員が困り果てている。

 ちらりと確認したニーソは、気合いを入れるように息を吸って吐いた。

「さて、私も仕事に戻らないとなの」

「引き留めたわりに、成果がなくて悪かった」

「ううん、ちょうど良い気晴らしだったから。でもね、私の問題だから。あんまり真剣に考えなくていいから。こっちはこっちで何とか……何とかなるかな? えーと、頑張ってみる」

「頑張るのはいいけど、もっと頼って構わないからな。折角の幼馴染みなんだ、遠慮なんかしないでくれよ」

「幼馴染み……うん、そうなのよね。遠慮しないようにするの」

 とたんにニーソは落ち込んだ様子で項垂れてしまった。

 心配して見つめるアヴェラにイクシマが蹴りを入れ、ノエルまでもが小突いてみせる。そしてヤトノは、ニーソの背を撫でながら、ちょっと厳しい目をしていた。

「御兄様、それには流石のわたくしも呆れますよ」

「……え?」

「はあ、まったく仕方ないですね。ここまでくると、むしろ感心します」

「なんで?」

「さあ、どうしてでしょうね」

 軽くそっぽを向いたヤトノの様子に戸惑うアヴェラだが、イクシマに蹴り出され、フィールドへと出発した。

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