第123話 決戦魔王城

 ジルジオは岬の先端に立ち、手をひさしにして海を見やる。

 意気揚々、心晴々、スッキリ爽快といった感じで元気そのものだ。これを魂が抜かれ死にかけている人だなどと誰が思うだろうか。

「あれこそが、魔王の城なのであるな」

 向こうに望む島には、そびえ立つ城がある。周囲には黒雲が立ち込め、雷光が絶えずはしり闇に包まれ、如何にも邪悪な雰囲気が漂った城だ。ただし、そこまでの間には狭い海峡があって、激しく渦巻く海流が存在していた。

 アヴェラは疲れた様子で息を吐いた。

「ここに来るまで、イベントだらけで疲れましたよ」

「若者が何を言っておる。人生は楽しまねば損であるぞ。わーはははっ!」

「その点は同意しますけど……」

 本としては最終章へと差し掛かっている。

 王女救出後の御休憩から王城への凱旋。王女の手引きで城内にあった太陽の剣を無断借用。詩人の墓を荒し金の竪琴を入手、水の祠で竪琴をロックに奏で騒音に根を上げた精霊から雨雲の盾を強請り取る。廃墟の街で主の遺品を守る死の騎士を撃破し勇者の印を奪取。

 とりあえず、それら全てのアイテムを揃えねば魔王の城に行けないのだ。途中の行程は頁を捲りスキップしているが、それでもかなり面倒であった。

「早いところ魔王を倒して帰りましょう」

「そうであるな。急がねばならんのである」

「急ぐと言うわりに、爺様の寄り道が多かったですけど」

「そうであったかな? 年寄りは忘れっぽいのでな、忘れたのである」

「都合の良い年寄りですね」

 こめかみを揉んでアヴェラは呆れた。

 王女との御休憩に始まって福引き屋にカジノと、ジルジオはやりたい放題で寄り道しまくりだったのだ。町のぱふぱふ屋で酷い目に遭い、少しばかり大人しくなったのだけが救いだった。

「しかも王様を殴り倒すし……」

「あれは仕方ないのである。人に魔王退治を依頼しながら、先に進みたくば実力を証明しろとか抜かしおって。怒って当然なのである」

「門番のゴーレムを破壊したのは?」

「あんなものが立っておっては、流通が死んでしまうのである」

「まあ、それは同感ですけど……」

 アヴェラは呆れた気分だが、ジルジオは意にも介していない。それどころか、今も大張りきりで大喜びのハイテンションだ。

「うわーはははっ! では、いざ征かん! 虹の架け橋よ現れるのであーる!」

 ジルジオが太陽の剣と雨雲の盾を掲げてみせた。集めた情報によれば、この二つのアイテムと勇者の印を岬で掲げれば魔王の城への道が開けるという。

 辺りに虹色の光が広がり――気がつけば、目の前に橋が出現していた。

 その美しい色合いにノエルが身を乗り出し見とれている。

「うわーっ、一瞬で橋が出来ているよね。凄い、驚きだよね」

「確かに驚きだ」

「やっぱりさ、本の中だからこその演出?」

「だろうな。そうでなければ、この距離で上路アーチの橋を架けるとか、どう考えても強度的に無理だろ。部材厚とかどうなってんだ。橋に作用する風荷重は――」

「ごめん、分かんない。それよりさ、あれいいの?」

 ノエルが指し示す先には、嬉々として橋を走って行く若干二名の姿があった。

「いざ征かん。魔王の城へ!」

「魔王退治なんじゃー!」

「うわーはははっ!」

「戦闘じゃーっ!」

 もう突っ走って止まる気配が無い。

 アヴェラは額に手をやり息を吐くと走りだす。それにノエルも息を合わせ併走しだした。そして突撃する二人の後を追いかけていく。


◆◆◆


 城門をくぐって中庭に進み、現れた魔物の群れを蹴散らす。

 左手側は海を望む斜面だが、右手側には石積み二階建て、正面にも同様の建造物が複数。魔王の城は軍事拠点としてではなく、宮殿としての城のようで大した防衛設備もない。

 門を通って広場に出て、アヴェラは思わず足を止めてしまった。

「これは、次にどこに行けば良いんだ?」

「お主なー。何を迷うておるか。一つずつ調べれば良いのじゃろって」

「魔物が出るだろが」

「全部ぶちのめせば良かろう」

「これだからバーサーカー脳のエルフって奴は……」

「なんじゃそれはあああっ!」

 咆えるイクシマは手にしていたバトルスタッフを地面に叩き付けた。綺麗な模様に並べられていた足元の石が無惨な状態となってしまう。

 今にも突撃しそうなエルフの頭を片手で押さえ、アヴェラは辺りを見回す。

「正面の豪華そうな建物は何だろう?」

「間違いなく王座の間であるな」

「爺様、よく分かりますね」

「なーに。こうした建物の構造なんぞ、だいたいは似たようなものよ」

「さいですか。では、王座の間に向かいましょうか」

「何を言うのであるか」

 ジルジオは訝しげに言うと、大股で右手側の建物へと歩きだした。

「王がいる場所と言えば、執務室に決まっておろうが」

「こういう場合は王座の間では?」

「バカな事を言うでない、何故に用もないのに王が王座の間におる? あんなものは式典や謁見で使うのである。王というものは執務室にて政務を執っておる」

「でも、敵が来たわけでしょう。だったら王座の間で待ち構えるかなと」

「待ち構えるのであれば、防衛用の塔に逃げ込み籠城するのである。そこに逃げ込まれると厄介なのであるからな、急ぐのである」

「…………」

 アヴェラは憮然とした。

 できれば魔王には王座の間に居て欲しかったのだ。

 だから、踏み込んだ部屋に紫色のローブと、豪華な紅玉を嵌めたペンダントをつけ、おどろおどろしい王冠を被った相手を見つけた時は舌打ちまでした。

「くそっ、なんで机に向かって仕事してるんだ。王座にいないなんて、それでも本当に魔王か。ああ、でも魔王じゃないって可能性も……」

「安心せい。主人公として呼ばれた儂には、あれこそが魔王と分かる」

「なんて残念な魔王なんだろう」

「何を言っておるのであるか? とにかく――」

 言ってジルジオは大剣を担ぐように構えると、問答無用で魔王へと斬りかかった。

「その首! 貰うのである!」

 執務用の大机に跳び乗りながら大剣が振り下ろされている。横に転がりながら逃れた魔王の代わりに、一瞬前まで座っていた椅子が破壊され木片が激しく散った。

 立ち上がろうとした魔王に、イクシマがバトルスタッフを構え突撃。思いっきりぶん回し殴りつけた。その威力は流石で、魔王はくの字になって吹っ飛んだ。

 そして窓に激突。

 窓を突き破って空中へと飛び出している。

「うわーはははっ! 逃がさぬのであるぞ!」

「ひゃっはー! 戦闘じゃあ!!」

 ジルジオが執務机を蹴って窓から跳びだせば、同じくイクシマも腰高の窓枠によじ登って躊躇せずに跳んでいる。

「「…………」」

 後には呆然としたアヴェラと、運悪く砕けた破片を受け頭を押さえるノエルが残されている。どうやら中庭では戦闘が継続されているらしく、楽しげな高笑いが聞こえてきた。

「お爺さん、元気だよね」

「おまけにイクシマまでもな」

 ぼやいたアヴェラはノエルを促し、窓に足を掛け下を確認してから身を躍らせた。


 虚空より湧き出すように、二足歩行の獣人が現れた。二足歩行で服を着用しているが、限りなく動物寄りとなった姿だ。ちょっと猫っぽい顔で、武器は牙と爪らしい。

「魔王のくせに仲間を呼ぶとは卑怯だな」

「えーっと。厄介だって思うけどさ、卑怯というのは違うと思うんだけど」

「いいや、魔王というのは孤独に一人で戦うものだろ」

「また変な拘りなんだね、うん」

 呆れたような口ぶりのノエルであったが、その間も少しも油断はしていない。襲いかかって来る獣人の攻撃を軽々と回避してみせ、素早く細身の剣を振って相手の喉元に突きを放ち一撃で仕留めている。

 アヴェラもヤスツナソードを下から振り上げ鋭い爪のある腕を斬り跳ばし、次いで振り下ろし軽々と獣人の息の根を止めていた。

 二人背中合わせで、次々と現れる獣人と戦っていた。

 そして魔王の方では、ガンガンいこうぜの二人が猛攻を続けている。

「うわはははっ! 血湧き肉躍る戦いであるな!」

「おとぎ話の魔王との戦いなんぞ、戦士の誉れぞ! 最っ高なんじゃって!」

 思いっきり楽しそうな声が聞こえてくる。

 獣人の数が多いため、そちらの戦闘を見ている余裕はない。しかし、援軍の獣人を次々と喚ぶところからすれば、やはり魔王なりに追い詰められているに違いない。打撃音と共に響いてくる笑い声を聞いていると、なんだか魔王が可哀想になってくる。

「何しに来たか分からないな」

「えっと、でも魔王を倒しに来たから仕方ないよね」

「それは違う。呪いに囚われた爺様の救出だったはずだ」

「あっ、そういえばそうだったね」

 獣人は次々と出現している。若干強さは違うようだが、どれも同じ顔で毛色が青や赤や黄と違うだけの手抜き状態だ。

 だが、それらをアヴェラとノエルの二人は手を休めず倒していた。

「爺様なら自力でなんとかしたような気がする」

「そんな事を言ったらダメだよ。きっとアヴェラ君が来てくれて嬉しいんだよ」

「なるほど、それはそうかもしれない。だがイクシマ、あいつは何なんだ」

「ごめん。後で注意しておくからさ、許してあげて」

「少し甘やかしすぎじゃないか」

 言いながら、アヴェラは獣人に斬りかかるが――それは空振りした。

 外れたのではない。突如として相手が消滅したのだ。まるで最初から存在しなかったかの様に、姿が消えてしまった。

「魔王、討ち取ったり!」

「くっそーー! 我が倒したかったのにぃ!」

「うわはははっ! 残念であったな」

 振り向いてみれば腰に手をあて笑うジルジオと、足を踏みならし心の底から悔しがるイクシマの姿がある。アヴェラが深々と息を吐けば、ノエルは頬を触りながら苦笑をした。

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