第128話 気遣いのできる神たち
アルストルの街に戻った頃には昼過ぎだった。
精算所に素材を持ち込み換金、広場に行って少しだけ遅い昼食にする。
冒険者施設が建ち並ぶ辺りの、食堂裏手となる場所。石畳みの通路が延び、両脇に芝生が広がって、幾本かの木が植えられている。水の湧き出す台も設けられており、憩うに丁度よい場所だ。
「ニーソちゃんも誘って、皆で楽しく食事したいよね」
「それは良いが、ニーソも忙しいとか言ってたな」
「お仕事増やしたのって、アヴェラ君だよね」
「良い天気だな」
濃い青の空に優しい緑の芝。木陰の中で涼しい風を感じられる。フィールドから戻った冒険者たちがクールダウン込みで、気分が落ち着けるような環境だ。
今は時間帯が昼頃のせいか、人の姿は疎らだ。
適当な木陰を見つけると腰を下ろし、まとまって座り込む。
「転送で一気に戻れるのは楽なんだけどさ。こんなにも気温差が大きいと辛い気がするよね。海もいいけど、私は過ごしやすいアルストルが一番かな」
「確かにそうだ。しっかし気温差が大きいと、それだけで疲労するんだよな」
「えっ、そうなんだ。それは知らなかった。疲労回復ポーションを飲まないと」
「あれは……」
脳裏に薄茶色をした瓶を思い描く。
飲めば即座に疲労回復という優れものだが、その効能を考えると、体内の疲労物質が消滅するだけとしか思えない。つまり身体は疲弊したまま元気に動けるといった、ある意味で恐ろしいポーションなのである。
アヴェラは首を捻った。
「そういうのに頼らず、しっかり食べて寝るのが一番だ。夜か夕かにでも熱めの湯に入って、ゆっくりするのも良い」
言いながら背伸びをする。傍らではヤトノが地面に敷物を広げていた。
ノエルとイクシマは固いパンしか持っていないが、アヴェラはヤトノが早起きして準備した品が幾つもある。もちろんそれは、パーティで共有される。
「貰いまーす」
ノエルが明るく言って、ヤトノの勧めた干し肉を頬張った。目を細め噛みしめ、イクシマと競うように次に手を伸ばしている。
「今回の報酬がこれだ」
真ん中に硬貨の入った袋を置いた。
ジャラリと響いた音は中身がやや多い事を示している。
これを三等分しても、一人が数日は楽に暮らせる額はあるだろう。冒険者は常に稼げるとは限らず、また思わぬ出費もある。それらを考慮すれば、余裕があるわけではないが、一日の稼ぎとしては良い額だ。
「クラブシェベは良い値になったな」
「じゃっどん数が少ないんで、いつもより少し多い程度じゃろって」
「しかも足元注意で、不意打ちが恐いよな。簡単には儲からないもんだな」
「その通り、何事も地道が一番。幾つものフィールドを巡り、ほどほど稼ぎ見聞を広め、腕を磨く。そして、より強き敵と戦う。これぞ戦、これぞ冒険じゃって!」
勢い込むイクシマは、その勢いのままパンに齧り付いた。安めの固いパンを荒々しく食い千切り、もぐもぐしている。動作は荒々しいが、両手でパンを抱えるため、どこか小動物を連想させる姿だ。
「稼ぎの話をしているんだがな」
「まーたすぐ、金の話じゃ。情けないのう」
「なるほど。その金がないと甘い物も食べられないのだがな」
「ぬっ、金も大事じゃな」
ぺたぺたと素足で芝を踏み締めヤトノが歩いてきた。近くの水場まで、水を汲みに行っていたのだ。こうした細かいが大切な事をしてくれるので本当に助かっている。
「さあ御兄様、どうぞ。このヤトノが汲んできた水なんです」
「ありがとう助かる」
「美味しい水を出すよう、そこの水の神には、しっかりお願いしたのです。絶対に美味しいです。もし変な水でしたら言って下さいね。ケジメはつけさせますから」
アヴェラは向こうにある水の湧き出る台を見やり、申し訳ない気持ちを込め目礼しておいた。ヤトノが無茶を言って脅した事への謝罪だ。
そして水は掛け値なしに美味しかった。
再度目礼するが、今度は感謝を込めてだった。
アヴェラが食べ終わる頃、その背中にはヤトノがもたれ掛かりウトウトしている。イクシマなどは芝生に怠惰な姿で寝そべっていた。
それを足で小突いた。
「ほら、魔法で飲み水をつくってくれ」
イクシマは横に転がり、仰向けで伸びをしながら見上げてくる。横で両足を伸ばし淑やかに寛ぐノエルとは随分違う。
「ええーっ? せっかく休んどるのに面倒くさいんじゃって。それよか、我はとっとと甘い物を食べに行きたいぞ。ほれ、約束したじゃろが」
「水を試してからだな」
「頑張った分まで甘い物を増やしてくれるんなら、やっても良いぞー」
「このエルフいじましいな。分かったよ」
途端にイクシマは跳ね起き、ニカッと笑いながら胡座をかいた。
「任せるがよい、我の魔法を見せてやろうではないか。とは言え、こんな広場で魔法を使うんは良くなかろ。練習用の場所を借りねばならんの」
「それこそ面倒だ。攻撃魔法でないし、バレねば問題ないだろ」
「お主なー、そういう考えはよくないぞー!」
「今から場所を借りれば手間がかかる。甘い物を食べる時間がなくなると思うが」
「うぬっ、我も臨機応変が足らなんだな」
イクシマはあっさり頷いた。
臨機応変さの適当さに呆れるノエルは、このメンバーの中の良識派だが、特に何も言わない。こちらもこちらで甘い物を楽しみにしているからだ。五十歩百歩と言うべきか、朱に交われば赤くなると言うべきか。何にせよ類は友だった。
辺りを
「さあ、やってみせようぞ。感謝して我をチヤホヤするがよい」
「水ってさ、意外に重いんだよね。これで少し楽になるかな」
「我としては緊急時以外は、しっかり自分で用意すべきじゃって思うがな。あんまり楽をしてしまっては、人間が狡くなってしまう」
「うーん、確かにそうかも」
ノエルとイクシマの二人と膝をつき合わせ話す前で、アヴェラは魔法を待ち構えワクワクしていた。攻撃魔法も素敵だが、生活に根ざした日常魔法というものも楽しみなのだ。
「まあ、とにかくやってみせようぞ。この場合の魔法は……あれじゃな。よく見ておると良い。水神の加護よアクアボール」
小さく呟くと、イクシマの手の間に小さな澄んで綺麗な球が現れた。見つめる三人や日射しや芝の緑や木々の木陰が映り込み何とも美しい。
水球は空っぽになっている水袋へと、空中を動いて、するりと入り込む。
どうやら、ある程度は操作が可能らしい。
「ほれ、飲んでみよ」
得意そうなイクシマが差し出す水袋を受け取った。ぐいっと飲み干し、目線を上にやって味を判断する。
「少し袋の臭いが移ったが、これぐらいなら良いな」
「どれどれ、私も少し……うん、普通の味」
気にせず回し飲みするのは、きっと慣れ親しんだパーティだからなのだろう。
「よし、試してみるか」
アヴェラが呟いた途端、イクシマが水を口から噴きだした。運悪くそれを浴びたのはノエルで、二人して大騒ぎだ。よって誰もアヴェラを止められない。
「水、水、水か。無から有はありえないし、つまり辺りから水分を集める感じでいいわけだな。さあ、水神の加護よアクアボール!」
気合いを入れたアヴェラの前に、大きな水の塊が現れ出た。とたんに、ノエルとイクシマが咳き込んだ。
「なん、じゃ……喉が……」
「息をすると苦しい……」
二人とも喉を押さえ、前屈みとなって何度も咳き込んでいる。
アヴェラが魔法によって出現させた水の塊は、周辺大気に含まれた水分を抽出したものだった。結果として周辺の空気は砂漠よりも遙かに乾燥したのだ。いきなりそんな環境で呼吸をすれば、誰だって激しく咳き込んで当然だろう。
もちろん効果は広範囲だ。
広場にいた冒険者たちが次々と喉を押さえ苦しみだすが、もちろんアヴェラも激しく咳き込んでいる。こちらは完全に自業自得状態だ。
「仕方がありませんね、ちょいさー」
ちいさな欠伸をしたヤトノが腕を振れば、途端に辺りの空気は元に戻った。まだ咳き込むアヴェラ――そこにはヤトノの使った力の余波もある――の背中を甲斐甲斐しく擦っている。
「まったく、御兄様ときたら。そこの水の神めが気を使っておらねば、一番近いところから水が奪われていたところですよ」
ヤトノは広場にある水場を指し示している。
「一番近いってなんだ?」
「それはもちろん、御兄様の目の前におりますでしょう。お肌ぴっちぴちで髪もつやつや、元気な御二人が」
「……え?」
「ですから、そこの水場を司る水神が気を使って風神に交渉し、空気から水を用意したのですね。あっ、でも。御二人の体液が、ちょっと奪われたようです。さあ御兄様、御二人の体液入りの水ですよ。ありがたく飲み干しましょう」
「…………」
少女二人の冷ややかにして険のある目線が、アヴェラへと向けられる。
その頃になると広場には異常を察した者たちが集まりだし、辺りは騒然となりつつあった。もちろん犯人一味は騒動に紛れて逃げ出していくので事件は謎のままだ。
アヴェラは甘い物を奢らねばならず、もちろん魔法は禁止された。
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