第116話 白浜行かば暗殺者
真っ青な空の下。
日射しを浴び輝く水面は、穏やかな波となって寄せては返す。白い砂の浜は、透き通るような水に巻き上げられ洗われている。そんな波打ち際には細かな木片や海藻などの漂流物が散見し、それは一列の破線となって陸と海を
陸側を見やれば砂浜の端の海岸線は段丘になり、しかも高さがあって草木に覆われ簡単に上がれるような場所ではない。
そんな崖にあった洞窟からアヴェラは姿を現し、警戒しながら構えたヤスツナソードの切っ先を下に向けた。
「ひょっとして転送直後を狙ってくるかと思ったが、流石になかったか」
そのまま砂浜に残された一直線の足跡に目を留める。
均一な歩幅が波打ち際に続き、砂浜の形状に沿って緩やかに右に曲がっていき段丘の向こうへと消えていた。かなりの距離をあけられているようだ。
ノエルは眉をよせ足跡を眺めている。
「足跡が一直線で迷いがない感じ。逃げる方を優先させたってことだよね、うん」
「これ大丈夫なんか? 追いつけるんか」
「ちょっと難しいかもだよね」
「まだ足跡があるだけマシってとこよのう」
「うん、これを辿っていくしかないよね。相手だってさ、ここがどんな場所か分かってない筈だからさ。とりあえず逃げてるだけかな、うん」
ノエルの推察にアヴェラも同感であった。
土地勘のない場所で逃げるという事は想像以上に難しい。特に今回の場合、相手は暗殺者であって冒険者ではない。フィールドというモンスターの徘徊する場所を逃げることには慣れていないはずだ。
「行こう、逃がす気はない。何とか見つけねば」
「じゃっどん。その暗殺者が、そこらに隠れておってじゃな。こそっと、転送魔法陣を使ってアルストルに戻ったりはせんか?」
「大丈夫だ。そこは係員に拘束するよう頼んである」
「用意周到なんじゃって」
「さあ行くぞ」
言ってアヴェラは軽い足取りで砂地を走りだした。
砂を踏み締めれば僅かに砂に足がとられ、それでもしっかりと進み残された足跡を辿っていく。ノエルは軽やかに走り一つに結んだ髪を揺らし、戦鎚を担ぐイクシマは盛大に砂を蹴りたてている。
「あの暗殺者、絶対に捕まえてやる!」
「おおっ、その決意。お主にしては良い事をいう! そうよのう! 暗殺者なんぞを逃すわけにはいかぬ! 必ずや我らの手で捕らえてみせようぞ!」
「いいや、爺様の前で大見得きっただろ。これで逃がしたら恥ずかしいだろ」
「褒めてる端っから、リアルな本音を言ってくる!?」
「素直でいいだろ」
口ではそのように言うアヴェラだが、本音は違う。
もちろん身内を狙った相手を許さないという気持ちが強い。もし爺様が死んでいれば、その娘である母のカカリアが悲しんでいただろう。前世で天涯孤独を経験しているだけに、身内を失うという哀しさはよく理解している。
そういった哀しさは、少しでも遠い方がいいと思うのだ。
だから許せないという気持ちが強い。
しかし、そんな気持ちを素直に口に出せないだけなのである。
アヴェラは砂を踏み締め前に進む。
日射しは暑いが海からの風があるため、それほど苦ではない。景色は美しく過ごしやすい環境で、リゾート地になれば大繁盛間違いなしの場所だろう。
足跡を追い砂浜を進んでいくと、地面を這いずる幾つかの存在がいた。
硬そうな殻を背負って、そこから左右に足が何本か出て前には大きなハサミが二つある。それが砂浜の上を移動している。
とりあえず進路上で邪魔だ。
「時間が惜しい、サクッと倒せるか?」
「あれは、クラブシェベというモンスターですね。硬いうえに攻撃力があって、なかなか厄介な相手だそうです」
白蛇状態のヤトノがそちらを見やった。良妹賢妹を自負するだけにサポートは万全なのだが、もちろん辺りを漂う死霊から聞き出したに違いない。
「つまりあれだよね、あのハサミの斬れ味が凄いってことなんだよね」
「いいえ、斬れ味はありません。へし折り断ち切るのです」
「へし折る、断ち切る……」
「そうなのです。あのハサミで挟んで潰していき、最後にブチッと千切れるのだそうです。そのため回復薬や魔法でも元には戻らないのだとか」
「ううっ、聞かなきゃよかった」
ノエルは怯んだものの、イクシマは速度をあげ前に出た。それは突進という勢いで、振り上げた戦鎚の先を軽く振り回し笑い声さえあげている。
「戦闘じゃあああっ! 我の力を見せてくれようぞ!」
勢いにのったイクシマは突き進み跳び上がり、体重を乗せながら戦鎚を振り下ろす。平の部分がクラブシェベの殻に激突、破片と共に青色をした液体が飛び散った。
そのままさらに、体の周りで戦鎚を振り回し次に向かって叩き付ける。今度は一撃では倒せなかったのだが、何度も叩き付けやっぱり粉砕しながら撃破。突進してから空に戦鎚を突き上げ勝利宣言をするまで、ほとんど僅かな時間であった。
「はっはー! 勝ち戦は最っ高よのー!」
「さすがは突撃エルフだな」
「そこは! 我を! 褒めるところじゃろがぁ!」
「頼りになるって意味だ」
「そ、そうなんか? うむ、そうか褒めておるのじゃな」
「もちろんだ。さあ進むぞ」
アヴェラは速度を落とさず走り続ける。やや不審げなイクシマであったが、訝しがりながら追いかけた。ノエルは何とも言えない微妙な苦笑だ。
「見つけた!」
ノエルが指さしたが、既にアヴェラも侍女姿の暗殺者を前方に発見している。
砂浜の細くなった場所の波打ち際、そこで短剣のような短い武器を手にクラブシェベと相対中だ。辺りには動かぬまで倒れた数体の姿があり、どうやら回避できないと判断し戦闘をしているらしい。
お陰で追いつけた。
「こっちは突撃エルフのお陰で、真っ直ぐ来られたからな」
「やっぱしそれ褒めとらんじゃろ……」
さすがに何度も突進からの戦闘を繰り返しているだけに、イクシマも疲労気味で文句を言う声にも少し元気がない。
だがアヴェラは暗殺者の女を見据え、まっしぐらに進む。
近づくにつれ相手の技の冴えが良く分かり、もし仮に邸宅の中で戦闘になっていれば苦戦どころでは済まなかったと予感させられた。逃げに徹してくれたお陰で助かったとも言える。
短剣の一閃によってハサミの腕が舞った。
しかし暗殺者の女はクラブシェベにトドメまでは刺さない。逃げる事が目的の為、通れるようになれば即座にモンスターの横をすり抜け走りだした。
もう少しで追いつけるといったところで、アヴェラは気合いを入れる。
「行け、突撃エルフ!」
「その言い方、気に入らぬうううっ!」
「後で甘いものをたっぷり食べさせてやるから」
「仲間の為に戦うのが我の信条おおおっ!」
すっ飛ぶ勢いのイクシマは戦鎚を掲げ突進。傷ついたクラッベシューベを一撃で粉砕をし蹴散らして突き進む。相当な気合いで、甘いものブーストの効果は絶大だ。
だが同時、暗殺者の女もアヴェラたちの存在に気付いた。
まさかここまで追ってくるとは思っていなかったのだろう、驚いた様子で二度見までしている。だが判断自体は素早く、即座に身を翻し逃げにかかった。
「この距離ならっ、スピードダウン!」
アヴェラのスキルが発動、クラブシェベの間をすり抜けようとした暗殺者の女は足をもつれさせ砂地でいきなり転倒した。
「よしっ、まるでノエルのように見事な転びっぷりだ」
「アヴェラ君、それ傷つく……」
走りながら横に並んだノエルは不満そうな様子だ。
「悪い意味じゃないぞ」
「いいけどさ、否定できないのが哀しいかも」
「まあ仕方ないじゃないか、そういう運命なんだから。ノエルが転んだら直ぐに助けるから安心してくれ」
「うぅ、既に転ぶこと前提……でも頼れる人がいてくれて嬉しいって、ポジティブに考えなきゃだよね」
言う間にも暗殺者の女へと接近した。
アヴェラは左手を広げノエルとイクシマを制すると、走りを歩みに変え抜き身のヤスツナソードを手に近づいていく。転んでいた暗殺者は素早く身を起こし、短剣を構えながら砂の上に膝を突いた。
相手が短剣で、こちらは剣。
リーチの長さは有利だが、しかし油断の出来る相手ではない。
「さて、誰に頼まれ何の目的で爺様を狙った?」
「…………」
「しかも病気に見せかけるような毒を使っている。密かに殺害をしたかった理由が分からない。理由が判らないから対処の仕方が分からない。お前を斬って、それで安心して終われるのかが分からない。だから依頼人を素直に教えて欲しい」
暗殺者の女は何も反応しない。
侍女として笑顔で応対してくれた事が嘘のように表情がない。その眼差しには何の感情も宿っておらず、ただただ動きを推し量ってくるだけだ。
厄介な相手を前に、アヴェラは剣を握る手に力を込めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます