第122話 譲れない男の決意

 背が高く体格の立派な、見るからに頼もしそうなジルジオは大股で進んでいく。薄暗い洞窟の中を、堂々として歩く様はまるで王者の風格だ。

 隣を歩くアヴェラは不思議な気分であった。

 精神的な年齢でいけば自分の方が遙かに年上であるのに、人間としての格とで言うのか、ジルジオに少しも及ばないと思い知らされてしまうのだ。ただし、それは少しも嫌な気分ではなく、この人が祖父で良かったと嬉しくさえあった。

「ヤトノ姫が言われるには、この本を読み終えるまでは出られぬのであるな?」

「そのようで。進めるようになったら、斜め読みのように頁を飛んでいきますよ」

「しかし、それではつまらないのである」

「あまり遅くなると、母さんが心配します」

「これこれ、アヴェラよ。お前のような年頃で、そのように母親を気にするのは感心せぬな。年頃らしく、もっと自由に我が儘に生きよ」

 ジルジオの言葉はもっともである。

 いつまで経っても親離れが出来ないのは、確かに宜しくない。しかしアヴェラは前世で天涯孤独の身の上であった。だから家族を、極めて大切に思っている。

「なるほど、では遅くなったら爺様のせいと言っておきます」

「ちょっと待つのである。そのような事を言ったら、カカリアが怒ってしまう……」

「きっと爺様の家には出入り禁止ですかね」

「それはいかぬな。出来るだけ急ぐとするのである」

 岩肌の洞窟を進んでいく。

 どこか埃臭いような、乾いた空気が立ち込めている。合流をしてから、それなりの距離を歩いてきたが、まだ囚われの姫がいそうな雰囲気ではない。同じような岩肌が延々と続き、カーブしていく道は単調で歩くのも飽きそうだった。

 後ろのイクシマは暇そうにしているぐらいだ。

「囚われの姫ってのは、なんでここにおるんじゃ?」

 その問いにジルジオは軽く振り向いてみせた。

「どうやらドラゴンに攫われたという事であるな」

「ドラゴン!?」

「あれは厄介なのである。お主らはドラゴンを見た事がないかもしれぬが――」

「我、カオスドラゴンなら知っておるのじゃって」

「なんと!?」

 ジルジオは思わずといった様子で声をあげた。そこには驚愕と感嘆と心配が入り交じっており、最終的に溜息となって吐き出された。

「よく無事であったのであるな、あれに遭遇して無事だったとは……」

「なかなか気の良い奴なんじゃって」

「それはどういう――」

 行く手に巨大なものが見えた。

 ゆるくカーブした先に、大きな広間となった場所に、何かがゆっくりと動いている。ようやく単調な景色が変わったと思えば、面倒な敵の出現だった。


「あれを見て!」

 小さく鋭い声でノエルが言った。全員が反応した。そっと慎重に近づき、相手に気付かれぬように観察をする。

「もしかしてドラゴン?」

「龍脚種であるな。なかなかの大物であるな」

 翼もなくワニやトカゲのよう四足歩行の生き物が、ゆっくりと重厚感ある歩みで動いていた。頭部には二本の角があって、背中にも突起のような角が幾つもある。その頑丈そうな皮革は背面は緑となって手足や腹部は黄色がかっていた。

 知り合いのカオスドラゴンに比べれば、随分と小さくはある。

 しかしそれは、比較対象が悪いだけであって、アヴェラの背丈と同じ高さに巨大な口がある。そこにある牙ときたら、遠くから見ても分かる程に鋭く頑丈そうで、しかも一つずつが掴めそうほど大きい。

「あれを倒す!?」

「なに、倒せぬことはないのである。儂は若い頃は二度ほど倒しておるが、弱点は鼻面でな。怯まず突っ込み攻撃を叩き込めばよい」

「無茶すぎません?」

「そうであるか? 儂の若い頃は普通にやっておったのである」

 平然と言ってのけたジルジオは、むしろ呆れた様子でアヴェラを見ているぐらいだ。この祖父は若い頃は、いったい何をしていたのかと、つい興味が湧いてしまう。

 イクシマがうずうずした様子でドラゴンを睨んでいる。

「怯んでも仕方がなかろうが。強敵との戦いぞ! 心躍るではないか!」

「その意気やよし! ならば突撃である!」

「突撃じゃあああっ!」

「よっしゃあああっ!」

 止める間もなく、イクシマとジルジオは武器を振り上げ、我先にと突撃してしまった。相乗効果で全く歯止めが利かない。

「あのバーサーカーエルフ! 最近は大人しいと思って油断した」

「仕方ないよ。私たちも行かなきゃ」

「イクシマのフォローを頼む」

「了解なんだよ」

 アヴェラはヤスツナソードを抜き放ち、ドラゴンに向かった。

 突撃した二人に注意が向いているため容易く接近。そのままドラゴンへと斬り付ける。頑丈そうな皮革ではあったが、ここでもヤスツナソードの斬れ味は凄まじく、太い前足に深々と潜り込み、その半ばまで以上を断ち斬ってしまう。

 ドラゴンは苦痛の声をあげ、身体を斜めに傾け頭部を地面に激突させてしまった。

「よし、今なのである。囲め囲め、やってしまうのである!」

「顔を狙うのじゃったな!」

「なかなか、やりおるな。ただし! それでは、まだまだなのである」

「なんじゃとぉ、我の力を見るのじゃあああっ!」

 バーサーカー二名が嬉々としてドラゴンを殴り打ち叩き突き、散々に攻撃をしている。あまりの激しさにノエルも迂闊には近づけないほどだ。

「どりゃあああっ!」

 イクシマは高く跳び上がり、渾身の一撃をドラゴンの鼻面に叩き込んだ。

 続けてジルジオが飛び掛かる。勢い良く振り下ろした大剣が固い皮革に覆われた眉間に食い込み、そのまま深く斬り裂いた。

 ドラゴンが大きく咆える。

 飛び退き距離を取った一行の前でドラゴンは倒れ伏し、動かなくなった。


「はっはぁ! 勝ち戦は最っ高よのー!」

「その通ーりである! エルフの娘よ、やるではないか」

「我こそはディードリが三の姫、イクシマなるぞ」

「ならば儂はアルスト……謎のご隠居なのである!」

 イクシマとジルジオは互いに武器をぶつけ合い、高らかに笑っている。なんらかの友情を芽生えさせた二人の前に、ノエルが両手に腰を当て立ちはだかった。

「もうっ! 勝手に突撃したらダメでしょ!」

 そこには有無を言わさぬ迫力があった。

「待つのじゃって、我は別に勝手したわけではない」

「そうなのである。儂もちゃんと考えて戦闘をしているのである」

「こうして倒せたわけじゃし、そう怒るでない」

「然り然り」

 そんな言い訳をする二人を、ノエルは静かに見つめた。

「反省!」

 たった一言でイクシマとジルジオは首を竦め項垂れている。しょんぼりした姿は、まるでお姉さんに怒られた子供のようだ。

 その時、洞窟の中を白いドレスを着た女性が小走りでやって来た。

 苦笑していたアヴェラは即座に剣を構えた。こんな場所にそんな格好で現れるなど、間違いなく敵だ。しかしジルジオが止めた。

「あれがラーロ姫であるな」

「連れ去られたにしても、なんでドレス姿なんですかね。どう考えてもおかしいでしょう。誰がどうやって連れてきて、どうしてドラゴンを倒した途端に出てくるのか。他の警護や監視はいないんですか」

「アヴェラよ、これは本の中である。無粋な突っ込みなどせず、と素直に楽しめ」

 豪快に笑ったジルジオは、姫を出迎えに行ってしまった。恐らくそこには、ノエルの前から逃げるという目的もあるに違いない。残されたイクシマが恨めしそうにしつつ、しかし反省した様子で身を縮こまらせるばかりであった。

「では、次のシーンに移動を――」

「待つのである!」

 ジルジオが鋭く強く告げた。

「この後は主人公がラーロ姫と結ばれるシーンなのである」

「あのですね……本の中とはいえですね。そういうのは宜しくないかと」

「アヴェラよ、よく聞け!」

「はぁ」

「歳をとるとな、こういう後腐れないチャンスは少なくなるのであるぞ」

「…………」

「しかぁーしっ、今は問題ない状況でもある。しかもこの身体は若い! よって、このチャンスを逃す事ができようか! お前も男なら分かってくれ!」

 言い放つジルジオの目には、悲壮感があった熱意があった。なにより、それを妨げるものを万難を排して突き進もうとする男の決意があった。

 一部最低な発言もあったが、この魂の叫びを前にアヴェラは何も言えない。

 急ぐのではなかったかと言いたいものの、今の爺には効果がないだろう。つまり男には止まれないときがあるのだ。煩悩は全てに優先する。

「では、諸君。しばし待たれよ!」

 ジルジオはラーロ姫の腰に手を回すと、大股で洞窟の奥へと姿を消した。そこに姫が囚われていた部屋があるらしい。きっと、しばしどころの時間ではないだろう。

 後には唖然とした三人が残されるばかりであった。

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