第130話 海沿いにある村

 寂れた漁村を一望にしている。

 村を囲む柵は流れ着いた流木など不揃いな板を利用されたもので、幾つかは腐り間が抜け落ち、無いよりはマシといった程度の貧弱さだ。

 その向こうに倉庫のような建物が数軒。

 屋根の一部からは縄で縛られた板がぶら下がる。柱の周りには用途不明な板や箱が散乱し、傍らの僅かな草地には朽ちかけた小舟が横倒しとなっている。

 まともな小舟も数隻あるが、それは二人か三人が乗れる程度の細長いもので、浜に引き上げられている。周りでは村人らしい者が目の粗い漁網の手入れをしているようだが、どうにも活気というものがない。元気そうなのは、村内を闊歩する冒険者たちばかりであった。

「村だ……何と言うかフィールドで遭遇するのは初めてだな」

「今までだとさ、村とか無い場所だったからね」

「アルストル近郊にあるフィールドなんだから、村があって当然か」

 アヴェラとしては、転送魔方陣で移動した先はモンスターがいる場所という思い込みがあった。こうして探索に出た先で村という存在があるのは、何となく新鮮な気分であった。

「見ろ、あそこにさっきの飛空挺がある」

 指さす先は、村を挟んだ向こうにある段丘の上だ。

 そこに着陸しているのは間違いなく、先程上空を通過していった飛空挺。何人かの小さな人影が動いて荷物を運び入れている様子が確認できる。

「こんな寂れた場所に飛空挺か。村に何の用なんだろな」

「なんぞ、偉い人でも来たんかもしれぬぞ」

「飛空挺を使うぐらいだからな、確かに普通の人ではないだろうな。そうすると、こんな場所に何の用があるのやら。まさか美味い魚でも食べたかったとか?」

「んなわけなかろ。ほれ、見てみよ。村のそこらに我らと同じ冒険者どもがおるではないか。きっと事件ぞ、大きな事件でも起きたに決まっとる」

 イクシマは事件を期待してか少し勢い込んだ様子だ。戦鎚の先に括り付けられた氷漬けの革袋さえなければ、もっと威勢が良かったに違いない。

「どうかな、それにしては人の動きが落ち着いている」

 憶測を立て、砂を踏みしめながら村に近づいていく。


 色褪せ白んだ木材の貧弱な柵に貧弱な門。

 その傍らに立っている痩せ気味の男は、どうやら見張りらしい。

「ようこそ」

 ちらりと視線を向け、男は気怠げに言った。警備に使う長い棒を立て、その上に手を組み顎を載せるといった無気力な態度は、見張りという重要な役を任されているとは思えないぐらいだ。

 村という集合体は基本閉鎖的なものである。

 その地域に身を寄せ合い家屋を集合させ生きる者にとって、外部からの訪問者は平穏に続く日常を掻き乱す異物でしかない。時に揉め事を持ち込み治安を悪化させ、日常の変質をもたらす厄介な存在というわけだ。

 村の周りを囲む柵にしても――この貧弱ぶりを見れば――モンスター対策と言うよりは、外部から訪れる者に対する牽制の要素が強いのだろう。

 しかし、見張りの男は訪問者を警戒する様子はなかった。

 どうなろうと構わないといった雰囲気が漂っている。

「近くまで来ましたが、村に入っても大丈夫です?」

「冒険者さんだね、どうぞ」

「はあ、どうも。ところで、あの飛空挺はどうしたのですか」

 すると男は棒の上から顎を退け腰を伸ばし、日に焼けた顔で浅く笑った。浅ぐろい鞣革のような肌は光沢があり、そしてアルストルに住まう人にはない素朴さがある。

「あんたら、もしかして知らずに来たのかね?」

「え?」

「飛空挺は街から来た商人のものさ。ここで買い取りに来ているのさ」

「魚介類を?」

「違う違う、あんたらの倒すモンスターの素材なんかをさ。あんたの担いでいるのも大きくて邪魔だろ。それに、腐りやすい物なんかもあるのだろ? 好きに入りな」

 男は粗末の門の前から退き村内へと手を差し向けた。普段はきっと漁をしているのだろう。太くゴツゴツした指は労働によって鍛えられている。

「それは助かります」

 頭を下げたアヴェラであったが、ふと気になって尋ねた。

「この村は何と言う名前なんです?」

「名前……? ここには、そんなものはないよ。人が集まり、ずーっとずーっと身を寄せ合って生きてきただけ……でも、今は若い者の殆どが去ってしまった。残ったのは、どこにも行けない年寄りばかり。いずれ消え去る場所だよ」

 男は歯並びの悪い歯をみせて寂しげに笑った。


 砂地の地面に僅かに草が生え、小さな虫などの存在もある。

 この村の寂れ具合と、今の男の無気力さが気になっているのだろう。声が聞こえないぐらいの位置で、イクシマは言った。

「これは何かあるって感じなんじゃって」

「いろいろあるのだろうな。でも、余計な首は突っ込まない方がいい」

「お主は、ちっと無関心すぎやせんか?」

「この土地の問題は、ここに住む人たちの問題だろ。偶々訪れただけの余所者が何が出来るって言うんだ? 単に好奇心を持って他人の問題に首を突っ込んでどうする。最後まで面倒見きれるのか?」

「…………」

「それだけの理由がなければ、無関心でいる方がいい」

 イクシマは理解したが、不満そうにむくれた。

 物事に関わるなら最後まで関わる覚悟が必要。途中で逃げてしまうのであれば、むしろ相手の迷惑となってしまう。それであれば、最初から関わらない方がいい。

 自分の身は安全な場所に置いて、したり顔で無責任な事を言ったり批判する事ほど卑怯な事はないとアヴェラは思うのだ。

 磯臭さが強まった。

「さあ、買い取りの場所を探してみよう」

 言って漁村の中を歩きだすが、直ぐに目的の場所は判明した。

 倉庫のような建物の向こう側には、明らかに他とは違う建物があったのだ。

 周りの建物に比べ質の良い木材が使われ、造りもしっかりとしたものだ。赤い布を張った日射し除けのパラソルがあり、デッキの上には寛いで座れる場所もある。辺りに置かれた看板には素材の買い取り値が記され、剣や鎧を身に着けた冒険者が腕組みしながら眺め検討中といった様子だった。

 寂れた場所なので、人のいるそこだけが目立っている。

「ほらさ、あそこみたいだよ」

「どうやら食べ物も売ってるみたいだな。まるで海の家みたいだ」

「海の家? ごめん、それ分かんない」

「気にしないでくれ。つまり適当な言葉だ」

「なるほど」

 アヴェラが意味不明な言葉――実際には前世知識によるものだが――を発するのは良くある事なので、あっさり納得される。それであればノエルも最初から気にしなければいいのだろうが、そこはそれなのだろう。


 辺りに香ばしい匂いが漂ってきた。どうやら干したイカを焼いているらしいが、その匂いにアヴェラは目付きを鋭くした。

「この匂い……これは醤油だな」

 だが、そんな悩みとは関係なくイクシマが反応している。

 目を閉じて顔を突き出し、辺りに漂うイカ焼きの匂いを胸一杯に吸い込んだ。

「この美味そうな匂い! 我はもう我慢できぬ、ノエルよ突撃ぞ!」

「突撃ー!」

 小銭を握りしめ突進するイクシマに続き、ノエルも走りだす。

 二人して匂いの元となる場所へと向かっていき……だが不運の神コクニの加護を受けているだけの事はあった。運悪くも砂の中に埋もれていた木材に躓いてしまったのだ。

「痛っ!? ぅて、わわわっ!」

 そのまま勢いのまま足だけ止まり、つまり両手を前に伸ばしながら砂地へとダイビング。勢い良く砂に向かって突っ込んでしまう。その実に見事な転びっぷりには、見ていた冒険者たちも思わず感心したぐらいだ。

 イクシマが気付いて振り返るより早く、海の家と評した買い取り場から係員が駆け付けた。その若い女性は一段高いデッキから身軽に飛び降り、ノエルを助け起こしている。

「大丈夫ですか、しっかりして下さい」

「ううっ、思いっきり転んだせいで服と髪が砂まみれ。やっぱり私は運が悪……」

「あれっ?」

「えっ?」

 駆け付けた係員が驚き、ノエルも驚き。そして駆け寄ろうとしたアヴェラとイクシマも驚き、その全員が面食らって固まってしまう。

 その係員の髪は緑を帯びたショートのもので、碧色した瞳の目を何度も瞬きしている。お互いにお互いをよく見知っているが、まさかの場所で出会って驚いている。

「ニーソちゃん?」

 ノエルは相手の名を呼んだ後に、相手と異口同音の言葉を出す。

「「どうしてここにいるの?」」

 出会った相手は、アヴェラの幼馴染みにしてコンラッド商会で働くニーソだった。

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