第129話 海辺の風景は平和なはず

「せいのっ!」

 疾風のように砂浜を駆けたノエルが小剣を振るい、ピンギヌの黒い羽毛を斬り裂いた。散らばった羽毛と血は波に洗われ直ぐに流され消える。

 騒々しい叫びがあがると、ピンギヌの仲間が押し寄せてきた。

 背が黒で腹が白といった姿で背筋を伸ばす二足歩行は意外に素早く、鋭く固いクチバシによる攻撃は強烈。ヒレのような両手の一撃も侮れない。さらに集団で襲ってくるため意外に強敵だ。

 すかさず後退するノエルの動きに、ピンギヌの集団が少し散る。

 そこにアヴェラが走り、ヤスツナソードで数体に攻撃を加えノエルと別方向に動く。これで戸惑ったピンギヌの集団は大きく二つに分かれ、手薄となった間にイクシマが突っ込んだ。

「戦闘じゃーっ!」

 思いっきり振り回される戦鎚には、尖った部分と平たい部分がある。通常は平たい部分を使うのだが、ピンギヌの羽毛が滑らかで効果が減じるからと、今は尖った部分で攻撃をしかけていた。

 だからピンギヌは悲惨な事になる。

 一撃を受けた部分が穿たれ弾け、殆ど即死状態。貫通した勢いを利用し回転される戦鎚に恐れをなしたピンギヌが逃げ惑う。そこにノエルとアヴェラが襲い掛かって斬り付ける。

「よっし、勝ち戦ぞ。我たちの大勝利じゃ!」

 かんらかんら笑うイクシマは返り血を浴びながらも上機嫌だ。途中で攻撃を外しピンギヌのヒレで叩かれたノエルは、痛そうな顔をして回復ポーションを飲んでいる。

「ううっ、最後に攻撃を外して反撃されちゃった。油断はしてなかったんだけどさ、やっぱりダメだよね」

「気にせずともよい。我思うに、これは大勝利ぞ!」

「うん、まずはポジティブにモンスターを倒した事を喜ばないとだね」

「その通りじゃって! さあ我と共に勝ち鬨をあげよ、えいえい!」

「おーっ!」

「えいえい!」

「おーっ!」

 二人の少女が手を突き上げている横で、そんな真似をしたくないアヴェラは素知らぬ顔で海を眺めている。


「御兄様、回収して参りました」

 ヤトノはどっさりの羽毛を持って来た。

「さあどうぞ。平和に暮らしていたところを襲われ、家族を守るため懸命に抗ったあげく虚しく倒れたモンスターたちの素材です」

「その犠牲を忘れないようにありがたく頂こう」

「うーん、御兄様は最高に邪悪です。そんなところが素敵」

「誰が邪悪だ」

 文句を言うアヴェラであったが、たくさんの羽毛が詰め込まれた大袋を前に困った顔をした。重さは大した事はないが嵩張って持ち運びに困難である。

「これはこれで運ぶのに大変だな」

「だったらさ、私が持とっか? そんなに重くないよね」

「うーん。交替でいこうか。最初に持つから、このクラブシェベの肉を頼むよ」

「了解なんだよ。でもさ、その肉って大丈夫かな。ここから戻る時間を考えると、途中で腐っちゃいそうだけど」

「……勿体ないが今の内に廃棄するか」

「待て待て待てーい!」

 そこにイクシマが割り込んだ。

 戦鎚の石突きを砂地に突き立て、如何にも何かを主張したい様子である。

「回収した素材を捨てるとか、そんな勿体ない真似ができるものか!」

「はあ……まったく。このエルフときましたら、何てケチ臭いのでしょうか」

「違ぁうっ! これは倒した敵への敬意、それが戦士の嗜みというものじゃ」

「その考えは認めましょう」

「と言うかなー、高く売れるのじゃから。それを捨てるなんてダメじゃろがー」

「それで? 御兄様に偉そうに意見しておいて、小娘はどうするのです」

 ヤトノが言うと、イクシマがニッと笑った。

 威張るような得意そうな、その両方を足し合わせたような笑みだ。そのまま両手を腰に当て、ふんぞり返っている。

「我は閃いたのじゃって。腐るのであれば、凍らせてしまえばいいのじゃと! 魔法を使っても神様は文句を言わぬ。ならば、遠慮せず使うのじゃ。さあ、それを貸してみよ。この我に任せるが良い」

 ちょいちょいと指で合図されたアヴェラは、ちょっとだけイラッとする。だが、ノエルに宥められて我慢した。まずはピンギヌの素材をヤトノに持たせ、それからクラブシェベの素材をイクシマに渡した。


「よーく見ておるのじゃぞ」

 イクシマは素材の入った革袋を両手で持つと、顔の辺りに掲げた。

 真剣な顔で潮騒の中に立ち、光り輝く海を背景に吹き寄せる風に長い金髪を靡かせた姿はとても美しかった。不覚にも見惚れてしまったアヴェラは沈黙するしかない。

「水神の加護よ、アイス」

 手の間が青く光り、袋の表面に白く細かい霜が生じた。

 ひょいっと投げ渡されたそれは、驚くほど冷たく凍っている。アヴェラが片眉を上げた様子に、イクシマは得意満面だ。

「どうじゃー、何か言う事があろうが」

「これを運べと?」

「何ぞ文句でもあるんか」

「なるほど。だったら、しばらく持ってみるといい」

 革袋を投げ返されたイクシマはムッとしながら、しかし言われた通りに手に持っている。直ぐに顔つきが変わってきた。どうやらアヴェラの意図が分かったらしい。

 凍った素材は辺りの暑さとは裏腹に、それこそ持っているのが辛い程に冷たいのだ。腰にでも下げていれば、凍傷になりかねないぐらいに。

 それを根性で耐えるイクシマであったが――。

「こんなん持っとれるかあああっ!」

 投げ返された。

 イクシマは冷たさに耐えかね、日射しに温められた砂の中に両手を突っ込んでいる。しかし、急に手を引いたかと思うと悶えだした。

「ぐあああっ! 痒い! ものっそい手が痒いいいっ!」

「どうしたの、大丈夫!?」

「大丈夫くない。手がぁ、手がぁ!」

 泣きそうな――と、言うより泣いている――イクシマに駆け寄ったノエルであったが、砂の上に膝を突きつつアヴェラを振り仰いでくる。

「ど、どうしよう!? 今日は毒消しポーション持って来てないよ」

「毒消しは意味ない。これはどうしようもない反応だからな」

「知っているの?」

「冷えると血の流れが悪くなるだろ。でも、それを急に温めると良くないんだ。血の流れが良くなりすぎて、神経が刺激を受けて痒みを感じるらしい」

「えーっと、つまり?」

「しばらくどうしようもない」

 言ってアヴェラは革袋の口を縛る紐を、地面に転がっている戦鎚の先に結び付けた。そのままぶら下げ、持ち運べるようにしてしまう。

「これで問題ないな」

「問題大ありじゃあああっ! 知ってるなら言えよー。こんなん酷すぎなんじゃって! 痒いんじゃぞ、辛いんじゃぞ!」

「やっぱり魔法は慎重にってことだな」

「勝手に納得すんなー!」


 仕方なく休憩のため浜辺の岩の上に座り込む。

 まったりと過ごすと、まるでビーチでバカンスのような気分だ。このまま水着で游ぎでもしたら最高に違いない。もちろん海中は海中でモンスターがいて危険であろうし、そもそも下着が普及したばかりの世界に水着文化も存在すまい。

 波の音に交じる、イクシマのぼやきを聞きつつ海を眺めやる。

「でもさ、波って止まることがないよね。波の神様も大変だよね」

「それは違う。波というものの大半は風によって起きるもので、あとはそれが伝播してうねりとなって押し寄せるわけだ」

「ごめん、よく分かんないけど。風で波が動くという事なんだね」

 言っていると、ちょいちょいとヤトノが突いてきた。

「御兄様、雰囲気のよいところ申し訳ありません。一応はお伝えしますけど、また風の神どもが文句を言ってきました」

「もしかして前の魔法の件か?」

「いえいえ、今の御兄様のお話だそうです。今の管轄だけで大変で過重労働気味なので、余計な知識を広めぬようにとの事です。もうっ、本当に失礼な連中ですよね」

「まあ……労働環境は大切だから。気を付けるとしよう」

 アヴェラは微風の中に視線を感じ、そちらに軽く目礼をしておいた。そしてノエルは今の話を忘れようと、こめかみを押さえながら一生懸命だ。

「ん?」

 辺りを見回していたアヴェラは頭上を過ぎる飛空挺に気付いた。

 晴れた空を背景に飛行する船は、かざした手と同じ大きさほどで思ったよりも低い位置を通過していく。以前に利用したことがあるものよりは小振りに思えた。

「珍しいな」

「少しずつ降りてきてるみたい」

「着陸する感じだな。ほら、船員がロープを下ろしだしたぞ」

「向こうに何かあるんだよ。だったらさ、行ってみようよ」

「確かに興味はある」

「行こう行こう」

「よし行こう」

 アヴェラとノエルが勢い良く立ち上がると、イクシマも顔を上げ渋々と立ち上がる。そしてヤトノはアヴェラに抱きつき白蛇に姿を変え、するする巻き付いた。

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